和マンチのための異世界転生~はよ転生しろや!~
ファンタジー系の物語を考える時、私はよくTRPGのキャラクターを実際に作りながら設定を練っていきます。
『これから皆さんには異世界ファンタジー世界に転生してもらいます』
白い空虚な空間に集められた人々の前で、くたびれた中年サラリーマン風の男が宣言する。
何人かの者たちがそれに対し「何をふざけたことを」「元の世界に帰してくれ」と叫んだ。
『ここにいる皆さんは列車事故に巻き込まれ、既に死亡しています──と、これは我々のミスや意図的なものではありませんので悪しからず』
訓練された一部のオタクは「どうせお前らのミスなんだからチート寄越せや」と言う奴が多いんだろうな、と男の説明に理解を示した。
『現在、我々が管轄している地域では出生率が減少傾向にある為、元いた世界への転生枠を用意することができません。もし異世界への転生を拒否される場合は、このまま消滅していただくことになります』
誰かが「ふざけ──」と声を上げ、言葉の途中で跡形もなく消滅したことを受け、男の提案に異を唱える者はいなくなった。
『皆さん、転生に同意いただけたようで何よりです』
満足そうに頷く男に、何人かの者たちがおずおずと手を挙げ質問を投げかけた。
──あなたは神様なんですか?
『いえ、違います。私は皆さんの認識で言えば神の部下、天使といったところでしょうか? 以前は神が直接、転生の案内をすることもありましたが、神を怒らせて消滅する方々があまりに多かったため、我々が案内をさせていただいております』
──何でサラリーマン? 天使って美少女か両性具有の美形が定番じゃ……
『サラリと私の見た目をディスりましたね? まあいいですが……そういう見た目だと「君が欲しい」とか言い出して粘着する方々が続出して話が進まなかったからです』
──ファンタジー世界なんて危ないし僕ら転生してもすぐに死んじゃうよ~、チート能力が欲しいな~(チラチラ)
『知るか──と言いたいところですが、皆さんの貧弱さはよく理解しています。流石にあちらの世界のバランスを崩すわけにはいかないのでチート能力とはいきませんが、きちんとバックアップはさせていただきます』
そう言って男──自称天使が腕を一振りすると、その場にいた者たちの手元にタッチパネル式のプレートと数種類の骰子、そして大量の分厚い書籍が出現した。
『今から皆さんには、転生先の自分自身──キャラクターを設計してもらいます。戦士になって魔物と戦うのも魔法使いになって呪文をバンバン使うのも良し。生産職になって稼ぐのも、能力に蓋をして一般人として生きるのも皆さんの選択次第です。先ほども言った通りチート能力というわけにはいきませんが、皆さんに与えられるキャラクターは鍛えれば“英雄”となり得るだけのポテンシャルを秘めています』
そこで自称天使が言葉を区切ると、各人に与えられたプレートに光が灯り、『LV』『クラス』『能力値』『技能』『特性』『出生』などのデータ項目と、生前の自分そっくりなデフォルトのキャラクターイメージが浮かび上がる。
『キャラクターの設計方法については詳しくはお手元の資料に記載してありますが、なにぶん膨大なデータです。全て読み込み一から自分で作成するのは大変でしょうから、こちらが推奨するオーソドックスなサンプルデータをいくつか入れさせていただいております。それを弄る形で作成頂いても結構ですし、プレートに音声で希望を伝えて頂ければ、イメージに沿ったキャラクターを自動で作成することも可能です。時間に制限はございませんので、ゆっくり悩んでお決めください』
自称天使のその言葉を受けて、人々は一斉にプレートに触れて新しい自分の設計を始める。
そしてその中で、一人の拗らせたオタクは胸中で歓喜の叫びをあげていた。
──これTRPGじゃん!!
TRPGとは「テーブルトーク・ロール・プレイング・ゲーム」の頭文字をとった略称。
コンピューターゲームと違い、骰子や鉛筆、キャラクターデータが記されたシートなどを使い、複数人でテーブルを囲み、ルールブックに沿って役割を演じて物語を進める対話型のボードゲームだ。
RPGというとコンピューターRPGが今では一般的だが、本来RPGとは「役割を演じる遊び」を意味し、こちらのボードゲームのことを指す。
コンピューターゲームと異なり最終的には当事者同士の裁定で物語が進んでいくため、自由度が極めて高いことが最大の特徴。
決まったゴールがある訳ではないため、何を目的とし、どう楽しむかはプレイヤーごとに千差万別だ。
そしてこの物語の主人公である死した魂の一つ──鈴木太郎は、そんなTRPGオタクの中でも、「和マンチ」──ルールを徹底的に読み込み、自分のキャラクターが有利になるようあらゆる手を尽くすプレイヤーだった。
死した魂たちが転生の為にこの白い空間にやってきて既に一週間ほどの時間が経過していた──この世界に時間の概念はないため、あくまで体感の話だ。
既にほとんどの魂は転生先のキャラクターを作り終え、異世界に旅立っている……いや。正確に言うならば、半数は約三時間以内に全ての設定を終え、残りの九割もその日の内に異世界に旅立った。一部の決断できない魂がうじうじ悩んでいたものの、彼らも三日目にはこの場に去っていった──ただ一人の例外を除いて。
『あの~……』
「うん?」
自称天使がウンザリした表情でその例外──鈴木太郎に話しかけると、彼は読みかけの分厚い書籍から顔を上げた。
『いつまでキャラメイクに時間をかけてるんですか? 他の皆さんはもうとっくに転生されましたよ?』
「待ってくれ。まだ追加データの読み込みが終わってない」
『いや、こちらが準備しておいてなんですけど、ワールドガイドとかモンスターデータとかキャラメイクには直接関係ないでしょう? というか、サンプルシナリオ(=転生者が過去に巻き込まれた事件をデータ化してまとめたもの)まで読むつもりですか?』
鈴木はとっととキャラクターを作れと急かす自称天使にやれやれと肩を竦める。
「おいおい、世界観や敵の性能も把握しないで強いキャラクターが作れると思うのか?」
『それにしたってサンプルシナリオは必要ないでしょう』
「向こうの世界での試練の強度や報酬を確認するにはサンプルシナリオが一番いいんだよ。何ならリプレイもつけて欲しいぐらいだ。報酬でドーピングアイテムがポンポン出てくるような世界観ならキャラメイクでは能力値より技能や特性を優先しようとかキャラメイクの時点でも色々考えることがあるだろう」
『…………』
これだから素人はと鼻を鳴らして書籍に視線を戻す鈴木に、自称天使は半眼で人差し指から光線を放った。
「うおっ!? 突然何を──ってうわぁぁぁぁっ!! 頭の中にデータが流れ込んでくるうぅぅっ!!?」
『貴方の魂に強制的にデータをインストールしました。これでもうデータを読み込む必要はないでしょう』
「な──っ!?」
鈴木は自称天使を裏切られたような表情で睨みつける。
自称天使は『そんなことが出来るなら最初からやれ! 今までの時間が無駄だったじゃないか!』との文句が飛び出すものだと身構えた、が──
「ふざけんなっ!! まだ読み込み三回目だったんだぞ!? ここからが頭の中で情報が繋がってきて色々妄想が膨らんで楽しいところなのに邪魔すんなよ!!」
『そっちですか!? というか、もう全データ二回通りは読み込んでたの!?』
完全にキャラメイクを棚上げしデータを読むこと自体を楽しんでいた鈴木に、自称天使は冷静さを取り繕うことも忘れてツッコんだ。
「あーもう! 台無しだよ!! 読みながらデータの抜け穴を探したりフレーバーテキストから背景を考察するのが楽しいのに……頭の中でもうキレイにデータが統合されちゃってる。こんなのチートだよ。やってらんねぇ!」
『知りませんよそんなこと!! こっちは貴方を楽しませるためにこんなことやってるわけじゃないんです!!』
ガチギレする鈴木に自称天使もキレ散らかし、荒い口調でその場に積まれた大量のデータ集を叩きながら続けた。
『はいはい。もうガタガタ言ってないでキャラクター作りますよ。能力値は後から割り当て変えられますし、先に数値だけ決めておけばイメージが掴みやすい──』
「馬鹿。ビルドの方針も決まらないのに能力値だけ先に決めれるわけないだろう。スタイルに応じて、能力値の決め方も考えて選ぶ必要がある」
転生先の世界ではキャラクターの能力値は大きく六つの項目で表される──【筋力】【耐久力】【敏捷力】【知力】【知恵】【魅力】。
この六つの能力値の決め方は大きく二つ。骰子を振って決めるか、ポイントを割り振って決めるか。骰子を振る場合、4D6(=六面骰子を四つ振る)でその内、高い目を三つ合計し、それを六回繰り返して数値を算出。その数字を好きな能力値に割り振るというもの。ポイントを割り振る場合は最低8~15の間で決められた能力値を買って決める。どちらであれ一つの能力値の平均値は「12」程度となるが、前者の場合は運次第で尖った能力になりやすく、後者の場合は最低と最高の幅が狭いため平べったい能力になりがちだ。
どちらでも数字を好きな項目に割り振れるなら大差ないと思われるかもしれないが、例えばパラディンのようにその特性を活かすために複数の能力値が求められるクラスを選ぶ場合、骰子を振って決める運任せのやり方ではそれを満たせない可能性がある。逆に呪文遣い系クラスであれば呪文行使のための一つの能力が高ければ何とかなるケースが多く、骰子を振って運に任せるというのもありだ。確率的に言えば「54分の1」で最高値である「18」が出るため、六回骰子を振れると考えれば悪い賭けではない。
そんなことを鈴木が滔々と説明すると、自称天使はウンザリした表情で溜め息を吐いた。
『はぁ……いやまぁ、それなら能力値は後でもいいですけど。今の話だと、先にメインになるクラスを決める感じですよね。そこはイメージがあるんですか?』
「ある──といっても二つあってどっちにするか絞り切れてないんだ」
『ほう。でも二つに絞れてるならいいじゃないですか。何と何で迷ってるんです?』
「ウィザードとローグ」
鈴木が口にした二つは、ファイター、クレリックと並び、転生先の世界では『基本四クラス』と評されるスタンダードなクラスだった。勝手にもう少し捻ったビルドを考えているのではと想像していた自称天使は意外そうに片眉を吊り上げ、その理由を尋ねた。
『オーソドックスですね。一般にはファイターとかも人気ですけど、その二つを選んだ理由は?』
「スタンドアローンでの強さ、状況対応力を考慮した結果だな。ぶっちゃけ僕はぼっちなので上手くパーティーを組める自信がない」
悲しい理由を鈴木は堂々と語る。
「ウィザードは呪文の多様性、ローグは技能と、それぞれ状況対応力が高い」
『う~ん……しかしそうは言ってもどちらも装甲が薄いですし、やはりソロ活動はリスクが高いですよ? パーティーを組むことに不安があるなら、能力値の【魅力】ステータスを高めにして、対人能力を高めたらいかがです?』
その自称天使の提案に、鈴木は思い出したように手を叩いた。
「お、そうだ。その【魅力】の考え方のことで質問があったんだ」
『質問?』
「ああ。このシステムだと【魅力】の数値とは関係なく、僕らは自由に転生後の見た目を設定できるだろう? だけどその見た目の良し悪しは【魅力】の数値には連動していない。これはどう解釈したらいいのかな?」
【魅力】ステータスは対人交渉判定や一部クラスの呪文行使判定に影響する。普通に考えれば美形のキャラクターほど対人交渉で有利に働くはずだが、この転生システムでは美形なのに【魅力】が低いキャラクターが成立してしまう。一体これは転生先の世界でどのように処理されるのか。セクシーパラディン系ならまだしも、美醜逆転系とか発言が全て暴言に変換されるとかだと嫌だなぁ、と鈴木は懸念していた。
『ああ、それはオーラとして処理されます』
「オーラ?」
見た目では計れないオカルト的な印象値ということか?
『陽キャとか陰キャとかのあれです。自信とか自己肯定感とかで、いじめっ子とかの方が社会に出ても上手く立ち回れたり人に好かれたりするでしょう? ああいうの』
嫌な方向でリアルなオーラだった。
『顔がブサイクで【魅力】が高い場合は、何の取り柄もないけど無駄に自信満々でシレッとクラスの一軍顔してる奴らみたいに、周りから否定されにくい雰囲気になります。逆に顔が良いのに【魅力】が低い場合は自己肯定感が下がって、どんなに真面目に頑張って成果を挙げても周りから軽んじられるようになります』
やめろ夢のない発言を。異世界ファンタジー世界への転生ぞ?
「……そう聞くと、何か【魅力】を高くして対人関係有利にすることに凄く嫌悪感が湧くな」
『そうですか?』
自称天使にその辺りの陰キャの機微は分からないらしい。
『あと実際にソロで活動するんだとしても、戦闘面ではファイターとかパラディンとかの純前衛職の方が安定していて人気ですよ? あちらでは純前衛職以外、初期LVだと雑魚ゴブリンにワンパンされる可能性が普通にありますからね』
それはデータを見れば分かる。加えてLV帯に関係なく、対人で正面から戦えばウィザードのような後衛職や、ローグのような技能職は前衛職には戦闘力で及ばない。
「でもそれは真っ向から戦えれば、だろう? 例えば空を飛ばれたら前衛職だと対応が難しいし、機動力で劣る相手には逃げられて終わりだ。それに戦闘に関してはHPの処理について疑問がある」
『HP……ですか?』
HPはHPだ。ゲームの普及した現代日本では一般的な概念で、ダメージを受ければ減り、0になれば死ぬか戦闘不能になって気絶する。今更質問を受けたこともなかったので、自称天使は鈴木が何を言わんとしているのか予想がつかずキョトンとした。
「うん。資料を読んだ限り、向こうの世界じゃ人間は経験を積んでも劇的に身体能力が上がるようにはなってない。特殊なアイテムでも使わない限り、能力値の上限は「20」だろ? なのにHPはLVUPに応じてどんどん上がっていく。基本的な肉体スペックがLVUPしてもあまり変わらないなら、HP──頑丈さだけ上がっていくっていうのは処理としておかしくないか?」
『まぁ、言いたいことは分かりますけど……それと前衛職を敬遠することとどんな関係が?』
「例えばこれがHPが高いと“剣で斬られてもほとんど傷がつかない”とかなら別にいいんだ。でも“傷は負うけど死に辛い”とかだったら、普通に考えてダメージを受けた時点で戦闘能力ってガタ落ちするよな? 筋を傷めたらまともに武器なんて振れないだろうし、痛めた場所によってはもう我慢するとかの話じゃない。そうなると、最悪前衛職って数値上どんなに頑丈に見えても、実際には初撃を喰らった時点でアウトって現象が起きないか?」
その説明に自称天使は鈴木の言わんとすることを理解した。
『なるほど、なるほど。つまりもしそうなら、ダメージを受けて身体が動かなくなっても呪文という対抗手段のあるウィザードや、索敵・隠密による先制攻撃を取りやすいローグの方が前衛職より戦闘面でも安定しているのでは、ということですね?』
「そゆこと」
『それを踏まえて先ほどの質問に答えますと……HPとは“継戦能力”を表す数値になります。つまり肉体そのものが頑丈になるわけではなく、斬られれば普通に傷はつくのですが、上手く致命傷や戦いに支障のある部位への損傷を避ける技術や戦闘勘、そして損傷を受けた状態で自分の身体をコントロールする技術などが向上していく、と考えていただければよいでしょう。つまり貴方が懸念しているように初撃を受けたからすぐに戦えなくなると言った可能性は低いのですが──』
「このデータはあくまで転生用の器を作るキャラメイクのためのツールだから絶対ではない。数値上のダメージが低い攻撃でも当たり所が悪ければ一撃で戦闘力を奪われる可能性は低くてもゼロではない、と」
『──そうなりますね』
まあ妥当な処理だな、と鈴木は納得した。
「前衛職関連でついでに聞くけど、武器のリーチに関する処理はどうなってるんだ? 分かりやすく表現するためなんだろうけど、データ上は剣でも槍でも『命中補正』『ダメージ修正』『重量』『耐久』とかしかなくて、武器種による差異ってあまり大きくないんだけど……実際は、剣と槍で戦えばリーチの長い槍が圧倒的に有利だったりするよな?」
多くのファンタジー作品では剣が花形武器として扱われているが、実際の戦場においては剣は槍より弱い武器だ。リーチによる優位と言うのは一般人が想像する以上に大きく、技術的に拮抗した剣と槍の使い手が平地で正面から戦えば、まず間違いなく槍が勝つ。
一方で槍は屋内やダンジョンなどではそのリーチが仇となって満足に振るえないケースもあり、汎用性においては剣の方が勝る。
互いの能力や技術レベルによってもリーチの影響は変化するし、対人戦でなければ多少のリーチ差は気にならないケースもあるだろう。恐らくその辺りを全てデータで表しきることは難しいためHPなどと同じく簡便な処理になっているのだろうが……
『お察しの通り、リーチや武器種による差異は、シチュエーションや敵によって大きく変動するのでデータ上は簡略化されています。実戦ではそのあたりの有利不利も影響してくることになりますね』
「となるとやっぱり、ファイターだと対応力不安があるからソロで活動するのは難しいかな」
出来ないとは言わないが武器の持ち替えや運搬まで考えるとハードルが高い。
鈴木のその意見を自称天使は肯定も否定もせず受け止める。
『では、最終的なクラスはどうしますか? ウィザードか、ローグか?』
「……ウィザード、かな。さっきのHPの話だと、先制して初撃を当てることが決定的な優位を取れるとは限らない。なら、手札の多いウィザードの方がソロ活には向いてる気がする。勿論全クラス中一番の紙装甲だし、立ち回りには気を付けないといけないだろうけどね」
『ソーサラーやウォーロックのように、ウィザードと比べて多少習得できる呪文に制限はありますが、もう少し耐久力のあるクラスもありますよ? それに前衛職でもパラディンなら呪文で回復や攻撃もいくらか補えますから、ファイターに比べれば対応できる局面は多い筈です』
自称天使の提案に鈴木はかぶりを横に振った。
「そうするとリソースを分散することになるから器用貧乏になりがちだ。理想はやっぱり技能一本伸ばしで、その技能が色んな方面に強みを持ってるってパターンかな」
『それでウィザード、ですか』
「うん」
鈴木の意見が固まったことに自称天使は満足そうに頷き、話を先に進めた。
『では今度こそ能力値決めですね。先ほどの話ですと、やはり能力値はポイント方式ではなく骰子を振って決める方式で宜しいですね?』
ウィザードは【知力】が最重要で、最悪それ以外の能力値は低くても何とかなるクラスだ。継戦能力に直結する【耐久力】や先制判定に影響する【敏捷力】など能力が高いに越したことはないが、それでも【知力】さえ高ければ何とかなる。
だから高い最大値が期待できる骰子方式を選択することは間違っていないのだが──
「…………」
『何で骰子を持ったまま固まってるんですか?』
何故か鈴木は能力値決定の骰子を持ったまま、苦い顔で動かない。
「いや……改めて考えてみると、僕リアルラックにはあまり自信がなかったというか……骰子は期待値を裏切るものだし、ここは無理せずポイント方式でした方が……いやでも、ビルドの完成系を考えると能力値の成長にあまりリソースを注ぎたくはないし……う~ん」
『…………』
今更前言を翻し悩み始める鈴木に、自称天使の視線が冷える。彼は無言で人差し指を鈴木に向けると──
「──うぉっ、またビーム!? 今度はいったい……ああ! 手が勝手に……うわぁぁぁぁっ!?」
──コロコロコロ
業を煮やした自称天使が、鈴木の身体を操って強制的に骰子を振る。骰子はコロコロと転がり、出た目は「6」「3」「6」「6」──高い目を三つを合計すると最高値である「18」だ。
「おおおおおっ!!」
『さ、後五回。とっとと振ってください』
歓喜の声を上げる鈴木に、自称天使は淡々とした声音で続きを促した。実のところこの結果は偶然ではない。下手な目を出すと鈴木が何時までもうだうだ言って先に進みそうになかったので、天使パワーで数値を弄っている。本当は良くないことだが確率的には十分あり得ることだし、数ある転生者のデータの一つを弄るぐらいはいいだろうと、自称天使はこの仕事をとっとと終わらせることを優先した。
残り五回骰子を振った結果は「13」「14」「9」「13」「8」と良くも悪くもない普通の結果。最初の「18」を合わせれば、まあ割と良い結果ではないだろうか。
この六つの数値を各能力値に割り当てる。
【筋力】 9
【耐久力】 14
【敏捷力】 13
【知力】 18
【知恵】 13
【魅力】 8
『……流石に【魅力】低過ぎじゃありません? せめて筋力よりは優先しましょうよ』
「いいんだよ。対人能力なんて、最悪相手を呪文で操ればなんとかなる」
『…………』
「種族はオーソドックスにヒューマンだな」
種族は【知力】にプラス補正が得られる種族ならエルフでもノームでも何でもいいのだが、ヒューマンだと任意の能力二つに「+1」の補正が得られ、かつ通常はLVUP時にしか得られない「特性」をキャラメイク時点で獲得できる。
選択する能力値は【知力】【敏捷力】。
特性は更に【知力】に「+1」の補正がつく『英明なる頭脳』。不運な結果を無かったことにできる『幸運』とどちらにするか悩んだが、実際に転生先の世界で運不運がどこまで機能するかが怪しかったのと、『英明なる頭脳』の付随効果である記憶力向上や時間・方向感覚などが、電子機器のないファンタジー世界では地味に有益だろうと考えた結果だ。
最終的に全ての補正を加えた能力値は以下の通り。
【筋力】 9
【耐久力】 14
【敏捷力】 13 → 14
【知力】 18 → 20
【知恵】 13
【魅力】 8
【知力】は一般的な上限とされる「20」に達しているし、【魅力】が低いことを除けば申し分のない結果だ。
『後は技能と呪文、背景、初期装備とアヴァター作りですね……』
技能職でないウィザードの場合、技能に関してはあまり悩む必要はない。『魔法学』などの知識系技能を選び、後は余った枠で索敵関連をカバーする程度。
問題は呪文──いや、初期状態で習得できる呪文の数は限られており、セオリーとされている組み合わせがある為あまり悩むことはない。だが、鈴木はここでもしつこく質問を繰り返し、自称天使を辟易させた。
「この【脂】の解釈だけど、普通に考えて移動だけじゃなく戦闘にも影響しそうなもんだけど──」
『そこはケースバイケースで──』
「【光】の操作性は──敵の目にぶつけたり──」
『不可能では──しかし──』
「【誘眠】の解除判定について──」
『そこは分かりやすく簡略化したデータなので──』
しかし約六時間に及ぶ激論の末、呪文が決定すれば後は早かった。
装備に関しては所持金の関係もありあまり自由度がなかったし、背景は孤児で魔術師の丁稚と人間関係の希薄なものをほとんど迷うことなく選んで終わった。
更に、他の多くの転生者たちが一番時間をかけて作り上げていたアヴァタービジュアルに関しても、鈴木は元になった自分の姿をベースに【筋力】【魅力】相応の小柄で陰気な雰囲気の少年を適当に作らせ採用してしまった。
『……本当にいいんですか、その見た目を一生使うんですよ?』
「【魅力】8でイケメンにしたら、メンタル追い込まれたヤベー奴になるんだろ?」
『そりゃまぁあそうですけど……』
「ならこれぐらいでちょうどいいよ」
本人がそれでいいならいいか、と自称天使は嘆息する。
ともかくこれでキャラメイクは全て終了だ。やたら一人だけ時間と手間がかかったが、後はプレートの最終決定ボタンを押せばお別れ。自称天使が疲労感と達成感に浸っている、と──
「さて。じゃあ、これはこれとして後何パターンか候補を作ってみようか」
『…………は?』
あり得ない言葉を聞いた。
「まずはローグだな。ローグは将来的に色んなサブクラスがあるからそれも踏まえて──」
『ちょ、ちょっと待ってください!! ここまでやっておいて何を今さら──そ、そうだ! 能力値は骰子を振った以上、やり直しはできませんよ!?』
「大丈夫! 数値はそのままで割り振りだけ変えて試行してみるから! 勿論本命はウィザードだけど、やっぱりここまで来たら色んなパターンを試してみないとな!」
『いや、その……ね?』
「マルチクラスは器用貧乏になりがちだから敬遠してたけど、前衛系だと必ずしもそうとは限らないのか? 今回は自分で選ぶつもりはないけど、どんな組み合わせを警戒しないといけないのかシミュレーションは必要だよな」
『…………』
TRPGあるある──人によってはキャラクターを作っている時間が一番楽しい。
自称天使はそんなTRPG界隈の事情など知らないが、鈴木がこの状況を楽しんでおり、しばらく旅立つつもりがないことだけは理解した。
故に──
『はよ転生せんかいっ!!』
「ああっ!? 押してないのに転生決定シークエンスが!? 待って! まだここからが一番妄想が膨らんで楽しいとこ──」
──ブチュン
連載も読み切りも筆が進まない……書いても続かない……今の私は旅立てない転生者みたいな状態です。