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お茶会の終わり


 そのあともお茶会は、和やかな雰囲気で進んだ。


 母がいなかった上に、王都から遠く離れた辺境伯領で生活してきた私は、今まで近くに同世代の貴族がいなかった。

 アシェル様と同い年だというミリアリア公爵夫人は、以前からそんな私のことを気にかけてくれていたという。


(セバスチャンはそれを知っていたから、お茶会に誘う人の名にミリアリア公爵夫人を挙げたのかしら)


 おかわりの紅茶が注がれる。


「これは……」

「気がつきました? 高品質な紅茶をいただき感謝しています」


 マリーナ殿下の予想外の言葉に思わず何度も瞬きしてしまった。


「辺境伯領のスノースノーローズの砂糖漬けも可愛らしくて素敵でしたわ。でもこちらの素晴らしい茶葉……今朝は我が家にもたくさん届けていただいてありがとうございます」

「……喜んでいただけて光栄です」


 なにか行き違いがあったのだろうか。私がお土産にしたのはスノースノーローズの砂糖漬けだけだったはずだ。

 けれど否定するにはこのお茶の味に覚えがありすぎる。


(これは、ベルアメール伯爵家で良く出される紅茶よね……)


「ここまで高品質な紅茶は、我が家でも今は入りにくくて」

「公爵家でも……ですか?」

「紅茶は手に入るけれど、王家でもここまで高品質なものは日常使いはできないわ」

「ええ、さすがはベルアメール伯爵家ね」

「ありがとうございます……」


 もしかすると、セバスチャンが届けてくれたのだろうか。


「あら、でもこちらの紅茶はベルアメール伯爵夫人からだと言って、ジョルシュ様が届けてくださったわね」

「……」


 ジョルシュ様は、宰相補佐、アシェル様の右腕と言われるお方だ。


(もしかして、この紅茶はアシェル様が?)


 アシェル様は一人で初めて社交をする私のことを心配したのだろうか。


「それにしても、たくさんいただいてしまって……今年は紅茶に困らなそうよ」

「あら、でももうすぐ取引に関する条約が無事に更新できそうだと聞いたわ」

「そう、難航しそうだと聞いていたけれど、さすがはベルアメール伯爵ね」

「――東の国シャムジャールとの条約、夫が担当していたのですね」

「あら、聞いていなかったのね。ごめんなさいね、困難なことがあると陛下はすぐにベルアメール伯爵に頼るから」

「……」


 脳裏にセバスチャンの言葉が浮かぶ。


『寝る間も惜しんで働き、家に帰ることもなく、食事もまともに摂りません』

『しかもその担当者は他にもたくさんの仕事を掛け持ちしているのです』


 以前彼が話していた担当者とは、アシェル様本人のことだったのだ。


(食事もまともに摂らない……?)


 アシェル様は私と一緒の時はきちんと食べているから気がつかなかった。

 もしかすると、働いているときにはちゃんと食べていないのかもしれない。


「あの、私そろそろ……」

「フィリア!」

「アシェル様……?」


 息が上がっているから、よほど急いできたことが察せられる。


「あらあら、来てしまったわよ?」

「そうね。全くしかたのない」


 アシェル様はツカツカと近づいてくると、あまりに優雅な礼をして見せた。


「失礼、初めての社交でしたので本日はそろそろ失礼させていただければと」

「過保護ねぇ……」

「問題ありませんでしたか?」

「もちろん、あんなに私に頼み込むなんて、ベルアメール伯爵は心配性すぎますわよ?」

「……っ、それは誰にも言わない約束では!」


 バサリッと勢い良くミリアリア公爵夫人が扇を開いた。


「お話しさせていただいて、夫人がとても可愛らしい方だとわかりました。これからも仲良くいたしますわ」

「ミリアリア公爵夫人のお言葉、大変光栄です」

「そして、一つご忠告差し上げるわ。あなたの気持ち、夫人には一つも伝わってなくてよ?」

「……うぐ」


 アシェル様がなぜか低い呻き声を上げた。


「あの……?」

「今日はとても楽しかったわ」

「はい! 私もとても楽しかったです」


 ニッコリと笑ったミリアリア公爵夫人は、これ以上何か言うつもりはないようだ。


「また、お茶会に誘ってもいいかしら」

「マリーナ殿下、光栄です。今度はぜひ我が家のお茶会にいらしてください。こんなに素敵なお茶会が開催できる自信はありませんが……」

「ふふ、困ったらベルアメール伯爵に頼れば良いわ」

「……アシェル様に」


 ちらりと仰ぎ見ると、アシェル様は濃い緑色の瞳をこちらに向け少しだけ微笑んだ。


「それでは失礼いたします」

「あっ、ごきげんよう、皆さま!」


 こうして私が初めて一人で参加した公の社交は幕を閉じた。

 けれど、温かくて大きな手にホッとしながらも、私の脳裏には先日のセバスチャンの言葉がグルグルと繰り返すのだった。


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