この痛みは大切なのです
公爵邸に帰り着き、部屋ではなくアネモスと出会った裏庭で風に吹かれる。
一緒に帰ってきたアネモスは羽を閉じて体を小さくするように座り込む。
大っきいもふもふの毛玉みたいだな。
「ユーリ。手を上にかざしてごらん」
言われた通り手の平を空に向けた。
特に何もしていないのに小さな竜巻が空へと舞っていく。アネモスもそれをじっと見つめる。
全体ではないけど竜巻が登った垂直の空だけが、雷鳴を轟かせて雨を降らせた。
私は魔力を流していない。故に魔法が発動するはずがないのに。
頭が追いつかない。理解するにはあまりにも材料が少なすぎる。
「ホワイトドラゴンの属性は風。青龍は水と雷の二つを持つ」
お父様がそっと私の手を包み込めば空は元通り。
「羽根と鱗を貰い受け、体内に取り入れたユーリは二体の属性魔法を扱える」
「う?」
えーーっと、つまりどういうこと?
だって私は全ての属性を持っているわけで、新しく属性が追加されるわけでもない。
ついでに言えば現段階で魔法も使える。異例中の異例てして。
コントロールはまだだけど。
思考回路がフツフツと焼き切れる寸前。黒い煙が立ち、ショートしてしまば目を回して倒れてしまうだろう。
「元から全属性を持つユーリにはあまり関係のないことなんだけどね」
あ、そうなんだ。なぁんだ、じゃあ難しく考えなくていいのか。
………………いや、待って。
結局のところ、私は今しがた魔法を使っていた事実には変わりない。
魔法を使うために必要なものが魔力。その魔力は人間の体内に流れているものの、常日頃から魔力が漏れ出しているわけでもないのに。
私の場合は魔力コントロールが不充分ということもあるけど、今に関しては絶対に何もしていない。断言する。
イレギュラーな出来事に不安になった。
本来のストーリーを無視して生きているだけではなく、やってはいけないこと(不可抗力)ばかりやっているからか、背後からじわじわと恐怖が迫ってくる。
ゆっくりとではあるけど確実に。
飲み込まれてしまったら最後、私は……。
悪魔が耳元で囁く。
今からでも生きることを諦めてしまったほうが、この世界で生きるみんなのためになる。
所詮はモブにさえなれなかった存在しないキャラクター。公女の座をまだ見ぬヒロインに返すべきだ。
私のせいで幸せを奪われたヒロインがいるのも事実。
この世界はヒロインのために作られた。私如きが横取りをして、あまつさえ幸せになろうなんて。
「ユーリ。そんなに心配しなくてもいいのよ」
推し潰そうとしてくる不安から守ってくれるかのように、お母様は温もりは偉大だった。
温かさだけではなく優しさもあり、小さなこの身を委ねてしまいたい。
迫ってきていた黒い恐怖が波のように引いていく。
光が差したかのように視界が開けて明るくなった。
悪魔の囁きももう聞こえない。
心に重くのしかかっていたものは消えてなくなる。
私が潰れてしまわないよう、持ち上げてくれたのだ。
無性の愛と底なしの優しさで。
「ホワイトドラゴンと青龍の体の一部を取り込んだことによって、魔法が使えるようになっただけよ。だからね。なんにも怖がることはないのよ」
そういうものなのか。それなら良いんだけど。
名前を教えてもらい契約することで魔法陣を使いアネモスの魔法が使えるようになる。
今回のように羽根を貰った者……私は魔力切れを起こしたとしても、アネモスやブロンテーの魔法を使えるようになったのだ。
アネモスとブロンテーが持つ属性だけ。風、雷、水の三つもだ。
自在に操れるようになるのには、やっぱり訓練が必要ではあるけど、ある程度は今みたいに使えるので不便はないはず。
あまり感情の読めないアネモスが笑った気がした。クールにではなく可愛く。ニッコリと。
私がアネモスの魔法を使えることに喜んでいるようにも見えた。
──嬉しい、のかな?
「ユーリのことは王都どころか国中に広がっていくだろう」
「大丈夫ですよ、父上!俺が守ります!ユーリは俺の妹ですから!!」
「お前はやり過ぎるときがあるからな。あまり期待していない」
「え゛っ!?」
「ノルア。ティアロが暴走しないように見張っておけ」
「はは。了解しました」
「兄上まで!?うぅ……ユーリ。ユーリは俺の味方だよな?」
「…………あい」
ティアロお兄様は悪い人ではない。
性格と口がちょっとだけ悪くて、乱暴者に見られがちだけど根は優しくて良い人。
ノルアお兄様は落ち着いていて、いかにも貴族のお手本って感じがするからマイナス要素が目立ってしまうだけ。
泣き言を漏らすティアロお兄様を慰めるべく頭を撫でると、感動のあまり抱きしめられた。
加減を無視して。幼児に対する力ではない。
助けを求められない苦しさに見舞われていると、ノルアお兄様がティアロお兄様の頭を叩いた。力いっぱい。かなりいい音がした。
「そういうとこだよ、お前は。大丈夫だったか、ユーリ?」
「ん……」
苦しかった故意にやったわけではないので、怒るつもりはない。
力強く抱きしめられていた痛みはなく、それさえも無意識の治癒魔法が治してくれている。
──嬉しいはずの痛みなのに……。
頑張ることが追加された。一日でも早く魔力をコントロールして、治癒魔法の発動を止めないと。
この痛みは知るべきもので、早くこの手で触れたくなった。




