女神に会っちゃいました
「う......う~ん......ふあぁぁ、よく寝た~」
私は目を覚ました。ゆっくりと寝ぼけ眼を指でこすりながら、もう片方の手でよっこらせと起き上がる。ここはどこだと私は辺りを見回した。
「あれ~? 確か私って......」
私が覚えているのは男の子にぶつかるまでである。ならば当然、私は地面に投げ出されたはずなのだが......
「すごいベット......」
私はどうやらものすごく大きいベットで寝かされていたようだった。キングサイズというやつだろう。どれだけ転がっても落ちそうにない。ふかふかのマットレスで、しかも天蓋付き。品のいいレースがゆらゆらと揺れていた。
「はて? 転生でもしたかな?」
じっと自分の手を見てみる。うむ、間違いない。私の手だ。
「お? 起きたか」
わたしははっと声のする方を見た。
そこには一人の女性が立っていた。背の高い、中世的な顔立ちだ。キリリとしていて、ショートカットの髪がすごく似合っている。昔歴史の授業で聞いた、ジャンヌ・ダルクが現代にいたらこんな感じなんだろうなと思ってしまった。だが......
「胸が......ない?」
私の一言で空気が凍るのが分かった。俯いたその女性はツカツカとこちらににじり寄ってくる。しまったと思ったときには遅かった。
「に......にぎにゃあああぁぁぁ!」
私が逃げるよりも早く、その女性は私の顔面を正面から引っ掴み、私の体を軽々と持ち上げてみせた。俗にいうアイアンクローという奴である。イタイ! 死ぬほどイタイ!
「首がもげる! もげる! 顔も取れる!」
「取れてしまえクソガキ! 誰の胸が盆地だ!」
「言ってない! 言ってない! 誰も胸が抉れてるなんて言ってない!」
「今、言ってるだろうがぁぁぁ!!」
「ぎぃやぁぁぁぁ!」
私がかつてないほどの痛みを伴う暴行に苦しめられていると、女性の来た方からもう一人の気配がした。
「あら? もう仲良くなったの?」
その声に(胸の足りない)女性は我に返ったのか、すっと手の力を抜いた。私はすとんとベットに落とされる。顔、凹んだのではないだろうか? ヘチマになってないかな?
「桜花。こいつバカだぞ? 捨ててこよう」
「あら? 拾ったのなら最後までお世話しなきゃダメよ? 律」
「拾ったのは私じゃない! 天童家の三男だ!」
ペットについて話をしているようだ。多分私のことではないだろう。
私が無意識に自分の心の尊厳を守っていると、桜花と呼ばれた声の主が姿を現した。
「......っ!?」
私はあまりの衝撃に二の句が継げなかった。サラサラの黒い髪に、抜群のスタイル。優し気な瞳は目を合わせるだけで吸い込まれそうだ。「美」とは何かと問われれば、この人の名前を挙げることになるだろう。
「女神様......」
私は思わずボソッと口ずさんでしまった。恥ずかしいことにそれを聞いた当の本人は一瞬ぽかんとした後、上品にくすくすと笑った。
「私が女神ならあなたは天使かしら? 可愛いお嬢さん?」
そういって私の横顔にそっと手を当てる。私にその気はないはずなのに思わずどぎまぎしてしまった。そんな私の気を知らずか、二の句が継げずにいる私の手を、女神はそっと握った。
「あなた、覚えてるかしら? 学校に繋がる正面の道で事故にあってここまで運ばれてきたのよ? どうして春休みなのに、学校に来たの?」
「えっと......それは......」
私はなんとか声を絞り出して今までの経緯を説明した。その間ずっと目を見つめられていたので、私は顔から火を吹き出しそうだった。
「しかし、普通一か月も間違えるか?」
傍らで話を聞いていた、女性が呆れたように声を出した。正直自分でもそう思うのだが、やってしまったものは仕方ない。
「こら、律。起きてしまったものは仕方ないわ。それよりこれからどうするかよ?」
女神が窘めつつ私に向き直った。そして私を安心させるかのようににっこりと微笑んだ。
「あなたに怪我がなくて本当によかったわ。私の名前は神居 桜花。この青峰女学院で生徒会長をやっています。そこに立っているのは副会長の不知火 律。あんなことを言っているけど、とっても優しいのよ? あなたの看病をしてくれたのは彼女なんだから。それで、あなたのお名前は?」
「は、はい! 私は藤原 茜です! 14歳です!」
「そう。じゃあ茜って呼ばせてもらうわ」
名前を告げると、桜花さんは一層優しい顔になった。何となく、お母さんを桜花さんから感じる。
「それで、茜。これから、どうするの? お家ないんでしょう?」
「あ、はい! しょうがないので、しばらく野宿しようかと! 幸い八万島はあったかいので、夜外で寝てても風邪ひかなさそうですし!」
えへへ~と笑う私に、桜花さんはびっくりしたような顔になった。そして先ほどとは変わって厳しい顔になる。
「だめよ! あなた女の子なのよ! 野宿なんて絶対ダメ!」
自分ごとのように桜花さんは怒ってくれる。だが、私はそんなことを言われてもと途方にくれてしまった。
「でも私、他にあてが......」
「大丈夫。ここに泊ればいいのよ!」
桜花さんの突然の申し出に、私はまたポカンとした。