誕生会とドレス
* * *
何もできないまま、誕生日を迎えてしまった。早朝起きて、いつも通りにアシェル様のお昼ごはんを作りに行こうとして部屋から出ると、ベルアメール伯爵家の侍女たちが勢ぞろいしていた。
「あら、皆さん……」
「おはようございます、奥様」
「おはよう……こんな早朝からどうしたの?」
「さあ、こちらへいらしてください」
促されるまま向かったのは、普段は使ってない部屋だった。
いつもはドレスルームにある大きな鏡が運び込まれている。
でも、一番目立つのは真っ白なドレスだ。
「わああ……」
一見しただけでもドレスがとても豪華な物だとわかる。
布地の上質さはもちろんのこと、裾にはビーズ刺繍で淡いピンクのリボンが描かれているし、全体に大粒の真珠が飾られて上品に輝いている。
それだけでも驚くほど豪華なのに、使用されているレースの繊細さは思わず近づいてくまなく見たくなるほどだ。
(もしかするとずいぶん前から、準備されていた?)
これほどの品を仕上げるには、数ヶ月、あるいは一年近くかかるだろう。
もし、一年近くかけているなら、私がお嫁に来たときからもう準備しはじめていたことになる。
髪の毛はサイドに流し、小さな薔薇の飾りが飾られていく。
薔薇の一つ一つには小さな葉っぱがついている。
(アシェル様の瞳の色……? 考えすぎね、普通薔薇には葉っぱがついているもの)
化粧はいつもよりもほんの少し濃いめに施された。鏡に映るのは、いつもよりも少し大人びた私だ。
「お美しいです」
「ありがとう……」
ずいぶん時間がかかってしまった。とうに昼は過ぎてしまった。慌てて立とうとするけれど、ドレスが重すぎて一人では無理だった。
「旦那様をお呼びしますね」
最後まで私のそばに残っていた侍女が、パタパタと足取りも軽く去って行った。
しばらく待つと、部屋の扉が開いた。
カツンッといつもの足音に思わず肩を揺らす。
「……」
「……」
アシェル様は何も言わずに私の前に立った。緊張が高まっていく。
ドレスを用意してくれたお礼を言っていないと思ったとき、アシェル様がようやく口を開いた。
「……十八歳の誕生日おめでとう」
「アシェル様、ありがとうございます」
「きれいだ……とても」
いつも、たくさんの賛辞の言葉を告げて褒めてくれるけれど、今日の言葉のほうが本当に褒められているように思えた。
「おかしいな、どんなふうに褒めようかと考えていたのに」
「やっぱり、いつもあらかじめ褒め言葉を考えていたのですね」
「……はは、口が滑ったな。けれど、どんな褒め言葉でも君の可愛らしさや美しさを完全に現すことはできない」
「……」
急に嘘っぽく思えて、上目遣いに見てしまう。アシェル様は私の表情の変化に気がついたのか、苦笑した。
「さあ、お手を……」
「はい」
ジャラッと真珠が音を立てる。
それにしても重い。
「歩きにくそうだな」
「そうですね。とても重いです……でも、こんなに素敵なドレスを用意してもらえて嬉しいです」
「当然だろう……君が十八になる祝いなのだから。だが、ドレス程度で驚いてもらっては困る」
――いつの間に準備が整えられたのか。
ベルアメール伯爵家の広いダンスホールは、淡いピンク色の薔薇と真珠で埋め尽くされていた。
テーブルクロスには全て空色の糸で豪華な刺繍が施されている。
グラスもお皿もこの日のために新調されたのだろう。
ピンクの薔薇と空色のリボンが描かれて、会場の雰囲気にピッタリ合っている。
「なんて素晴らしい」
「料理も君が好きなものばかりだ」
「ふふ……お肉に偏ってしまいますよ?」
「君のための誕生会だからな」
アシェル様が、ちゃんと忘れずにいてくれただけでも嬉しいのに、こんなにも心を込めた誕生会を用意してくれたことが嬉しい。
「……君の兄上たちとの約束の期日は、今日までだ」
「え?」
けれど、アシェル様の表情はなぜかとても深刻で、幸せな雰囲気のこの場所にはふさわしくないように思えるのだった。




