閑話②【冷羅】
──ここはどこ?
何もない空間。永遠と道が続いていた。
いつも私の周りにはあんなに人がいるのに、一人だと静けさを感じる。
寂しいわけではないけど、騒がしさも時には必要ね。
真っ直ぐ歩いて行くか迷っていると、どこからか毛玉が飛んできた。
風も吹いていないのに不思議なこともあるのね。
と、そこで終わるわけがない。毛玉は浮いていた。私の目の前で。落ちることなく。
「初めまして」
喋った。ただの毛玉が。
これってもしかして……。喋る毛玉としてテレビに出演させれば、私はたちまち注目の的。
関係各所の目にとまり、モデルや女優へとスカウトされる。
ネットでも大騒ぎ。
世界一の美少女、現る!!ってね。
早速、捕まえようと手を伸びずも空を切るかのようにすり抜けた。
何度も挑戦するけど掴める気配がしない。
な……何なのよ一体。私の目の前で浮いているんだから、そこにいるのは確かなのに。
「無駄よ。私には触れられない」
「はぁ!!?何でよ!!」
「これは実態じゃないの。だからよ」
「何言ってるのよ。そこにいるんだから、存在してるってことじゃない」
「だから……いえ、もういいわ。それより、貴女に聞きたいことがあるの」
「聞きたいこと?」
ふわふわと揺れていた毛玉は動きを止めた。
「もしも、どんな願いでも一つだけ叶うとしたら、貴女は何を望むのかしら?」
さっきまでと声のトーンが少し下がった。
小さな毛玉が放つ存在感。神々しさに畏怖の念を覚える。
毛玉はただ私が答えるのを静かに待つ。その静寂さは息苦しくて、思考が壊れていく感覚。
ビルが崩落するように上から下へ。
酸素の薄さ。壁が迫ってくるような圧迫感。
質問をしたくせに、私に喋らそうとしない。
妙な緊張感から汗が流れる。
それでも!!
「ふん!そんなの決まっているじゃない!!」
背を丸めて縮こまるなんて私らしくない。
いつだって堂々と胸を張り、何事にも怯えることはなかった。
自らを奮い立たせるために、胸を強く叩いては顔があるかもわからない毛玉に向き合う。
「誰からも愛される存在になることよ!!」
私は生まれたときから愛されていた。
第一子でもある私を両親はとても可愛がる。
使用人も友達も、ただすれ違うだけの他人でさえ私の美しさに目を奪われるのだ。
羨望の眼差し。高嶺の花すぎるが故に、世の男は私に近づいてすらこない。
──勇気を出して声をかけてくればいいものを。
美しすぎることが罪であると充分に理解している。
しているからこそ!!満足をしていない。
私を愛しているのであれば、言葉や態度で表すべきなのに。
いつだって私を遠くから眺めるだけ。
──そんなのつまらないわ!!
フィクションのように毎日、熱い愛の告白を受け、私を束縛して独り占めしようとする数多の男を手玉に取る。
それこそが私に相応しい人生。
美しい薔薇に棘があるなんて百も承知。怪我をする覚悟で飛び込んでこそ、愛は深くなる。
それを眺めるだけで満足するの?目の保養にと私を観賞するだけ。
水族館の魚って、こんな気分なのよね。
同じ空間にいながらも決して触れることは許されない。
薄いガラスが彼らの愛を阻む。
外見だけじゃなくて中身も完璧な私は、こちらから声をかけてあげることが多い。でもそれは、普段の雑談程度であり恋愛に関しては触れることは許されないのだ。
だってそうでしょう?芽生えてしまった恋は本人の口から伝えなければ意味がない。
この私がここまで気を遣ってあげているのに、意気地なしの男共には呆れていたところ。
「で?そんなことを聞くってことは叶えてくれるんでしょ?さっさとしなさいよ」
今よりモテてしまったら苦労することは目に見えている。
犯罪に巻き込まれてしまうかもしれない。
でも、仕方ないわよね。私が完璧すぎるからこその宿命。
この世のありとあらゆる男が私のために争いを始める。
平和なこの国だけに留まらず、海を越えてまでも私を攫いに来るだろう。
何の変哲もない通い慣れた道が血の海となり、死体の山が築かれる。
私が完璧すぎるために起きる惨劇。
胸を痛める必要はない。
存在そのものが罪であったとしても、私を裁く法律はありはしないのだから。
「そう。それが貴女の願い」
ため息をついたかのような物言い。
毛玉の分際で偉そうね。私は陽形冷羅よ!!
世界有数の財閥令嬢。本物のお金持ち。
毛玉如きが無礼な態度を取っていい相手ではない。
「ここでの出来事は一切覚えていないでしょう」
「ちょっと!バカにしないでくれる!?私は記憶力は良いのよ!!」
「この空間はそういう風に作られています」
「あら、そうなの」
つまり私はある日突然、世界中の男に愛されるようになる。
想像するだけで笑いが止まらない。
世界があるべき姿に戻る。なんて素敵なのかしら!!
「貴女はきっと選択を誤り続けるのでしょうね」
毛玉が何かを言っていた。思わず目を閉じてしまう眩い光。
特別なことをされるわけでもなく、急に瞼が重たくなる。
睡魔に襲われているのだ。意識がなくなりかけると同時に、力の抜けた体を支えられず倒れていく。
痛みはない。
意識と共に記憶が抜け落ちていく感覚。緩やかな流れの小川のように。
目が覚めたとき、変な夢を視た気がしたけど何も覚えていなかった。




