美味しいお見舞いを貰いました
「ユーリ様。寒くないですか?」
「ん、大丈夫」
屋敷に入ってすぐ私は自室に行き、ベッドに寝かされた。
肩まで布団をかけられ、幼子をあやすようにぽんぽんとリズム良く叩いてくれる。
その心地良さは懐かしかった。
一人で寝るのが怖かったとき、熱を出して寝込んだとき。他にも色々な場面で両親が、祖父母が安心をくれた。
「ユーリ様。お休みのところ申し訳ございません。その……ユーリ様にお会いしたいという方が」
扉の向こうから声をかけてくれた使用人は困っているというか……。
私が行かなければ訪れた客人は帰りそうにない雰囲気。
寝巻きの上にカーディガンを羽織り、リンシエに抱っこされたまま応接室へと向かった。
来客はお父様が対応していて、火花が今にも爆発しそうだとよくわからない説明をされながら。
「失礼します」
ノックのあとすぐに入室の許可があり、中に入れば不機嫌極まりないお父様と向かい合うエルとセインが手を振った。
「どうしたの、二人共」
「見舞いだ」
「パーティーは?」
「ユーリが心配でそれどころじゃなかったんだ」
私のせいで例年よりも早くパーティーがお開き。
早々に招待客を帰らせて、私に会いに来てくれた。嬉しいけど申し訳なさでいっぱい。
「さっきよりも顔色は良さそうだな」
「ん!」
とりあえず、うなづいてみた。私ってそんな顔色悪かったんだ。
鏡で見たときにはそうでもなかったのに。初めてのパーティーで緊張していたのかな?
優里時代にもパーティーなるものはしていたけど、お菓子パーティーやたこパといった馴染みのあるもので、目が眩むような煌びやかやものではない。
貴族令嬢としての矜恃を身に付けていない私が、大規模なパーティーへの出席は楽しみと同時に不安があった。
僅かな感情の波が体調を変化させてしまったのだろう。
「お気持ちは大変嬉しいのですが、娘はまだ万全の状態ではありません。いくら友達といえど、その日のうちに押し掛けてくるなど非常識では?」
こちらもまた友達を強調する。
私の喜びとは裏腹にお父様の感情は怒りを指す。
──なるほど。火花が爆発しそうだ。
相手は幼いとはいえ王太子と皇太子。不敬に問われないだろうか?
二人の性格は横暴や自己中とは正反対。少々態度が崩れただけで罪人扱いはしないはず。
「友達だからユーリが心配だっただけですよ。テロイ公爵」
おお。お父様に臆することなく堂々としている。
立場上、色んな人と接してきて免疫がついたのかも。
幼いのに伸びた背筋。一歩も引かない姿勢。顎を突き出し偉ぶることのない態度は私に、身分を持った人は必ずしも他者を見下すわけではないと教えてくれる。
「ユーリ。これは見舞いの品だ」
後ろにいた従者が高級な包装紙に包まれた物をテーブルに置く。
──開けていいのだろうか?
とか思いつつもリボンを解き、丁寧に包みを外す。包装紙は綺麗に折り畳む。
こ、これは……。箱には達筆な字でチョコレートと書かれていた。
へぇ。へぇー!!あるんだ、チョコレート!!
蓋を開けると艶やかなチョコレートが顔を出す。
一粒摘んで食べた。口の中でまろやかに溶けていく。しっかりとした甘さなのに全然しつこくない。
ミルクとビターをいい感じに足しているような。
我を忘れる美味しさ。
「お父様!どうぞ!!」
これを一人で食べるにはもったいない。
チョコを持ったままソファーの上で立ち上がり、お父様にあーんをした。
「私にもくれるのか?」
「ん!!」
美味しい物はみんなで共有すると、もっと美味しくなる。
食べてくれたお父様はにこやかで、恋に落ちてしまいそうだった。
お父様が独身で、且つ私が幼女じゃなければときめいていたかも。
「リンシエも食べて!」
「まぁ。私にもくれるんですか?ありがとうございます」
チョコの美味しさに口元を抑えて目を輝かせていた。
美味しいよね。しかも熱でベタついたりしないから、手で摘んでも汚れたりしない。
お徳用なのか30粒も入っている。
お母様とお兄様にも食べてほしいから残りは取っておこう。
常温保存だと溶けるかな?冷蔵庫はあるからそこで冷やしてもらおう。
「ユーリは甘い物が好きなの?」
「んと……」
改めて聞かれると「そうだ」と答えられなかった。
好きだとは思うんだけど。即答出来るほどではない。
「嫌い、だったか?」
持ってきてくれたエルがしゅんと落ち込む。これではお見舞いにケチをつけてしまったみたい。
「嫌いじゃないよ!初めて食べたから……」
慌てて弁解するとホッとしたように息をついた。
私のために来る途中で買ってくれたのかな。わざわざこんな高そう……え、待って。このチョコ、いくら?
解いたリボンに再び目を移す。さっきは気付かなかったけど、リボンの真ん中に王家の紋章が縫い込まれていた。
言葉を失う。時間が止まったかのように静か。
一箱いくらではなくて一粒いくらの高級チョコだった。
これに匹敵するお返しって何!?
私には自由に使えるお金はなく、かと言って、私に作れる物ではお礼にもならない。
「気に入ったのならまた持ってくるぞ」
「それはいい!!」
優しい心遣いを断るのではなく、強く拒絶してしまった。
血の気が引いたのは私とエル。
「ち、違うの。そうじゃなくて。高い、から……」
つい、俯き加減になりながらも視線だけはしっかりとエルを捉える。
「高い?あぁ、チョコのことか。いや、これは店で一番安いチョコだ」
店で安かろうと世間一般では高いのだ。お金持ちと庶民の感覚が違うと、私は教わったばかり。王族ともなればその認識は大きくズレる。
そうだな。安いとなると1万……5万カリンとか?
ふ……高いよ!!お見舞いには無難に花でいいのに。
あるよね?あるよね花!!?庭に咲いてたし!!
作者が意図的に現実世界と常識を変えている可能性も否定出来ないので、迂闊なことは言えない。
「こんなに良いものを貰っても、私には何も返せないよ」
「返す?ユーリは何を言って……。俺はただユーリに元気になってほしくて。お返しなんて求めてない」
「だって!こんな高価で美味しいお菓子を貰ったのに」
「ふぅ……。殿下。ユーリはまだ体調が優れないのでお引き取りを」
不毛な会話のラリーを続けさせないようにお父様が助け舟を出してくれた。
「わかった。ユーリ、早く良くなってくれ」
「またね、ユーリ」
「うん。また……」
エルはどんな思いでこのチョコを選んでくれたのだろうか?
他にもお菓子の種類はいっぱいあるし、フルーツだって候補に入れていたのかもしれない。そんな中で選んだチョコレート。
目眩がするほど寝込んでいても、このチョコならスっと喉を通る。栄養が補えるわけではないけど、ちょっとした何かを食べたいときには最適。
「エル。ありがとう!」
感謝は一番初めに伝えなくてはならなかった。
驚きと感激のあまり、当たり前のことを忘れてしまった自分が嫌になる。
「あのね、このお菓子。すっごく美味しい」
「そうか。今度は別の物を持ってきてやる」
──それはほんと勘弁願いたい。
嬉しそうに笑いながらそう言ってくれるエルに本音を飲み込んだ。
「うん。楽しみにしてるね」
約束した次がきたら、そのときは。私もエルに何かをあげよう。
食べ物は立場的に困らせてしまうから物がいいかな。
邪魔にならない、部屋に飾っておけるような。
何がいいかじっくり考えよう。時間はまだある。
「ユーリ。私も持ってくるから。楽しみにしてて?」
今度はセインが間に割って入っては私の手を握る。
いじけた物言いなのに、真剣さが伝わってくる綺麗な瞳にコクリと頷く。
「私だってお見舞いを持って来たかったけど、二人から貰うとユーリに迷惑がかかると思って今回はエルノアに譲ったんだ。ユーリを心配していたのは私も同じだからね」
「う、うん。ありがとう」
ちょっと乱暴そうでカッコ良い王子様とふんわりとした可愛い皇子様。
正反対の二人が共通しているのは優しいところ。
将来、人の上に立つべき王様と皇帝は、人の気持ちがよくわかる優しい人だった。




