お城へ行こう
私は今、ドッキドキである。というのも。今日は王様に挨拶に行くのだ。
テロイ家に新たに家族が増えたことと、私が全属性持ちであることの報告。
下手に隠し立てしていると、バレたときに面倒事になる。お父様を失脚させて後釜を狙う貴族は反逆罪だと、訳のわからない罪を被せてくる可能性もなくはない。
馬車に揺られて王都で一番大きく美しいお城に到着。
剣を腰に差した騎士が二人、馬車の家紋と中を改めて、敬礼して見送ってくれる。
──門番も大変だな。
交代制とはいえ一日中、門の前に立ちお城に入る人をチェックしなくてはならない。
素直に応じる人ならともかく、貴族だという理由で拒む人も多いだろう。
ご苦労さまです、ほんと。
馬車を降りて、見事に花が咲き誇る庭園を歩く。あ、私は抱っこで。
訪れる人を歓迎してくれるかなような花々。その美しさに圧倒される。
花は元いた世界と同じ。季節によって決まった花が咲くことも。
これなら種を植えて私でも育てられそうだ。
お城の中は豪華絢爛。まだ玄関だというのに貴族と王族の差を激しく感じる。
自国だけではなく他国の貴族や王族も出入りする場所でもあり、権力の象徴として派手に作ったのかもしれないけど。
この維持費って国民の税金だったりするのかな?
無駄遣いだと思う私の心は狭いのだろうか。
長く広い廊下を迷うことなく歩き、目的地に着くお父様がカッコ良い。
「お待ちしておりました、テロイ公爵様。皆様、お揃いです」
身なりが整った二十代後半の男性が扉を開ける。
広く奥行きのある部屋。中央奥には階段があり、それを上った先に豪華な椅子が三つ。
真ん中から王様、右が王妃様、左は王子様だと思う。多分。
部屋の隅には偉い人達がズラリと並ぶ。
神殿で対応してくれた神官もいて、私を見るなり柔らかく微笑んでくれた。
知らない人だけじゃないことにホッとしつつも、安心したわけではない。
多くの視線が私に注がれる。敵意や好奇といった、あまり良い気分でないものが。
「その子がリミックの娘か?」
ダンディな王様が優しく問う。
タレ目気味の目尻のせいか、とても優しい印象。
反対に王妃様の目つきは鋭く刺々しい雰囲気ではあるけど、冷たい感じはしなかった。口角が上がっていることから、私を怖がらせないように笑顔を作ってくれている。
王子様は凛々しい顔立ち。私より少し歳上。六~七歳かな。
雰囲気は少し近寄り難い。ガキ大将……ではないけど、あまり仲良くなれなさそうなタイプ。
キラキラと光る金髪はまさに黄金色。太陽に当たるともっと輝く。
瞳も金眼で髪色とは少し違う。色味が薄い。
つり上がった目は王妃様によく似ている。
かしこまった場が嫌いなのか、どこか退屈そう。姿勢を正してはいるものの落ち着きはない。
子供、しかも男の子ならじっと座っているよりも外を走り回ったり剣術を習ったりと、体を動かしたいのだろう。
私と同年代の男子も休み時間になるとすぐさまグラウンドに駆け出していた。
見れば見るほど綺麗な顔。
あの歳で既に完成された美形ってことは主人公の周りにいるメインキャラ。
──身分からして婚約者か!!
「ユーリ。陛下にご挨拶を」
──礼儀作法なんて習ってませんけど!!?
月影優里。この手の漫画は読んだことがあるはず。そのシーンを真似すればいい。
えっと確か……スカートの端を摘んでお辞儀だっけ?
「おはつにおめにかかります。ユ、ユーリ・テロイです」
これで合ってるかな?恐る恐る顔を上げると、ニッコリと微笑ましく表情を綻ばせた王様と目が合う。
良かった。間違いではないようだ。
「お前。魔法を使わないと声がここまで届かないのか?」
…………はい?
王子様は何を言っているのか。
魔法なんて使っていない。使えるほど魔力コントロールはまだ出来ないのに。
正確に意のままに扱えたらどんなにいいか。ずっと練習をしているのに、努力が実る気配はない。
「殿下。娘は長きに渡り実の親から虐待を受けてきました。故に喋ることが苦手なのです」
王族相手にドスの効いた声に人殺しの目!不敬では!?
急に温度が下がったのか寒い。背筋が凍ったのは私だけではなかった。
壁際に立つ偉い方々も真っ青。
よーーく目を凝らして見ると何やら赤い霧のようなものが室内に充満していた。
まさかと思うけどこれ、いつでも燃やせるっていう脅し?
「許可なく魔法を使ったことは謝罪致します」
胸に手を当てて頭を下げたのはノルアお兄様。
属性は風なんだ。へぇー。
誰がどの属性を持っているかなんて、聞いたことがなかったな。そういえば。
か細い私の声がみんなに届くように、声を風に乗せて届けてくれたお兄様の優しさに感謝する。
誰にも聞こえていなければ私を嘲笑う視線へと早変わりしていただろう。
ここにはそういう大人が集まっている。
「こんな幼い子を虐待だと?」
王様の眉がピクリと動いた。王妃様の表情もさっきより険しい。
王子様は……私から視線が逸れた。
躾と虐待の線引きは難しい。暴力を振るっている側が躾だと言えば手足を切られようが目を抉られようが、躾なのだ。
子供でさえ、酷い暴力を躾だと認識する。
浴びせられる親の言葉は呪いとなり、意識も思考も全てを洗脳していく。
まともな判断がつかなくなる頃には心が壊れる寸前。
家族という小さな世界で行われていることは、誰にもわからない。
主に貧しい平民や下級貴族が子供に手を上げる事例が多く、上級貴族が虐待を。殺す明確な意図を持って部屋に閉じ込めるなんて、それはもう……。
「だから引き取ったのか。その子を」
「救える命を目の前で見捨てるほど落ちぶれてはおりません」
会話から察するに、虐待の事実があったとしても、裁く法律はこの世界にはない。
傷ついた子供は親元から離されて、教会預かりとなり里親が見つかるまで神官か巫女となる。
安定した平穏な|日常の変化を望まない子供は里親を望むことなく、一生を神様に捧げ尽くす子も多いとか。
「時にリミック。其方からの報告は誠か?ユーリが全属性を持っているというのは」
空気がザワつく。
「まかさ」
「ありえない」
「あんな子供がか」
様々な言葉が飛び交う。疑いの眼差しは鋭く、まるで凶器。
肌を突き刺し体の内部にまで侵入したかのような不快感。
俯いて逃げる選択肢がある中で私は、小さな足で真っ直ぐと立ち背筋を伸ばす。
少なくとも今の私はユーリ・テロイ。養女とはいえテロイの名を持つ、れっきとした貴族令嬢。
見下されていい存在ではないのだ。
「陛下!!公爵は虚偽の発言をしております!!二つの属性を持つのも珍しいというのに、全属性など!!」
「公爵様の申し上げたことは嘘ではありません。その証拠をお見せ致します」
神官は魔力石の入った箱を持ち、私の前で膝を付いた。
一切の不安や迷いのない淡紫の瞳が優しく私を映す。
「ユーリ様。こちらをお持ち下さい」
ご丁寧に開けてくれた箱から魔力石を手に取る。
神殿に描かれていた模様はないのに、石は眩く光った。
あまりにも眩しさに光を手で遮る者ばかり。
「ありがとうございます。もう大丈夫ですよ」
石を箱に戻した。光も消える。
「皆様もご存知の通り、魔力石は一人につき一つ。属性を表した魔力石は他者が触れたところで一切の反応は示しません」
この上ない証明だ。
一瞬にして全員の目の色が変わる。
私を人として見ていない。どうやって手中に収めるか。そんなことが頭の中を埋め尽くす。
取り繕った仮面が剥がれて、人間の嫌な部分が全面的に押し出される。
お金と権力。そして欲。自らを満たしてくれるものは、どんな手を使ってでも手に入れたい。
私は彼らにとって金の成る木。金の卵を産む鶏。……人ではなくただの道具。
「退屈だ!!」
王子様の叫びは空気を破壊した。
不穏でどんよりとした重たい空気は緩和され、椅子から飛び降りた王子様は私の目の前に立つ。
たった二歳しか違わないのに王子様が大きく見える。
「ここは大人ばかりが集まってつまらない話をするだけの、つまらない場所だ」
饒舌に語るんだな。
やれやれというような態度はいかがなものかと。本心をぶっちゃけすぎでは?
「ユーリ。散歩に行こう。城内を案内してやる」
この誘いは受けるべき?私は王様に会いに来ている。いくら王子様に誘われたからといって、許可なく退室するのは……。
「ユーリ。殿下からの申し出だ。行ってくるといい」
いいんだ。お父様がいいと言ってくれるのなら、いいのだろう。
小さく頷くと王子様が私と手を繋いだ。
ほぼ同年代の子供の手は私よりも大きくて、繋ぐというより掴まれているのほうが正しい。
「殿下」
お父様の声はさっきよりも低く、明確な怒りを表している。
下から見るその目は王子様だけを捉えていて、指一本でも動かしたら一瞬で灰にする勢い。
──こんなにも炎属性が似合う人もいないだろうな。
「ユーリはまだ長距離を歩けません」
「む、そうか。では侍従を……」
「は?私の大切な愛する娘を男の腕に抱かせるとでも?」
何言ってるの、お父様は。真面目な顔して本気のトーンで。
お母様やお兄様達も笑ってはいるけど、背後のオーラはドス黒い。
王子様も自分に向けられる態度に疑問を抱いている。
従順に従いひれ伏せとはまでは思ってないけど、王族としてもっと顔を立ててくれるとは思っていたはず。
普通はそうだろう。
兄弟がいないのであれば次期国王は彼なのだから。
「城内で何かがあるとは思いませんが念の為、侍従よりも騎士を同行させたほうが安心ではありませんか?」
提案している風ではあるけど、実は命令している。
しかも視線の先にいるのは女性騎士。
お父様は彼女を同行させろと言っているのだ。
人畜無害な顔して、平然と脅しながら。
「リミックの言うことも一理あるな」
王様が手を挙げると女性騎士は颯爽と私の前に跪き、ぎこちない手つきで抱き上げた。
毎日のように剣を握っているその手は固く、マメもできている。いっぱい努力した証。
──私も見習わなければ!
王子様を先頭に一足先に退室させてもらう。
私達が抜けてから、どんな会話をしていたのかなんて知る由もない。




