9‐2
いよいよことが動き出す、前段階です。
ガチンッ、という音と火花が目の前で散ってリリーは銃を取り落とした。銃が手から離れる時に、リリーの手首に当たったので激痛が走る。
「くっ。」
思わず手首を押さえた。リリーが動けないでいる間に、貴奈は無事に勇太達と合流した。
「大丈夫か!?」
「う、うん。」
「どこも怪我はない?」
千哉の質問に貴奈は頷いた。
「後ろに下がって。」
「車に乗って」
祥二が言いかけた時だった。向こうから一台の車がやってきたのだ。
リリーがどうやって失敗を挽回するか考えながら、銃を拾おうとした時、向かいの古びたコンクリートの建物の中から、涼が下りてきた。片時もリリーから照準を離さないので、距離があっても動けなかった。少しでも動いた瞬間に撃たれる。桂香を殺した濡れ衣を着せたので許さないはずだ。
『リリー。お前。自分がしたことは分かっているよな?』
『…く、しょうがなかったのよ。本部の指示なの…!』
『本部の指示?』
『そうよ! 本部が桂香を殺せって言ってきたの! 京太郎にはふさわしくない女だからって、そう言ったのよ!』
『それで、俺に濡れ衣を着せたのは?』
『もちろん、本部が暗殺に失敗したあんたを抹殺するためよ。でも、京太郎があんたをかばったから、正式には殺す命令を出せなくなった。それで、桂香を殺した罪を着せて、仲間を殺した罪で組織の暗殺部隊にあんたを追わせることにしたのよ…!』
『なるほど。分かったよ。じゃあな、リリー。』
涼は拳銃の撃鉄を上げた。
『ま、待って! ちゃんと話したじゃない!』
『誰が、話したら助けてやると言った?』
『卑怯よ!』
『何が卑怯だ。さんざん同じ手で殺してきただろうが。』
『わたしは殺してないわ!』
『嘘つけ。命じれば同じだし、桂香はどう言い訳するつもりだ?』
『……それは。』
「じゃあな。」
涼が引き金にかけた指に力を入れようとした時だった。
「待て! 涼!」
後ろから意外な人物の停止がかかった。
「京太郎さん。なぜ、止めるんです? こんな女、殺してしまえばいい。」
「涼、それはお前のためだ。リリーは組織の中で上位者の娘だ。それを殺せば、お前は一生追われる身になる。」
「どうせ、俺は追われる身になるんです。一緒ですよ。」
「いいや、一緒じゃない。リリーを殺しているか、いないかではまるで違う。それに、お前は桂香も殺していない。仲間を誰一人殺していないのに、その濡れ衣を着せられて追われるのと、仲間を殺して追われるのとでは次元がまるで違う。組織も一枚岩ではない。言っている意味は分かるだろう?」
組織の仲間殺しをしていないのに濡れ衣を着せられた場合は、助けてくれる組織の上位者が現れるということだ。同じ組織内でも権力闘争をしている。なんせ、世界中の金持ちや議員とか、有名人が組織の一員になっていたりするのだから、世界の権力闘争の中枢とさえ言っていいほどだろう。
京太郎が涼の腕を上から押さえて、拳銃を下に向けさせた。
「なぜですか? 京太郎さんは、昔からそうでした。誰も助けてくれない厳しい世界の中で、京太郎さんは初めて会った時から親切にしてくれました。
お菓子を俺にくれたでしょう? 今でもはっきり覚えています。お菓子と水だったけれど、買ってくれました。本当はもったいなから飲みたくなかったけれど、喉がべらぼうに渇いていて、一気に飲み干してしまって。
そうしたら、もう一回、近くの売店に行って今度は炭酸飲料を買ってきてくれた。」
涼は京太郎を見つめた。
「なぜですか? なぜ、俺を助けてくれるんです?」
京太郎はいつも淡々としているが、一度、目をしばたたかせた後、口を開いた。
「お前は、死んだ弟に似ている。」
思いがけない言葉に、涼は京太郎を凝視した。
「私には双子の弟がいた。病弱でずっと家にいた。だが、ある日、学校から帰ると、いなかった。両親に尋ねると、散歩中に事故に遭ったと言われた。それで死んだと。私は信じられなかった。せめて、遺体と対面させて欲しいと頼んだ。
だが、あまりにも凄惨な姿なので、死んだ弟の姿は見せられないと母に泣きながら言われた時、弟は本当に死んだのだと理解した。そして、ただの事故ではなく、弟は殺されたのだろうと感じた。
お前は性格が死んだ弟に似ている。だから、放っておけない自分がいる。すまない。勝手に死んだ弟を重ねて。」
今まで京太郎の家族の話を聞いたことがなかったので、涼は呆然とその話を聞いていた。
『リリー、お前の話は聞いた。桂香を殺した理由についても。』
『きょ、京太郎、しかたなかったの。』
リリーは京太郎にすがりついた。
「放せ、京太郎さんに触るな。」
涼はリリーを睨みつけながら京太郎から引き離す。
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最後まで読んで頂きましてありがとうございます。
星河 語




