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伝奇集  作者: タカハシ
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砂の本

 それは奇妙な本だった。

 人肌を思わせる、しっとりとした産毛も震える表紙に包まれた、開く度にその都度微妙に色味を変える、凡そ何色とでも呼べる不思議な紙には、頁は打たれておらず、しかしパラパラと捲った感じでは、百頁にも満たない小冊子だろうと思われた。信じられない話だが、見知った道に迷った挙げ句、この古本屋へと辿り着いた事実も、既にこの本の中、遥か昔に語られた一挿話では?との予感もあった。

 裏表紙には、数字で19**と発行年数が記されていたが、その文章は、英語であり、ラテン語であり、時には予言と占星術、(同じ意味ではあるのだが)過去であって未来、そして鳥や獣が宇宙的秩序で並ぶといった象形文字であり、つまりはそれは、『暗号』であった。

「それを・・・買われますか?」 老店主とは初対面だったが、話し方に含みが在った。

「何か、問題でも?」 だから私も、同じ方法を採った。月並みな感じがして、少し頬が熱くなったのを覚えている。

「いえいえ、分かる人、いっぱしの本好きなら、凡そ望み得る限り、(最高)の本ですよ」 そこで声を落として、「世界に二つとありません」 グーテンベルク以降、そんな言葉は聞いた事が無かった。

「だったらなぜ、売り物なんかに?」  驚いた顔を作って、私が訊いた。

「もう、堪能しました」

 ちょうどその時、私は古いレジ横に置かれた、遥か海賊時代を思わせる、琥珀を漂うボトルシップを見つめていた。この男の云ってる事は、恐らく真実だろう、そして私が今日、ここに(厄介事)を引き取るに来るだろう頁も、男は既に読んでいるのだ。それにしても、世界の全てを覗ける万華鏡というのは、一体どんな光を見せるのだろう?

 無意識の内に、届かない符号を追って、座礁でもしたらしい、それはほんの、一瞬の出来事だったが、目ざとい店主は見逃さず、海のコックのように笑うのだった。

「コリアの魔神だったら、心配いりませんぜ、旦那。こいつぁー、純粋な『本』でさあ」

 からかわれているのだろうか? 口ぶりだけでなく、みるみる頬に浮かび上がる大きな刀傷は、子供の頃に夢中になった、小説の中の海賊を思わせた。しかしそれも一瞬で、今となっては、夢か魔法かも確かめようがない。それ以上会話を続けるのも、無意味(危険?)に思われたので、私はそれを態度で示した。

「千一円です」 私が取り出した革の財布を見て、店主が云った。「付録も込みで」 そう云って本の上に置かれたのは、年月の風雨に晒された、ミイラの親知らずを思わせる忌まわしい骰子だった。「良い夢を」 転がった3つの骰子は、偶然だろうか、6の三つ目で私を睨んでいた・・・

 不思議な事に、私には店を出てから家へ帰るまでの記憶が無い。だから、再びあの店に行きたいと思っても、恐らく二度と見付けられないだろう。だが、まあいい、引き換えに、本だけは残ったのだから。

 秘儀を行う、後ろ暗さからだろうか、一人暮らしだというのに、書斎に鍵を下ろした自身の滑稽さに、しかし恐怖の感情も混じっていたように思うのは、気のせいか?

 厚みの無い頁には、断片的な文章が並んでいた。センテンスの頭には、ランダムに3つの骰子のイラストが記されている。私は学生の頃に遊んだ、GBを思い出した。骰子を放ると、骨と云うよりは、枯れ竹が触れ合うような音を立てて、今度はありふれた目が出た。同時に本が勝手に開いて、手で捲った時には無意味だった記号が、同じく理解を超えた力の支配下に震え出す。紙で出来た砂漠に、気紛れな風が残すアラベスクは、読み手のペースに合わせて、一語読む毎に流れて消え去り、再び先を形作ると、どこまでも永久に流れていった。平穏な日常こそが、神の奇跡だと云うのなら、この瞬きの度に移り変わる脅威の世界は、さながら悪魔の仕組んだ奇跡と云ったところか? 骰子故に、その組み合わせは香具師のように巧妙で、例え同じ数が出ても、その三竦みは容易に自身の勝ちを放棄して、しばしば頁を捲る見えない手の不興すら買うほどだった。また、砂の描く文章(時には挿画!)は変幻自在で、結果、物語は、不眠症の語り部のように広がった。

 軽い疲労を覚えて、本から離れると、君は既に一週間が過ぎている事に気付くだろう。同時に君は、次に骰子を振る時は、二度と戻って来れないだろう事も、薄々予感する筈だ。それでいて、君が最後に覗く頁に、やはり自身の最期が書かれているかと思うと、期待せずにはいられない、いや、恥じなくても良い、本を愛する人間なれば、それこそが自然で必然で当然だ。さあ、賽を振りたまえ!・・・


 翌日、モルグに奇妙な遺体が届いた。死因はハッキリしていた、内臓破裂である。男の体内から回収された『本』は、ちょうど『千と一冊』を数えた。件の本は、未だに発見されてない(了)

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