第87話 地下水路ステージ
「……数は6体。これは間違いなくアレね」
「ああ、悪魔だ。……それとは別の1体……戦闘中のようだが」
『GIGYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!』
悪魔らの戦闘を感知するも、すぐ様に通路内中に響き渡る大叫喚。それは、別種の1体が最期に放った断末魔の叫びであった。
──WARNING! WARNING! WARNING!
──戦闘防衛態勢デフコン2に上昇。
脳内にて警戒警報。デフコンレベル上昇が告げられる中、直線通路を進み灯りのある空間へと出た。その瞬間に濃厚な鉄錆の臭いが鼻を突いた。
現在トールら一行が立っているのは、左右に続く連絡通路。真正面眼下には2mほどの段差。その幅、目算6mほど。反対側に同じような通路が左右に伸びている。
その造りは中世時代の欧州、城郭都市部の古い地下水路。数センチ程度とかなり浅いながらも水の流れがある。
その水路の左僅か先に、何か黒い塊が見える。それはドブ鼠の死骸。
しかし、そのサイズは3mはある巨大鼠の躯。眼の数が3対の6眼。その口には齧歯類とは思えぬ上下に湾曲して伸びる鋭利な牙、牙、牙。
それが、先ほどの断末魔の叫びの正体。戦闘は捕食行動によるもの。
ぐちゃ、にちゃ、ぐっちゃ、ザシュザシュ、バキボキ、ぐちゃぐちゃぐちゃ……。
その巨大ドブ鼠の死骸を爪で切り裂き、骨ごと貪り喰らう6体の歪な人型、二足歩行の悪魔。4体と2体の2種類混合編成。いずれも焼け爛れたかのような黒い皮膚が硬質化したエグい質感。
4体は2.5mほどの筋骨隆々タイプ。腕が異常に大きく、その各5本指にはシミターのような湾曲した鋭利な爪が生えている。両脚は肉食獣のような強靭俊敏そうな後脚。鋭い鉤爪が生えた足となっている。
頭部は、生体化した旧ソ連特殊部隊のバイザー付き、マスカヘルメット形状。
その下から深海魚に似た、凶悪な顎が前に突出している。
もう2体は、2mほどの細身筋肉質。右前腕部が、筒状の何かが埋め込まれているかのように盛り上がっている。その背中には鉄の杭、鉄筋が幾つも突き刺さっていた。
頭部は大戦時のドイツ軍ヘルメット形状。ガスマスクを付けた顔部。レンズ部分の位置には有隣目、カメレオンに類似した眼。下部の口元にはフィルターではなく、ヤツメウナギのような円口類の顎仕様。
「……ったく、ここにいる奴らは、どいつもこいつも一々エグいんだよ」
──地獄低位界悪魔目、下級悪魔科、変異ヒト属【レッサーイビル 2型】
型式【LE-ⅡS】旧ソ連兵変異型4体。
──地獄低位界悪魔目、下級悪魔科、変異ヒト属【レッサーイビル 3型】
型式【LE-ⅢG】旧ドイツ兵変異型2体。
「それで、どうするリーダー?隠密術でこのまま悟られずにやり過ごす事も可能だけど?」
「いつの間に俺がリーダーになったんだよ? お前の方が向いてんじゃねーのか?
この手の知識も豊富だし、冷静だしよ」
多少知識を得て超常の現象にも慣れているが、それはあくまで地球での現象。
この次元レベルの常軌を逸した事象には、トールはまだ初心者。
その点でリディは、知識も豊富。未知の情報を多大に持ち得ている。しかも、超常的高度な魔術の使い手、判断も適格。この異常な状況にも万能的に対応できる熟練プレイヤー。
この状況下で部隊を指揮するのには、最適役であるのは当然と言えるが。
「何を今更言ってるのかしら? この子たちにとって、貴方はもはや父親。すでに家族のリーダーじゃないの? それにリーダーに必要なカリスマ性を、貴方は十分兼ね備えているわ。フフ……私よりもね」
そうリディに諭され、何気なく双子らを見れば、トールを強く一心に見つめている。それは確たる信頼が込められた、揺るぎない純粋な眼差し。
「……はぁ、分かったよ。お前の知識と判断もがっつり頼らせてもらうからな。頼むぞ‶相棒〟!」
「とっ!とと当然ね! サポートは任せてしっかり頼りなさい!フフン! それで話を戻すけど、どうする?」
「 相棒」と言われ、僅かに顔を赤らめるリディ。にやけそうな口元を抑えつつ、頼りにされた事に高揚ドヤ顔。
「あー、ここをやり過ごしたとしても、この先いつまでも戦闘は避けられないだろう。その避けられない戦闘に、放置していたこいつらが加勢するかもしれねー」
「その可能性はかなり高いわね。けど、ここで戦闘が始まったら、結局この周辺の悪魔たちが集まってくるんじゃない?」
「ああ、当然そうなるな。どこでヤリ合おうと結果が同じなら、ここで盛大に開戦の狼煙を上げようじゃねーか。絡んでくるなら上等!全部纏めて相手にすればいいだけの話だ」
「策も無く、ゴリ押しの強引なプランね。けど、嫌いじゃないわ。……フフフフフ、それは実に楽しそうね」
「ハハハ!だろう? てなわけで、カレンとトア。派手なのは温存で、お前ら近接戦闘もイケるよなぁ?」
『もちろんなの、おとたま!そっちの方が得意かもー!』
『任せてよおとたまー! 狩りをする時の戦い方だね!』
「ああ、そうだ。ここからは狩りの時間だ。 だが、連戦になるだろうから覚悟しとけよ!」
『『イエッサッサー!!』』
何が出て来るか、何が飛び出してくるか敵の戦力、勢力も未知の状況、未知の戦場。
一旦開始すれば死ねばコンティニュー無し、即ゲームオーバー。だが、それがどうした? と言わんばかりに戦闘狂の四柱は意気も揚々、戦意高らかにその双眸に強い光を灯し、獰猛な笑みを浮かべる。
トールとリディは「M27IAR」と「Mk18CQBR」を構え、まずは奇襲。2体【LE-ⅡS型】の頑丈そうな、変異マスカヘルメットの頭部に照準を合わせる。
「主よ。暗く深い淵からあなたに叫び嘆き祈る。彼ら全ての悪しき罪の絆を開放し、永遠の許しを与え給え。主の栄光を万物と共に称えますように……」
「プロトコルコード、エレメンタル。顕現ソースコード、シルフェ。カテゴリー 強化付与。発動レベル2」
──さぁ、開戦の陣鐘を鳴らそう。
「エイメン」
「霊銃 破城矛閃」
ダダダン!!! ドン!!
同じ5.56mm弾だが発砲音が異なり、トールは対悪魔用、聖属性気剄力を付与した3連射撃。
リディは、風精霊術による超音速アサルトウインドレールガン。単発射撃を撃ちこみ、共に派手に【LE-ⅡS型】2体の頭部を爆ぜさせる。
『『『『!!!!????』』』』
巨大鼠の屍を一心不乱に貪っている中、奇襲にて2体撃破。他の4体が意表を突かれて慌てながらも戦闘態勢。轟発砲音がしたトールらの方向を振り向く。
だが、その間にカレンとトアは水路に颯爽と跳び落ち、超速で疾走しながら神狼魔術の詠唱。
『ᚺᛖᛚᛚᚠᛁᚱᛖ ᚲᚨᛏᚨᚾᚨ!【獄炎刀】!』
『ᚻᛖᛚᛁᚠᚱᛟᛉ ᛋᚹᛖᚱᛞ!【獄氷剣】!』
カレンの左前脚、黒フレアー魔紋が黒々獄炎に包まれた黒炎大太刀。トアの背、蒼ライン魔紋が左右水平、翼の如き蒼白色のオーラ揺らめく、獄氷双直剣に具現化。
カレンは左側トアは右側。その前方手前、巨大鼠死骸を挟んで左側にはガスマスクフェイスの【LE-3G型】。右側にマスカヘル頭部の【LE-2S型】。
カレンは3G型接触手前で、獄炎刀を下方からバク宙。垂直サマーソルト斬りで股間から縦に両断し、黒く燃え上がる。
トアは2S型の脇を通り過ぎ様に、獄氷剣で胴斬り一閃、横に真っ二つ、瞬時に氷結。
残りLE-3G型1体、2S型1体の2体。トアは纏めて後方にいた2S型を斬るつもりでいたが、その俊敏剛脚で回避される。
しかし、その2S型が上方に跳んだ瞬間、トールが3連射撃で撃ち落とす。
透かさずトアはバク宙、ひねりを加えながら斜めに回転、2S型を四つにぶった斬る。斬られた瞬間に各部位ごとに氷結。合計六つの凍結肉塊が地に落ち、粉々に粉砕。
カレンはサマーソルト斬りから着地と同時に、ドン!バシャン!と水路底を蹴り、浅い水流を爆ぜさせ水飛沫が舞う中、即座に後方残り1体【LE-3G型】を斜めに回転袈裟斬り。
しかし、その斬撃を紙一重で身体を反らせて躱すLE-3G型。そのガスマスクのレンズサイズの眼は、カメレオンのように左右別々、小刻み動いている。この回避力の高さは、その眼の動体視力によるスキル作用。
そして、LE-3G型はカレンの回転袈裟斬りを躱すと同時、右手首を折り曲げ、前腕部の盛り上がった内部から、筒状のものが皮膚を掻き分け前方に突出する。
それは銃口。大戦時の旧ドイツ製、7.92mm『グロスフスMG42機関銃』の銃口バレル部分。その銃口先が、回転着地したカレンの頭部に向けられている。
ドン!!
その頭部が破砕し弾け飛んだ。──LE-3G型の頭部が。
それは、リディのアサルトレールガン。超音速ジャイロ回転の凶弾によるもの。
「ふぅぅ…あっぶ! 今のは冷や冷やしたな……。ナイスキル、リディ! 」
「フフ、サポートは任せてって言ったでしょ。それよりカレン。今の攻撃は大振り過ぎたわね。敵が複数の時は瞬時に対応できるよう、もっとコンパクトに。トアは2体目に完全に動きがバレバレね。単調にならず変化を交えなさい。それと敵がどう動くか予測して視野を広く、もっと立体的に盤面を捉えなさい」
『『アイ!イエッサッサー!!マスターリディ!』』
トールとリディの狙撃支援もあって、双子らは難なく事を成せたが、まだ未熟な面も見受けられ、リディ教官の教練指導が入る。
地下水路ステージ、第1ラウンドは奇襲により、この場の悪魔ら6体をあっさりと撃破。初の連携はまずまずと言ったところであろう。
「しかし、なんだ今の右腕のあれ!? 完全に銃撃をぶちかまそうって絵面だよな? あーったく、こいつら近接だけじゃなく、歪ながらも仕込み銃を使う奴がいるってことだな。めんどくせーな」
「私も地獄の悪魔と戦うのは初めてだから多くは語れないけど、こんなのは序の口の序の口でしょうね。それよりあなた。弾丸に聖属性付与ができるのね。正直驚いたわ」
「は? 聖属性付与? 俺はただ銃に剄力を流し込んでいるだけなんだが……つうか、お前の銃撃の方がエグいだろ?単発射撃でなんだあの威力は?ぜってーアサルトライフルの音じゃねーよ!」
「フフ、風の精霊術による弾速加速強化よ。あなたの銃にも付与できるわよ。聖属性と相まって、すごい威力になるんじゃないかしら?」
「マジか!?それいいじゃねーか!弾薬の節約にもなるし、次のラウンド2から頼むわ」
──GIMBALS〖レーダー捕捉した目標が接近中〗
「今の戦闘で周辺にいる奴らが、わらわらと動きだしたようだな!前後から来る! お前ら休んでる暇は無ぇぞ!」
『『アイアイサッサッサー!!』』
手元の時計で時刻は午後13時を回り、昼食を取る間も無く戦闘は続く。
敵は悍ましき地獄の悪魔たち。文字通りの地獄モード。ゲームは、まだ始まったばかりだ。