お友達になりました
王子様に案内されたのは庭園の一つ。
青い花だけが咲き誇る。
不思議な空間。周りの空気は冷たいのに温かさのようなものを感じる。
女性騎士は私を降ろしてくれた。
花の香りに包まれながら鑑賞していると、王子様は私の目の前で仁王立ちをしていた。
「ぁ…っ、ユーリ。その……さ、さっきは……すまなかった!!事情を知らなかったとはいえ、あのような無神経なことを」
唇を噛み締めて今にも泣いてしまいそう。
握り締められた拳も震えていた。
本気で反省しているのが伝わる。
簡単に許されるようなことでないとわかっているからこそ、まずは非を認めてしっかりと謝罪をしてくれた。
幼くもれっきとした王子様。甘やかされて育っていない。
王子様の手を引っ張ると意味が通じて、座ってくれた。
「いいこ、いいこ」
ちゃんと謝れた王子様の頭を撫でた。
厳しくするだけではなく、正しい行いをしたら褒めてあげると子供はもっと成長する。
「こ、子供扱いするな」
子供では?立派な。
私もだけど。
ユーリは4歳でも優里は26歳になりたて。
こういう子を見ているとついつい心がほわほわしてしまう。
──癒しの一つだよね。可愛い子供って。
男の子はプライドも高く歳下の女の子に子供扱いされるのは嫌か。
身分にも差があり馴れ馴れしくするのも良くないな。
距離感を大切に、王太子として接していこう。
露骨すぎると機嫌を悪くさせるかもしれないので適度に。
こういうときは社会人としてのスキルが役に立つ。伊達に会社勤めしていないと証明してみせる。
「名前……」
「う?」
「俺の名前。まだ教えてなかったな」
というか私。屋敷の中だけが行動範囲だから身内以外の人と話すことも、名前を教えてもらうのも初めて。
アネモスは……家族みたいなものだよね。
「エルノアヴィルトだ」
また言いづらい名前を。噛む自信しかない。
間違ってエクレアとか言ったら恥ずかしいんだけど。
「呼びずらいならエルと愛称で呼ぶといい」
それなら簡単だ。
「えう!」
「ち、違う!エルだ」
「えう?」
くそ!まさか「エル」が言えないとは。予想外すぎる。
滑舌が悪いわけではない。舌足らずなだけ。子供なら誰にでも起こりうる。
近所に住んでいた子供も、覚えたての言葉をドヤ顔で言うも言えていなかった。
それがまた可愛いのなんの。
私が何を言いたいのかというと。ユーリは4歳で、これまでの環境を考えると上手く言えなくて当然である。
王子様……エルノアヴィルトはほっぺたを膨らませていた。
──えーー、マジですか。
めちゃくちゃ怒ってるよ。
不敬とか言わないよね。子供の可愛い言い間違えを!!
2年前の自分を思い出して。王族であろうとも、言葉を喋れない時期があったはずだから。
「(殿下が初対面のご令嬢に愛称を許可するなんて)」
護衛に付いてきた女性騎士はにこやかに見守っているけど、私はいつ死刑を言い渡させるかと心臓がバクバクして痛い。
胃もキリキリして吐きそう。
もしも連座になるようなら私はテロイ家を出て行かなくては。
私の失態であんなにも優しい人達が死ぬなんて耐えられない。
あんな暗く狭い部屋から見つけてくれただけでも奇跡なのに、教会に預けることなく養女にまでしてくれた。
名前を呼んでくれて、溢れんばかりの愛もくれる。
大好きで愛しくて、ずっとずっと幸せの中で生きていて欲しい。
「え、えう……。ごめんねぇ」
「なぜ泣く!?そしてなぜ謝る!!?」
「殿下がそのようなお顔をされているからですよ。ユーリ様は殿下のように上手く喋れないのですから」
「ま、待て!俺は別に怒っているわけではなくてだな。だから、その……」
「えう、おこってにゃい?」
「当然だ!!だが、勘違いをさせてしまったようだな」
安心すると緊張も解ける。
零れる涙を拭って、目を手で擦っているとエルノアヴィルトがハンカチを差し出してくれた。
握る力は強くなったとはいえ、手に持つ瞬間はドキドキだ。
落としてしまわないように両手で受け取り、ゆっくりと慎重に涙を拭く。
「ユーリはどこの家で生まれたんだ?全属性を持っていれば重宝される。虐待なんて起きるはずが……」
──どこと聞かれましても。
お父様からミトン公爵のことは聞いたけど、それは勝手に話していいことなのか。
わざわざ兄弟間の不仲を王家の耳に入れる必要はないし。
うーん。困ったな。判断がつかない。
答えられずにしょんぼりと俯くと、またもエルノアヴィルトは慌てた様子で謝った。
思い出したくない蓋をした過去を無理やりこじ開けてしまったと猛反省。
誤解をさせてしまった罪悪感。エルノアヴィルトは何も悪くないのに。
その辺のことも含めてお父様に確認しておかないと。
これからも出会う人に同じ質問をされるかもしれないしね。
「俺は失言ばかりだな」
そんなことない!と、首を横に振った。
「こんなカッコ悪い俺だけど、その……。えっと……。そう!友達に!!なってはくれないか」
耳まで真っ赤になって。
友達になりたいなんて自分で言うのは恥ずかしいよね。わかるわかる。
私だけではない。みんなそうだ。
初めて会った人に、友達になろうと言うには勇気がいる。
緊張からドキドキして、心地良い痛みが体を襲う。声が震えないように気丈に振る舞って。
王太子の友達に選ばれるのは家柄重視。敵になりにくく味方として忠誠を誓ってくれている家門が好ましい。
テロイ家は条件に当てはまっているのだろう。
兄弟がいないから暗殺はないにしても、利用しようとしてくる大人は必ずいる。
欲に溺れた大人の争いに巻き込まれないためにも、力の強い家門が傍にいるのは安心するのだろう。
「うん!」
力強くうなづいた。
こちらの世界で初めての友達。しかも異性。
私なんかが……と卑下するよりも、私を選んでくれたと前向きに考える。
友達としてエルノアヴィルトのために何ができるのか。
今の私が持っているものはテロイ家の権力だけ。
まさに虎の威を借る狐。
私個人がエルノアヴィルトの力になれることはない。今はまだ。
成長してエルノアヴィルトに好きな人ができたら全力で応援しよう。恋が成就するように協力もしたい。
あとは……魔法を使えるようになったら、私の持つ治癒魔法でみんなの怪我を治せたらいいな。
小さく息を吐いたエルノアヴィルトは首から下げているペンダントを両手で包み込む。
黄色く光ったかと思えば突如、大きな影が陽光を遮る。
上を向けば話に聞いていた龍が空を旋回していた。
鱗が青い。となるとあの子の名称は青龍かな。
「我が王家を守護する青龍。テロイ家のホワイトドラゴンと同じく最強の座に位置する聖獣だ」
死ぬまでに龍の姿を拝めたらいいなとは思っていたけどさ。
まさかこんな簡単に会えるなんて。
契約して守護者となった魔物は滅多なことでは姿を現さないし、こうも易々と人の目に触れさせていい存在でもない。
神獣ともなれば尚更。
エルノアヴィルトはなぜ、青龍と会わせてくれたのだろう?
友情の証にしては出血大サービスすぎるしな。
もしや……。女の子と話すのが苦手で、会話に行き詰まり呼び出したとか。
王子って肩書きだけでも苦労するのに、王太子ともなれば甘い蜜を吸いたい人間ばかりが集まってくる。
ある程度の線引きをしているとはいえ、中には切り離せない人脈はいるものだ。
次期国王なら婚約者も必須。同年代の女の子を毎日のように紹介され宛てがわれていたら、うんざりして口を開くのも嫌になって当然。
心身共に疲れ果てているのに、私に気を遣ってくれるのは紳士としての振る舞い。
──優しいな、エルノアヴィルトも。
青龍はギロリと鋭い目で私を捉えた。深みのある紅色。鮮やか。
青い鱗も太陽の光を反射してより美しい。
おっと、見とれている場合ではない。挨拶しないと。
「ユーリ、です。よ、よろし……」
最後まで言い終わらないうちに青龍は髭をゆったりと揺らしながら顔を近づけてきた。
はて?これは前にも経験したような……。
触れたのは額ではなく口。龍の姿からして額と額を合わせるのは難しい。
凛々しい声が頭の中に響く。
「ブロンテー?」
そっと呟いた。眩い光に包まれ、しまったと思ったときにはもう遅い。
取り乱してはわはわする前にブロンテーの鱗が一枚剥がれ落ちる。
生え変わりじゃないよね。他の鱗はそのままだし。
拾って返してあげたくて、すくい上げるよくに鱗を拾う。
瞬間。何やら模様が浮かび上がり、黄色と青色の光が天を貫いた。
一瞬の出来事だったけど光は眩しく濃い。遠くにいても今のは見えただろう。
何これ?というように振り向くと、エルノアヴィルトは目を見開き驚いたまま、女性騎士は慌てた様子でどこかに駆け出す。
──やらかしたかなぁ、私。
どうしていいかわからないでいると、またも大きな影が太陽を遮った。
翼を羽ばたかせながら降り立つのはアネモス。




