究極の二択【リミック】
──鬱陶しい。
私は家族との時間を邪魔をされることが嫌いだ。
相手が王族だろうと皇族だろうと、その態度は隠さない。
我が物顔でソファーに座るのはラーシャ・ミトン。
この世で最も、私が嫌う男の愛娘。
最低限の礼儀さえ弁えない愚者。見ているだけでストレスが溜まるというのに。
面と向かって話し合わなければならない今の状況が苦痛以外の何者でもない。
「リミック様。いつになったら私を迎えに来てくれるの?ずっと待ってるんだよ?」
さっきからずっとこの調子。
屋敷に押し掛けて来たときも
「私はテロイ家の娘よ。さっさと道を開けなさい!!」
などとくだらない妄言を撒き散らしていたらしい。
私には子供は息子が二人。最近、可愛い娘を迎え入れた。
その三人だけのはずで、こんな愚者が子供であるはすがないのだが。
自信に満ち溢れた態度。私の娘だと言い張る謎の根拠。
どういう育て方をしたら、こんな魔物以下の知能を持てるのか。
「リミック様は間違えているんです!ミトン家から連れていくのは“ななし”じゃなくて、このラーシャなんですから」
「おい」
嬉々として語るその姿に平穏を保っていた感情が揺れる。
「お前はあの子のことを知らないと言ったな?」
「ん?はい!もちろんです!!あんな小汚い妹……いえ、ゴミを私が知っているわけないじゃないですか」
見下し嘲笑う。醜く歪んだ笑顔。
レーゼルを連れて来なくて正解だったな。彼女がここにいたらミトン嬢は今頃、細切れになっているところだ。
嫌いな人間を応対するための部屋とはいえ、嫌いな人間の血で汚したくはない。
掃除をする使用人の手を煩わせることになるしな。
同席させている執事のロマに睨まれていることにも気付いてすらいない。
ユーリが我が家に来てくれてから、皆に笑顔が増えた。
話題の中心はいつだってユーリ。
平和で愛おしく、変わらない日常として毎日が続けばいいなんて、柄にもなく思うばかり。
あんなにも不快と殺気が込められた視線なら、嫌でも気付きそうなものだが。
好意以外は目もくれず、自分を愛してくれる人間だけで作られた小さな世界に依存していた。
「知らないのになぜ、あの子が妹だと知っている?」
「え?だって…………」
ハッとしたように口を閉ざしては、まるで自分が被害者であるかのように目に涙を溜めては上目遣いで私を見てくる。
「お父様に聞いたのです。あの子のことを。そしたら妹だって言うから」
「それで?あんな姿の妹を見ておきながら、小汚いと侮辱したのか?私の娘を。あろうことか“ななし”呼ばわりまでして」
ミトン嬢は最初からユーリの存在を知っていた。そんな気がしてならない。
保身のために見て見ぬふりを?
それはない。あんなにも溺愛されているのだ。閉じ込めれている妹の存在を指摘して助けたところで、火の粉が飛んでくることはまずないだろう。
ではなぜ、あんなになるまで放っておいた?
あの日を過ぎればユーリは確実に死んでいた。
まさか……。それを望んでいた?
虫も殺せないような顔をしながら、腹の底では人を傷つけ陥れることばかり考えているようだな。
「だって!!本当のことじゃないですか!!あれは“ななし”!!生まれたことを望まれてなんて、いなかった!!」
「ラーシャ・ミトン!!今のお前には二つの選択肢がある。丸焦げとなりミトン家に帰り、そのまま葬儀を行うか。消し炭となってここで消え去るか。好きなほうを選べ」
「え?え……?何で!?リミック様は私を娘として迎えてくれる。それは決まっていることなのに!!」
「俺の娘を家族を侮辱して、タダで済んだ人間がいないことを身をもって教えてやる」
どちらかを選ばないなら両方だ。
半分を焼き焦がし、半分は消し炭にしてやる。
赤い魔力を放出しながら、紅蓮の炎が渦を巻く。
「火加減はしない。業火の炎に焼かれて苦しめ」
この部屋の防音対策は万全。
嫌いな人間を通すのだ。何が起きても部屋の外に声が漏れないように対策をするのは当然。
「旦那様。おやめ下さい」
ロマが首を横に振る。
「そのようなこと、ユーリ様は望んでおりません」
瞬間、思い出した。ユーリが“ななし”だと聞かされたあの日も、私が奴らを殺しに行くことを嫌がっていた。
優しいからこそ、こんな連中の命でも尊く、守ろうとする。
ユーリを理由に人を殺したくはない。
私自身は人を殺すことに罪の意識なんてなかった。両手でも数え切れないほどの命を奪ってきた。
目の前にいる小さな命を切り捨てるなど容易い。
魔法を解いた。
まだ直に触れていなかったため、軽い火傷だけで済む。
熱により奪われていた酸素が戻り、ミトン嬢は大きく息を吸う。
白い肌に火傷はよく目立つ。
衣類で隠せない箇所ではないので、誤魔化しなどいくらでも利く。
「客人がお帰りだ。屋敷の外につまみ出せ」
「リミック様!!どうして!?貴方は私の父親!!テロイ家は私の家族!!そうでしょう!!!??」
「違う。お前はラーシャ・ミトンで、私の娘はユーリだけだ」
後のことはロマに任せて、私は談話室へと向かう。
かなり時間を取られてしまった。家族と過ごす貴重な時間が減ってしまう。
「リミック。もう終わったの?」
「あぁ。次からは門で追い返すようにする。ん?レーゼル、どうした?」
浮かない顔をするレーゼルは一度だけ視線を子供達に向けた。
「これ見て。ティアロの課題よ」
ティアロは計算がいまいち苦手だ。時間をかければ解けるが、テストのように時間が決まっているとギリギリ半分解けるくらい。
そんなティアロが三桁の計算問題を一問も間違えることなく全問正解。ユーリの前だから頑張ったようだな。
「それ……ユーリが解いたのよ」
レーゼルが何を言っているのか。理解するのに、ほんの少しだけ時間を要した。




