第156話 フェイルノート
冒険者'S拠点砦ロドス。魔術式範囲防御陣【幻宮砦陣】。
そこへ攻め入るアンデッドの大軍勢。数々のトラップが作動するも処理しきれず、浸食するかの様に進軍を続ける。
だが、このファンタジー防衛陣の本領発揮はここから。
伏して続々と顕れるは、極めて獰猛な‶捕食者たち〟。
選り取り見取りの大漁供物に狂喜する、百機百獣 繚乱舞踏の大饗宴。
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幾重もの高周波、低周波の咆哮、轟音、阿鼻叫喚が複雑に混じり合う過激重厚奏。幾多の火炎と閃光、各自然凶器物に血肉が飛び交い極彩色に染まる。
「何だこれ…臭っさ、エグぅ……」
もはやトラウマ級の壮烈光景に、何ともな変幻顔芸で呻くイナバ。
これまでの経験はおろか、映画ですらも目にした事が無い異次元戦場。
焼かれた腐肉の激悪臭が漂い、精神を抉る凶悪声合唱が響き渡る煉獄晩餐舞踏会。
「「「………」」」
他の地球人と冒険者たちも各々の顔芸を披露するが、一部に限っては意にも介さず、泰然と戦況を見据えたままだ。
「ふむ。各界の‶守護者〟どもが控えておったか」
「これが、攻略対象のダンジョンであったならば、相当面倒であろうな」
「ドルァアッハハハハ!!まっこと滾るぜよ!!」
などと、ロドス屋上で超者たちが語る中、眼下では各ゴーレムにわちゃわちゃと縋り纏いつくアンデッド。
死兵ゆえに恐怖も無く、傷つくことも厭わず殴打、掻きむしり噛みつく。
だが、対するは全身頑強な岩と鉄製巨兵。攻撃に使用した箇所が滅茶苦茶。
挙句に順次ぶん殴られ、蹴飛ばされ、全身ぐちゃぐちゃ。
灼熱溶岩ゴーレムには、触れるだけで然もありなん、火だるま状態。
いざ、その超剛腕を振るえば凄惨たるや、悲惨に飛散し、無残に散々と韻を踏みまくる。
樹木型ゴーレムのトレントは、巨木の身体に鋭利な硬質葉に覆われた枝腕を、鞭剣の様に振り回し、近づくアンデッドたちを乱切り、木っ端微塵。血肉片に調理し、自らの養分として吸収捕食していく。
精霊獣たちは主に四大元素。火、風、水、土にした属した根源的妖精種。
【砂精霊サンドマン】【地妖精グレムリン】【火妖狐フーシェン】
【風妖鎌鼬ラファーガ】【森精蛇アヤタル】【水妖蜥蜴イピリア】
【水精馬ケルピー】の各小群。
肉体にして精神体、固体にして流動、有形にして無形。現れては隠れ、また顕れては消えゆく、現存しながらも幻影。実と虚、狭間の意識体であり自然事象そのもの。
片やアンデッドは、色々とトチ狂ってはいるもの元は人や獣種。幾ら災害レベルの大群を成そうとも、純然たる大自然災害の猛威には無力。存在の概念、理のベクトルが遥か別次元、歴然極まる格差。
その様な超自然存在に、単純な物理膂力で捉える事は絶対不可。
四方八方から掴みかかるも、決して掴めず。各属性の刃、槌、槍にて斬られ、抉られ、潰され、貫かれる。
更に局地的ゲリラ砂嵐、土砂流、火炎流、竜巻、噴火、津波などが発生。
暴風に吹き飛ばされ、烈火に焼かれ爆ぜ、激流に流され、地中深くに引きずり込まれ、悉く無残な在り様。
そして、更なる超常災害極まる地獄所以の暗黒獣たち。いずれも禍々しく、装甲車じみた大型巨獣。
双頭犬【オルトロス】四翼の四頭豹【ブラフマー】人面獅子【マンティコア】
鳥翼胴体と牡鹿頭と脚を持つ【ペリュトン】半牛半蛇【オピオタウロス】
蝶の翅が生えた鰐【ココリョナ】と、各種共に地獄界天然由来、生粋のキメラ獣。
黒々とした凶風死鎌に獄炎、獄雷、獄氷吹雪、濃硫酸雨に猛毒流。精霊獣と相なりその渦中を縦横無尽、狂歓喜で飛び交い駆け巡る超獣たち。
「おい、ミシェル。あれらの召喚は、確か‶禁忌〟であったはずだろう……」
「オーホッホッホー!何のことかしらレオバルト? 実に愛くるしい、只のありふれた小動物たちではありませんか!」
「いや、どう見ても……ああまぁ…そうだな……」
「「「…………」」」
色々と思うところがあるが、ここは何でもありありの異次元世界。
この際、何であろうと有効手札を順次切るのは当然。まぁ、良しとしようと一同ただただ黙するのであった。
ゾンビ映画宛ら大量大群の暴威も、超常たる怪物には雑多な餌に過ぎず。後から後から続々と流れ込み、瞬時に各災厄に喰われていく。
迷路内部は地形諸々に凶変容。吸い込まれるかの様に煮えたぎる大釜へと、自らlet's死ビング。もはや「虎口」との呼び名では生易しい、絶対致死領域。
「これは竜口…いや、差し詰め『多頭竜の口』と云うべきか……」
入口は多数あれど、全て悲惨極まる同じ末路。これに当てはまる、改名称がイナバの脳裏に浮かび独り言ちる。
「で、そのヒュドラの胃袋内は日本風で云う、正に‶地獄のちゃんこ鍋〟ってところか……」
「いや、ジョブス。それを云うなら…ああまぁ似たようなもんか。何にせよ、魔術とはこれほど……」
ジョブスの微妙な間違いは兎も角、地球人たちは、改めて異世界冒険者の超魔術に感嘆する。
遠く街の方では、無尽蔵に溢れ出でた大群も疎らとなり、ようやく底が見えてきた。すでに第一防衛遮断線の炎壁は消失し、ぎっしりみっちりアンデッドに埋め尽くされるも、第二防衛陣の超獣戦力にて完全インターセプト。見る見るうちに数を激減していく。
現時点での戦況自体は優勢と言えるが、先ほどまで意気揚々と振る舞っていたミシェルを始めとする、この壮絶絵図を描いた魔術師たちとドワーフ、エルフの面々、他の冒険者共々の表情は実に険しく剣呑。不穏懸念が更に高まっている様子だ。
その懸念すべき最要因は唯一‶かの存在〟。
最大警戒にて動向を注視しているもの、未だ不動沈黙。目下数百メートル先にも関わらず、まるで目前で放たれたかの様に重々しく圧し掛かる兇圧力。
このアンデッド犇めく凶海原の渦中にて、不動ながらも噴火寸前、活火山の噴煙の如しオーラを放つ十三巨騎士。その中心で一際異常、空間が歪む程の極大オーラを纏う特異点──ギュスターヴ。
そんな緊迫感が高まる最中に、微かな一声。
「撃て……」
ヒュゥウ!……ドスッ!!
一瞬、笛の様な甲高い音に続く重突音。音源を辿れば上空。
強酸雨を降らす地獄獣の一体。蝶鰐の頭部に突き刺さる棒状の物体。
「槍…いや、大弓矢か!!ついに‶奴ら〟が動きだしたか!」
槍の様な長い極太矢を放ったのは、ギュスターヴ親衛隊の一体。
ハイミスリル製装備の銀灰巨騎士。
テッドたちシーカーチームが、イルーニュ城にて放たれた砲撃の様な大弓矢であるが、今回の標的は別次元の存在。全長10mに達するほぼほぼドラゴン。
飛ぶ巨鰐にして、地獄所以の暗黒超獣。致命傷に至らずとも、刺さっただけでも大したもんだと言うべきところだが。
僅かながらも受けた傷に、怒りを露わにするココリョナ。その巨顎が大きく開き、毒々しい液体が宙で渦を巻く。
ヒュボッ! ヒュボッ! ヒュボッ! ヒュボッ! ヒュボッ!
一体の銀灰巨騎士から、弓矢とは思えぬ五連続発射音。何も無い空間から大矢を取り出し、矢継ぎ早も極まる超高速連射。
ヒュヒュゥゥウウウウゥゥウウウウ!!
大気を切り裂き嘶く、赤紫光の閃きと軌跡。
そして、刹那に連なる爆轟音。
「「「!!!」」」
ココリョナの巨顎、口腔内が破砕し頭部が大破。儚くも散り墜ち、故郷の地獄へと還って逝った。
「な!?わたくしの可愛いペットが!!」
「おいおいおい、あのドラゴンみてーなやつが、矢だけで墜とされちまったぞ!」
「一発目とは火力が桁違いだな。何だあの多連装ロケット砲じみたヘッドショットは!?と言うか、どこから矢を取り出してんだ!?」
「矢の補填は亜空収納ったいイナバ。一射目は、軽く威嚇か標的の性能確認ば思うとよ。ばってん、今のは明らかに強化付与による魔術矢やけん。しかも、高レベルの強力な術式ったい」
「 マジかよ……」
「って、それじゃあ、ゾンビが魔術を使うってことか!?」
「ハハン、あの上位亡者の一団に限ったことさジョブス。ギュスターヴ以外の巨人騎士らは、がっつり魔術攻撃をぶちかますぜぇい。ワイルドだろぉお?」
「うるせークソ兎!」
「何にせよ、他のアンデッドたちとは別物ってことだろ──って、来るぞ!!」
ヒュゥゥウウウウゥゥウウウウ!!
ヒュゥゥウウウウゥゥウウウウ!!
ヒュゥゥウウウウゥゥウウウウ!!
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド!!
火力戦闘部隊、純銀灰六騎士による地対空、地対地第一波攻撃。航空戦力の飛行型だけでなく、地上の各超常戦力へと怒涛の六連装式 多連魔術砲撃矢。
「あれは、もはや弓矢のレベルじゃないな。弓兵隊どころか機動砲兵隊と言うべきか……」
それは陸上自衛隊で云うところの特科隊。至る所で魔力爆発が多発し、幾多とゴーレム種とトレントが大破。通常物理攻撃無効の精霊獣に、多重防御性能を持つ堅牢な地獄獣までも、数体回避しきれずに撃破された。
「変幻自在の曲射に、視覚外のところにまで当てやがる!レーダー感知式か!?
──て、クソ!こっち撃ってきやがったぞ!!」
地球兵の一人がそう叫ぶ中、砲撃矢がロドス外壁まで達し爆発。即座に魔術障壁が自動発動し防ぐも、衝撃波動が大きく骨身を震わす。
「あれは対魔防 極地戦用、撃てば必中とされた【魔破剣矢】ですわ。あの亡者銀騎士たち…元は、相当高レベルの射手であったに違いませんわね」
「ミシェルさん、敵に感心している場合じゃありませんよ!あれは、射手の希少性から少例ながら、攻城戦にも使われた破城矢です! 連続で撃たれれば、長くは持ちませんよ!」
「分かってますわよ、リュミエル殿下。そろそろ、わたくしたちも動くべきところですわね」
「それは同意ですけど、殿下はやめてください!」
「ドルゥアハハハ!!物見遊山もしょう飽きたやき、ワシらもいざ出陣しとうぜよレオバルト!ほれ、早よう前切りばぁしいや」
「ああ、リョーガ。もう頃合いの様だな……」
慌ただしくも戦局は、最終たる終末段階へ移行。
ここから先は別次元。地球兵士には勿論、冒険者たちにとっても全く予測不能、未知の領域。一挙手一投足、刹那の采配が明暗を分かつ、嘗てない分水嶺極地。
「皆‶覚悟〟の程は決まっているな!」
「「「おう!!!」」」
力強い呼応。死地になるやも知れぬが、とうの昔に戦場に身を置いた時点で、すでに決まっている。
さぁ、いざ尋常に運命に抗おう──。