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伝奇集  作者: タカハシ
7/15

ネバーランドの子供たち

キャッ! 算数のテストの時間に、大きな悲鳴が上がった。

な、なんだなんだ、どうしたんだ、淳子? テストの監督をしていた田中先生が、慌てて聞き返した。

せ、関口君が・・・淳子は斜め前に座る生徒を指差しながら、鉛筆を倒しましたっ!

(何の冗談だ?) 田中は呆れて淳子の席に向かった、そして、みんな、静かに、テスト中だぞ!と騒ぎ出した生徒を注意する。これが他の生徒だったらいざ知らず、淳子は学級委員長も務める、クラスで1番の秀才なのだ。

おい、関口、何をしたんだ? 淳子が指差す関口の肩に手を置くと、ビクッと振り向いた少年は、バツが悪そうに頭を掻いて、

あ、えっと・・・と、ひどく言いづらそうに、鉛筆を倒せたら面白いかなって思ってたら、本当に倒れちゃって、へへ・・・と、予想外の話をし出す。

ハハ、なんだなんだ、お前ら揃って、夢でも見てたんじゃないのか? 田中が二人に云うと、ぜったい見ました! 落ちこぼれの関口と一緒くたにされたのが気に入らなかったのだろう、淳子がムキになって云ってきた。

分かった分かった、田中は笑顔で淳子を宥め、その顔に皮肉を加えて関口に向き直ると、ホレ、じゃあ、コレを同じように倒してくれるかな? そう云って白紙の答案用紙の上に転がるチビた鉛筆を手に取ると、まるで稲でも植えるように関口の前に立ててやる。すると、

コロン。

おや、風が入ったかな? おい、加藤、窓を全部閉めろ! よし、それで良い、じゃあ、もう一度!

コロン。

・・・! そうか、関口、お前、息を吹き掛けて倒してるだろ?

違います、先生!・・・頭の中で「倒れろ!」って云うと、勝手に倒れるんです!

だったら、後ろを向いたって出来るよな?

分かりません、やった事ないし・・・

なら、後ろを向け。関口が椅子ごと反転する間に、田中は鉛筆と、今度は四角い消しゴムも一緒に並べて、机の上に立てた。鉛筆はともかく、安定感のある消しゴムなら、風や振動やらの影響も無いだろう。

いいぞ。

はい・・・ウンッ!

コロン、パタッ!

!? よ、よし! 田中は自分でそう云ったが、果たして何が「よし」なのか、自分でも分からなくなっていた。それどころか、ひどく「良くない」事が起こっているのは明らかだった。敏感な子供たちが騒ぎ出すのも、こうなれば時間の問題だ・・・

い、イタタタタ、不意に田中は、大げさに叫ぶと腹を押さえて、みんながあんまり驚かすもんだから、先生お腹が痛くなっちゃったよ、ちょっと先生、トイレに行って来るから、大人しくテストの続きをやってるんだぞ。カンニングなんかするんじゃないぞ! そしていきなり関口に顔を近付けると、二度とソレをやるんじゃ無いぞ、もしやったら、親を呼び出してお前の代わりに殴ってやるからな、いいな!

 それだけ云うと、半ば駆け出すようにして教室を出て行った。

なんか先生、怖かったね、「親を殴る」とか云ってたわよ・・・

うん、トイレってのもヘンだよな。

関口君の見て、明らかに慌ててたわよね、ねえ、やっぱり大人には見せちゃダメだったんじゃないの?

そんなのいいからさ、おい、関口、もっと色々やって見せてくれよ!

ダメよ、柴野君、さっきの聞いてなかったの? そんな事したら関口君が・・・

そんなん、バレっこないって! ホラ、みんなも鉛筆出せよ、ホラホラ、並べてどんどん立てようぜ!


マズい、マズいぞ・・・親指の爪を噛みながら、田中は階下の渡り廊下にやって来た。周囲を気にしながらスマホを取り出すと、アドレスに《教育委員会》と記された番号を選んで繋ぐ。それにしても、どうして俺のクラスなんだ!?

もしもし、と恐る恐る田中。

はい?と、感情に欠けた女の声。

『緊急』です。

・・・どうぞ。

鉛筆を倒しました。

本当に?

一緒に消しゴムも。

! 分かりました、では、手順通りにお願いします。

会話は終わった。


 田中が校長室の金庫から、大きなテープレコーダーを取り出すのを見ていたのは、ほんの数人の教師だった。しかしその数人は、田中の行動に血相を変えると、無言で職員室を出て行った。直ぐにバタバタと駆け出す、慌ただしい足音も廊下から聞こえて来た。もちろん、授業中の教員、ましてや生徒を誘う暇も無いだろう、緊急時だ、誰だって我が身の命が可愛い。田中はせめての情けと、まるで誰かに見せびらかすように、ことさらテープレコーダーを大きく振って、5年4組の教室へと戻って行ったのだ。


 階段を曲がったところで、サッと子供の頭が引っ込むのが見えた、どうやら幼い「斥候」らしい。きっと関口の「実験」をしてるのがバレないように、田中が帰って来るのに見張りを立てていたのだろう。そうか、ならばそれでも良い、田中は気付かぬフリで歩みも変えず、そっちから約束を破ってくれたのだから、俺も心置きなく、任務を遂行出来るというものだ。


はーい、みんな、テスト用紙を集めなさい。え〜、まだ時間になってないじゃん。私だって終わってないわ。僕も私も、俺も! そりゃそうだろう、誰もテストどころじゃなかったろうし・・・みんな、静かに静かに!

 田中は教壇の上にテープレコーダーを置くと、先生これから用があって出掛けるから、その代わりこのテープレコーダーで、今から国語の朗読を流すから、ちゃんと聞いて置くように。ええ〜、朗読って、ラノベですかぁ? バカ、「坊ちゃん」だ! ええ〜、俺、寝ちゃうよ〜。明日、これで小テストやるからな、覚悟しとけよ! ゲェ、またテスト!?


 ブーブー云う子供たちを残して、田中は教室を後にした。自然と早足になっている、何しろ初めての事だ、どれくらいの猶予があるか分からない。

 駐車場に出た田中は、急いで車のキーを回すと、遠くから小学校が見渡せる場所まで走らせた。そして待つ。爆発が起きたのは、ハイライトを一本吸い終えた時だった。200メートルは離れてるだろうに、フロントガラスが割れたのには驚いた。3階建ての校舎は、田中の受け持つ5年4組を中心に、まるで隕石でも直撃したように丸くもぎ取られていた。反対の塔の1・2・3年は大丈夫だろうが、5年の上下階の4・6年は、恐らくは無事な生徒の方が少ないだろうと思われた。こんなの、こんな・・・

 本当なら、覚醒した個人だけを狙えば済むだけの話なのだろうが、国はそんな甘い考えを認めない。

 通信の無い昔の事ならば、『神隠し』の一言で、簡単に片付けられたのだろうが、ネットワークの現代に至っては、些細な油断が命取りになる。必要なのは(根絶!)、疑わしきなら、跡形も無く、全てを燃やし尽くせという考えだ。この短絡さに、アメリカの介在を予測するのは容易だろう。

 絶望して、疲弊した教職員たちは、陰でこんな冗談を云っている。「文部省のモンブとは、《モンスター・ブレイク》の略称だ」と。つまりは、国が推奨する義務教育の役割は、未来の怪物たちを早期に見つけて、それを壊す事にある。せめて他人事だったなら、うまい事を云いやがると、笑ってもいられたのだろうが・・・

 しかし、我々教師の反抗も冗談止まりだ、何故なら我々も同じく、国に家族や親戚、そして友人恋人に至るまで、全ての大切な人を人質に取られているからだ。研修生時代に、既に厚生省に出向いて、身体に発信機と盗聴器も埋め込まれている。だから、もし逆らったり、暴露しようなど怪しい行動を見せようものなら、たちまち一族郎党、この社会から抹殺されてしまうという訳だ。先ほどの爆破でも察せられる通り、例えスプーンを曲げる力しか持たない子供だったとしても、それが未知の力である限り、社会は全力でそれを抹消に掛かるのだ、もちろん、それの目撃者も込みで!

 しかし、そのおかげで国民の安全が保たれているというのもまた、紛れもない事実である。スーパーマンは、映画の中だからこそ人々の賞賛を浴びるのであって、それが実社会にまで出てしまったら、それは既に災害で、もはや人類に仇なす怪物でしかない。

 人間以上、つまりは幽霊も宇宙人も超能力者も、信じるのは構わない、ただ、現段階の社会に於いて、彼らの居場所は何処にも無いのだ!


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