感覚が違うのです
「ユーリ。その子は?」
部下の人に馬車まで案内してもらうと、仕事中であろうはずのお父様がいた。
私に優しく問いながらも、鋭い視線は部下の人に向けられる。
言われたことも満足にこなせないのか、と、心の声が聞こえた気がした。
キュッと口を噤んで姿勢を正すあたり、私の予想は合っているのか。
で、お父様の質問なんだけど。
エミィレの名前を聞いたのか、それとも。なぜ一緒なのかを聞かれたのか。どっちなのだろう。
うーん。お父様なら貴族の顔と名前はもちろん、生まれたばかりの赤ちゃんのことまで知っていそうだしな。
となると、質問は後者だ。
「あのね、エミィレはね、友達なの」
「君はアクリッテ家の……」
あ、やっぱり知ってた。
イヤール伯爵に叱責するだけはある。
私にとっては優しく温かい瞳も、幼い子供からしてみれば恐怖の対象。ましてや目上の、しかも高位貴族当主となれば尚更。
さっきまでとは別の意味で震えるエミィレは生まれたての子鹿。
ぷるぷると震えて今にも泣きそう。これを可愛いと思う私は不謹慎だろうか?
ずっと見ていたい。
「ユーリ様に同姓のお友達なんて初めてじゃないですか!?」
空気を読んだリンシエは大きく手を叩いた。初めてを強調して。
顎に手を当てて何かを考える。敵かどうか。付き合って利益を得られるか。
──友情にそんな無粋なものはいらないよ!!
強い念を送っていると、小さく笑っては頭を撫でてくれた。
エミィレと二人まとめて抱き上げては馬車に乗せてくれる。
あまりにも突然のことすぎて、エミィレはプチパニックを起こす。
偉大なる公爵様の手を煩わせてしまった。一族の首を差し出しても足りない。そんな感じのことを思っている。
貴族として生まれたのなら階級を気にするのも仕方ないのだろうけど。
私は生粋の貴族でないため、どうしてもエミィレに共感出来ない。
「先にアクリッテ家へ向かってくれ」
御者に行き先を伝え、馬車は走り出す。
お父様も普通に同乗していることから、仕事は終わらせたと推測した。部下に仕事を押し付けるパワハラ上司ではないだろうし。
私のために仕事を終わらせてくれたのだとしたら、こんなに嬉しいことはない。
一人でニコニコしていると、異様な空気感に包まれていることに気付く。
借りてきた猫のように大人しいエミィレ。
威圧しないように窓の外を眺めるお父様。
貝となり口を閉ざすリンシエ。
混ぜるな危険の一歩手前みたい。
「アクリッテ家は」
「は、はい!!」
お父様に話しかけられただけで緊張のあまり声が裏返っていた。
今まではこんなに歳の離れた子供と話す機会はあまりなかっただろう。
顔を合わせることはあっても、必ず保護者同伴。子供だけというのは中々ね。
嫌というほど緊張が伝わってくるせいか、お父様は一言謝ってなるべく存在感を消すため視線を逸らす。
姿勢を正したまま縮こまるエミィレの緊張を解すように頭を撫でるも、余計に体が固まったような気がする。
沈黙が場を支配する今の状況で迂闊に口は開けない。
友達と帰るのって、こんなに息が詰まるものだっけ?
もっとワイワイと楽しかったはず。
──共通の話題がないからかな?
頭を悩ませているとエミィレの家に着いてしまい、もうお別れ。
アクリッテ子爵の屋敷は王都にあるものの、中央から離れた、いわゆる地方。
貴族の屋敷はお金の有無によって異なる。貧乏と笑われるアクリッテ家は二階建ての洋館だ。
かなり年季が入っている。広さはあまりない。
使用人の数も最低限。庭は手入れはされているけど、花は咲いていなかった。
人が少ないから、やれることに限界がある。ただその、人を雇うためのお金はない。
庶民の私から見たら羨ましいけどね。
洋館にはお金持ちのイメージしかない。私の住んでいた場所には現代の象徴でもあるタワーマンションが多くそびえ立つ。
どれだけ上の階に住むかで決まるステータス。
それでも。私は洋館こそがお金持ちが住む家だと認識している。
「公爵様。送ってくださり、ありがとうございます。公女様、今日は本当にありがとうごさいました。その……お友達になれてすごく嬉しいです!」
「私も!!エミィレみたいに可愛い人と友達になれて良かった。それでね。また今度、お茶会に誘ってもいいかな?友達として」
「は、はい!私なんかでよければ」
「エミィレがいいんだよ。都合の良い日があったら教えてね。合わせるから」
今のとこ私には予定らしい予定はない。
社交界デビューもまだ先で、とにかく今は魔力をコントロールすることに必死。
毎日あんなに頑張っているのに、思うように操れない。私の体に流れている魔力なのに。
エミィレが屋敷に入るのを見届けて、今度は私達が帰る番。
「さて……」
お父様の空気が変わった。
肌を刺すようにチクチクする雰囲気に耐えられず、リンシエの膝によじ登る。
落ちないようにギュッとしてくれるリンシエのさりげない優しさは、家族が私にくれるものと同じ。
「そのドレスはどうしたんだい」
ぎこちなく首を下げて汚れたドレスを確認した。
こういう柄だったと主張するには無理がある。
「友情の証!!」
わかりやすく顔をしかめるお父様に説明をした。ここで真実を隠すのは後々、お父様の怒りを爆発させそうなので全てを話す。
こうして言葉にしてみると、伯爵子息はエミィレを使って私を会場から追い出したかったのだろう。
どんなに神経が図太い人でも汚れたドレスを着たまま、皇太子主催のパーティーに居続ける人はまずいない。
私と一緒にエミィレを追い出して、楽しくパーティーを続けたかった。
「ほう……。それで?その子供は伯爵の息子で間違いないんだな?」
「エルがね、スルートス伯爵って言ってた」
「あの家か」
「お父様。私は大丈夫だよ?ほら、怪我してないし」
彼を庇うわけではない。事実を述べているだけ。
そりゃさ、申し訳ないとは思うよ?ドレスを洗ってくれる人に対して。
「何もしないよ。ドレス代を請求するだけだ」
「……これっていくらするの?高い?」
怖いけど聞いてみた。
「いいや、安いよ」
「そっか」
それなら良かった。
「たった1億カリンだからな」
胸を撫で下ろす暇もない。エルが最低でもと言った理由がわかった。
このシンプルなドレスに使われている布は希少価値が高く輸入品。それも年に数回しかこの国に入ってこず、量も少ない。
高額すぎるが故に欲しくても手に入れられない貴族が多かったりする。
テロイ家は優先的に布を買えるように商人と契約しているので、ゼリフラ国に訪れた際は必ず足を運んでもらう。
セローというこの布は夏から秋にかけて取り扱う布で、風通しが良く涼しい。
冬から春先に扱う布をエウーと呼ぶ。こちらは薄手なのに断熱性が高く、コートを羽織らなくても暖かい。
「お、お父様。1億は高いのでは……?」
「いいや?」
…………ふむ、そうか。
金銭感覚が違うもんね。生まれたときからお金持ちだったお父様と、この世界でいうところの平民として生まれた私では、お金に関する感覚が違っていて当然。
通貨が違うだけで1億カリンは1億円。大金だ。
札束で山を作れるなんて夢のまた夢を叶えるには宝くじを当てるしかない。
ちなみに私が当たった宝くじの最高額は3千円。その日の夜は奮発して高いお肉を食べた。
「他には何か、嫌なことはなかったか?」
「んと……“ななし”って呼ばれて悲しかった」
生まれたときは“ななし”だったかもしれないけど、今はもうユーリという名前がある。
ラーシャだけならともかく、他の人にもそう呼ばわれて、陰で笑われるのは悲しくて辛い。
「それは……どこのどいつだ?」
お父様が怒りと殺意に狂う。エミィレがいたらギャン泣き決定。
泣く子がもっと泣くほどの凶悪さ。
慣れているリンシエは反応を示すことはない。かく言う私は表情に出していないだけで、内心では泣きながら震えている。
私がラーシャの名前を知っていたらおかしいので、ピンクの髪をしてスカイブルーの瞳を持った可愛らしい女の子とだけ答えた。
「ミトン家か。私の娘を“ななし”呼ばわりとはいい度胸だ」
言葉の節々から感じ取れる怒り。据わった目はここにはいないラーシャを捉えているのか。
何気なしに上を向くと、リンシエの表情は無。何も見ていないふりをした。
「で、でも!!悲しい以上に嬉しかったの。エルにまた会えたし、セインとも友達になれて」
「セイン?セインレッツェル殿下のことか?」
「うん。バザーの日にカレンダーと財布を最初に買ってくれたの」
「あの子供が。似ている方だなとは思っていたのですが」
「待ちなさい。つまりユーリは既に殿下と出会っていたということでいいのか」
「ん?うん!」
「なるほど。だから今回は年齢の幅を広げたのか」
憎たらしそうに舌打ちした。お父様って意外とガラ悪いんだ。
普段から品のある行動を取っているから想像しにくいだけで、自由奔放……元気いっぱいのティアロお兄様の父親でもある。お母様がそうじゃないと断言するわけではないけど、感情に左右されるイメージが湧かない。
お父様は時々、今みたいに理性より感情が勝つことはある。
「ユーリはお二人と友達になれて嬉しいのかい」
「うん!だって友達だよ!?私、お父様が助けてくれるまでは、人と会うことなんてなかったから」
「旦那様。ユーリ様がこんなにも喜んでおられるのですよ。友達が出来たことに。友達なのですから私達も喜ぶべきではありませんか?ユーリ様の友達ですから」
友達をめちゃくちゃ強調するな。間違ってないからいいんだけどさ。
「それもそうだな」
穏やかな、いつものお父様に戻った。小さな微笑みは見る者を魅了する。
「でもね、エミィレと友達になれたのが一番嬉しかったよ」
「そうか。なら、助けてやらないとな」
「う?」
馬車は屋敷に到着した。
先に降りたお父様が私を抱っこで降ろしては、自分で歩くかこのままがいいかを聞いてくれる。
気分的には歩きたい。
「あら。おかえりなさい」
日傘を差して庭を散歩していたお母様は、門が開く音を聞いて出迎えに来てくれた。
「あのねあのね、お母様」
喜びは共有したい。女の子の友達が出来たよと言う前に、長く細い指が私の唇に触れた。
「ダメよ、ユーリ。体調が悪いのに興奮したら」
はっ……そうだった。私は体調不良でパーティーを抜けさせてもらったんだ。
そんなことも忘れて子供のようにはしゃいだら、体調はもっと悪化する。
──ふぅ、危ない危ない。
手を繋がなくても歩けるのに、お父様がわざわざ私に聞いてくれたのは体調を気遣ってのことだったのか。




