女教皇《ハイプリエステス》その1
未早少年は陸上部である。
陸上部の中でも短距離走に属する選手で、しかもスポーツ推薦で高校に入学するほどの実力があった。
「・・・はぁっ・・・はぁっ・・・はぁっ・・・・」
彼は今現在も夜道を走っている。
トレーニングだろうか?
いや違う。一般常識に照らし合わせれば学生服のままトレーニングを行う人間は皆無とは言わないまでも極々少数のはずだ。
そして未早少年は一般常識から大きく外れるような人間ではない。
ならばいったい何故そんな格好で、しかも全力疾走などをしているのか?
答えは簡単、彼は追われていたのである。
そう、『追われていた』のであって決して『追いかけられている』わけではないのだ。
未早少年はそうそうに追手を振り切っていた。
当然である。彼はスプリンターなのだ。
彼に追いすがるというのはそれなりに訓練をした人間でないと不可能である。
それでも走ることを止めはしない。
立ち止まることができない。
そんなことできるはずがない。
「ぢ・・ぐ・しょ・・・」
しかし、彼は遂に足を止めてしまう
彼の表情は苦悶に満ちていた。
疲労もあるだろうが、なによりも恐怖によって醜悪に歪んでいた。
「・・・なん・・で?」
息を整えることもせずに追手に尋ねる。
「なんで・・お前は俺の前に立っているんだよぉぉ!!???」
追手は答えない。
ただただ未早少年を見つめながら何かを呟く。
未早少年は確かに追手を振り切っていた。
だがそのたびに、いつの間にか振り切られたはずの追手は未早の前に立っていたのだ。
既に18回も。
確実に自分の後ろから追ってきていた相手が、角を曲がったその先に立っている。
その恐怖から逃れるために未早少年は『振り切っていながらも逃走する』という状態に陥っていたのだった。
そして19回目の今回、ついに未早少年の心が折れた。
最後の力を振り絞って叫んだ彼はそのまま座り込んでしまう。
「・・・・を・・・み・・?」
追手はぶつぶつと呟きながら右手に握る包丁を上段に構え、ゆっくりと近づいてくる。
だがもう立ち上がるどころか抵抗する力も、思考する力さえ未早少年には残っておらず、その瞳はなにも見てはいなかった。
「なんで私を見てくれないの?」
追手の声がようやく未早少年の耳に届いたとき、未早少年の首には本来ないはずのオブジェが突き立っていた・・・。