街に来ました
街、すごい。賑わっているな。
王都に近い分、かなり活気もある。
私が今日、訪れたのは平民で賑わう街。リーズナブルな価格の商品が並ぶ。
隣接地は貴族の街。上質で高価な商品のみを扱う。
門一枚で仕切られているものの、貴族街に行くには色々と面倒な手続きがあり早くて通り抜けられるのは三日後。
その逆に貴族が平民街に行くには何の手続きも必要ない。すんなりと通してくれる。
──身分の差を感じるな。
同じ人間をなぜそこまで差別するのか。
リンシエ曰く、これでもかなり変わったそうだ。
そもそも昔は隣接さえしておらず、平民が貴族街に近づくことさえ嫌悪を示す貴族が多かった。
そんな差別的な考えを否定し壊したのが数百年前の王様。
圧倒的な力で貴族に沈黙を貫かせ、今のこの街を造り上げた。
「ユーリ様。どうかなさいましたか?」
「ううん。何でもない」
店の看板もちゃんと読める。
大通りを歩いていれば迷子になることもない。
路地は……暗いな。陽が当たらないから当然か。
「おい貴様!!さっさと盗んだ財布を返せ!!」
拡声器でも使ったかのような怒鳴り声が聞こえてきた。
前方には人集りができていて、気になって様子を見に行くことに。
円の中心では大柄な男性と、身なりがボロボロの男の子がいた。
地面に倒れた男の子を踏み付ける男性はかなりの興奮状態。
「何があったのですか?」
「あの子がぶつかった際に財布を盗んだらしいんだ」
「やぁね。だからってあんな暴力を振るうことないのに」
そう言いながらも誰も助けに行かない。
暴力行為を否定し咎めながらも。
「リンシエ。あのね」
しゃがんでくれたリンシエの耳元であるお願いをすると、迷わず引き受けてくれた。
一瞬だけ手を離すことを謝られ、私の傍を離れる。
「これだから親のいない子供は!!」
唾を吐きかけた。ボロボロになった男が立ち上がろうとすれば、お腹を蹴り飛ばす。
小さな体は簡単に吹っ飛び建物に背中を強打した。
「やめなさい!!」
大人が誰も動かない中、私は怒りで頭がいっぱいだった。
子供の乱入に男性の気が削がれたのは一瞬。
すぐに
「関係のないガキは引っ込んでろ!!」
男性の言葉は無視して、男の子に声をかける。
意識は失っていない。私は医者ではないので断言はてきないけど骨は折れていないと思う。
ハンカチで唾を拭き取り、二人の間に割って入る。
くっ、小さすぎるため私には存在感も、お父様と同じ威圧感もなかった。
こればっかりは嘆いても仕方ない。これから成長して大きくなっていくのだから。
「聞こえなかったか?クソガキ」
「先程の発言を撤回し、この子に謝罪するのであれば退きます」
「あん?」
「親がいないことを嘲笑い、侮辱したことです」
私も早くに親を亡くした。この人の言う親のいない子供。
でもそれは!!見下される理由ではない。決して。
可哀想と言われることも、失敗をすればすぐ「親がいないから」と笑ってくる人もいた。
親がいないのは悪いことで不幸せ?
誰が決めたの、そんなこと。
無性に会いたくなるときは確かにあった。いくら時間が過ぎても不意に思い出す。
二人はもういないと。
寂しくて悲しくても、自分を不幸だと思ったことは一度としてない。
私を愛してくれる家族はいたんだ。
数えるほどしか会ったことのない孫を育ててくれた祖父祖母。
あの日々があったから私の心は折れることなく、真っ直ぐに育つことができた。
「孤児なんて汚くて常識もない。生きてるだけでみんな迷惑してんだよ!!」
悪意を持って遠回しに男の子の、孤児の死を望む男性に対して怒りとは別の殺意が芽生えた。
『優里ちゃん。生まれてきてくれてありがとうね』
『じじばばと暮らすなんて恥ずかしくて嫌かもしれんが、息子夫婦に負けんくらい、いっぱい愛して幸せにしてやるからな』
『今は辛いかもしれないけど、生まれてこなかったら良かったなんて、そんなことだけは思わないで』
『そうだぞ。優里のことを愛している人間がここに二人もいるんだからな』
月影優里の人生を全否定された気分。
孤児ではない。彼が見下しているのは親のいない子供。結果、それが孤児であるだけで、私にも親がいないと知れば同じように悪態をついて唾を吐く。
「何だその目は。ガキのくせに大人に向かって!!」
振り上げられた腕は私には届かない。
水の盾が守ってくれている。
「ユーリ様に何をするつもりですか」
格段に低くなった声。体格差のある男性の腕を捻り上げては、そのまま投げ飛ばす。
起き上がろうとするお腹に足を乗せグッと体重をかける。
──強すぎない、リンシエ。
もがく男性の上に黒い巾着を落とした。
中にお金が入っているので、あれが男性の言っていた財布。
「リンシエ。足を退けて」
渋々といった感じで足を上げて、胸ぐらを掴んで強制的に立たせる。
「へ、へへ。まさかお貴族様だったとは……」
身分で態度を変えた。急に弱腰になりペコペコし始めた。
「ど、どうもすみません。ちょっと気が立っていまして」
「謝る相手が違うのでは?貴方が傷つけ侮辱したのは私ではありません」
「いや、それは……へへ」
睨むように男性から視線を外さない。
小さいからこそ、毅然とした態度を崩してはいけないのだ。
私は貴族でテロイ家の娘。
正義の味方ではないけど、弱い者、助けを求めたくても求められない者の味方で在りたい。
「わ、悪かったな!」
悔しそうに走り去っていく背中にリンシエは舌打ちをした。
いつもニコニコして優しいリンシエの新たな一面。理不尽が許せないタイプなんだね、きっと。
「大丈夫?立てる?」
こんなとき治癒魔法が使えたらどんなにいいか。この魔法は私にだけしか使えないのだとしても、可能性を秘めているのなら第三者の傷も治せるようになりたい。
「は、はい。あの……ありがとうございます」
「ううん、いいの。見て見ぬふりを私がしたくなかっただけだから」
傍観者に向けた言葉。バツが悪そうに急用を思い出した彼らはその場からいなくなる。
「ねぇ、貴方。名前は?」
「シム」
「私はユーリ。よろしくね、シム」
握手を求めると固まってしまった。
何で?もしかして握手という文化さえなかったりする?いや……いやいや!!それはあるよね!?
単に私と握手するのが嫌という可能性も……。自分で思って凹む。
しょんぼりとしなが出した手を引っ込めた。
「ご、ごめんなさい!!そんなつもりじゃなくて……。俺、手が汚れているからユーリ様に触れられなくて」
慌てたように早口で弁明した。
それを聞いて心底安心する。私が嫌とかじゃなかったんだ。
隠された手を取ってギュッと握った。
「大丈夫!汚れたとしても洗えばいいんだから」
貴族であることでシムを怖がらせたくなくて笑顔を作る。
幼女の渾身の笑顔は愛らしく、好感を持たれること間違いなし。
の、はずなんだけど……。シムはそっぽ向いた。風の速さで。
──笑顔が気持ち悪かったのかなぁ?
ニコッよりニンマリを意識しすぎたのがダメだったのか。
笑顔にも種類があって、人によって好まれるものは違う。
共通してみんなが好きな笑顔があればいいのに。
「シムは教会に住んでるんだよね。一緒に帰ろ」
こんな怪我で帰ったらみんなが心配する。
私も一緒に行って説明したほうがいい。
「ユーリ様。教会は貴族の子供が預けられる場所で、平民の場合は孤児院になります」
リンシエがそっと教えてくれた。
住む場所も身分で変わってくるのか。
孤児院。どんな所だろ。服装から察するにお金に余裕はなさそう。
お父様にお願いしたら寄付してくれるかな。他の貴族みたいに身分差別をするような人ではないから断らないはず。
シムを先頭に孤児院に向かう。本当は子供同士、手を繋ぎたいけど断ら……遠慮されてしまった。
嫌がられたわけではない!!断じて!!
歳下の女の子と手を繋ぐのが恥ずかしいだけだよ。シムは男の子だから!!
街外れにある大きくも小さくもない建物。
畑もあるんだ。その割に作物が植えられていない。放置されている。
干された洗濯物はどれもボロボロ。ほとんどがほつれているのに直されていないのは必要な道具がないのかも。
洗っているはずなのに汚れが落ちていない。
「ただいま」
玄関の扉は建付けがかなり悪い。
開けるとギィィって音が鳴る。うるさくはないけど耳障り。服一着、扉一枚、直せないほどにこの孤児院はお金が足りていない。
「シム兄ちゃん!!」
「おかえり!!」
「怪我したの?大丈夫?」
私と同じくらいの子供が駆け寄り抱きつく。
髪はボサボサ。爪も欠けていた。顔色も悪く頬は痩せこけて。
栄養が足りていないと一目でわかってしまう。
炊き出しがあったとしても毎日ではない。週に一度で摂れる栄養が体に充分な量ではあるはずがないのだ。
畑があるのに使われていないのは種を買うお金さえないということ。
──私がこの孤児院のためにできることがあるだろうか。
「お姉ちゃん、だぁれ?」
「わぁ!フィナ!!」
スカートを引っ張る女の子を抱き上げては距離を取る。シムって行動が速いよね。風魔法でも使ってるのかな。
「も、申し訳ございません!ユーリ様!!」
「謝ることはないよ?だからさ。頭を上げて」
何かあるといつもこうして頭を下げるのが癖になっている。
私は今みたいな行動を不快に思ったりはしないから、謝らなくてもいい。
子供は知らない人がいたら興味を示す。知りたいと思う気持ちは大切にしないと。
「シム。帰っていたのか。ん?そちらの方は」
白髪混じりの黒髪。この男性もやせ細っている。
歩き方はしっかりしているけど筋肉はなさそうだ。あれでは重労働ができない。
「初めまして。ユーリと申します。シムが怪我をしたので付き添わせて頂きました」
「お、お貴族様でしたか!うちのシムがご迷惑を、粗相をしませんでしたか!?」
「いいえ。シムはとても良い子ですよ」
歳下の子供達にこんなにも慕われているんだ。何も疑うことはない。
「それよりも。院長さんとお話がしたいのですが、お時間を頂けませんか」
「わ、私とですか?」
「無理ならまた日を改めます」
「そういうわけでは……。ただ見ての通りこの孤児院は貧乏でして。ユーリ様をもてなす準備が……」
「私のことはどうかお気になさらず」
すぐさま私の考えを察知したリンシエは抱き上げてくれた。
ハンカチを敷いた椅子に座ると、机が高いのか私の姿が隠れる。
しばしの沈黙。走り回っていた子供達の動きも止まる。
──恥ずかしっ!!
話をするなら相手の顔を見なきゃいけないのに。
よし。外に行こう。
リンシエに降ろしてもらい、一旦孤児院を出る。




