出会ってしまいました
「パーティー?」
「ああ。4歳から6歳の子息令嬢が対象だ」
テロイ家に届いた一枚の招待状。何も書かれていない白紙。
会場の入り口に立っている人にこれを見せたら入れるらしい。
名前や歳の確認はしないらしく、誰でも忍び込めそう。
のっぴきならない事情がない限り参加は必須。従って私は心細いパーティーに一人で行かなくてはならない。
私にとってパーティーとは。女性が男性にエスコートされて共に入場するイメージである。
でも、これは開始時間までに入場していればいいので、友達同士でまとまって行くのがほとんど。
友達……。エルノアヴィルトは6歳だから来てるかな。いてくれたらいいな。
そして迎えた当日。この日のために新調した白いフリルが付いたドレス。
細かい刺繍も施される予定だったけど、派手よりシンプルなドレスがいいと言えば幼女に似合う可愛らしいドレスに仕上げてくれた。
髪飾りは花のモチーフ。そこまで大きくないので、どんなドレスにも合わせやすい。
テロイ家の家紋が入った馬車で会場まで送ってもらう。
今日は平日、金燿日なのでお父様は仕事。お兄様達は学園。
出掛ける前に抱きしめられた。それがまた力強くて。
可愛くセットしたのにボサボサになるから離すようにと、使用人達からこっぴどく怒られていた。
公爵家の人間がだよ?お父様でさえ素直に謝っていた。
お母様は笑って見ているだけ。
「リンシエ。終わるまで待っててくれる?」
馬車を降りる前に確認した。膝の上に乗って下から顔を覗き込みながら。
中までは同行出来なくても、ギリギリまで傍にいて私の緊張を和らげてくれた。
本当はお母様が付き添ってくれる予定だったけど、家族三人からの「ズルい」が決め手となりお母様はお留守番。
「もちろんです!!ここでお待ちしていますので、ユーリ様は楽しんできて下さいね」
笑顔で送り出してくれたリンシエに手を振りながら、私はドキドキしながら一人で歩く。
お城からそう遠くない場所に、これまたお城に引けを取らない、城ではないけど立派すぎる建物。
子供相手に鋭い視線を向ける門番の二人に招待状を見せると、にこやかに扉を開けてくれる。
開かれた扉の向こうは煌びやかな世界。
天井が高い。シャンデリアなんて初めて見た。
豪華絢爛なインテリアは華やか。
物も床も、全てが輝いているように見える。
入ってすぐの所にも人が待機していて、会場でもある広場に案内された。
既にほとんどが集まっていて、新しく人が入るたびに全員分の視線が飛んでくる。
見知らぬ令嬢だとわかれば、興味はなくなり私を見ることもない。
──大人しくしていよう。
こうして部屋の隅っこにいるのを壁の花って言うんだっけ?
なるべく気配を消す。透明人間を意識するように。
「おいお前!!」
どうして男子って一人でいる女子に絡んでくるのだろうか?
腕を組んで社長ばりに偉そうな態度。恐らくは私よりも歳上。
数人の子息を従えている。
「お前。“ななし”なんだってな」
今、なんと?
ニヤニヤとしながら私の反応を待つ子息は、驚きに満ちた私の表情を見て確信を持った。
「ここに招待されているのは貴族だけだ。“ななし”なんて異物がいるなんて吐き気がする」
「そうだそうだ!空気が汚れる前に出て行け!!」
「やめて!!みんな、そんな酷いことを言わないで。確かにその子は“ななし”かもしれない。でもね!私の……たった一人の妹なの」
子息達が左右に分かれたことにより作られた道を歩いて来たのは……。
ピンク色の髪。スカイブルーの瞳。ふんわりとした優しい雰囲気。
この世界の主人公、ラーシャ・ミトン。
そのはずなのに。私が聞いていたラーシャの人物像と合わない。
勝気な笑み。人を見下す目。身分を笠に着た態度。
何かが違う。
漠然と否定しながらも、答えはとっくに出ている。
私のことを妹だと言った。なぜ?
ヒロインは心優しい女の子。もしも、妹があんな目に遭っていると知れば絶対に助けたはず。
が、実際の物語では一人で息絶えた。
つまりラーシャはユーリ……この子の存在を知らないと推測が出来る。
ではなぜ、私を妹だと言い切れたのか。
“ななし”
それが答えだ。
ラーシャは私と同じく憑依者の可能性が高い。しかも、私と違って原作を知っている人物。
「大丈夫よ。貴女が“ななし”であっても私達が姉妹であることは変わらない」
慈悲に溢れたラーシャは私を抱きしめた。
「あんた。もしかして憑依者?」
周りに聞こえないように落とされた声量。
色鮮やかなスカイブルーは濁り、鋭く殺気がこもっていた。
「そうなんだ。へぇー。ありえないんだけど?ねぇ、何様のつもり?ここは私のために作られた世界よ。それを“ななし”如きが奪うなんて。さっさと返しなさいよ。私の家族を」
テロイ家のことを言っているのだろう。
本来、テロイの名を貰い愛されるのは私ではないのだ。
思わなかったわけではない。私が今いるここは、ラーシャのためのもの。返すべきだと。
わかっていながらも私が選んだのは……。
優しくて温かい家族と一緒にいたい。
私を愛してくれる、私が愛している家族と。
「ごめんなさい!やっぱり怒っているのね!大切な妹なのに、その存在を知らなかった私を!!」
芝居がかった大袈裟な台詞と共に、《《まるで突き飛ばされたかのように》》倒れたラーシャの目には涙が浮かぶ。
子息の手を借りて立ち上がっては、被害者ぶりながらも私の野蛮な暴行は仕方のないことだと。
「“ななし”のくせにラーシャの謝罪を受け入れないだけでなく、逆ギレして暴力まで!!」
「ふざけるのもいい加減にしろよ!!」
「さっさと謝れ!!」
まるでお姫様を守るナイト気取り。
声を荒らげて私を責め立てる子息達の後ろでは、顔を歪ませて笑うラーシャ。
私は……今でも思っていた。テロイ家の公女の座はラーシャに返すべきだと。
返せないならせめて、私みたいに養女として迎えてもらえるようにお父様に頼むつもりだった。
でも、その思いは完全に消えてなくなる。
ラーシャから感じ取れるのは原作通りに物語を進めることではなく、自分のためなら周りを巻き込んで何をしてもいいというエゴ。
主人公である意識が強いわけではない。態度や行動は無意識で悪そのもの。
嫌だ。彼女がラーシャ・ミトンだとしても、優しいテロイ家のみんなが傷つけられるかもしれない不安が、彼女を強く否定する。
「どうしたんだい」
優しく透き通った聞き覚えのある声。
ブラウンの髪とオレンジ色の瞳。
緑色のジャケットには豪華な刺繍がされている。会場の扉に刻まれていた模様と同じもの。
服装が違うだけで、以前に会ったときと別人に見えた。
セインの登場により私以外の全員が、胸に手を当てて一礼をしたまま。
異様な光景。顔から血の気が引く。
──…………もしかしてセインって、めちゃくちゃ偉い人?
「紳士淑女の皆様。本日はセインレッツェル皇太子殿下のご招待にお集まり頂き、誠にありがとうございます」
………………はい?ちょっとそこの貴方。何と言いました?
セインレッツェル《《皇太子殿下》》?はぁ!!?皇太子!!?
帝国って王国よりも上の国じゃないの。
知らない間にとんでもないことをやらかした気分。
私の震える視線に気付いたセインは笑った。私を困らせていることに罪悪感を感じているように。
疑う余地はない。
ここにいるのは、あの日、私と出会ったのは、貴族ではなく皇太子。軽々しく口を聞いていいお方ではなかった。
だってそんな……思わないよ!平民の街を、よりにもよって皇太子が一人で出歩くなんてさ!!
お父様も言ってよ。皇太子主催のパーティーだって。そしたらもっと心の準備が出来たのにさ。
幸い、私の態度を不遜だと咎める様子はない。
そりゃパーティーの欠席は許されないわけだよ。
のっぴきならない事情、つまりは重症の体調不良以外での欠席は。
万が一にも皇太子殿下の体調を悪くさせるようなことがあれば、一族の首だけでも足りない。




