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夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました  作者: 氷雨そら


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とある宰相の政略結婚


 ――アシェル・ベルアメール伯爵の朝は早い。


 昨日の出来事がまとめられている報告書を確認しながら目覚めのコーヒーを飲む。

 誰かの手を煩わせることを苦手とする彼は、自身で文官の制服に着替え、準備を整える。


 朝食を摂ることはほとんどない。

 そしてまだ薄暗い時間、登城するのだ。


「……しかし、陛下にも困ったものだ」


 ミラベル王国の国王、シェル・ミラベルは在位十五年。決して無能ではない、むしろ彼自身が有能すぎてついて行ける人間が少ない。


 つまり、王立学園を卒業し、父の亡き後宰相の地位に就いたアシェルは、その才を見いだされるやいなやこき使われてきた。


 そう、誰がどう見てもこき使われてきたのだ。


 ――しかし本人は王立学園卒業直後からその生活を続けているため、そのように感じることはない。


 執務室に積み上げられた書類は、昨日帰ったときよりも増えていた。


「ランディス子爵令嬢が入ってから、重要度順にわけられているだけましか」


 ユリア・ランディス子爵令嬢は、王立学園を首席で卒業し、王城の秘書官として働く才媛だ。

 彼女は周囲を巻き込みながらも自分の仕事は必ず完遂する。


『え? コネと血筋だけでここにいる高位貴族のボンボンたちは、私よりお給料だって多いんですよ。働かせて何が悪いんです?』

『……』

『何でも一人でできてしまうからって、ずっと一人でこなしていたら、誰も育たないです』


 ランディス子爵令嬢の言葉は正しいのだろう。


 しかし、アシェルは今は亡き両親に『この国の役に立つ以外価値などない』と育てられ、その両親は彼が反発する間もなく早くに亡くなった。

 彼は王立学園卒業直後から代々ベルアメール伯爵家が担う宰相の地位に就いて、今日この日までひたすら働いてきたのだ。


 国王は困難事例はアシェルに全て振ってくる。


 部下達には心配されているのだが、必死になって生きていると自分のことは案外本人にはわからないものだ。


 役に立たねば自身に価値などないという両親の言葉とともに、その仕事量は彼を雁字搦めにしていた。


「ああ、来年は東の国シャムジャールとの条約が切れるのだったな」


 シャムジャールと交通路についての条約が結ばれたのは十年前。

 この条約を再び結べなければ、ミラベル王国から高級な茶葉は消えてしまうだろう。


 そして、アシェルがようやく最重要書類を確認し終えた頃、文官たちが登城し始めた。


 * * *


「陛下がお呼びですよ?」

「……また問題が起こったか」

「どうでしょう……たまにはお断りしたらいかがですか? または、他の人に振るとか」

「陛下から直接申しつけられたことを断るなどできない」

「真面目すぎますよ。そのうち倒れます」

「そのときはそのときだ」


 肩より上でばっさりと黒髪を切りそろえたランディス子爵令嬢が、呆れたように大きくため息をついた。


 アシェルはこのあと国王陛下に命じられる内容を予想しながら廊下を足早に歩く。


「シャムジャールとの交易か、それとも氷の国の救済、そういえば砂漠の国からも書状が届いていたな」


 どれも急を要する内容ばかりだ。

 しかし、その予想はどれも覆された。


 * * *


「アシェル・ベルアメール。フォルス辺境伯家のフィリア嬢との婚姻を命ずる」

「は……?」

「おや、聞き返すとは珍しい。やはり、ランディス子爵令嬢の言うとおり、働かせすぎたのか」

「婚姻とは?」

「フィリア嬢は、隣国の王太子から求婚されているようだ。フォルス辺境伯家は、ルーツを辿れば隣国の王家の血が流れているからな……しかし、国防の要である彼の家が隣国と結びつくのは困る」


 確かに、フォルス辺境伯家は隣国と国境を接し、この国を守っている。

 国王の言葉には一理あるが……。


「仮にフィリア嬢が隣国の王太子殿下に嫁いだとして、それを理由にあのフォルス辺境伯家の兄弟が国に反旗を翻すでしょうか」

「翻す」

「なぜ」

「彼らは妹であるフィリア嬢を溺愛しているからだ!!」

「……はぁ」


 辺境伯家のカイン・フォルスとイディアム・フォルスは私情を挟むような人間ではないはずだ。

 少なくともアシェルには、国に忠義を捧げる彼らが妹とはいえたった一人のために国を裏切る、そんな感情は理解できなかった。


 アシェルは魔獣に化かされたような気分で、命じられるままフォルス辺境伯領へ向かったのだった。


 * * *


「は……妖精は実在していたのか?」

「ふぇ? また、お兄様たちがお客様に何か吹き込んだ!?」


 しかしもちろんそこには、彼の人生をまるごと変えてしまう出会いが待っていたのだった。





 

 


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