女教皇《ハイプリエステス》その2
意外なことに入学式兼始業式は滞りなく無事に終了した。
俺はてっきりあのジャンケンチャンピオンがまたわけのわからない挨拶でもやらかすんじゃないかと思っていたんだがそんなこともなかった。(「この学校に入学したからには将来を見据えて・・・・」と喋っていたが開始5秒で興味をなくしたので内容は覚えていない。)
どうやら締めるべきところでは締められる人間であるらしく、つまりあの奇怪な言動は地であるということで。
俺はその事実に少し身震いした。
本当のアホは怖いが、理性的なアホはなお性質が悪い。
まぁそんなわけで、変な夢のせいで寝不足な俺は目を開けたまま眠るという美技を発動し、体力の回復を図っていたのだが千夏からボディに1発もらい(驚くべきことにこの技を最初に破ったのは先生ではなくコイツだ。)断念せざるをえなくなったこと以外は何も起こらなかったというわけだ。
「・・・痛ぇよ、ちくしょー。」
所変わって俺と千夏は今年から新しく世話になる教室にいる。
現在、俺のボディの鈍痛について隣の席になった千夏に絶賛愚痴り中。
「自業自得でしょ?だいたいなんで目を開けたまま寝られるのよ?あんた前世は金魚だったりするの?」
「ねぇ、問題はそこ?むしろ女子が男子を起こすというちょいとラブコメってそうな場面で迷わずボディブローを選択しちゃう君の方にこそあるんじゃないのかなと俺は思う。さらに、攻撃した本人がそれを言うのはどうかとごめんなさい即座に謝る。だから拳をしまえ。」
「まったく・・・口ばっかり達者なんだから・・・。」
呆れながらも拳を解いてくれる千夏。
現在は無事クラス分けも済み、昼前に帰宅が可能というナイスなイベントの開始の合図を待っているところである。
要するにホームルームの先生を待っている。
「ねぇ、今年の私たちの担任は誰だと思う?」
と、俺に尋ねる千夏。
「さぁな、荒さんじゃなかったら誰でもいいよ。」
と、机に突っ伏す俺。
クラス分けは発表されたものの、担任は最初のホームルームのときに初めてわかるという,
よくわからないシステムを採用している学校である。
実は単純に今くじ引きとかで適当に決めてんじゃないのか?
そうそう、俺と千夏はなんの因果か小学3年生を除く過去13年間同じクラスに所属している。
今回で14年目。幼稚園年少時代から脈絡と続く腐れ縁なのである。
「お前は今日この後は?」
やることもないので時間潰しに会話を続ける。
「ん?私は今日から部活再開だよ。新入生勧誘の準備もしなくちゃだし。」
「へー、大変なんだな。」
俺は気の無い返事を返す。
「まーね。でも好きでやってることだし。」
「好きなことが格闘技か?現役女子高生の趣味がそれって正直どうかと俺は思うぞ?」
「うっさいわねー、いいのよ別に。私がいいって言ってんだから。あ、あんたに伝言があるわよ。お父さんが今夜ジムに顔出せってさ。」
「わかった、気が向いたらな。」
「いやそこは行くって言いなさいよ。仮に嘘でも。」
と呆れ顔になる千夏。
でもなー、親父さんと顔を合わせるとしつこいんだもんなー。
と、内心で嘆息する。
千夏の親父さんは元プロボクサーで今は引退しており、トレーナーとしてボクシングに関わっている人である。
そして何をトチ狂ったのか、自分の娘にボクシングを教えているボクシング狂でもある。
普通女の子にボクシングを仕込むか?
だがそのおかげか、普段家で鍛えられている千夏は現在、女子空手部の期待のエースの座にいる。
いや、もう最低学年ではないのだから『だった』と表現すべきか?
本当はボクシング部に入りたかったらしいがこの学校にはボクシング部は無く、仕方なく空手部にいる。
そんな女のボディを、しかも寝込みに喰らったのだから痛がっている俺が貧弱なのではなく、むしろこの女が異常なんだと自己完結しておく。
「ね、ねぇ・・・隼人?」
そんなことを考えながら突っ伏し体勢を維持していたら隣に座る千夏が声をかけてきた。
心なしか声に緊張の色が含まれている気がする。
「なんだよ?」
とりあえず俺は体を起こす。
「なんかあったのか?」
こういう緊張する千夏は珍しいのでこちらから尋ねる。
なにか悩み事か?
「いや・・・その・・なんて言うか・・。」
ねぇ?と俺に曖昧に同意を求めるように投げかけてくるが俺にわかるわけもない。
いったいどうしたってんだ?
「なんだよ?はっきり言えよ。」
「う・・うん、あの・・・さ、隼人は・・・さ、その・・、格闘技やってるような女の子とかって・・・その・・嫌いだったりする?」
言い終えた千夏は耳まで赤くなっている。
なんだそんなことか。
「安心しろよ、ボディはもう痛くないし、お前に殴られるのには慣れっこだからな。そんなことでお前を嫌ったりしねーよ。」
と俺は笑顔で返してやる。
そもそも俺も千夏に巻き込まれて、いやいやだが親父さんに鍛えられていた時期もあったんだ。
痛がるのはフリというか、会話のための演技というか、そんなもの。
・・・まぁ痛いけど。
「だから気にすんな。」
大雑把なようでいて気にしいだよなぁ、とか考えていると真っ赤だった千夏の顔は苦笑いと呆れが混ざったようななんともいえない顔に変化していた。
おや?なにか間違ったかな?
「・・・ハァ、うん、そうね、ありがと。」
「不満そうだな?なんか違ったか?」
「そんなことないわよ、うん。そんなことない。」
言いながら今度は千夏が突っ伏し体勢に入る。
変な奴である。
まぁいい、俺にも考えなければならないことがある。
早速放課後の予定を立てているとガラリと教室の扉が開き、俺たちの新たな担任が入ってくる。
先生の右手にはクラス名簿。左手にはバタフライナイフ。
・・・冗談じゃねぇ。
「・・・あー、席に着けー。」
ドンッと教卓に生徒名簿を置いた音、ではなく、同時に突き立ったナイフの音だったりする。
嫌過ぎる号令で静かになった教室で荒さんが淡々と気だるげに挨拶を始める。
「・・・えー、・・・私が今年の2年D組の担任になった荒木だ。・・・まぁ君らも2年生だから名前くらい知ってるだろう。」
本人は自分の知名度に自覚がないらしい。
生徒の中で『怒らせたらヤバいランキングベスト3』から外れたことがないというのに、不思議なものだ。
まぁ教えてやる勇気ある生徒もいないのだろうが。
「・・・でだ。・・・私は少々声を張るのが苦手だ。・・・暴力も好まないし、それ以前に体力がない。
・・・だから・・・なにかトラブルがあったり、諸君らがやかましかったりしたら・・・」
チラリと目を机に刺さるナイフに目をやる。
「・・・コイツに頼るのでそこだけは・・・理解しておいてくれ。」
というおおよそ教師の発言とは思えない発言により、一層教室内が静寂に満ちる。
「・・・うん、協力ありがとう。・・・では明日の連絡だ。」
そう言って涼しい顔をしてホームルームを進めていく荒さん。
さすがである。
そのおかげであっという間に連絡が終わり、放課後が訪れる。
「じゃあ私は部活に行くけど、ちゃんとお父さんの伝言伝えたからね?」
と、カバンを背負いながら釘を刺してくる千夏。
「あぁ、悪い、その話だが本格的にキャンセルだ。」
「・・・まぁいいけど、他に何か用事でもあるの?あんた帰宅部じゃん?」
「まぁ、そんなとこだ。部活がんばれよ。」
と俺は手を振りながら答える。
「ん。じゃね。」
軽く手を振り返しながら千夏は出て行った。
「・・・さてと。」
俺もゆるりと立ち上がる。
こちらから突っかかって行くつもりはないが、今朝の様子からすれば近いうちに向こうからのコンタクトがあるだろう。
そのときに交渉が始まるのか襲われるのか、それすら定かではないがなにぶん俺は相手を知らなさすぎる。
できる限り相手を知る努力をすることは俺の人生において無益ではないだろう。
「問題は調べるにしても顔しか知らないからどうすりゃいいかって所なんだがな。」
そう一人ごちながら俺はゆるりと教室を後にした。