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溺愛少女、実はチートでした〜愛されすぎて大忙しです?〜  作者: あいみ
初対面

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39/52

三人兄弟でした

 「ユーリはあの二人が好きなのか?」

 「う?」


 二人が乗った馬車を見送っていると、不意にお父様がそんなことを聞いてきた。

 真剣すぎる瞳。声に若干の震え。不安と怒りが混じったような表情。


 「ん!好き!!」


 正直に答えた。今よりもっともっと仲良くなりたい。

 高望みや欲張りは良くないとはいえ、小さな願いとして胸に秘めておく。


 「お、お父様?」


 顔が怖い。全身に鳥肌が立つ。

 こんなにも風もなく快晴なのに、寒さを感じるのはなぜだろう?


 お父様が一点に見つめる先には、もう見えなくなった二人の馬車。手の甲には魔法陣が浮かび上がっている。


 赤い風が発生してはお父様の全身を包む。


 リンシエは反応していない。というよりも風が見えていないんだ。


 そうか。あの魔法陣はアネモスの風魔法。私とお父様はアネモスと深く繋がっているからこそ、特別なものが見える。


 ──生温かい。熱風かな?


 お父様に手を伸ばしても風に阻まれることなく掴めた。


 「あのね。エルもセインも仲良しなの。んと……友達、だから」


 私だけが友達と思っているわけではない。お互いに認識していること。

 人並みに会える時間があるわけではない。向こうは色々と忙しいだろうし。

 次に会えるのなんて、いつになるかもわからない。それでも。友達だから寂しくはなかった。


 「そうか。ユーリは友達として好きなんだな」

 「うん!!」


 生温かい風が次第に消えていく。さっきまで感じていた漠然とした何かと一緒に。


 「ところで。お父様は今日はもう仕事ない?」

 「午後から客人から来るから半日にしたんだ」


 ほらやっぱり。お父様は部下に仕事を押し付けるパワハラ上司じゃなかった。

 事前に申請しておけば半日出勤も許されるらしい。


 「来たようだな」


 門が開き一台の馬車が入ってくる。

 紋章が描かれているとはいえ、私は各家門の紋章を知っているわけではない。故に、あの馬車に誰が乗っているのか見当もつかないのだ。


 「リファラ叔父さん!」


 馬車から降りてきたのはお父様の弟、リファラ叔父さんと息子のニカル。私より三つ歳上の7歳。母親と同じ土魔法を使う。

 叔父さんは風魔法。お父様の炎魔法を手助け出来る相性の良さを誇っていた。

 焦げ茶色の髪とダークブルーの瞳は渋さと落ち着いた雰囲気を醸し出す。


 なんと。お父様は三人兄弟。次男であるリファラ叔父さんは幼馴染みの侯爵令嬢と結婚して、そのまま侯爵家を継いだ。

 実家のテロイ家はお父様が跡継ぎで決まっていたため、何も心配することなく家を出られた。


 兄二人は弟が嫌いで嫌いでたまらない。話題を出そうものなら静かなる殺気が飛んでくる。

 空気の読める賢い人達は口を噤み、自らの寿命を縮める無謀なことはしない。


 ニカルは仮面舞踏会で付けるようなベネチアンマスクで顔半分を隠す。

 派手さはなくシンプルデザイン。色も黒と男の子が付けるには申し分ない。

 視野が狭いことが難点ではあるけど、すっかり慣れたもので距離感を間違えたりはしなかった。


 仮面から覗く深緑の瞳は広い高原を思わせる。

 穏やかに吹く風と草木の匂い。柔らかい日差し。心が安心するんだ。


 ニカルが仮面を付けているのには訳がある。深くを聞いてはいけない。


 ──私が初めて会ったときは素顔だったけど。


 内気でいつも俯いて。自尊心が低いというより生きていることを悔いるような。


 死ぬまで忘れることはない。怯えながら必死なまでに謝って。今にも泣いてしまいそうだったから。


 悲痛な叫びは確かに私の胸に届いた。

 その苦しみがわかるなんて軽々しく口にしたわけではない。ただ……純粋な疑問をぶつけただけ。

 それ以来、ニカルは俯くことをやめた。ずっと傍にあった温かくて優しい世界を信じると決めたのだ。


 「ユーリ。久しぶり。お土産にケーキを持ってきたんだけど、その……食べられる?」


 ニカルは私の過去を知っていて、会うといつも気を遣ってくれる。


 ケーキはまだ食べたことないけど、食べられると信じたい。

 箱を受け取って落とすといけないので、リンシエに受け取ってもらう。


 「あ……ごめんね、ニカル。今は体調が悪くて、一緒に遊べない」

 「そうなんだ」


 わかりやすく落ち込んだ。ちょっとした罪悪感が……。


 「もう体調は良くなったみたいだし、遊んで構わないよ」


 なんと!もうですか。


 もちもちと両手で頬を触る。うーん。やっぱり特に変化は見られない。


 頭痛、腹痛、精神的なもの。私の体調不良の原因は何だったのか。

 お父様を疑っているわけではない。子供の変化にいち早く気付いてくれるほど愛してくれているのだ。


 「ただし。ユーリの部屋に行くことは許さない。リファラと話しているから、一緒に執務室においで」


 お父様の執務室は基本、立ち入り禁止。お母様でさえ滅多に入らない。

 ちなみに私は初めて。


 どんな部屋だろうとワクワクが止まらない。


 ニカルと手を繋ぐと、なぜかすかさずお父様に抱っこされる。リファラ叔父さんは苦笑い。

 歩くペースも速い気がする。


 「あら。リファラ。珍しいわね」

 「お久しぶりです、義姉さん。前回来たときにはいらっしゃらなかったので、今日は会えて嬉しいです」


 流れるように相手女性を勘違いさせてしまいそう口説き文句を笑顔でサラッと言えてしまうリファラ叔父さんは女たらしだ。


 婚約者以外にも歯の浮くような台詞を言って、よく女性問題に発展しなかったよね。

 笑顔を絶やすこともないから好感度も高い。あと普通にイケメン。

 モテないわけがない。


 「お世辞でも嬉しいわ。ニカルも久しぶりね」

 「お久しぶりです。レーゼル様」

 「そんなに堅苦しくなくていいのよ。伯母でいいわ」

 「レーゼル伯母様」


 か細い声は嬉しそうだった。部外者や他人ではなく、家族なのだと言ってもらえたことが。

 主に目元しか隠せないマスクでは、頬や耳が赤くなれば一発でバレる。

 照れるニカルを茶化すことなく、我が子のように頭を撫でるお母様。

 何となく私も頭を差し出すと優しく撫でてくれた。


 満足満足。


 「レーゼルも一緒に来てくれ」

 「わかったわ」


 お父様の執務室には壁一面に本棚がある。大量の本はどれも魔法に関する物ばかり。


 時計下にある本棚だけ他と違う感じが漂う。上手く説明は出来ないけど違うことだけは確か。

 不思議と引き寄せられるように私は本棚の前に立っていた。


 「ユーリ?」


 ニカルが名前を呼ぶも、私の耳には届いていない。

 大人なら簡単に手が届く五段の棚。大きさはどれも同じ。分厚い。英和辞典並み。

 色は五色に分かれているから、それぞれの属性を表しているのがわかる。


 下から背表紙を見上げた。伸ばした手は下段の本にすら届かない。背伸びをしても。


 「リンシエ。あれ取って」

 「どれですか?」

 「あれ。金色の文字でタイトルが書かれた本」

 「金色?ユーリ様。文字は全て黒字なのですが……」

 「え?だってあの本は」


 おっと。これはもしや私だけにしか見えていないパターンですか。

 誤魔化せる雰囲気でもなく、やらかし案件。


 目を擦ってみても文字色が変わることはない。


 「そのことは後で話す。ユーリはニカルと遊んでおいで」

 「ん……」


 私の不用意な言動のせいで多大なる迷惑をかける。


 言い訳をするつもりはないけど誘われた気がしたんだ。得体の知れない何かに。今この瞬間だって。


 文字が浮き出て見えるのは目の錯覚か、それとも……。


 お父様とリファラ叔父さんだけは驚きながらも冷静さを保とうとしていた。


 話の邪魔にならないように部屋の隅でお絵描きをすることに。

 寝転がるのは流石に行儀が悪いので座ったまま。

 絵のモデルとなる美男美女しかいないこの空間では筆が進む。


 「ユーリの絵はまるで空間を切り取ったみたいだね」


 見たものを模写しているだけなのに、最高の褒め言葉を貰った。

 色を付けていないから完成ではないけど、本物そっくりになるように気を付けてはいる。

 影の濃さや実際の距離感。描く構図も。


 「どうやったらそんなに上手く描けるの?」

 「私は描きたいものをちゃんと見るようにしてるだけ」

 「うーん。見てるんだけどなぁ」


 自分の絵に納得していないニカルも別に下手というわけではない。上手のレベル。

 私のと見比べては肩を落とす。描いてきた時間が違うから差があるだけで、7歳でここまで描けたら将来は画家になれるよ。


 ──こういうのをストイックって言うんだよね。


 「僕のプレゼントはここに置いてていい?」

 「当日に持ってきたらいいだろう」


 お父様達が話しているのは来週に迫ったおじい様の誕生日のこと。


 我が家にも私お手製のカレンダーを飾ることとなり、家族や使用人の誕生日までもが書き込まれている。

 これだけの大人数。毎月の予定がほとんど埋まっていて、ちょっと面白い。


 今は5月。桜が散り始める頃だ。日差しはまだ柔らかい。

 お父様とお母様は秋の生まれ。月が綺麗に見える季節。

 お兄様は春と夏。満開に咲き誇る桜と、雨に濡れる紫陽花が生まれたことを祝福してくれていたとか。


 おじい様の誕生日は毎年、テロイ家、ダルト家、ミトン家の屋敷でパーティーを開く。開催は長男、次男、三男の順番。去年はミトン家だったから今年はテロイ家なのだ。

 おじい様とおばあ様はテロイ領で余生を謳歌しているとはいえ、まだまだ貴族社会に影響をもたらす力は健在。

 後ろ盾を得ようと領地に足を運ぶ貴族も少なくない。


 「兄さんとプレゼントが被ったら嫌なので、同じ物を用意しないで欲しいと遠回しにお願いしているだけです」

 「本当に遠回しだな」

 「まぁ、兄さんの場合。父さんとユーリを会わせることがプレゼントみたいなものですけどね」

 「ふふ。子供が三人とも男の子ですものね。女の子に憧れているのよ」


 盗み聞きするつもりはないけど同じ部屋にいたらどうしても会話は聞こえてくる。


 おじい様は基本、領地から出ることはないので年に二回。自分とおばあ様の誕生日に開かれるパーティーでラーシャと会うのを楽しみにしている。

 露骨に贔屓するわけではない。お兄様やニカルのことも平等に愛してくれている。


 ──私のことは気に入ってくれるだろうか?


 一応はテロイの血は流れているし、今はちゃんとユーリという名前だってある。

 でも……。私が“ななし”であったことに変わりはない。


 「大丈夫だよ、ユーリ。おじい様はこんな僕にだって優しく接してくれたんだ。ユーリのことは誰よりも可愛がってくれるよ」

 「んぅ……」


 誰より、じゃなくていいんだ。せめてラーシャと同じくらい好きになってもらえたら、それ以上は望まない。


 「ニカルはプレゼント何をあげるの」

 「父さんに頼んで商人から異国の本を取り寄せてもらってるんだ。領地生活は時間を持て余すんだって」

 「なるほど」


 領地に住んでいるからといって、管理までをしているわけではなかった。

 これまで頑張ってきた分、余生を謳歌してもらおうと仕事は一切させていない。


 問題が起きれば王都から領地までお父様が駆け付けるし解決案も考える。

 普段の管理は信頼のおけるビリーという執事にお任せ。週に一度の定期報告は細かくて、何十枚の束になって届く。

 土地や天気。領民のことまで。新しい子供が生まれたらお祝い金を包む。

 休暇を取って顔を見に行くほど、お父様は領民のことを大切にしている。


 「そうだ!」


 いいプレゼントを思い付いた。喜んでくれるかは別として、心を込めて作る。

 時間はまだある。今から頑張れば量として申し分ない。


 「ユーリは手作りなのかい?」

 「うん!」

 「王都で流行っているお菓子でもいいんだぞ。父上は甘い物が好きだからな」

 「ううん。だってテロイ家のお金は私のじゃないから」

 「ユ……っ、先程も思ったのだが。テロイの物はユーリの物でもある。遠慮することはない」

 「いいの。お金はお父様やおじい様。その前の当主の人達がテロイの名に恥じないように頑張った証だから。テロイ家に何の貢献もしていない私が使ったらダメなの」

 「ユーリは幼いのにしっかりしてるんだね」


 私は本当の娘ではないから尚更、その意識を強く持たなくてはいけない。


 「それでね。……があったら見せてほしいの」

 「それなら別室で保管している。領地に行く際、二人に片付けておけと言われてな」

 「兄さんもか。別に片付けなくてもいいと思うんだけどな」

 「あの二人はそういう人達だから仕方ないさ」


 身内トークに置いていかれる。お母様でさえ見たことのない子供っぽい笑顔。

 公爵でも父親でもない。兄としての顔だった。


 「そうだ。リファラ。お前確か、ミトン家に物資の提供をしているんだったな」

 「ええ、まぁ。リードルアは弟ですから。でも、月に一度だけ少量の食料だけですよ」

 「金銭は」

 「まさか!そんな無駄なことはしない」


 兄弟揃って末っ子が嫌いなんて。一応は兄ということもあり困っていれば多少なりとも手は差し伸べる。金銭的援助はしない。


 兄にお金を借りるくらいなら借金をしろというのが二人の意見。

 公爵家の身分に胡座をかいて何もしてこなかった弟を助けるぎりはないのだ。


 詳しくは教えてくれないけど、とても貴族らしい人間らしい。


 「ミトン家への物資をしばらくの間、止めてくれるか」

 「それは全然いいけど。何かあった?」

 「アイツの娘があろうことかユーリを“ななし”呼ばわりした」

 「「は?」」


 お母様とリファラ叔父さんの怒るタイミングは同じだった。鋭くなった目には殺気が宿る。


 感情を顕にしないお母様から盛れる容赦のない殺意。ミトン家に強い念を飛ばす。


 「ユーリはユーリなのに」


 ぷくうと頬を膨らませたニカルが負の感情に飲み込まれてしまわないように抱きしめた。

 人の温もりというものはいつだって安心をくれる。崩れていく理性さえも保つ。

 魔力が暴走して体に負担がかかるのもよくない。


 「ありがとう、みんな。私のために怒ってくれて。でもね、大丈夫だよ。みんながユーリって呼んでくれるだけで嬉しいから」


 心ない言葉で中傷されることに慣れているわけではないけど、それ以上の優しさが溢れていることを身を持って知っているだけ。


 ラーシャが私を“ななし”と呼んで存在を否定しても、家族や友達。大切な人達がユーリと呼んでくれるだけで私は私を頑張れる。

 拒絶する世界で生きていけるんだ。


 「兄さんが何を言いたいのかよーくわかった。他の商団にも伝えておく。しばらくはミトン家に物を売らないように」

 「私も馴染みの店に声をかけておくわ。夫人の手に宝石やドレスが渡らないように。もちろん娘のラーシャに仕立てたドレスだろうとも」


 大人気ない大人だなぁ。私は気にしてないと言ったのに。

 血の繋がった家族だから庇ったわけではなく事実を述べただけ。


 恥じらいなく兄にお金や物の無心をするミトン家の財政状況は芳しくない。

 月に一度の少量は私が思う倍の量だろう。感覚違うし。

 物資が途絶えたら苦労が目に見える。

 荒れて使用人に八つ当たりしなければいいけど。


 「ユーリ。別室に行きましょうか」


 お母様が案内してくれるのか。優雅に立ち上がっては流れる仕草で抱き上げてくれる。


 「レーゼル。すまないがユーリと話がしたいんだ」


 善は急げ。

 子供は飽きっぽいからおじい様のプレゼント作りに没頭すると、忘れてしまうのではと懸念しているのか。

 こんな不思議体験。忘れるはずもない。

 むしろ知りたくてうずうずしている。


 プレゼント作りも私にとっては大切。物事には順序や優先順位というものがある。

 私の好奇心よりも大人の話が大切なのだ。


 「なら僕らはこれで失礼するよ」

 「もう帰っちゃうの?」

 「粗方の話は終わったからね。次に会うのは父さんの誕生日だ」

 「むぅ……」

 「兄さんに急かされたから帰るわけじゃないよ。本当に話が終わったんだ」


 王都に住んでいるとはいえ、忙しいリファラ叔父さんと会える機会は早々ない。

 寂しいと言えば困らせてしまうので出かかった言葉を飲み込むしかなかった。

 今生の別れではないし、来週にはまた会える。ワガママで無理に引き止めるわけにもいかない。


 「またね。リファラ叔父さん、ニカル」

 「あぁ、また。次に会うときはエレアーデも一緒だよ」


 リファラ叔父さんの奥さん。美人というより可愛い系の人。ふくよかで気さく。

 容姿をからかう人ばかりの中でリファラ叔父さんだけが可愛いと言った。

 お世辞や同情ではない。本心からだ。


 二人が帰るのを見送った。窓から顔を出して大きく手を振ってくれるニカルは仮面を外していた。

 晴れやかな笑顔は今日の青空のようで……。

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