3.異世界転生!?
漂っていた。
私の意識、いやこの場合は魂と言った方が良いのだろうか。
そんなオカルトチックな存在がフヨフヨと。
深海の奥底、もしくは宇宙空間。
どちらにも似ているが、決してどちらでもない、そんな"何も無い"空間をフヨフヨと。
すると突如として、グンと引き寄せられるような感覚に襲われる。それに抗う意思も術も持たず、ただ引き寄せられてゆく。
その先に強い光を見た。
眩く輝く力強い光を。
その光に近付くにつれて、何も無かった筈の私に目が、鼻が、口が、体躯が、そして息吹が形成されていく。光に引き寄せられるスピードは乗数的に速くなっていき、あまりの速度に体が重力を感じ始めた。
そうして、全てが光に呑み込まれた瞬間。
水中から顔を上げたような、ずっと塞いでいた耳を開くような感覚を覚える。
急なことで驚いた私は声をあげようと口を開いたのだが...
「わ....わぁ...」
ん...?
近くでやけに幼い声がした。
な、なんだ...?近くにちぃ○わが...いる...?
まて、私には目がついているじゃないか、まずは周りの状況から把握しないと...。
そう思いゆっくりと瞼を開ける。
目の前にはやけに高く感じる天井と、左右を木造の柵みたいなものが覆っていた。
とにかく立ち上がらなければ。
そう思い、腹筋と手に力を入れ起き上がろうとする。だが、上手くいかない。
そ、そういえば私はどうなったんだ?
倒れた瞬間はもうダメかなって思ったのに...あいや、でも体は思うように動かないな、今こそ痛みは無いが何かしらの後遺症が残っているのだろうか。
というかここはどこだ?
病院じゃないのか...?
そうだ!大会は!?
じょ、状況が分からなすぎる...!
とにかく人を呼ばないと!
そう思った私は大きく息を吸い込み、声を上げる。
おーい!誰かぁ!
「あう!あうわあああ!」
「....あ?」
赤ちゃんか!もう高一だぞふざけるのも大概にしなさい!
そう思い、自分で自分のほっぺたを叩く。ぺちん、とやけに可愛らしい音が鳴ると同時に、手に伝わる感覚に衝撃を受ける。な、何だこのほっぺたの感触は!!
意味がわからない程モッチモチで、片栗粉でもまぶしたのかと思うほどサッラサラじゃないですか!
だが、すぐにその違和感に気づく。
なんか、手...小さくない?
しきりに自分のほっぺたの感触を楽しんでいるうちに、そのほっぺたが感じる自身の手の大きさに違和感を覚えたのだ。
なんだ...?
そう思い自分の手を視野の中に捉える、と。
ちっ...ちっさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!??
「わああああああああああああああぁ!?」
心の中で叫んだつもりがそのまま口から出てしまっていた。
ついでに涙も一緒に出てきた。
うぅ、恥ずかしいよう。
なんだか体と心の制御が思ったように行かないだよう。
止まらない涙を抑えようとすると余計に涙と声が溢れてくる。
そんなことをしていると、私の声に気づいたのか誰かの足音が近づいてくる。
「あら〜どうしたの?おねしょしちゃった?」
「うっ...うわぁ...うう...」
相変わらず泣き声を上げることしか出来ない私に、優しい声音をした女性が近づいくる。
白く長い、まるで白龍の鬣をそのまま下ろしたかのような美しい髪と、湖を閉じ込めた宝石のような青目を持った美女がそこにいた。
その女性は私の体をヒョイと持ち上げると、優しく大切に抱きかかえ、あやす様に身を揺らす。
えっえっ、なな、なんかすんごい美女に抱っこされてるんですけど!というかなんかいい匂いするし、や、柔らかいっ!
...いやそんなことより、私と大きさの比率おかしくない!?
楽園のような状況に思わずスルーしそうになった。心地よく揺れる美女の腕の中から何とか周りを見渡すと、ふと姿見が目に入る。
しめた、これで自分の状態が把握出来る!
だが、それに反射して映る光景に、私は首を傾げた。
何故なら、正面から鏡を見ているはずなのにそこに私が映っていなかったのだ。いや、正しくは"私の知っている私の姿"が映って無いのだ。
鏡に映る人物は2人。
白髪青目の美女と、その腕の中で目に涙を溜めながら首を傾げている赤子。
私が白髪青目の美女である可能性は...無いですよね分かってますよ。
でもそうなると消去法で赤子が私ということになるのだが...ありえない。
私はこの状況で一番合理的で手っ取り早い方法を行うことにした。
こういう時はほっぺたをつねって引っ張るのが一番だよね!
私は鏡を見ながらほっぺたを手に取り、柔らかい感触を指で感じながら左右へ引っ張る。
鏡と私の動きが一致。
赤子=私
確定しました。
つねったほっぺたが痛い。
夢ではなく現実
確定しました。
「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「アナタ!この子自分で頬っぺをつねって泣きだしました!」
女性の慌てる声に対して、遠くから「なんだって!??」という声と共にドタドタと足音が向かってくる。
状況が飲み込めず脳がいっぱいいっぱいになってしまった私は、その直後凄まじい眠気に襲われそのまま眠りについてしまった。
◇
──────────それから数日。
私は嫌でも理解することになった。
あぁ、私は異世界に転生してきたのだと。
「セイバーちゃーん、朝ですよ〜」
今日も今日とて私を起こしに来てくれる麗しき美女。
名をマリア・フレンスタ。
白髪と青目を携えた、この世界における私の母である。
優しい手でふわりと抱き上げられると、そのまま1階のリビングまで一緒に降りてゆく。
ベーコンとたまごの焼けるいい匂いに鼻腔をくすぐられていると、キッチンに立つ背の高い男性が見えてくる。
「あら、アナタ今日は順調そうじゃないっ」
「あぁ、マリアのお陰様でね。今日はたまごの黄身を割らずに済んだ。それに、いつまでもセイバーにかっこ悪い所を見せる訳には行かないからね」
男性はそう言いながら、私に向かって「おはよう」と微笑んだ。
黒目に黒髪、柔らかい直毛を中央で左右に上げており、髪の分け目から覗かせる黒い双眸が、落ち着いた雰囲気を一層大人びて見せる。
少し目つきは悪いが、それが時折見せる優しい顔を際立たせていた。
名をファージ・フレンスタ。
お察しの通り、この世界における私の父である。
「さて、それじゃあ朝ごはんにしようか。この力作をセイバーに食べて貰えないのはちょっと残念だけど...」
「大丈夫、この子の分までちゃーんと私が味わってあげるわ。それに、これから何度だってその機会はあるんだから」
「あははっ、ありがとうマリア。それもそうだね」
「いあえういう...」
いい家庭過ぎる...
思わず言葉にならない声を上げる。というより、まだ上手く発音出来ないだけなのだけど。
その後、3人で長方形のテーブルを囲むと、希望に満ちた朝食タイムが始まった。
赤子用の椅子に座る私の左には母、右に父が座り、香ばしい香りを放つベーコンエッグとパンを口へ運ぶ。
私はと言うとまだ離乳食だ、なんせまだ歯が生え始めたばかりなので咀嚼ができない。おいしそう...ベーコンエッグ...たべたい...
「アナタ、この子に狙われてますよ」
「ん、ほんとうだ。そんなにおいしそうに見えるのかな?」
「はい、セイバーちゃんはこっちですよ〜」
「あ...あむ」
父のベーコンエッグから目が離れない私に、母が離乳食を口へ運んでくれる。
そんな様子がおかしかったのか、2人はくすりと笑った。
少し恥ずかしいが、これも仕方無いのだ。
離乳食は味が簡素なので、普通の食事が恋しくなってしまうし、まだ上手くスプーンも扱えないので、母にその...あーんしてもらうしかない。転生初日の朝食で無理に1人で食べようとして、頭から離乳食をかぶってしまった経験から、出来ないことは任せた方が迷惑がかからないとわかった。
だから今は甘えるところは甘えさせてもらう、べ、別にちょっと良いかもなんて思ってない。
「そういえば、この子最近よく喋るんですよ。まだおぼつかないですけど。この前なんて1人で立とうとしていて、あと少しだったんです!」
「そうなのかい?子どもの成長は早いなぁ。そうか、もう生まれてから8ヶ月になるんだね」
「ええ、この子と過ごす日々は、ほんとうにあっという間」
「きっとこの子が最初に話す言葉は"お父さん"だろうね」
「うふふ面白いこと言うのねファージ、でもこの子の最初の言葉は"お母さん"よ?」
父のたまごの黄身が音を立てて割れた。
「は、はい」
「ふふっ」
母は基本的に「アナタ」と呼ぶが、こういった場面では時折「ファージ」とファーストネームで呼ぶ。そこから放たれる圧は計り知れない。
父の震える手に握られたフォークがカチカチとお皿を叩く。強ばった表情筋で何とか笑顔を作る姿に、もはや父としての尊厳は無かった。
万が一、私の最初の言葉が「お父さん」だった場合、父はきっと三日三晩お家の庭に埋められるだろう。
この人を守るためにも最初の言葉はお母さんにしなくちゃ、私は密かにそう誓った。
◇
この世界に来て、今日で四度目の夜を迎えた。
暗い寝室には大きなベッドが2つあり、そこで父と母は就寝していた。
私はというと部屋の角に寄せられたベビーベッドで1人、胡座をかいて座っていた。
ココ最近は色んなことが起きすぎて、気づけば眠りについているような日々ばかりだった。だが今日はいつもより眠たくない、少しこの世界に慣れてきた証拠だろうか。思えばこうして一人思考に耽るのも随分と久しぶりな気がする。
あるいは考えないようにしていたのか、温かい家庭に甘えて現実を見ないようにしていただけかもしれない。
静かな部屋には父と母の寝息だけが聞こえている。
夜は嫌いじゃない。
静かで真っ暗な空間では、考えがクリアになる。今までだって、何度お布団にうずくまって反省会をしたものか。
うっ!学生時代の嫌な思い出たちが...!
加速しそうな過去の記憶を頭を左右に振ってリセットする。
まずは現状の整理をしないと。
私はこの世界にフレンスタ家の子どもとして産まれた。年齢は生後8ヶ月、伸びてきた黒髪と大きな瞳を染める黒色は、父の遺伝を強く継いでいる証拠だ。白髪青目に憧れはあったが、私にはこちらの方がしっくりくるし、合っていると思う。
そして元の世界との輪廻か因果か、両親から「セイバー」と名前を貰った。苗字も少し接点があるし、星葉からセイバーなんて少し安直すぎる気もするが、この際無視しよう。
家の外観や外の風景が見たくて、少し家の周りに連れ出して貰った事がある。そこから推察するに時代の発達は中世あたりで、そこにヨーロッパ味を付け足したような感じだろうか、あんまり詳しくないけど、たぶんそんな気がする、うん、きっと。
だだっ広い草原の少し高い所にあるお家は、木組みの石造りで、いかにも家庭を感じる外観になっていた。
家の周りには、大人の腰下あたりの高さで出来た木の柵と、それに囲われた庭があり、その外には草の生えていない砂の道が一つ、少し離れた所にある村に続いていた。
村にはまだ行った事がないが、いつもそこで食料や必要なものを買ってきているらしい。ちゃんと通貨は存在する、良かった。
母が言うには、村から馬車で少し行けば大きな街もあるんだって。理解してるかどうかも分からない私に、色々話しかけてくれる母には早くありがとうを伝えたい。
文明の発達はそこまで進んでなくて、車やスマホとかは無さそうだった。というよりも"電気"を使用するものをまだひとつも目にしていない。
では一体何を代用しているのか。
それこそ、私が異世界にやってきたと確信するに至った要素。
"魔力"である。
部屋の明かり、料理する際の火などは全て魔力を使って行われる。
様々な役割を持った魔道具というものがあり、そこに魔力を通す事で役目を果たすための現象を起こす代物らしい。
他にも、人によっては魔力を臨機応変に使用できるみたいだ。前に私が寝付けなかった時、母は空中に青白く輝く光の粒子を散りばめてくれた。雪のようにしんしんと降るそれはとても綺麗で幻想的で、その後すぐ眠れたのを覚えている。それが、私が初めて見た魔術だった。
まだ分からないことだらけだけど、私もいつかあんな事が出来るのかな...なんて思ってみたり。
元の世界に戻ることは...多分出来ないと思う。
そんな根拠の無い直感があった。
それに、こんなにも私を大切に思ってくれる両親の元に産まれて、帰りたいだなんて思えるはずがない。
元の家族と友だち...は一人しかいなかったけど、私はこの世界でちゃんと生きて行くって決めたんだ。
それに、これはきっとチャンスなんだ。
今までは人と関わる事が怖くて、避けて、逃げ続けて、そうして結局ひとりぼっちな日々を過ごしてきた。まいちゃんに出会ってからは、少しづつ変わろうって思えたけど...でも結局彼女に甘えてしまって新しい友だちなんて出来やしなかった。
だから、私はこの世界で変わるんだ!
もうはぐれ者なんて呼ばせない!
過去の経験を活かす、このチャンスを逃してなるものか。
まいちゃんにはもう会えないけど...。
.............。
え、もう会えないの....?
二度と....あの子に....?
あんなに可愛くて、優しくて、キラキラした笑顔をいつも私に向けてくれていたまいちゃんに...?
つい最近まで隣で他愛のない話をしてた...なのに...。
「セイバーちゃん、どうしたの〜?」
「え...」
いつの間にかぽろぽろと涙を零していた。
それに気づいた母がベビーベッドから顔を覗かせ、優しくそう問いかける。
ほんとにダメだな私は、相変わらずメンタルが弱い、この体になってから涙を流しすぎだ。
私は止まりそうもない涙を隠すように背を向け、大丈夫だといわんばかりに片手を上げた。
「くっ......うぅ.....ぐす....」
「赤ちゃんって、こんな男泣きみたいな泣き方だったかしら..」
そう簡単に割り切れるはずがない。
いわば最愛の人と一生離れ離れになるなんて、きっと何年経っても割り切れないだろう。
考えれば考えるほど、胸の当たりが内側に引っ張られるような感覚に襲われる。
止まらない涙を堪えようとすればするほど、雑巾を絞るように溢れ出す。
すると突然、頬あたりに暖かさを感じる。
その違和感に目を向けると、光るクリオネのような存在がふよふよと浮いてた。とても綺麗で少しの温度を持つそれは、頬に体を擦り寄せ、私の涙を拭う。
その後も周囲をくるりと回ったり、鼻をつっついたりしてじゃれてくる。
そんな動きに夢中になっていると、後ろで思わず漏れたような短い笑い声がした。
振り返ると、母がこちらを愛おしそうに眺めながら指先を踊らせていた。
その動きに合わせて、光が踊る。
「かっわいい...」
────可愛いのは間違いなくあなたです...!
気づけば涙は止まっていた。
現世で死んで、この世界にやってきた訳だけど、こんなにも綺麗なものが見られるのなら少しは良かったって思える。
現世で死んで...この世界にやってきた...
おや?
「あ!」
「わっ...!」
「んわっ、どうしたっ?」
あ、ま、まずい。
思わず大きな声を出してしまった。
だけど、そうか、そうだよ。
まいちゃんがその...あっちの世界で寿命を終えた後、この世界にやってくる可能性だってあるじゃないか!
だったら二度と会えないってわけじゃない!
年の差はすごいことになってるだろうけど、もう一度再開できるんだ。
小さいまいちゃん...ロ...ロリまいちゃん...?
や...やばいそんなの、絶対に可愛いに決まってる!
拝まなければ...ロリまいちゃんを拝むまでは死ねない!死んでも死にきれない!!
だったらそれまでにやることは明確だ。
例え彼女がこの世界に転生してきても、私たちがお互いを認知できる可能性は少ない。
ならば、まいちゃんが私を見つけられるような状況を作っておかなければならない。
なんでもいい、なにかの分野で名前を世の中に渡らせるんだ。そうしたらいつか、どこかで私のことを見たり聞いたりするはず。
その時にあれを見せる、大会開始の寸前でまいちゃんから貰ったアクリルキーホルダー!
死の淵で死んでも離さなかったそれは、何故か分からないけどこの世界にまで着いてきた、私の大事な御守り(今リビングの棚に仕舞われてある)。
これを見れば、きっとひと目でわかるはずだ。
大丈夫、長い道のりになるだろうけど、きっと頑張れる。もう泣くのはこれっきりだ。
成長した姿を見せて、まいちゃんを安心させるんだ、立派になったんだと胸を張って言えるように。
そうして再開した暁には、まいちゃんを私の娘として迎え入れて山の麓でのんびり暮らそう。
「へ、へへへへへ..」
「アナタ、この子笑ってる..」
「...子どもは感情豊かなのが1番だね、マリア」
「............それもそうね」
─────────その翌日、私は一人歩きができるようになった。
第三話でした、ついに異世界です。
本格的な魔術の話はもう少し後になってくると思われます(*_ _)
評価、感想、ご指摘等非常にモチベーションになっております。ありがとうございます。