第85話 G・G・G
──ENGAGE。
「だーっ!!なんじゃこりゃーっ!?クッソキモー!!」
「……これは、絶対にダメなやつね……。ビジュアル的に……」
『『きしょい!きしょい!きしょい!きしょい!きしょい!きしょい!!』』
ワチャワチャワチャワチャワチャワチャワチャワチャワチャワチャワチャワチャワチャワチャワチャワチャワチャワチャワチャワチャワチャワチャワチャワチャワチャワチャワチャワチャワチャワチャワチャワチャワチャワチャワチャワチャワチャワチャワチャワチャワチャワチャワチャワチャワチャンチョィンチョイン
と、大量に現れた、新たなクソキモ地獄昆蟲の群。
地球でのサイズは、歩脚を広げると5~17cm。現在目前のものは、胴体サイズは約1.2m程だが、脚が胴体の倍以上の長さ。クモに近いが異様。鉄黒色に黄色系縞まだら。
カマキリに近いが、更に長く棘だらけの挟角を頭部の左右、水平に折り畳み、そのすぐ後ろに触肢1対・脚4対という計6対の付属肢(関節肢)。
地球では人には無害であるもの肉食捕食者。その容姿の異様さから世界三大奇虫の一つに挙げられるキモ昆虫。画像検索では、閲覧注意必須案件のビジュアル。
化石記録では3億年前の石炭紀まで遡る、古代から生息する原始的な昆虫。
その名は──ウデムシ。
まぁ、何ともエグい見た目。その巨大化した明らかに人畜有害タイプが前方直近、大群を成し走り向かってくる。その絵面だけでも阿鼻叫喚、悶絶、即倒etc…。
サイスドウマと同様、この種もLE-1型のようにウエポンライトの光は余り効果が無い。寧ろ動きがキレッキレに激しさを増し、挟角を一心不乱にぶん回す。BGMを付けるなら倍速ナイト オブ ファイヤー。
──地獄低位界、挟角亜門クモガタ網 イビル・アンブリバイジ科 オニウデムシ属【イビル・ブラキウム】
『きしょ~~~~い! けど、今度はボクの出番だねー!おとたま、リディ見ててよー!』
「な!? トア、お前まで!やるなら力の加減をしろよぉ!」
「何か、また魔力上昇が……」
『ᚠᛁᚷᚢᚾ ᚱᚢᚾᛁᚲ ᚠᚱᛖᛉᛁᚾᚷ ᚲᚢᚱᛋᛖᛋ!!』
古代語と思われる術式詠唱により、トアの背の一対蒼ライン模様が光を放ち、翼のようにVの字に伸び立つ。すると、周囲の気温が急激に下がり、その蒼光の翼は物質化して凍結。蒼白に輝く氷翼と化した。
その氷翼の形状は、鳥類の物では無く戦闘機の前進翼型に近い。どこぞのGの推進噴射翼のような形状だ。
しかし、推進用であれば噴射口は後方に設置されるはずが、前方を向いている。
「ありゃ、ファンタジーってよりSF的な形状だな……。あの感じ、飛行用の翼じゃねーよな……?」
「……ええ、今の形態ではね。大気中の魔力があの氷翼に集束されてるわ……あれは砲撃用の兵器的なものでは?」
そう語りながら、驚愕の表情で見入るトールとリディ。と、退屈そうに欠伸をしているカレン。
『ᛈᚱᚨᛏᚢᛗ!!』
そこから発動、広範囲殲滅魔術。背の一対氷翼に沿った噴射口からの放射砲。
その砲撃は荒れ狂う蒼白氷の濁流となり、イビル・ブラキウムの大群を呑み込み氷結。
やがて流れは緩やかに収まり氷獄と化し、その刻を永久に止める。
「すげ…完全に氷洞穴になっちまったぞ……。悪趣味なアイスオブジェが大量にあるが。…つうか、クソ寒みぃって」
「これは氷属性魔術の最上級、氷獄魔術……」
そこからトアは、ドン!と右前脚で力強く地を踏み叩くと、結晶化したイビル・ブラキウム諸共、氷の大河は粉々に砕け塵と化した。その結晶粒子がキラキラと幻想的な光景を演出しつつ霧散する。
『はぁ、はぁ、はぁ、ぜぇ、ぜぇ……』
「お前もかよ!だから、そのかぶせネタはやめろや。身体張りすぎだろ!」
カレンと同様、放った極大魔術に魔力と生命力をがっつり喰われ、息を荒げてふらつくトア。
『ごめんなさい、おとたま。ボクも…撫でてもらいたくて……』
「あーもー、アホか、気張りすぎだよ! そんなにならなくても、ちゃんと撫でてやるつもりだったよ。とりあえずよくやった! お前はクソ強ぇよ!」
『へへ…へ、やったぁ…おとたまに褒められたぁ……』
そんなトアを、やれやれと愛おしく思いつつトールは優しく抱き、背中を撫でながら気剄力を流し込む。
『アタシも撫でて! おとたまー!』
「だーっ!お前はさっき撫でてやったろう! あーもー腕を甘噛むな!」
カレンに続いて、トアの気力系回復に気剄力をかなり消費した為、トールは未戦闘のまま疲労感だけが押し寄せる。
とりあえずはと、ハイドレーションの聖水化させた水分補給&吐納法呼吸を執り行い、独自の自己回復法で英気を復活させる。
ここは、人畜に有害な瘴気漂う下位の地獄領域ではあるが、聖痕と【ヴィシュッダ・チャクラ】の浄化作用によってそこは問題無い。リディと双子らも魔力オーラにて、この辺の自己対応は万全。
「しかし、カレンとトアのその体毛の模様って何かあるのか? 異様にその模様から力を感じるんだが……。術の発動も、そこが起点になっているようだしな」
『ん? ん~~~、わかんない。生まれた時にはあったみたいなの』
『うん。魔術の使い方は、お母たまにおしえてもらったんだけど、強い力は本当に必要な時以外は使うなって言われたんだ』
「おそらく、カレンの黒炎模様とトアの蒼いライン模様には、複雑な術式紋が施されているわね……。【魔紋】とか言ったかしら…身体に付与された紋様を媒体に、コード詠唱で、それにプログラムされた技能や特殊能力が発動するシステムよ。あなたの聖痕も、これに近いものかもしれないわね」
「……紋様から力が…コードは祈りの言か……。確かに俺の聖痕もそんな感じだよ」
「この子たちは、それを生まれる前に……ねぇ、あなたたちの父親は誰なのかしら?」
「うお!?お、おいそれ聞くのか?」
双子の父親に関しては、トールは両親との辛い別れの記憶を重ね、聞けずにいたが、それをリディは躊躇せずにあっさりと尋ねる。
『ん~~わかんない』
『生まれた時は、もういなかったし』
「あっさりだな、おい!深く考えすぎてたよ!」
「ふ~ん、この子たちは神狼と別の強力な種との混血…ハイブリッド。まぁ、これは女王に聞いてみないと分からない事ね。この世界に来ているのかも分からないし……この獄炎と獄氷の【魔紋】のことも……」
「ごちゃごちゃ、今考えててもしゃーねーだろ。どこの誰の子だろうと、どんな力を持ってようが、どんな存在であろうと関係ねーよ。こいつらは大事な仲間…いや、もう家族だ。その家族が今ここにいる。それだけの話だよ」
カレンとトアの力の根源、素性も気になる所であるが、不明確なら現時点で考えることでは無い。トールはこの無邪気で無垢な存在に、自らを犠牲にしても失いたくは無い、種族間の垣根を超えた家族のような絆、尊き愛情を感じていた。
「……フフ、そうね。まだ一晩だけど寝食を共にし、これからもしばらく一緒に過ごす事になると思うし。……うん、家族。いい言葉ね……。まさかあなたに諭されるとは生意気ね。死ねばいいのに」
「やかましい!台無しだよ!」
『やったー!おとたま家族ー!リディも家族ー!』
『おとたま大好きー!リディも大好き―!家族、家族ー!』
「だーっコラっ、やめろや!じゃれつき過ぎだ!顔を舐めるな甘噛むな!」
トールに家族と言われ、尻尾を振りまくり、大いにはしゃぎ喜ぶ神狼双子。素直では無いリディは、照れ隠しの毒舌ボケを挟んだが、内心ではこの僅かの期間で生まれた絆に、初であろう類の多大な高揚感を得ていた。
「いつまでもじゃれついていないで、とりあえず、先に進みましょう。ここはまだ地獄の門の入り口付近。今のところ、いるのは知性の無い昆蟲類だけど、この先のどこかに必ずいるはず……知性体の悪魔たちがね」
「あー、そうだな。まだダンジョンの入口だったな……。よーし、お前ら先に進むぞー!つうか、さっきのえげつない魔術…ギアって言うんだっけ?あれはここぞと言う時以外は使うなよー。力を制御してバランス良くだ」
『『はあ~~い!おとたまサッサー!』』
そうして、この悍ましい生態系が巣くう地獄ダンジョンを、再び歩き始める一行。二つの大きな群を一掃した甲斐もあり、一時の間は敵反応は無くクリアゾーンが続いた。
──RADER CONTACT HOSTAILE
〖レーダー捕捉。交戦許可された敵目標〗
──GOPHER〖通過経路、速度、高度が安全でないコンタクト〗
──SIDE-SIDE〖広範囲複数反応〗
「なんか、この先に大量の敵がいるな……また害虫の群のようだが、すげー数だな……」
「ちょっと待って、ウエポンライトはオフにした方が良さそうね。カレンとトアは問題無いけど、トールには暗視スキルと隠蔽術式を付与するわ……──【夜陰眼界】──【諸行無形】」
進む方向に大量の敵反応を感知。灯りで悟られては不味いとリディはトールに隠密術式を付与し、ライトをオフ。
カレンとトアは神狼。元々狼種は視神経円盤内の輝盤によって、優れた暗視力が備わっている。まして、魔術体系のある異世界、狼の最上級モフモフ種。
当然、その上の明瞭暗視に気配隠蔽はお手の物。
「マジか……? これ、暗視ゴーグルより、はっきりくっきり見えるじゃねーか……」
『──見えるぞ!私にも敵が見える!』
「やめろや。どこの赤い彗星のセリフだ カレン!」
『──見えるよ、ララァ……。見えるよ、みんなが……』
「やかましい! お前もノるなトア。どこの白い悪魔の最終話でのセリフだよ。 何だその体毛色に合わせたGネタ芸は?つか、何で知ってんだよ!」
「……この子たちの父親って、もしや……まぁいいわ。とりあえず行きましょう」
──WARNING〖閲覧注意警告〗!!
「……うぅわ…エッグぅっ……なんだこの数。どんだけいんだよ……?」
『『……………………』』
「これは、かなり不味い絵面ね……」
巨大生物の体内のような洞窟通路を抜けた先に広がる大空洞。天井までは数十メートル。幾つもの臓物のような鍾乳石の太い柱が立ち、目下5、6メートルの段差下に広がる極キモ地獄昆蟲が埋め尽くすワラワラうじゃうじゃの黒い湖。
嘗ては、確かに地底湖であったと思われるが、今は湖水の代わりに広がる悍ましい大量の巨大昆虫の多大群。そしてその奥に。
「あそこは、上へと向かってそうな感じだな……」
見れば、ここから丁度反対側150m程先の壁面。5、6mの高さの間隔で3段の段差があり、その段差上へと下からつづら折りの細道が築かれていた。
そして最上段の3段目に上がった少し奥に、何処かへと続く入口。上層への階段が見える。
『けど、ここをどうするのおとたま? かなり数が多いけど……』
その悍ましき姿は、地球でもお馴染みの嫌われ昆虫の代表格。──ゴキブリ。
しかし、サイズは1m以上。その頭部は別物。ヒト種、老人の顔。濃い黒染みとブツブツイボだらけ、ハゲ散らかしたお爺のド頭。
──地獄低位界、網翅目、黒鉄イビル・ブラッタ科 変異ヒト・ゴキブリ属。
【G爺】
更に、こちらもエグイ見た目。茶系色に黒マダラ。洞窟等などで多く見られる多足種、ムカデの仲間、ゲジゲジ。
そのサイズは2mはあり、頭部がこれまたお爺。顔脇から2対の鉤爪状の鋏が生えている。見れば捕食対象のようで、G爺の群に混じって幾所々で貪り喰らっている地獄絵図。地球でもゴキブリの天敵の一種にゲジゲジが挙げられる。
──地獄低位界、多足亜門ムカデ網、イビル・スクティゲロモルファ科 変異ヒト・ゲジ属【剴G牙爺】
バリボリバリボリバリボリバリボリバリボリバリボリバリボリバリボリバリボリ
バリボリバリボリバリボリバリボリバリボリバリボリバリボリバリボリバリボリ
ワチャワチャワチャワチャワチャワチャワチャワチャワチャワチャワチャワチャワチャワチャワチャワチャワチャワチャワチャワチャワチャワチャワチャワチャ
『お~い!おいお~いお~~いお~~~いお~~~い老い~~老~~い !!』
『婆ぁさまや~ 婆ぁさまメシはまだかいの~!婆ぁさまお~い!メシはまだか~ あんだってー? 婆ぁさま お~い ! よう聞こえんのう~メシはまだかいの~』
『茶~~漬物~~あんころ餅~~入れ歯~~熱い風呂~~孫~~犬~~畑~~チョッキ~~散歩~~孫と散歩~~犬の散歩~~漬物の散歩~~小銭入れ~~小銭入れの散歩~~軽トラック~~軽トラックの漬物~~」
『おえぇぇぇ~~かーっぺっ!おぇぇぇぶふぉっ!ゲホっゲホっゲっホおえぇぇぇ!かぁぁぁぁっぺっ!ゲホっ!おえぇぇぇかぁぁぁぁぁっぺ!………ええの~~』
「…………何だこれ…」
『黒いG……新型のモビルスーツ。もしや、あれがサイコG……?』
『今の私にはこのGを倒せん。私を導いてくれララァ……』
この夥しい数の奇妙狂気のG獄絵面に、茫然と何やらなセリフが呟かれる中、冷静沈着、凛々しく堂々一歩前に立つハイエルフの王女リディ。
「しょうがないわね。ここは、私に任せてもらえるかしら」