第93話 レネゲード
──はじまりは言でした。
それは神の言でした。聖言であり、真言でありました。
その言は全ての起源であり根源。全ての事象、現象、物質、生物、精神、思考、思想、理論、定義、整合、構造、教義、哲学、秩序、原理、概念、言葉。
それは、森羅万象ありとあらゆるもの。神そのものであり、言葉を通じて表される恒常的真理。万物の流転の間に存する、調和、統一ある理性法則でした。
その言は【全知全能】と呼ばれました。
全知全能は宇宙開闢、世界創造の大いなる言でありました。
ヒュペルボリア旧約聖天書 「世界のはじまり」 第一章一節より。
──【全知全能】は、人には発することのできない言でした。
その大いなる神の言の力を【聖導】と言いました。
その言を時の賢者たちは解読し、僅かながらも神の力。神秘、奇跡の力の断片を、人の言で得ることに成功しました。時の賢者たちは歓喜しました。
神の力を得るなど冒涜的行為。非常に烏滸がましい由々しきたる所業。天命に背く、魔の導き。
敬虔な神の信仰者たちは、その神の模倣たる力を【魔導】と呼びました。
その後、魔導の魔法術式は様々な用途に開発、洗練研磨され、より有用的に。より強大な事象顕現が可能となり、一つの学術的な教義法則。概念理術として普遍的に広められていきました。
神はそれを寛容に赦した──否。祝福として全てに与えていたのです。
──【魔導術素子力学法】。簡略し【魔術】と呼ばれるようになりました。
魔術を行使する為に必要な世界を構成し、生命に宿る万人に備わった恩恵の根源素。魔素粒子から生まれる力を【魔力】と言いました。
魔術には、異なる素因子により複数の系統に分かれます。その発動に置いて術者自身もその各系統に分かれ付随します。尚、発動顕現には、系統別の術式が必要になります。
『共通』『精霊』『神聖』『暗黒』『真理』。
この主要魔術の分類から枝分かれし、細分化されます。
神獣や竜が扱う法術は、その種族、元々に備わった理法であり『真理魔術』の類に随し、最も神の言『聖導』に近いとされていました。
これらの魔導は、今後の世界の摂理を大きく変える技術革新革命、法則の変容。
新たな時代の、大いなる赫灼とした幕開けとなりました。
魔導術素子力学法 教材書推奨 『魔導学基本の書 黎明』第一章二節~三節より。
──遥か古、魔導が文化発展の中核とし、最も栄華を極めていた頃。
魔術を行使できることは普遍的で、神からその子である全ての人へと授かる最大の祝福の恩寵であり、至極当然の基本原理、健全たる人の証でもありました。
しかし、その恩恵にあやかれずに、憂きを虐げられる者たちが少なからず生まれていました。世界を形作り生命を育む根源的な摂理。魔力に恵まれなかった者。
「世界そのものに隔絶された異質な卑しき存在である」とその者らは、蔑みの意味を込めて総じ【異端者】と呼ばれました。
その当時は魔法至上主義。「魔術を使えぬ者は神の子に非ず、すなわち人に非ず」と蔑まれ、侮蔑と迫害の対象として非道な扱いを受けていました。
その多くが奴隷として家畜のような生活を余儀なくされ、過酷な労働を強いられていました。しかし、それならまだ幸福な方です。
中には魔術の発展や研究の為に実験道具として、悍ましい苛烈な苦痛を伴う所業をその身に受け、いずれも直接的な執行者は勿論、自らの悲運、世界そのもの、その果ての神に至るまで恨み呪い、凄惨な最期を遂げて逝きました。
戦に置いては矢面に立たされ、盾として。狩りに置いては魔物をおびき出す撒き餌として。その命は非常に軽んじられ、単なる道具、消耗品のように酷使されました。
魔術が齎す恩恵により、人々が煌びやかな栄華を謳歌する陰で、そんな憂いが日々繰り返されていたのです。
そんな中、魔法文化の主導たる大国に、とある異端者の少年が現れました。
異端者である其の少年が与えられた役職は「闘技者」。
勝敗の決定は「生か死」。異端の闘技者同士、または兇悪な魔物と戦わせ、血に塗れ死に至る様を悦に浸り、楽しむ娯楽の祭典。賭け事の催し物。そんな見世物に多くの少年、若者たちが哀れにも次々と命を失いました。
その少年は、周囲に比べ非常に大きく屈強でした。狂気とも思える鍛錬を日々続け、その武は磨かれ、幾十幾百と勝利を重ねました。
少年は全ての闘いに勝利。無敗のまま成長し千の屍を越えた頃、彼は巨人の如き雄々しい成年となり「絶対王者」として君臨しました。最早、賭けなど成立しません。
彼に新たな役割を与えました。それは、戦に投じる為の「戦士」です。
彼には闘技場の功績を称え、一振りの剣を与えました。
「竜をも絶つ剣を」と、国王が高名な鍛冶師に造らせましたが、非常に重く大きく、誰も扱えませんでした。その大剣を彼に与えたのです。
彼はその大剣を見事に振り回しました。そして、数多くの戦場で武勲を上げ、幾千から幾万と屍の山を築き上げていきました。厄災と云われた悪竜をも屠ったのです。
何より驚くべきは、魔術が飛び交う超絶たる戦場で、彼は剣のみで渡り歩き、全てを制して来たのです。彼の武によるその剣は──。
魔術を斬ることができたのです。
彼は「魔導殺しの勇者」と称賛されるようになりました。
【異端者】と蔑まれていた彼が英雄となったのです。
しかし、魔法至上主義のイデオロギーを掲げる保守派に取っては許すまじき事柄であり、そんな存在を認めるわけにはいきません。
その筆頭たるは、その国を統べる絶対王政の君主たる国王でした。
彼にまた新たな役割が命じられました。それは【魔王】の討伐。世界多くの先進国と敵対していた【魔導の王】。
敵うはずも無いと高を括った、死刑宣告とも取れる絶対的な勅令であったのです。
その一騎討ちの戦いは壮絶さに熾烈を極め、山々は消滅。湖や大河は蒸発し干上がり、森林全てが焼け落ち、遥か地平線まで続く、黒々とした焦土の大地を造り上げていきました。三日三晩と半の刻を要し、彼は大剣と武のみで灼熱の中を斬り抜け、見事に勝利しました。
その勇往邁進、壮烈たる偉業に反して保守派の党首である国王は、最早なりふり構わず彼を神の敵として討伐の令を布告しました。
彼は怒り狂いました。
これまで文字通りに骨身を削り、国の為に尽くしてきた多大なる献身、功績も全て無下にされたのです。長きに渡る自らを含めた「異端者」への無慈悲たる所業の数々が拍車を掛け、憤怒の鬼神と化し彼を駆り立てました。
彼を慕う異端者の精鋭たちと共に、祖国であると同時に憎き怨敵国への宣戦布告。
他の虐げられていた異端者たちもこれを好機と見定め、積年の恨みを晴らし怨恨を絶つべく反旗を掲げました。
その国の王は過ちを犯しました。
「災厄たる悪竜」に「魔導王」さえ屠った超越者の、触れてはならない逆鱗を抉り取り刃を向けたのです。
彼を討つべく、最大戦力にして決戦兵器である「勇者」「大賢者」を迎撃に向かわせました。
しかし、魔術の恩恵に依存する限り、魔導殺しには成すすべも無く悉く倒れました。
彼はいつしか「真魔人」と呼ばれるようになりました。
彼と同様に、魔術に頼らず武技に長けた達人たちを彼に差し向けました。
彼の武はそれらも超えておりました。誰も敵いません。全て血に塗れ、地にひれ伏したのです。
──蹂躙。
最早、唯々の大虐殺。全ての抵抗を容易く捻り潰し、あらゆる戦力が全て薙ぎ払われ、滅ぼし尽くされました。
これに、心身共に非道の煮え湯を呑まされ続けた異端者たちは狂気乱舞。血涙を流し狂歓喜の勝鬨を上げました。
王族、諸侯貴族、女子供に関わらず、彼に敵対した勢力等その家族。異端者たちを酷使し財を築き、私腹を肥やす豪族、商人。同思想に毒された民衆に至るまで虐殺され焼かれました。
悪しき一切合切の排他主義思想を絶つべく、禍根を残さぬよう漫勉なく平等の死を与えました。
愚かな国王と、その思想の賛同者たる保守派陣営。悪鬼の如き、拷問研究の執行者たる魔術師たちは、七日七晩を掛けて生かさず殺さず、全異端者の恨みの一心を込め、ありとあらゆる苦痛を与え続け、無残な死に至らしめました。
その仕上げとも言うべき、屍らの首を街の中央広場で晒しました。死肉を漁る烏ら、害虫、蠅の贄として。
彼らが信仰する神へと剣先と拳を振り掲げ、憎きその子らを焼き討ち。反旗の狼煙を上げ贈り返し、この悪辣な至上主義体制に終止符を打ったのです。
他国でも「魔法至上主義思想」は衰退し、【異端者】と言う言葉もやがて無くなりました。
魔導と言う世界の摂理の力。それを使えぬ蔑み侮っていた者、対極たる存在が全ての魔術を陵駕し、全ての力を制した彼が其の大国の王として君臨していたからです。
真魔人が統治する新たな国家「アヴェロワーニュ」。首都「救世都市ヴィヨンヌ」その都市に鎮座する「イルーニュ城」。
その城主であり、国の統治者である破滅と再生の象徴たる「救世の英雄王」彼の名は──。
──真魔人王 ギュスターヴ。
彼が常に肌身離さず、携えていた全ての魔術と罪を絶つ、聖剣であり魔剣。
如何なる力も全て制した、その断罪の聖魔大剣の銘は──。
──魔導殺し ウルスラグナ。
意味は「障害を打ち破るもの」と言う、異教英雄神の名の銘でありました。
その後、アヴェロワーニュは数十年に渡り栄華を誇り最盛期、ギュスターヴが晩年の頃……。
──突然、前触れも無く彼を含め原因も分からず、都市ヴィヨンヌが跡形も無く、消滅しました。
アヴェロワーニュは中央集権政治の為、栄枯盛衰。首都が消失したことにより、滅びの一途を辿り、現在は人が住まわぬ呪われた忌み地。国名だけが残る兇悪な魔物が蔓延る失楽園と化しておりました……。
ヒュペルボリア叙情詩、偉人見聞録 英雄記 第6巻「救世の魔人伝」より。
新約改訂版 著者 オニャンコポコペン.ニョロロ.アヘアヘアヘ。
「……何だその話は!? クソえげつねーな……。剣だけで、カレンやトアがぶちかましてたような魔術をぶった斬り、一国家をまるっと制圧したのかよ」
『バスタブ、クソヤバイのー! 容赦ないのー!』
『ボスガスバクハツ、クソすんげー! けど、結局ボスガスも一緒に国が無くなったんだよねー』
「ギュスターヴだよ! カレンのそれは風呂で、トアのは何の事だよ!「ス」しか合ってねーだろ! それと「クソ」は付けるな!」
「……ええ兎に角、必ずしも魔術は万能って訳じゃないのよ。だから、使えなくても悲観することじゃないわ。頑張ればあなたも魔術を相手に何とかできるかもよ。
……それとカレンとトアは、すっかりあなたに毒されているようね。口調が小汚くなっているわ」
『キャハハハハ! おとたま小汚いのー!』
『クソ小汚いよ!おとたまー!キャハハハハハ!!』
「うっせ! お前らが言われてんだよ!」
トールらエンジョイ勢パーティは遅めの昼食を終え、銃のメンテナンスに休憩がてらの談話中にこの逸話。
今後に現れるかも知れぬ魔術を使う未知の敵に対し、トール単独では不利と考え、どうにか使えないものかとリディにご教授を申し出たが、トールには魔力が皆無の為に不可。
その絶望的な現状に肩を落としヘコんでいたところ、リディら故郷の世界に伝わる聖書や魔術教本の記述を踏まえた、叙情詩の英雄譚を語っていたと言う流れだ。
「つうか、頑張れば何とかって大雑把なご教授だな。1ミリも糸口が見えねーよ」
「まぁ、そういう例があるって事よ。ギュスターヴの記述を研究していた者の話では、彼にはしっかりと特別な恩恵が与えられていたと言う事なのよ……。
究極の対魔法。【魔法術式無効化】の力がね」
「はっ!? つまりは、特別待遇の力を神様からもらってたって事か! それを知らずに、その神に逆恨みで盛大にツバを吐き散らかしたって事だよな……」
「ええ、最大限の恩を最大級の仇で返したってことね。それで神の怒りを爆買いし、繁栄の絶頂期で極大の制裁。塵一つ残さず都市ごと滅ぼされたのでは、って推論が成されたのよ」
「……救えねー話だな、そりゃ」