月とバルコニー
その日、夜遅くまで私の部屋の明かりはついていた。
私は王都で過ごすことが多く、ベルアメール伯爵領へはあまり行ったことがない。
けれど、資料を見る限り王国の交通の要所でもあるベルアメール伯爵領は、治政が行き届き安全で周囲からの評価も高いようだ。
(アシェル様はあんなにお忙しそうなのに、領地の運営も完璧で本当にすごいわ)
そんなことを思いながら、私たちそれぞれの部屋と夫婦の部屋をつなぐバルコニーに出て空を眺める。
そこには美しい月と寄り添うように一際強く輝く星が浮かんでいた。
(……アシェル様)
一人になると考えてしまうのはアシェル様のこと……それと同時に浮かんでしまうのは、アシェル様の前で濃い緑色のドレスを完璧に着こなすランディス子爵令嬢のことだ。
(もう考えるのはやめようと決めているのに)
少し沈んだ気持ちで、もう一度月を眺めると、肩に温かいなにかがフワリと掛けられた。
振り返るとそこにはアシェル様がいた。
「アシェル様、お帰りなさいませ」
「ただいま、フィリア」
肩に掛けられたのはアシェル様が身につけていたロングコートだった。
王城勤めの文官が身につける制服だけれど、その功績によりアシェル様のロングコートにはたくさんの勲章がついていてジャラリと重い。
アシェル様が心底安堵したように笑ったのは、暗がりが見せた、私に都合の良い幻に違いない。
「ありがとうございます」
「そろそろ、冷え込みが強くなってきたな。風邪を引いてしまう」
「子ども扱い……」
ポツリと呟いてしまった言葉に気がつかれたのではないかと見上げると、大きな手が差し出された。
その手に自分の手をのせると、大きさの差は歴然だ。
「今日は帰ってこられないかと思いました」
「……」
夫婦の部屋までエスコートされれば、明るさでアシェル様の表情が良く見える。
眉根を軽く寄せて、少し困ったように笑った顔……それは、大人なアシェル様を急に可愛らしく見せてしまう。
「あの、お仕事は無事終わったのですよね?」
「……」
笑みが深まったのを見て、私は仕事は終わっていないのだと確信した。
「戻って仕事をしたほうがいいかな」
「……いいえ! 睡眠は大事です」
「はは、確かにフィリアはよく眠るな」
「アシェル様!?」
大切にされているのはわかる。それと同時に愛されてはおらず、子ども扱いされているのも。
「わ……。きゃ!?」
「早く寝たほうがいい。そして明日も見送ってくれないかな」
「え……?」
ヒョイッと横抱きにされ、あっという間にベッドに運ばれて布団を掛けられてしまう。
「それに、三日後には夜会がある。明日も準備で忙しいだろう」
「……アシェル様は、寝ないのですか?」
「うーん。終わってない書類があるからもう少し。君は先に寝ていなさい」
アシェル様はそう言って、私の頭をスルリと撫でると自分の部屋へと出て行った。
ランプの明かりが消されると、部屋はしんと静まり返った。
「次の夜会……か。何を着ていこうかしら」
アシェル様の色のドレスばかりで、残りは辺境伯領から持ってきた少々子どもっぽいものばかり。
けれど、ベッドに横になれば急速な眠気が訪れる。
私はそのまま、夢の中へと落ちていった。
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