第96話 どくれちゅうぜよ
「カレンとトアだ」
ガランガラァアアアアアアアン ガランガラァアアアアアアアン……。
ミゼーアがそう告げると、何処からか鐘の音が鳴りだし、更に大勢による聖歌のような合唱和まで聞こえだした。
因みに東方教会、カトリック系では「聖歌」と呼ばれるが、プロテスタントを中心とした西方教会では「賛美歌」と呼ばれる。
「何だこの鐘の音は? どこから鳴っている? しかも歌声まで!」
「あの城の方からか…? 生きた誰かがいると言うことなのか? しかし、このタイミング……。何かの演出かよ」
この時、どこぞの縦穴の地下にて、その二人のお子様を交えて何やら盛大に行われていた事は、夢にも思わぬであろう。
「まぁ、分からぬこと放って置こう。それよりカレンとトア……。その子らは貴方の実の子か?」
「如何にも。その所在は分からずとも、存命していることは分かっておる!」
何やらな音はスルーし、レオバルトの問いかけに、そう強く確信めいて答え返すミゼーア。
「……なるほど。そう言う事か。貴方のような方が、そう必死になる訳も頷けるな」
もう説明するまでも無いが、カレンとトアの実の母親である「ミゼーア」。
つまり彼女は【神狼】の女王。神獣種の格付けランクでもトップクラス。
訳ありと述べるのも当然。大いなる「神獣の女王」と周囲に発覚すれば、大きな混乱と、色々と面倒な状況に至るのは必然的。
何らかの力で波長が繋がっているのだろう。通常であれば、その波長を辿れば容易にその所在を特定できたのだが、周囲一帯に張り巡らされた魔力波障害で、探知不可の状況。
レオバルトは、狼種の獣人である彼女の様相、佇まい、これまで得た知識を統合。その隠しきれぬ神々しいオーラから、その存在の正体に気づく。
「我の事をもう悟ったか……敏いな。流石は、勇者に次ぐ‶SS級ランク〟の冒険者レオバルトと言うべきか。二つ名は【紅蓮の獅子】パーティ名は【烈火の咢】であったか? 貴殿の噂は我も聞き及んでいる。だが、我の事は──」
「言わずとも分かっておるよ。暗黙であろう? しかし、貴方にも知られていたとは光栄。冒険者冥利に尽きるよ! ガハハハハハ!!」
一同が何の事かと頭上に???を浮かべているが、お構い無しで対話を続ける。
「つまりは、その子らの捜索の協力を、この状況下で我々に依頼したいと?」
「非常に心苦しいところであるが──是だ! 冒険者に依頼するのだ、当然報酬は用意しようぞ!」
状況が状況なだけに、これは報酬の問題ではない。無事に帰還できるかも定かでない非常時に、いくら神狼の頼みであろうと、迷子探しに尽力を注いでる場合ではない。
幸いにもここまで無事に辿り着いたが、この先、如何なる脅威が待ち受けているか不確定要素が多い中、戦力を割くわけにはいかない。
それに、仲間を死地に送り込むことになりかねない為、集団を指揮する者として、それは避けなければならない。私情でおいそれと簡単に引き受けるわけにはいかないのだ。
だが、この切実な願いを無下にもできず、その判断に困惑が生じる。
「報酬の話は別として、心情的には引き受けたいが、これは俺だけの判断ではどうにもならん。どう思う──リュミエル?」
ここで、別の者の意見も必要であると、レオバルトは「リュミエル」と呼ばれる銀甲冑姿の青年に尋ねた。
リュミエルは、身長は175cm程で細身。若干のくせ毛だが、綺麗に切り整えられた明るいブロンドヘアー。青い瞳の童顔青年。どこぞの王子かと思わせる優顔のクソイケメンだ。
冒険者と言うより、騎士のような装いと立ち振る舞い。武器は柄の装飾が細かで艶やかな濶剣。
「S級【千輝】リュミエルであるか。パーティ名は【天馬の銀翼】。その名も聞いておるぞ! 確か、アストラン公国の第4位王子であったかのう? その順位もあり、継承争いを離脱。派閥にも属さず公務は放棄。自由闊達な冒険者稼業に、奮励しておると噂よのう」
どうやら、リアルガチな王子様のようだ……。
「リアル王子……。 日本の皇太子や、イギリス王子ですら生で見たこと無いのに、初対面王子がまさか、異世界の御方とは……」
何の因果か、次元を越えた何ともな奇運に、イナバは唯々しみじみとそう呟く。
「ハハ…まぁ、僕の事もご存知でしたか…。大変情報に明るく、聡明な御方のようですね。──それで、転移時の状況をお尋ねしたいのですが、その時、御子息たちとご一緒で在られたのでしょうか? やはり我々と同様に転移トラップに?」
リュミエルにしても一概に判断はできず、転移時の状況によっては子供らが近隣傍にいる可能性も考慮し、もう少々、事の詳細を問う事にした。
「否。我らの場合、其方らのような未開のダンジョンの中で転移した訳では非ず。我が子らとは近場ながらも別々。森の中におったところ、突如、黄昏色の奔流に巻き込まれ、この地に転移に至った訳だ。──イナバと言ったか? 其方らの軍部隊と同様にな」
「なっ!? 俺たち地球側と同じように……。次元を隔てていったい何が……」
「それで、我だけは小賢しい術式にて封印し、幽閉を試みたようであったが自らで打ち破り、この者ら我が同胞と合流」
そう言いながら、背後に控えている従者らに目を配る。
彼らは、神狼女王直属の親衛隊。人化できるユニーク種。武勇に優れた大狼の獣人戦士二名と、獣化状態の二頭。
「それから其方ら一行と巡り会った訳だが……。何者か知らぬが、多方面に不埒な謀略を謀っているようであるな」
「「「「!!!!!」」」」
「つまりは、貴方やイナバらの軍部隊には、次元を越えて何者かによって直接的に。我々冒険者らには、未開のダンジョンと言う餌を撒き、設置型の罠を貼っていたと言う事か!」
「是だ。状況的に其儀は自明。だが、その所業は許すまじ!」
その拘束術式はミゼーアの力を奪うものであった。それを自力で破れはしたものの、止めどなく怒りが沸々と沸き上がる。
この時彼らは、まさか自分たちがその良からぬ輩の養分にされる為に招かれたとは、当然知る由も無い事。
だが、まともでは無い何かの存在の意図は確か。理由は分からずとも、それは敵認定に至るには十分。その存在が、この地のどこかにいるのは理解した。
「……まぁ、その良からぬ輩の謀り。どう言う意図でのこの大仕掛は、今の段階では分かりませんので、そこは追々として。喫緊は周囲の脅威を排除しつつ、安全な拠点の確保。そこから各情報を集め。食料と水も必須ですし、その探索がてら御子息方らの捜索も兼ねるという形では如何でしょうか?」
「……うむ。其方らも同様の身の上。それが妥当ではあるか……。気ばかり馳せても仕方が無い。何をするにしても、まずは行動の基礎である地固めからであるな。我らも他力本願ではなく独自で動くが、勿論協力関係は続けようぞ」
「……それが最適解か。長丁場の遠征仕事になり得るやも知れぬし、拠点は必須か。
この案で問題無いと思うが、他に異見があるものはいるか?」
リュミエルの草案から、レオバルトは妥当な決議案と判断。「それで問題無い」と、各パーティリーダーたちが肯定の頷きを見せる中、エルフの女性パーティリーダーが追加の申し出を挙げてきた。
「私のパーティ【緑風輪舞】は、ミゼーア様の支援で付き添う形を取らせてもらいたいんだけど……構わない?」
「メルヴィ……ああ、そう言うことか。了解だ。彼女の護衛を頼む! ──で、よろしいな!」
何故か率先し、ミゼーアの全面協力姿勢の「メルヴィ」と呼ばれる、孔雀緑色セミロングヘア―、翡翠色の瞳の容姿は秀麗、森人女性。
織部色の外套を羽織り、つや消し白銀の胴甲冑、若葉色のスカート、革製のロングブーツに籠手の装い。
背には、複雑な木製造りの弓を。腰には装飾鮮やかな細剣を帯刀。
「ありがとうレオバルト。良き采配よ──と言う訳なので、よろしくお願いいたちましゅ! あ、噛んだ! ちゅみません! み、ミゼーア様!」
森人エルフにとって、故郷の森の守護神である神狼の女王は、崇拝し敬い奉る存在。メルヴィのこの反応は、至極当然で必然的。そして、過去にしっかりとご挨拶の謁見もしていた。
「S級【颶風の緑鬼】メルヴィか。久しゅうな。我についても騒がず暗黙を通し、支援まで申し出てくれた事に感謝するぞ」
「ぐ、ぐふぅう! あり難きお言葉。大光栄然りでしゅ! 嬉しすぎて何か出ちゃいそうです! あ、興奮しすぎて鼻血が出ちゃいました……」
「何だ。メルヴィさんとミゼーアさん、お知り合いだったんですね…ハハ。
色々と察し、素振りも見せずに最初から押し黙っていたようですね」
「ガハハハハ! メルヴィは 風を読むことに熟知しているのだ。当然空気を読む事にも長けているのだろうな!」
「み、ミゼーア……。って! まさかあの! フェ──」
「おい、騒ぎ立てるな。 暗黙であろう」
獣人リーダーたちもミゼーアの正体に気づき、畏敬と畏怖を伴い語ろうとするが、レオバルトに次なる言葉を遮られる。
「……全てが初見で、未知の状況のこちら側としては何が何だかだが、只ならぬ身の上の御仁であることは理解したよ」
「おい、レオバルト。話が決まったんならワシらの紹介もしとーせ。あまり放ちょかれると、他のとぎがどくれちゅうぜよ」
行動指針が纏まったところで、いかつい甲冑姿に斧槍を携えた、身の丈2m20cmはある巨漢の二本角付き。
ドラゴンマッチョな竜人が、他のリーダーメンバーの紹介を、強めな部族言語訛りで囃し立てる。
「ああ、悪かったな『リョウガ サカムート』。ちょっと何言ってるか分からん……。まぁ、では、他のパーティリーダーの紹介をしよう」
「なんちゃあ、ほんならワシが直接言うちょるきに。おまさん、何や偉いて人のようねや、ワシん事も知っちゅう──」
「──ああ待て。 調査に向かわせた斥候チームから魔力通信が入った。 近距離のおかげか魔力波障害の影響は少ないようだな」
レオバルトはそう言いながら、金属製の板状のものを何処ぞから取り出し、耳に当てている。リョウガは、意気揚々とした名乗り上げを遮られ、何ともな表情だ。
「フレアよりラビットへ。少々音声が低いが問題無い。他にも通信を聞かせるからパブリックモードに切り替えるぞ」
「通信機なのか? スマホみたいだな……。しかもコールサイン…まるっきり戦術通信のようだな……」
地球と似た通信体系を目にし、苦笑を浮かべるイナバ。そして、レオバルトはその金属板を耳から離し、何やらポチっとイジる。
空を覆っていた雲はいつの間にやら歪な畝雲へと変わり、血が滴るように赤黒く染まる中、金属板から通信相手の声が周囲に響いた。
『まずい! 空に兆候が出ている。 今すぐそこから逃げろ!!』
それは、風雲急を告げるかのような鬼気迫る声であった。
「「「「「「!!!!!!!!!!!!!」」」」」」
「どういう事だラビット!? 空に兆候だと!? 逃げろと言われてもどこにだ!?」
『ま、待て! この都市の地図を発見した! 今確認している!──あった! そこの広場から北へ100メトル程の距離に教会の聖堂がある! そこに全力で退避してくれ!」
「は!? 話が全く見えないぞ! 俺たちはB級以上からSS級で構成された高ランクレイドパーティだ! 何らかの脅威があるならばこの場で対処でき──」
『そんな問題じゃ無い! 詳しい話は合流してからだ。 俺たちもすぐそこへ避難する!!』
コールサイン「ラビット」の、この只ならぬ通信の様子に、張り詰めた緊張感が駆け巡る。
グダっていた他の冒険者たちや米兵士らのスイッチが切り替わり、武器を構え戦闘モードへと移り変わる。
「……この臓物のような空模様。これは災厄の兆しやも知れぬな……。レオバルトよ、その通話の主が述べる通りに、逃奔に取り急いだ方がよかろうぞ」
この空は、ミゼーアたちが転移した時に見た空模様。それを意味するのは只ならぬ事であると、漠然とながら想思い至ったミゼーア。そして、程なくして──。
ゥゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウゥウゥゥン!!
ゥゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウゥウゥゥン!!
「「「「「「!!!!!!!!!!!!!!!!」」」」」」
「今度は何の音だ!? どこから鳴っている!?」
「──これは、空襲警報のサイレン! こんな古い時代の街で出せる音では無いはず……。レオバルト! 貴方らの世界ではこのような音、サイレンがあるのか!?」
「サイレン? いや、我々の世界にはそんなものは無い! このような異様なラッパの音は聞いたことも無い! 空一面に響き渡るような……」
『クソ、 鳴っちまったか! 時間が無い! 全滅する前に、とりあえず一心不乱に逃げろ! 幸運を祈る!ラビットアウト!』
「これはかなり不味い状況か? 音の系統は違うが、あの時と雰囲気が似ているな……。レオバルト、急いだ方がいい! ──コヨーテ及びハウンドドッグ、インディアチーム! 速やかにE&E(脱出&退避)! この広場を起点に12時方向に全力で走れ! 目標教会堂!!」
「「「「イエッサー!!」」」」
「よーし! 状況は不明だが、お前ら北へ退避だ! 目指すはこの街の教会聖堂!!」
「「「「了解!!」」」」
地球側と異世界の両陣営はサイレンが消魂しく鳴り響く中、互いのリーダー、指揮官の号令により一斉に猛逃走。
臓物のような色の空明かりは徐々に仄暗く陰りを落とし、街の様相が昏く不気味なものへと移り変わっていく。
地域よって音色は様々。巨大な管楽器の音のようであったり、甲高い金属音であったり、巨大生物の咆哮のようであったりとその音は多様。
このサイレンのような音も、それに属するこの地特有のものかも知れない。天使たちが吹き鳴らす破滅を齎すラッパの音……。
それは、アポカリプティックサウンド──。
──終末の音である。