第97話 サイレン トゥナイト 穢れしこの夜
ゥゥゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウゥゥゥゥン……。
「あー、何だこれ? 空襲警報か? 上の方…地上からか」
突如鳴り響くサイレン音。その音は、地下を移動中のトールらパーティの耳にも聞こえだしていた。
『『ワォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォン!!』』
「やめろや。 呼応するな! これは何かの遠吠えじゃねーよ!」
「地上が近いのかしら? まさか上は、地球の大戦中のような光景じゃないわよね……」
一行がその不可思議現象に困惑する中、現在地、目下も別種の不可思議な光景であった。
地下深くから地上を目指し、辿り着いたこの空間は自然地下ドーム。規模は東京ドーム程の湿原帯。浅い淡水に覆われた泥灰地で、幾種もの湿地植物が生え茂っている。
周囲の岩壁には幾つかの滝が見られ、そこから小川が流れ、自然洞穴に続いている。位置的に流れ着く先は、あの大縦穴の瀑布帯であろう事が想像できる。
他に目に付くのは、所々に崩れ去った遺跡と思われる、ギリシャ建築のような古代コンクリート製の柱が幾つも立っている。
天井を見上げれば、無数の発光する鉱石が散りばめられ、天然のプラネタリウムと言うべきか、まるで満天に輝く星空のようであった。
更に湿地植物には、淡い青色や橙色に発光する美しい草花なども見られ、神秘的な光景が広がっていた。
その発光する花や幾種もの草葉を、リディは「お宝の山よー!! ヒヒヒハハハ」と、何やら言いきれてないながらも目の色を変え採取に勤しみ、亜空間収納に一心不乱に次々とぶち込んでいた。
この湿原空間の入口から、通行用に砂利を敷き詰めた歩道が設置されている。その先のドーム中央には、高さ凡そ20m程の石造りの修道院らしき建物がひっそりと佇んていた。
見た目的にはアルメニアにある天才建築彫刻家「モミック」の最後の傑作とされる「ノラヴァンク修道院」のような外観である。
──WARNING! WARNING! WARNING! WARNING!
「あー、何かやべー感じがする。これラッパの音か? とりあえずあの修道院に退避だ。多分セーフティポイントだ」
「どう言う事かしら? このサイレンの音に何か関係があるの?」
「その辺の詳しい事は分からねーけど、危機感知がレッドアラート ガン鳴りだよ。
はいはい、お前ら急いだ急いだー。ムーブムーブ!」
『『アイ~ン! イエッササッサー!!』』
「よく分からないけど、まぁいいわ。了解!」
──同時刻 地上側サイド。
その頃、冒険者'S WITH イナバらレンジャー&海兵隊チームも、道幅10m程のこの大通りを、セーフティゾーンである教会聖堂を目指し、ダッシュボタン長押し中。
因みに、海兵隊の今作戦でのコールサインは、ハウンドドッグ+NATOフォネティックコードであるが順に述べると。
アルファ、ブラボー、チャーリー、デルタ、エコー、フォックストロット、ゴルフ、ホテル、「インディア」と、現在いるチームはこの順位置。
以後は、ジュリエット、キロ、リマ、マイク、ノーベンバー、オスカー、パパ、
ケベック、ロメオ、シエラ、タンゴ、ユニフォーム、ヴィクター、ウィスキー、
エックスレイ、ヤンキー、ズール。と、頭文字がアルファベット順になっている。
フォネティックコードは、戦術通信での聞き違いでの誤報対策で、正確な伝達をする為に規定されたコードである。
尚、民間航空機や大戦前後、各国軍でコード名に違いがあるが、自衛隊では同盟国であるアメリカや友好国に合わせNATOコードを使用している。
サイレン音が鳴り響く中、臓物のような空の陽明かりは秒単位で陰りを濃くしていく。
程なくしてサイレン音は収まったが陰りは完全な闇と化し、周囲は一寸先も見えない真の暗闇に蹂躙され支配されていった。
しかし反面、彼らの周囲は煌々とした明かりに満たされていた。魔術の光によるものだ。それは上空に浮かぶ、幾つもの光玉で齎された恩恵の光であった。
その灯りによって映し出された光景は、先ほどまでとは打って変わって別物。
物寂し気ながらも、黄昏た情緒に溢れる古き時代の街並みであったものは、遥かに様相を変え悍ましく変貌していた。
建ち並ぶ家屋建物は、毛細血管のようなドス黒い樹木の根が張り巡らされており、臓器のような歪な物体が脈打っている。
幾つもの蜂の巣状の穴からは、何かの幼虫のような生物が蠢いているのが見える。全体的に赤みのある生体感。何かの体内のような兇夢の絵図。
「「「「「きっしょ!!!!」」」」」
「何だこれは!? 悍ましい光景だな……。しかし、この光、魔術とはすごいな! 暗視ゴーグルもウェポンライトも使うまでも無いな!」
「フッ。俺から言わせてもらえば、お前たちの装備も十分摩訶不思議な類のものであるぞ! 科学と言ったか? 魔術も無く知識と技術だけで、よくぞそこまでの文明を築き上げたものだと感銘していたところだぞ!」
「ハハ……。それは同感だね! 開発者や職人の努力の賜物と言うべきか。まぁ、俺はそれを使うだけで、新しいものや技術を見る度に唯々感嘆するばかりで何も生みだせないけどな!」
「ガハハハハハ!! それは俺も同じだ! 戦う事ぐらいしか能が無いからな!!」
「お二人とも楽し気に歓談してる場合じゃないですよ!! 僕たち以外に、何かざわついている連中がいるようです!」
この悪夢のような光景の中を、呑気に親交を深めているレオバルトとイナバを諫めるリュミエル。事は次なる段階へと移行し、危機差し迫る状況へと変化していった。
「何だこいつら!? アンデッドかよ! 死人なら死人らしく大人しく──って、でけーな!!」
「クソ!! さっきまでの温い奴らとは違うぞ!! 速いな!!」
「キモすぎ!! なんかわちゃわちゃしてるよ!!」
前後方向に加え、家屋、建物の中、屋根、路地の間から続々と現れ出る変異ヒト型の化け物の群。いずれも血色の悪そうなコンクリートのような肌の色。しかし硬質化された皮膚。
鉈を持った3m近い長身、肋骨が浮き出た痩せ掘った異様のタイプ。その肋骨が皮膚を突き破り鋭利な牙となり、咀嚼するかのように蠢いている。
他には、ヤモリのように壁を四つん這いで這いまわっているタイプ。
ボロ着に剣を携え、頭部が異様に長く後ろに反り返っているタイプ。
甲冑姿で大戦斧を持ち、頭部が岩のようにゴツゴツボコボコの、歪なマッチョタイプ。
身体が膨れ上がり、コモリガエルのように多数の卵のようなものを頭部から背に掛け、皮膚に埋め込まれた閲覧注意タイプ。
そして、その卵が孵化し無数のカマキリと蜂を融合させたかのような、如何にも兇悪、30cmサイズの好戦的な昆虫が飛び交い始めた。
他にも筆舌し難い、歪で異様な多種多様の異形体らが次々と湧き出して来る。
「見てくれに騙されるな!! 初見のタイプだが攻撃のパターンは、俺たちがこれまで相対していたものらと変わりは無いだろう!! お前たちのランクはその経験の証だろう!! 落ち着いて陣形を整えろ!!」
嘗て無い状況と異形の群に、冷静さを失い慌てふためく冒険者たちを一喝するレオバルト。行く手を阻まれ、もう戦闘は避けられない状況。
「よし! 各リーダーたち! ガイガー、ネイリーは前衛攻撃隊の指揮とフォローを頼む! 賢者ミシェルは、各魔術チームの指揮を! ドーレスはドワーフチームを率いて士気高揚の戦歌を! 以後は、近接戦闘支援を頼む!」
「「「「了解!!!」」」」
紹介できず終いだった他パーティリーダーは、2m越えの巨漢のパワータイプ。
虎型虎面獣人、ビーストマッチョ。A級ランク「ガイガー」。武装は上半身黄金色甲冑に、大爪付きの籠手。
「グァラララララ!! こんなら、俺様一人でも十分やんけ! まぁ、ええやろ。適当に相手しとくわな」
猫型 童顔人面、黒髪猫耳 女性獣人。A級ランク「ネイリー」は、小柄な敏捷系タイプ。肌の露出度が高い皮製軽装具に、獣の爪のような二刀の鎌刀。
「そんな脳筋でガイガーはよくリーダーが勤まるかにゃら。それよりお腹すいたにゃらら」
人種【賢者】。S級ランク「ミシェル」は、金髪縦巻きロールの美形。どこぞの貴族令嬢かのような様相。装備は黒のフード付き外套を羽織った赤と黒のゴシックロリータ。装飾鮮やかな大杖。
「全く、何て醜く汚らわしいのでしょう。いいでしょう。全て劫火の炎で塵と化し、浄化してあげますわ! ウフフ、オーホッホッホー!!」
赤毛の髭もじゃ150cm程のマッチョドワーフ。A級ランク「ドーレス」は異世界金属製フル甲冑に、ごつい戦槌。
「ブオホホホ! 良かたい! この何んばひゅうがもんらは、残らずくらすばい!」
と、いずれもクセ強めなリーダーたちだ。
「盾役隊は、後方側の敵を食い止めろ!! 前衛攻撃隊は、後方左右に分かれ、後方と路地から来る敵を迎撃!! 付与師隊は強化を全体に!! 魔術師隊は、火力支援!! 神聖術師は、補助と回復役に徹せよ!」
「「「「「「了解!!!!」」」」」」
このレイドパーティは8チーム混成部隊ではあるが、通常のパーティごとの編成ではなく、各役割ごとに振り分けられた編成形式で組まれている。
尚、調査に向かわせた斥候役チームは、別行動となっており、全員がこの場にいるわけでは無い。
そして、レオバルトの快活な指揮により、指示を与えられたチームから順次各仕事に取り掛かり、無数の敵変異アンデッドらとの激しい戦闘が始まった。
「身体強化!!」「攻撃強化!!」
「防御強化!!」「「鋭利強化!!」
「貫通強化!!」「敏捷強化!!」
「集中強化!!」「全能力倍強化!!」
まずは、全体に付与術師らから各強化術が施される。
「よぉぉし!! いくぞぉぉぉぉおおおおう!!」
「「「「スゥミナレタ~~ ワガヤニ~ ハナノカオリヲソ~エテ~ ヤサシク~ソダッタ~ ジュモクカオリモイ~レテ~~ コノマチデ~~イチバン~ クラシタァイ イィエニ~~リフォーム~~シヨウヨ~~!!」」」」
ドーレスの、決して某大御所演歌歌手名では無い! 掛け声からの、ドワーフチームによる、精神力強化&戦意と士気を高める鼓舞。戦歌の詠唱合唱。
これは、ドワーフ特有の精霊術の派生術式である。どこぞのレジェンダリーなCMソングのようにも聞こえるが気のせいだ。
「「「「──英雄賛歌!!」」」」
「まんまだろ!」
イナバは幼少期、日本の祖父母宅にてあのTVCMをよく目にしており、今だに入浴中など無意識で口遊んでいたのだ。
「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」」」」」
ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!
早速、士気高らかな盾隊が後方側から攻め入る敵とぶつかり合う大音が響き渡り、大盾で弾かれ怯んだ敵をアタッカーが始末していく。
この敵を引き付ける盾役隊は、重装甲冑にタワーシールドなどの大盾を構え、補助に槌鉾を装備した防御特化型。
手持ちの小型丸盾、アイロン型のヒーターシールド、アーモンド形のカイトシールドなどで防御しながら、小剣や湾曲刀で攻撃をする、機動性の高い前衛攻撃も兼ねたチームが対応。
「さぁ、後から続く穢れしものらを薙ぎ払うのですわよ!!」
「「「「溶岩弾!!」」」」
前衛をフォローすべくミシェル指揮の下、魔術師隊が杖を掲げ、炎系共通魔術にて奥の敵へとクラスター爆撃。
次々と変異アンデッドらは爆散し燃え上がり延焼が拡大。更に後方側から来る敵はこの延焼で食い止められ、群のなだれ込みを抑え込む。
「オラオラオラ!! いてもうたれぇぇええ!! ぶち殺しまくれぇぇええ!! 」
「それ、全然指揮になってないにゃら! 皆、陣形は崩さず、深入りはせずに互いにフォローするにゃらら!!」
「「「「「「おう!!!!」」」」」」
ザシュ!!ドン!!ドスッ!!ザシュ!!ドン!!ドスッ!!ザシュ!!ドン!!ドスッ!!ザシュ!!ドン!!ドスッ!!ザシュ!!ドン!!ドスッ!!
ドオオオオオン!!ドオオオオオオン!!ドオオオオオン!!
ガイガーとネイリーの指揮の下、路地の間から来る敵には前衛攻撃隊たちが斬りつけ、叩き伏せ、突きまくる。魔術師は、同様に奥の敵へと魔術攻撃、続く敵の群を分断させる。
「高所の敵及び、飛び交う蠅どもにはエルフチーム!!──それと、イナバの部隊に任せていいか?」
「「「「了解!!」」」」
「オーケイ!── と言う訳だ!!コヨーテ、インディア!! ロックンロールだ!!」
「「「「イエッサー!!」」」」
レオバルトのイナバチームへの協力要請。それに明快に応じるレンジャー特殊部隊と海兵隊たち。
ダダダダダダダダダダダダダダダダッダッダダ!!!
ヒュイン!!ヒュイン!!ヒュイン!!ヒュイン!!ヒュイン!!
イナバらチームは強化付与されたAR。エルフチームは弓にて矢数は魔力量依存型。青緑色に輝く魔力矢を、建物の屋根や壁を駆ける敵らに撃ちまくる。
「風霊禽爪!!」
無数に飛び交う凶蟲らには、エルフの風精霊の恩恵による精霊魔術、吹き荒れる凶風。不可視の猛禽類の爪にて切り刻んでいく。
流石は日々魔物らと戦い続けてきた歴戦の猛者たち。この悍ましき状況と異形の敵らを相手に一切怯む事無く、剣などの近接武器と魔術を駆使し次々と屠っていく。
だが、先ほどの通信「ラビット」の言葉がレオバルトの脳裏に過る。戦闘態勢では無く『退避行動』。つまりはこの陣営でも対処できぬほどの脅威。
「前方を塞ぐ敵は俺とリュミエル、リョウガで!! ミゼーアのチームにもこちらに加わってもらって構わないか?」
「了承!!」
「それなら私もミゼーア様と共に!!」
「了解です! 僕たちで道を切り拓きましょう!」
「えいろう!! しょうえい前切りぜよ !!ずび回る、クソ虫どもはワシがねんごろのすぜよ!!」
「全く何言ってるか分からん……。よぉぉおし!! お前たち!! この戦いは敵殲滅ではなく撤退戦だ!! よって後退しつつ、敵攻勢の縮小化に努めろ!!」
「「「「「「「了解!!!!」」」」」」」
如何なる周期なのかは不明の現象。この悍ましき濁流。兇夢の煉獄仕様。
今宵の宴の乾杯の音頭は、彼らによって盛大にとられ始まった。
穢れしこの夜は、まだ宵の口。
さぁ、大いに騒ぎ盛り上げ呑み明かそう。