第146話 ハ=ゴスVSミ=ゴ
ヴィヨンヌ都市一帯に響き渡る爆轟音。
その発生源の正体を知るべく、テッドに促され、ロドス居住建物屋上に上がってきた冒険者’S&イナバレンジャーたち一同。
ヴィヨンヌは、現在は廃都市であるもの、イルーニュ城を中心に建物が多く建ち並び、外縁部に向かうほど疎らな辺境地域となる、蜘蛛の巣状の都市形成だ。
イルーニュ城の西部辺境地域、ロドスの北西部。おそらく元農地であろう、今は雑草が生い茂る平原地区が轟音発生元。
「あいつらは、いったい何なんだ…?」
そう問う、険しい表情のレオバルト。一同の視線の先、地上上空で幾多の閃光と爆発。正体不明の存在二体が、激しい空戦を繰り広げていた。
その真下地面には、地下から地盤を破壊し、地上に抜けたと思われる大穴。
傍には別の二体が仁王立ちし、上空の戦いを沈黙し見据えている様子が窺える。
「暗がりとこの遠距離で、皆よく見えるな……」
「ああ…冒険者連中の視力はどうなってんだか……」
爆轟音と光の明滅しか捉えられない、イナバを筆頭とする地球人勢だが。
「遠視と暗視スキルだ。おい誰か、イナバたちに魔術を付与してくれ」
「フン、しょうがないですわね。では、わたくしが──【千里眼】。これで、よく視えるはずですわ」
レオバルトの提言で、即座に魔術付与式を行使したのは、貴族にしてS級冒険者。赤黒ゴスロリの装い、ブロンド縦巻きロールの賢者「ミシェル」。
「「「!!」」」
「これは凄い!まるで、昼間に間近で視ているような超鮮明。これに比べると、軍の高性能長距離スコープもチャチく思えるな……」
正に千里眼。この超視力強化に、イナバレンジャーたちから感嘆の声が上がる。
その視界に映るは、いずれも2m越えサイズ。
片や薄桃色の昆虫甲殻類種に見えるも、一対の歪な蝙蝠の様な有翼種。サソリの様な尻尾。頭部は触手を束ねた楕円形で、ジグザグ状のアンテナの様なものが幾本と生えている。
片や赤黒く、いかつい二腕二足の人型に見えるも、棘だらけの尻尾を持ち、頭部から背に掛けて触手だらけ。更に、背の触手を組み合わせた飛行推進スラスター翼が伸び、その噴射の赤い光は、光学的なヒレを模した一対翼を形成していた。
その奇怪な異形同士の圧巻たるや戦闘に、誰しも圧倒され驚愕の表情。
「あいつらは……いったい何なんだ…?」
「そのセリフなら、第一声で俺も述べたぞイナバ。まぁ未知であるのは確か。いずこか、別世界所以の強種族なのであろうな……」
「なんちゅう、面妖ぜよ。あんらは悪魔種じゃのーか…?」
「否であろう。悪魔種特有の地獄瘴気オーラとは異なる別物。別次元の禍々しき理力オーラよのう」
「何んば言うちゃろうが、分からんめぇもん。ばってん、しかとむないもんば確かやけんね」
「古き神代の原生物なのでは? 全く美しくない、異質異形ですわね……」
視えてはいても結局は正体不明。そんな類語が口々に唱えられる中。
「断定はできないが、もしや‶あれ〟じゃないかな……」
「「「!!!」」」
「知っているのか!?──って、お前か……」
「おい、テッド。お前の小ボケもいい加減、処理しきれねぇぞ……」
「ワレコラ、喰い殺されとうないなら、黙っとけや。もうパンパンやで」
一同うんざりの表情。テッドのシリアスブレイクスキルを、即座に封じるジョブスとガイガー。しかし、テッドはお構いなしでしゃべくり通す。
「イメージ画だが、地球にいた頃、あれに類似するものを見たことがあるんだよ。
──‶クトゥルフ神話〟。あの邪神神話に出てくる別惑星種族。菌類甲殻類……」
「「「!!??」」」
予想外に大真面目のテッド。その未知の神話たる存在に冒険者’Sは騒然。
だが、それを知り得て、真っ先に反応を示したのは歴史好きでもあるイナバだ。
「‶ミ=ゴ〟か」
「ああ、その通りさ。対するは‶ハスター〟か‶クトゥルフ〟に近いが、何とも言えないな……あの神話の邪神たちは、基本不定形で想像画も多種多様だからね」
「ふむ。地球にもそう云った類の神話が伝わっていたか。ヒュペルボリアにも、似たような古文や碑文、魔導書にての邪神神話が幾多と記されておるよのう」
「僕も以前、その手の文献を拝見しましたが、あれら邪神には時空次元に関係無く、ありとあらゆる全ての世界に存在し、その姿も各世界で千変万化の在り様との云われですねぇ」
そうこうあれこれと、その正体を巡り語られる最中、二体の闘争は更に熾烈さを増していく。
それらは、地上から空中へと縦横無尽に駆け巡り、衝突し弾き合い、幾多の光弾と爆発の閃光が飛び交う苛烈な攻防。
周囲は、大空爆の如く広範囲で焼野原と化し、続々とクレーターが量産される。
「ヤバイ ヤバイ ヤバイ!よりによって、なんでハ=ゴスがこの時期に生まれてるでやんすか!? 以前は300年程前とかでやんしたねぇ、べらんめえ!」
「GIHAHAHAHAHA!!コレハ重畳、上位種デアッタカ!固有名ハ知ラヌガ、確ト抗イ足掻ケ、ミ=ゴ!!」
地球外 真核生物、互いに菌類に属しながらも高度な知的生命体にして同惑星種。
生体レベルに於いては、魔力を用いるヒュペルボリア勢、上位冒険者なら相対可能であるも、地球生命体には極々一部を除き、太刀打ち不可の存在同士。
ミ=ゴの手足は昆虫の様であるもの、異なるのは左右前肢腕、中肢腕、後肢脚の三対。つまりは、四腕二脚の形態。その両前腕は、緑光ビームトマホーク状。
中腕は、生体化したMP7の様なSMG状に変容し、二斧二挺流スタイル。
対するハ=ゴスの両腕は、熱せられ赤々と発光。両前腕部の外側には、筋に添って硬質結晶が生え連なり、鉤爪の斬撃、刺突撃、打撃に熱エネルギーが加えられた、極悪多要素仕様。
更に頭部幾多の触手の中、複数伸縮自在、全方向対応可能、近接防空システムが如し、ヤツメウナギの様な円口部から赤光弾を連射撃。
両者共に、蜂の巣型構造のシールドを展開。被弾を防ぎつつ、地上と空中近接戦を繰り広げている。
そのアリーナ席、最前列にて観戦する二体は。
「我が君よ! 必要とあらば、拙僧らも助力に馳せ参じますぞ!」
「応よ!吾輩ら共々、御身の采配にて如何様にも、推して参ろうぞ!」
「要ラヌ助太刀ハ無用ダ『ソ=ドム』ト『ゴ=モラ』ヨ!是レハ我、再誕タル祝宴ノ儀!彼奴ハ、其ノ最タル供物!今ハ黙シテ、ソコニ控エテオレ!」
「「御意」」
ハ=ゴスの側近である、ラフレイダー特異種ソ=ドムとゴ=モラ。
王の再誕早々程なく、怨敵ミ=ゴとの会戦に意気撒き逸るも、断固と待機命令に少々残念な様子。
「さすがに、あの二体まで参戦したら、堪ったもんじゃねぇでやんすよバーロー!てやんでい!──しかし……」
安堵するも一瞬のみ。ハ=ゴス一体だけでも手一杯どころか、全く足りない状況。
種族は異なるも、同じ菌類に属し、特有能力も同種が故に利も得られない。
「これは、やり辛いでやんす! 奴も、ミトコンドリアから精製される‶真核エネルギー〟により、胞子嚢をプラズマ変換した同理力。しかも、あっしの【スポライザー】より火力が上。おそらく【プラズモフォア】。あれは、変換したプラズマに、周囲に舞う胞子から更にエネルギーを吸収し、増幅させた高威力のものでやんしたねぇ、べらんめぇ」
その闘争における理力は、地球科学理論、ヒュペルボリアの魔術系統とは別物。
地球一般的に知られる『電離気体』は、電子と陽イオンに分離した状態の物質。
非常に高いエネルギーを持ち、破壊的に転じれば対象物を溶かしたり、爆発させたり、電磁波を発生させる。
これを人的に発生させるには多くの段階、環境設備が必須となってくる上に、プラズマの性質上、大気に触れるとエネルギーが拡散する為に、指向性のある兵器運用の実用化は困難とされている。
それを一個体生物の意思のみで具現化実用させるとなると、別次元の領域。
それは‶菌類胞子〟から生み出される、力学的位置と運動量の位相エネルギー整流作用を任意で制御し、爆発的エクセルギーに昇華。
加えて、粒子拡散を防ぐ為、高圧縮で磁界被甲で覆った弾丸を自己精製、リロード要らずの銃兵器化。
更に、このエネルギー運用は個体差があるもの、身体強化、防御シールド、飛行推進力などにも万能利用される高性能、異次元生体力学 物理理論の理力。
と、byミ=ゴ談。
その個体能力差が如実に表れ、ミ=ゴのプラズマSMG【スポライザー】を上回る、ハ=ゴスの触手砲【プラズモフォア】。
「くうぅ、あのプラズモフォアの増幅源は、あっしの胞子でやんすか! パラシアの恐るべきは、狂暴な胞子浸食性。こちとらの胞子領域に、奴の領域が浸食。大量に喰われ、吸収変異されてるでやんすよ!」
その戦いは微粒子レベルでも行われ、ミ=ゴの胞子を捕食し、自らのエネルギー源へと変換するハ=ゴス。これは、パラシア王たる所以の膨大 胞子勢力によるミ=ゴの支配領域への侵略。
「是レ、戦イニ非ズ!然ルニ只ノ捕食!マァ、晩餐主役デ在ル‶ヌガー=クトゥン〟ヲ喰ラウ前ノ、前菜デ在ルガナ!GYHAHAHAHAHAHA!!」
「やはり狙いは、属長でやんすか!しかし、その程度の領域では、属長の足元にも及ばねぇでやんすよ、べらんめえ!!300年前と言うか、それ以前世代と同様、今世も逆に喰われるのがオチでやんす!」
「笑止!往時各世代ノ、未熟小童ヲ屠ッタ程度デ思イ上ガルナ、虚ケメ! コノ姿ハ全テニ非ズ、真ナルハ‶窮極〟!!」
「はっ? 確かに過去のハ=ゴスは、進化変異を繰り返し強化したと聞いているでやんすが、完全では無かったと?しかも、窮極とは大層な大口をほざきやがるでやんすねぇ!ハン、てやんでい!完全になろうがなるまいが、結末は同じでやんすよ!」
「フン、言ウテオレ。貴様如キ意モ知レヌ木ッ端無象デハ、推シ測ルニ断ジテ理モ無キ事!其ノ程ハ、行ク行ク事象ニテ、斯クト証明シヨウ!」
幾多無数プラズマ弾の撃ち合いと、近接剣戟により極彩色の衝撃閃光が閃く中、論戦の方も延焼加熱する。
しかし、均衡までとはならず、火力と防衛力共に劣るミ=ゴのシールドが削られ、本体に被弾。胞子オーラで強化されているも、高エネルギープラズマ衝撃により甲殻の幾所が爆発、融解し、高電磁波が体内にまで攻め入ってくる。
「ちっ、‶再生機能〟が不全エラーを起こしてるでやんすよ!コンチクショーめぇ!」
同菌類種が所以か、ハ=ゴスと同様に再生能力を持つミ=ゴであるも、プラズマ高電磁波の影響にてシステムエラー。補うべく胞子も搾取され続け回復に至らず、ダメージは募る一方。
「GYHAHAHAHAHAHA!!火加減調理具合モ程々。肉質モ柔ラカク上々。ソロソロ実食ノ頃合イデ在ロウ!」
力の差は歴然。圧倒的有利のハ=ゴス。このジリ貧状態を抜け出すべく、ミ=ゴはここで意を決する。
「これ以上は危険。情報もそこそこ得られた事でやんすし、ここはお開きに致しやしょうかねぇ──即ち!」
と、何やらキメの様相のミ=ゴだが、果たして──。