第99話 フロム ビヨンド
賢者ミシェルの範囲殲滅魔術、多連焔滅砲。
この多連装ロケット砲の如き爆炎魔術により、悍ましき大河は周囲の建物ごと盛大に大爆発。無数の異形が爆炎に蹂躙され、塵と化した。
その地獄の巨釜を思わせる燃え盛る灼熱劫火を、宙に浮遊しながら高笑いと共に睥睨するミシェル。
「「「「「お嬢ぉぉおおおおおおおおおおおおおお!!」」」」」
「あー!!よっしゃ、いくぞぉおおおおおお!!」
「「「「「タイガー!ファイヤー!サイバー!ファイバー!ダイバー!バイバー!ジャージャー!ファイボー!ワイパー!!」」」」」
「オーホッホッホッホー!! さぁ、皆さん! わたくしを、もっと称えるのですわよ!!」
「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」」」
「……なんだこれ…?」
ミシェルは、何やら「お嬢」と呼ばれているようで、彼女のこの大きな戦果に冒険者たちは沸き立ち、どこぞのアイドルライブの如く、大いに爆盛り上がりを見せた。
そして、この珍妙な雰囲気も含め、イナバの思考が色々とバグる。
「ガハハハハハ!! 後方側は【滅殺の麗公女】ミシェルが本領発揮か!……この戦況は好天模様であるが、しかし、ラビットの言葉が気になるな……」
流石は、幾多の過酷な戦場を潜り抜けてきたこの陣営。僅かに油断ならぬ種も見受けられるが、それらも十分対処できている。
膨大な敵の数であろうが、この布陣には有象無象。現状では、脅威と思える状況が想像つかない。
斥候隊チームリーダー、コールサイン「ラビット」。彼の示す脅威が如何なるものなのか、詳細情報が不明である以上、どうにも判断ができない。
「あら? あの劫火の中を、しぶとく生きてる卑しき輩がいるようですわね」
浮遊魔術にて、損壊し燃え盛る市街地を見据える物騒な二つ名「滅殺の麗公女」破壊と美の象徴、賢者ミシェル。その爆心地に、一体だけ動く個体が彼女の緋色の瞳に映し出された。
その時、目的教会聖堂へと突き進む、先行チーム上空を何かが飛行していた。その何かとは、バサバサと舞い降りて来る白頭鷲。
それが、差し出されたミゼーアの左腕に留まる。従魔のようだが、当初、従魔師と思われたのはミゼーアであったようだ。
「ご苦労であった、ナヴィ。それで、上空から何か情報は得られたかのう?」
白頭鷲の従魔ナヴィ。一定空域を飛行し偵察及び情報収集。つまりは、哨戒機のような役割の従魔である。
「ピーユルルゥピールル……ピュウピピーピュウ、ピールルゥピュウピー」
「ふむふむ。そうか、我が子らの消息はまだ不明か……むう? 得体の知れぬ、妙な輩がおると?……それが、前後左右方面に一体ずつか。あい分かった。もう亜空で休んでおれ」
「ピュルピー!」
哨戒任務報告を終えたナヴィは一鳴きし、漆黒に渦巻く次元の扉へと消え去った。
「其の得体の知れぬ輩、四体。さて、いったい何物であろうかのう……」
その存在の様相はすぐ様露わになった。この異形の坩堝の中に在って更なる異質の変容個体。
「……あれは、いったい何なのですの…? 全く理解ができない奇天烈な姿ですわね……」
ミシェルの瞳に露わになったその存在は、彼女らの世界に於いては異様異質そのもの。
米軍チームも含め、盾役隊、前衛攻撃隊らの視界にもその奇妙な姿が確認された。
‶それ〟は、燃え盛る炎の中を悠然と歩き、未だ群がる異形らを邪魔な障害物扱い。‶何か〟で切り裂きまくり、血飛沫を飛び散らせながら、歩み向かってくる。
「おいおいおいおい!! 何だあれは!? ──どこのB級ホラーの殺人鬼だよ!?」
「「「「「クレイジー……」」」」」
その姿に既視感のあるイナバは、驚愕しながらも精一杯のツッコミを入れる。他の米軍兵も同反応だ。
『フウゥゥゥ……フウゥゥゥ……フウゥゥゥ……』
怖気を伴う荒い呼吸音。サイズは2.5m超え、手に持つは両手持ち型、歪な斧。戦斧ではなく樹木伐採用の鉞タイプ。
そして、異質なのはその姿そのもの。この場では、次元レベルで場違いの見て呉れ。パステルピンクの体色に、デニムのオーバーオール。それは──。
──うさぎキャラクターの着ぐるみ。
首元には大きな黒リボン。何かのマスコットキャラのような可愛げな意匠。だが、コミカルなのはデザインのみで、その戦慄の様相と放つ圧力はトラウマ級。
全身返り血で黒染みだらけ。しかも、生物的で血管のようなものが頭部に浮き出ており、アニメチックな大きな眼は血走り、にこやかな口元は血塗れで獰猛な牙が生えている。
「バニーマンかよ……」
ホラー映画化もされている「バニーマン」。元は都市伝説であり、1900年代からアメリカで目撃されるようになった、うさぎの着ぐるみを纏った怪人である。
ハロウィンの時期になると手に斧を持ち、子供を襲いにくるという。
「なっ、何なんだ! このふざけた奴は!?」
近接距離にまで歩み来たバニーマンに対し「戦斧でもない、木こりの用具で何ができる!」と、大盾を構える4名の盾役隊。
──ブン!!
それは、何気ない一振り。樹木でも切るかのような、鉞の大振り横一文字。
対するは、高ランク冒険者ならではの高級高性能、重装甲冑に大盾。更に幾重もの強化付与。完全鉄壁の防御陣形。
「まずい!! それは、受けてはにゃめ!! 躱すにゃらら!!」
ズバァアアアアアアアアアアアア!!ドオオオオオオオオオオオオオン!!
「「「「「!!!!!!!!!!!」」」」」」
バニーマンは「そんなものは鉄壁でも何でも無い。ハリボテ、紙屑同然」と、言わんばかりに盾役3名を、大盾ごと真横に両断。
一早く気付いたネイリーの叫びも虚しく、その上半身がぐるぐると回り、ドスりガシャンと石畳に重みのある鈍い音と金属音を響かせた。
辛うじて、生き残ったもう一名。彼の持つ上位希少級タワーシールドにて、その超兇刃を防げたものの、大きく吹き飛ばされた。
「なんやねん!こいつは!?」
「クソー!! この化け物めぇえ!! よくもイザークをぉおお!!」
ガイガーが驚愕し呻く脇を抜け、一人のアタッカーの女性冒険者が、号泣し叫びながらバニーマンに剣を振るう。どうやら、犠牲になったタンクの一人と恋仲であったようだ……。
バニーマンに剣が届く前に、彼女の頭部が左手で無造作に鷲掴みされる。
「てめー!! そいつを放せ!!」と、彼女を助けようと他のアタッカーたちが必死と向かう。
「にゃめにゃら!! おまいら、行くなにゃあ!! ──そいつは“S級以上〟にゃら!!」
グシャ! ブン!!──ドシャアアアアアアアアアアアン!!!
その女性アタッカーの頭部は瞬時に握り潰される。救いに向かった他のアタッカーらは、その血塗れの拳で振られたバックブローに、纏めて薙ぎ払われ、胸元から弾けるように破砕。肉片と血飛沫が大きく飛び散る
僅かの間に、歴戦の高ランク冒険者6名がこのバニーマンに亡き者にされた。
「S級以上やて!? あの鉄壁だった盾役らの惨状。ほんまモンのようやな……こりゃアカン奴やで」
「皆、一旦距離を置くにゃら!! 近づいたらダメにゃらら!!」
脳筋ガイガーでも流石に理解したようで、触れれば、瞬殺。このニトログリセリンのような爆発物的存在に、ネイリーの指示により距離を取る冒険者たち。
{{{FUNBARARARARARA!!}}}
ブン!!ドシャ!!ブン!!グチャ!!ブン!!ゴチャ!!
それは、異形ら相手にも同様。敵と判断したバニーマンに襲い掛かる大小キモ異形らが、触れた瞬間、爆発するかのように鉞で屠られている。
だが、それは一部であって、異形らの群は冒険者らにも容赦なく刃を向けて来る。
それらを、他冒険者たちとイナバチームが対処しながら、バニーマンの動向にも気を向けねばならない。
冒険者&米軍兵レイドパーティVS異形の大群VSバニーマンの三つ巴戦。
戦場は混沌と激化していく──。
「こげんば、まずかたい!! お嬢!!」
「ええ! このうさぎの化け物には、生半可な術では効果は無さそうですわね。ドーレス! 少々時間を稼いでくださいまし!!」
ドーレスの危機感募る一声に、ミシェルは即座に反応。これまでの高飛車キャラが裏返り、将棋で言う飛車駒から成る龍王。
「おう! 分かったったい!! ワシもその生半可な術式しか使えんたい! 早よ、しちゃりぃ!!」
「分かってますわよ!──術式メインルーチン起動展開。インタプリタ プログラム実行」
急かすドーレスに多少苛立ちながらも、ミシェルは大杖を身体の前で両手で持ち、瞳を閉じ全集中。術式詠唱を始める。
ミシェルの前方上空に、赤紫系色の幾重もの魔法陣が複雑に動く中、ドーレスは、バニーマンの足止めに土精霊魔術を行使する。
「──銅牆鉄壁!!」
術名と共に石畳がゴゴゴと振動。直後にバニーマンを囲う分厚い鋼鉄の壁が聳え建ち、その進撃を止める。
「こげんと、少しは足止めができるかろうもん。ばってん、余り持ちそうに無かとね……」
ドオン!!ドオン!!ドオン!!と、その強固な壁を盛大にぶち破ろうとする大音響と地響き。その音に、冒険者たちに言い様の無い戦慄と緊張感が駆け巡る。
「プロトコルコード デーモン グリモワール。顕現ソースコード ネビロス。カテゴリーデストロイ。 レベル4──」
ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!
足止めも僅か、バニーマンはついにその鋼鉄製の強壁をぶち破り、何事も無かったかのように悠然と歩き始めた。
「──荊棘の焦鋼乙女!!」
同時にミシェルの詠唱も完成。詰みの一手を打つべく、小範囲の対強敵用、暗黒魔術を発動。
バニーマンは、そんな些細な事など意にも介せず、肉片血塗れの左手をペロペロと、二つの意味で冒険者らを舐めくさっている。
その周囲の石畳がドット絵のように分解、再構築。現れたのは3mほど。禍々しく黒々と、無数の鋲による棘だらけの鋼鉄製の乙女像が顕現された。
その正中線上に、朱色光の縦線が入り重く開く。内部壁面は赤々と焼けた溶鉱炉状態。更に無数の鋼針が内部に向け、鋭く突き尖っていた。
それは、中世欧州で刑罰、拷問に用いられた鉄の乙女の灼熱地獄版仕様。
ガシャン!!
それが、バニーマンを挟み包み閉じ込めた。この時、鉞を手放し、頭部だけ外にはみ出し、首だけ分断されコロりコロりと石畳に転がった。
灼熱針乙女の内部では、首から下の胴体部が焼けた鋼針でめった刺し。体内と表面から燃やし焼かれドロドロに溶けだし、やがて蒸発、塵と化した。
「やったか!?」
あーそれは、言ってはいけない。バトル物の物語上でこの言葉が発せられて、やれた試しが皆無。
それを、証明するかの如く、転がるバニーマンの頭部首元から、うにょうにょモリモリと血肉、臓物、筋肉筋が湧き出し、再び元のバニーマンの身体が再生。
それから、何事も無かったかのように鉞を拾い上げる。
「「「「「「……………」」」」」」
その悍ましき光景を驚愕の表情で押し黙り、見守る事しかできないレイドパーティ。
ダダダ!!ダダダ!!ダダダ!!ダダダ!!ダダダ!!ダダダ!!ダダダ!!
シュイン!!シュイン!!シュイン!!シュイン!!シュイン!!
ザシュ!!ドン!!ドシュ!!ザシュ!!ドン!!ドシュ!!ザシュ!!
「グレネード!!」
ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!
この間も、当然異形らは呆然とする間を与えてくれるはずも無く、路地の間、
建物壁、屋根から続々と攻め入って来る。
それらを銃撃、魔力矢、剣、戦斧、戦槌、槍、魔術に「洞窟内では使えなかったがここでなら」と、M67破片手榴弾も使い、必死と戦う冒険者たちと米軍チーム。
「リロード!! だー! クソ!! イナバ中尉!! いつまで続くんだこれ!? 大量にあった弾薬も、もう長くはもたないぞ!!」
「俺に聞くな! ジョブスCWO5! 分かるわけが無いだろ!! お前たち、弾薬補給用の兵站チームが共にいたのは幸いだったが、さすがに限りが見えてきたか……」
イナバに苦言する海兵隊インディアチーム、現在の指揮官‶ジョブス〟に、そう陰りを落とす心許ない呻きを漏らす。
海兵隊のインディアチームは、アフガン作戦での臨時で編成された弾薬補給部隊である。加えて、犠牲になった指揮官、隊員たちの辛うじて残った分も掻き集めて、何とか継戦を維持している状態。
認識票は、魔物に仲間らと共に喰われ回収できなかったが、申し訳無さと已む無くの状況に、複雑の思いであったのは言うまでもなかろう。
ブシャアアアア!!ズシャアアアアア!!ブアアアアアアアア!!
{{{{GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!}}}}
「「「うわあああああああああああああああ!!」」」
事の異変は、更に別方向から襲い掛かり、東側の路地奥から盛大に何かを切り裂く音に、異形らの断末魔の叫び。続く冒険者たちの叫声が響き渡った。
ドシャドシャドシャドシャドシャドシャ!!!
「ぬあっ!? 今度は何やねん!? 何か飛んできよっ──」
ガイガーの言葉は言い切る前に、それを理解し続くに至らなかった。──それは、異形らも含めた仲間たちのこと切れた頭部や、上半身の肉塊であったからだ。
「あれは、何なのですの……」
「あげなもんは、知らんばい……もう、ちゃっちゃくちゃらたい」
「あの、うさぎの化け物とは別に、これもヤバイにゃらら……他の異形らとは仲間と言う訳ではないにゃらね」
「地獄から救われたと思ったら、まだ渦中か……こいつもホラー殺人鬼タイプのようだな」
異世界出身の冒険者たちにとっては、未知の異形であるが、地球側チームではどこぞで見たような輩の詰め合わせ。
姿を現した‶それ〟は、身の丈はバニーマンと同サイズ。脂肪を蓄えた筋骨隆々、力士体形。茶色のワークパンツにトレッキングシューズ。
上半身は傷痕だらけの裸の上に、血塗れ革製エプロン。革製作業グローブの手に持つは、でかい鉈のような肉切り大包丁。
ボサボサの乱髪に顔全体を覆うマスクを被っている。だが、そのマスクは、人の顔の皮を剥いで作られた悍ましいもの。
「今度は極太マッチョな肉屋のスラッシャーホラー系に、レザーフェイスの合わせタイプかよ……」
これまで攻め込んできた異形らを、邪魔な障害物を掻き分けるかのように切り刻み進んできた事から、敵の敵であることは理解したが、敵の敵もまた敵であった。
「わたくしの完全滅殺魔術を受け、首だけの状態から再生……そして、これも通常のアンデッドとは異なる、枠外彼方の存在ですわね──おそらく」
「おそらく? このえげつない化け物らはいったい何なんにゃら……?」
「──真の不死者。ランクは規格外級。勇者と同格ですわ」