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夜中の廃校

 夜中の学校に忍び込みたいと思ったことありませんか?

 おじさんと呼ばれるにふさわしい年齢の男が一人、夜道を歩く。

 スーツはよれよれ、猫背気味で顔色も悪く目の下には薄いクマがあり、全身から疲れていることが解る。

 男の名前は(とおる)。通は立ち止って廃校の門を見上げた。真っ暗で静まり返り、通以外の人っ子一人の姿は見えず。

 ここは通が子供の頃に通っていた小学校。

 校門の銘版はボロボロで何とか小学校とだけ読める。

 校門は固く閉じており、入れそうにない。

 塀の上に手を伸ばし、よいしょとよじ登り廃校へ忍び込む。

 運動場を見回す。錆びた鉄棒に雲梯、朽ちたシーソーに辛うじてネットが残っているゴールポスト。

 一通り見た後、誰もいない廃墟となった校舎に通は入っていく。


 廊下を歩き、一つの教室の前で立ち止まる。通が学んでいた教室。

 扉を開け、教室に入る。割れた窓から差し込む月明り、埃まみれの床、乱雑に並んでいる机と椅子。

 前から五番目の机と椅子を並べ直して座る。通が使っていた席である。

「何もかも皆懐かしい」

 目を閉じ、しばし小学校性の頃を思い出す。浮かんでくるのは楽しかった思いでばかり。

 閉じていた目を開き、スーツのポケットから取り出したのは睡眠薬の入った瓶。

 小学校を卒業した後は中学校、高校、大学に通い、中堅どころの会社に就職。妻どころか恋人おらず、たった一人でのアパート暮らし。朝から夕方まで会社で働き、帰った後はコンビニ弁当で食事を済ませ、お風呂に入つて寝る。これの繰り返し。

 楽しいことも無ければ嬉しいことも無い、虚無感だけの日常。気が付いてみればこんな年齢。

 この先もこんな人生を歩み続けるのかと思うと、辛さと寂しさが込み上げてきた。今後もこんな人生を生きるぐらいなら、一層のこと終わらせようと。

 通が最後を迎える場所に選んだのが、楽しい思い出の詰まった小学校であった。

 睡眠薬の蓋を開けようとした時、教室の扉が開いた。誰もいないはずの廃校の扉が。

「おはよう、通くん」

「山崎先生……」

 にっこり笑顔で挨拶してきたのは小学校の頃の担任だった山崎先生。だが、それはあり得るはずがない、なぜなら彼女は交通事故で……。

「よう、通、今日は早いんだな」

「通くん、おはよー」

「おいおい、朝から何辛気臭い顔してんだよ」

 クラスメイトたちが、続々と教室に入って来た、小学生の姿で。

 気が付けば窓は割れておらず、差し込むのは朝日。床には埃一つ落ちてはいない。机も椅子もきちんと並んでいるではないか。

 今、いるのは廃校の教室ではない、在りし頃の小学校の教室。

 一体、何が起こっているのか? 通が困惑していると、

「こら、通くん、席に着きなさい」

 教卓に立った山崎先生に叱られる。クスクスとした笑いがクラスメイトたちから上がる。

 自分の姿を見てみる。そこにいたのは疲れ果てたおじさんではない、小学生の通。

 何が何だかわからないままに通が席に着くと、山崎先生が出席を取り始める。みんな、元気よく返事していく。

 通も名前を呼ばれた時、思わず返事。


 最初こそ、戸惑ったものの、いつの間にかに順応した通はみんなと一緒に授業を楽しむようになっていた。

 給食の時間、コッペパン、クリームシチュー、ポテトサラダ、牛乳、イチゴジャム、冷凍ミカン。先割れスプーンを手に取り通は食べ始める。

「美味しい」

 食事がこんなにも美味しいと感じたのは何年ぶりだろう。

「通、サッカーしようぜ」

 食べ終わった後、誘われた通は二つ返事で受けてクラスメイトたちと運動場へ。



 鉄棒も雲梯も錆びておらず、シーソーも朽ちていない。ゴールポストにもしっかりと、ネットが張ってある。

 始まるサッカー。子供たちが運動場を走り回り、ボールを蹴り合う。

「パス」

 ボールが通の足元に飛んできた。小学校以来、サッカーはやってはいなかったが体が覚えていたようで、しっかりと動くことが出来た。ボールをドリブル。対戦相手の妨害を潜り抜け、ゴール目掛けてショート。

 キーパーの指先を掠り、ボールはネットに命中。見事にゴールが決まった。

「やった、俺たちの勝ちだ。お前のお陰だ、通」

 クラスメイトたちからに取り囲まれての祝福。こんなにも楽しくて嬉しい気分になれるなんて、こんな気持ちがまだ自分にも残っていたことを実感することが出来た。

「通くん、あなたの中にはこんなにも沢山の素敵なものがあるのだから、これからも前に進んで行くことが出来るのよ」

 いつの間にか山崎先生がいた。

「だから、これは先生が持っていくね」

 手には見覚えのある睡眠薬の瓶。

「山崎先生、それは――」


 廃校の教室で目を覚ました通。どうやら、机に突っ伏して眠っていたようだ。

 辺りを見回してみる。床は埃まみれで机と椅子も乱雑に並んでいる。ただ、割れた窓から差し込む月明りはどこか優しい。

「俺は夢を見ていたのか……」

 そう思ったが睡眠薬の瓶がない。机の上にもなければ床にも落ちていない。ポケットの中にもない。

 探すのを止めた。睡眠薬が必要かどうか問われれば、その答えは否。

 疲れ果てていたことが嘘のように、全身がすっきりしている。目の下のクマもない。

 心の中に薄巻いていた重苦しさを感じない、跡形もなく消えていた。子供頃に持っていた輝き、とっくに失っていると思っていた輝きが今も失っていない、失っていないことを思い出すことが出来た。

 まだまだ、自分は前へ進んで行けるんだ。

 教室を出る前、立ち止まった通は呟く。

「……ありがとう」







 世代で変わる給食のメニュー。

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