決まりごとがあるんです
「まず」
真剣な話をするはずなのに、私はお父様の膝の上。
本人は至って真面目で、水を差すようなことは思うまい。
「ホワイトドラゴンの名前を人前で口にしてはダメだ」
コテン?と首を傾げた。名前とは呼ぶためのものではないのだろうか。
「魔物の名前……真名は特別なんだ」
ふむふむ。お父様の言いたいことはこうだ。
魔物の真の名前、真名とは特別な人間にのみ教えられる。
長きに渡り信頼を得なければ決して教えられることはないそうだ。
アネモスは初代テロイ公爵と契約して、テロイ家の守護者となった。
魔物の寿命は魔力。命を天に還さないために週に一度、大量の魔力を譲渡する。その代わり、いざと言うときにアネモスの魔力を借りられるのだとか。
それが契約。信頼云々もちゃんとあるからこそ、何百年もの間、テロイ家とアネモスは契約破棄をしなかった。
契約者はテロイ家全員ではなく当主、今はリミック・テロイだけなんだけど。
ノルアお兄様が公爵の座に付けば契約者が代わる。
複雑な儀式のようなものはない。当主の証、“パイオン”という灰色の指輪を継承し魔力を流すだけ。
それはアネモスからの贈り物。契約者であるテロイ公爵への。
普段は見えないだけで、アネモスの名前を呼びながら魔力を心臓に集めることで手の甲に風の魔法陣が浮かび上がるらしい。
契約した魔物の属性によって陣は異なる。複雑すぎて人間には真似して描くことは絶対不可能とまでされている。
魔物の呼び方は名称で統一。特別な真名だからこそ、他者に知られてはならない。
真名で呼ばれ、命令をされたら言霊のように縛られて逆らえなくなる。
人間と契約できる魔物の魔力は膨大。悪行にでも利用されたら一大事。国を更地に変えるなど造作もない。
だからこそ。魔物は真名を隠す。人間もまた無理に聞き出さない。
それは暗黙のルール。
血筋で魔物と契約しているのはテロイ家を除くと王家だけ。しかも龍らしい。
こっちは私の知る龍と同じだ。
長い体に長い髭があり、全身に硬い鱗。角が生え、足は四本で美しく空を舞う。
属性は雷と水。二つの属性を持つのは龍だけ。
ちなみに龍は魔物ではなく神獣。
「ユーリは個別にホワイトドラゴンと契約しているから、困ったときは名前を呼んで助けてもらうといい」
「…………う?」
またも首を傾げた。
契約なんてした覚えはない。名前を呼んだのは不可抗力だもん。
「ホワイトドラゴンから魔力を貰っただろう?あれは服従の証だ」
人間と魔物が魔力を交換し合うことを契約とするなら、魔物から一方的に魔力を貰うと服従を意味する。
アネモスはなぜか私を気に入り、服従することを誓った。
ふ……ほんと何で?だよ。
契約ならまだしも服従?私にそこまでの価値はないだろうに。
魔力の多い人間に惹かれるのだとしても、私は多いだけ。まともにコントロールさえ出来ていない。
何人と契約するかは個人の自由。自分だけにしろと、縛ることなどおこがましい。
が、服従することは非常に珍しく、何百年の歴史を遡ってみてもそんな記録はどこにもなかった。
人間と魔物の時間は異なる。どちらがの命の灯が先に消えるかなんて言うまでもない。
置いていくことになるのだ。私は。アネモスを。
そもそも。人間が全ての属性を持つことさえ歴史上初。
多くても三つが最高。中でも光と闇は人間が持つ魔法としてはかなり高度。神の力として崇めていた時代もあった。
権力重視の家にいたら間違いなく、政略結婚の道具としてしか扱われない。
王家か他国に嫁いだあとは子供を産むだけの名ばかりの正妻として、孤独だけを押し付けられる。
政治に関わることもなく、体裁のためだけの人形と化す。
それは今も同じかもしれない。
居場所が代わっただけで、他の貴族や王家に知られてしまったら、国のために、を理由に自由が奪われる。
でも……。そんなことはお父様が許さない。家族を道具して扱われることを嫌う。
こう見えて家族が大好きだから。
──お父様に見つけてもらえて良かった。
非人道的な有り得たかもしれない未来を想像すると、胸の奥がキュウっと締め付けられる。
死んでいくだけだった私を助けてくれただけでなく、何者からも未来を守ってくれる力を持つ。
お父様にしがみつくと安心をくれるように微笑みながら頭を撫でてくれた。
大丈夫だよと、言ってくれている。
怖いことはもうない。何があっても守ってくれる家族がいるから。
幸せと安心が同時に降り注ぐ。雪のように一粒一粒。
触れると溶けて体の中に染み込んでいく。
空っぽの心を満たしてくれるかのように温かくて。
他の誰でもない。テロイ家の家族になれたことが幸福。
生まれてきたことに意味を与えてくれる。
感謝を伝えたいよりも先に私は……。
「お、おと…うさま。おか…あ…さま。お、にい…さま。だ、だい……だいしゅき」
……噛んだ!!恥ずっ!!
私が言い直すよりも早くティアロお兄様が涙目になりながらワナワナと肩を震わせる。
ノルアお兄様は口をギュッと結ぶ。
お母様は口元を手で隠して、お父様は上を向いたまま目頭を抑える。
「私達もユーリが大好きよ」
一雫の涙を拭ったお母様は透き通る声で、想いのお返しをくれた。
いつもよりいっぱい喋ったのに、喉に違和感は感じない。
今なら伝えられる。もっと早くに言わなくてはいけなかったことを。
「たすけ、てくれて……あいがとう」
また噛んだ!
私が恥ずかしがる暇もなく四人の手が一斉に伸びてきて頭や背中を優しく叩いてくれる。
大好きで愛おしい家族。もっといっぱい「大好き」を伝えられるように、1日でも早く喋れるようにならないと。




