第133話 ファントム
「あーあー、ヤンスヤンスでやんす。‶ヴァルミア〟チェック。
聞こえやすか、ヴェルハディスの旦那ー? こちとらミ=ゴ3でやんす」
〘──ふむ、良好。それで‶あれ〟の様態は確認できたのであろうな〙
それは、薄桃色の甲殻類にして菌類生物。地球を遥かに超える文明を持つ『暗黒星ユゴス人』と其の主、死霊魔術師にして『大魔王』との魔力通信とは異なる思念通話。
亜空間通信 Valmiaは、宇宙での超長距離、異次元間に於いて様々な阻害を受けずにほぼ時間差無く、交信可能となった超科学技術通信伝達システム。
「へい、それでやんすが……。旦那の指示通り、現在セクター46 特別区におりやして、周辺を一通り見回ったでやんすがドゥルナスの連中同様、こっちも空っぽでやして……」
〘何? 空っぽだと… つまりは、術式陣にて不死化したフェンリルの仔らが消え失せたという事か〙
「へい、それもでやんすけど、地獄から召喚し、放し飼いにしていた‶番兵ユニット〟の群も含めて、地球からの‶選別者〟二名も収容所からとんずらでやんすー。
おまけにその選別プログラムも消滅し、それ以後の篩分けはされなかった様で他の捕獲者はゼロ。それで空っぽと云う事でやんした、べらんめぇ!」
煉獄城トゥヌクダルスをセクター1とした『セクター46 特別収容区』。そこは、トールとリディが煉獄転移直後の開始地点。そして、カレンとトアが邪導術式で囚われていた地下エリア。
その利用目的は、極めて有能な者を無傷で転移収容し‶魔改造〟。それをヴェルハディスの歩兵駒とするべくとしたイカれたもの。
その中でも優秀なMVP選出者は高位の指揮系統と、トールたちが宿泊に利用した地下リゾート施設を拠点として褒章贈呈。と言ったダークブラックでありつつ、結構なホワイト好待遇。
〘どう云う事だ。選別術式まで…まさかあの悪魔どもが、勝手気ままに掘り進めて破壊などとの間抜けな話ではあるまいな〙
「あの術式装置の隔壁は、あっしらユゴス宇宙艦の外壁装甲にも使われる『ナクア』と『マグナ』の複合素材。あれは、ナノテクノロジーによって作られた自己修復性の金属と、高磁性金属。宇宙線や小惑星などの衝突にも耐えられ、強力な磁場を発生させ、砲撃弾頭、レーザーも跳ね返しやすから、例え上級の悪魔でも破壊は絶対不可能でやんすよ」
〘その隔壁に損壊、自己修復の痕跡も無く、術式だけ破壊されたと云う事か〙
「その通りでやんす! あの選別転移システムプログラムは、旦那の力にあっしらのトランスワープ技術が加えられ、個体波動検知と正確な亜空座標ルート演算設定にどえれぇ苦労したのが、全部おしゃかでやんすよ、てやんでぇい!」
その選別は、メンタル体と呼ばれる肉体及び精神体。魂体であり、その根幹、因果体。これらの波動力を検知して、基準を超えた特異者が選出される。要するにクっソ元気な奴。
尚、これはメンタル体が未成熟な地球人側サイドに施されたシステム。特異な潜在能力を持ち得た者が、知らぬ間に他生物に喰われたら元も子も無いと云う事。
カレンとトアの場合は、ピンポイント狙いで転移。ミゼーアも同様に別エリアにて強力な術式で捕縛されていたが、神狼女王には通じず、自らで打破していた。
選出外の地球人及び、強メンタル体の冒険者サイドは、セクター分けされた各農場に送られ、家畜扱いで自由放牧。後は煉獄のデスサバゲ―仕様に委ね、自然の大篩掛けにて振り分け選抜。
生存を続けた勝者は、強駒用にゲット。敗者は、各セクターに置かれた集積装置により生命力と魔力を抽出。アンデッド化したなら、それもまるっと神ゲット。
と、言った流れの大収穫祭プログラム内容であったが、ここで想定外の支障が起きてしまった。
その実は、カレンとトアを救出後、トールとリディがリゾート施設宿泊時、この二人による最高級ギター&ピアノでの幻想演奏会(第82話)にて、意図せずの球状広範囲聖域化。これによって、その範囲内に隠されていた【邪導】所以の選別術式陣が消去されていた事は、誰も知る由もない迷宮入り未解決事件。
〘……損失ばかりの報告だけでは、全く要点が得られぬな。それで、何か痕跡は残されておらぬのか?〙
冷静さを装いつつも、内心では余り穏やかでは無い様子のヴェルハディス。
「へい、残されたものと言えば、まず二名の地球人の収容部屋。部屋の中には、簡易食の包装とタバコの吸い殻だけでやんすが、どちらも中から鉄製扉がぶち破られておりやす」
〘ふむ、兵士である事から爆発物によるものか〙
「いえ、ひしゃげたその鉄製扉には共に足跡。つまりは蹴りによるもの。通常の地球人ではあり得ねぇ、爆発物並みの威力でやんす」
〘…なるほど。選別されただけはあると云う事か。地球史実上の武人で、それぐらいの膂力を持ち得た者はそう珍しくは無い。あり得る話であろう〙
「まぁ、そうなんでやすが、他にも不可解な点が幾つかありやして……」
〘不可解な点? ふむ、続けよ〙
「へい、その地球人らと悪魔たちとの交戦の痕跡がありやして、アサルトライフル5.56mm弾の空薬莢と空弾倉。ざっと見、200発前後の使用が見られやしたが、その悪魔たちの死骸はおろか、血の一滴すら残されてないでやんす」
〘何? 悪魔どもが、完全に消滅したという事か? 僅か二名の銃弾だけでそれはあり得ぬ……。他には?〙
「へい、これはかなり不可解極まりやして、セクター46拠点予定施設。フェンリルの仔らの捕縛部屋に通じる防壁扉周辺の一角が、全て銀灰色の重金属で埋まっておりやして……成分分析の結果がこれまた、てやんでぇい。タングステンを主成分とした鉄、ニッケルとの高密度の焼結合金──『ヘビーアロイ』製でやんす!」
それは、リディが例のリゾート施設再利用の為、良からぬ輩に侵入されぬよう施した、土精霊魔術【銀灰鋼壁】によるタングステン製防壁であった。そんな事など当然知り得ないが、リディにしても、まさか家主関係者が訪れていた亊など露知らず。
因みに『ヘビーアロイ』は二種類あり、銅、ニッケル合金型の場合は、熱伝導性に優れた「非磁性材」。鉄、ニッケルとの合金型の「弱磁性材」は膨張強度や伸びに優れた性質。二種共に純タングステン製より酸化に強く、高密度により放射線の遮蔽能力にも優れた仕様。
〘!? どう云う事だ。そんなものは通常人力では不可。仮にヒュペルボリアの土魔術による防壁形成だとしても、最高位は鉄と炭素の合金。鋼鉄製が限度であったはず。そもそも、タングステンは地球原産のレアメタル……〙
「それで、転移陣を使って中に入れたんでやんすが、フェンリルの仔らの幽閉部屋の拘束術式も消え失せ、代わりに地球のものと思われる食事の形跡……この状況、どう推測されるでやんすか、旦那…?」
〘フェンリルの仔らは、その地球人らに救い出されたと云う事なのか……。
たった二名で悪魔の群を消滅。且つ、拘束とその防衛及び選別術式まで破壊。
更に、タングステン合金製隔壁を構築錬成……。断定はできぬが、その地球人らは
‶奴〟の手の者か、もしくは新手の第三者か……〙
「あっしもその辺りを考えたんでやすが、情報が乏しく不確定でやんすよ。それでセクター45から44、ドゥルナス拠点に繋がる道中周辺の地獄昆蟲、地下水路の悪魔の群も消滅。エリアボスの化け物は粉々の微塵切り。どれもえげつねぇ戦闘の痕が刻まれてやした……」
〘莫迦な。あれらは数千単位の数は生息していたはず。あの‶呪怨獣〟に於いては
‶禍つ神〟の類。それら全てが屠られたのか……。さすれば、地球人以外の存在である事は確実か〙
〘でやんすね……おそらく、ドゥルナスも軍ごと其の‶何か〟に……しかし、あの6万を超える異形軍勢を相手にとなると、かなりの戦力規模が必須でやすが、それらも一切確認できずで、まるで掴みどころの無ぇ‶幻影〟でやんすよ、べらんめぇ!」
〘……ふむ。他のミ=ゴたちを使い、追って精緻なる調査の手が必要だが‶ギュスターヴ〟が邪魔だな。亡者殺戮魔人と化した奴には、対話は不可。死霊魔術による使役化も含め、如何なる攻撃術式も無効化。‶武の真意の極み〟が故に、あらゆる膂力、幾多の数を揃えようとも、無尽蔵の精力にて一切合切、木っ端微塵にされよう〙
「あれの討伐に、あっしらユゴス人ミ=ゴ属を含め甚大な被害を被り、已む無く全面撤退。不可侵存在として認定されたでやんすけど、‶属長〟がかなりゴネておりやしたね」
〘ミ=ゴ属長‶ヌガー=クトゥン〟か。ふむ放って置け。そんな事より忌々しいが、ギュスターヴは聖にも邪にも属さぬ荒魂、荒神の類。現時点の段階で、わざわざ無駄に災いを被りに向かう必要は無かろう〙
正に触らぬ神に祟りなし。触れざる事無く近寄るべからず、放置プレイ。
だが、支配下の地に別の支配存在など断じて許されざる事柄。
それは、ギュスターヴだけでは無く、執行者たちもその範疇。
誰が‶真意の極み〟に至るか、誰が真の‶不滅者〟かを示すべく、この地の完全支配もその目的事項の一つとなっている。故に、ヴェルハディスが完全復活の際には、自らでそれらと相対せす意趣が、暗黙ながらも明瞭に露わにしていた。
〘何にせよ、奴との接触は避け、まずはその‶幻影〟の視認確認を最優先とし、追ってその正体を探り報告せよ〙
「へい!合点承知のすけべぇ! では、早速その足取りの痕跡を追うでやんす!」
と、トールたち幻浪旅団は、ギュスターヴの所業と一色譚にされ、ヴェルハディス陣営に標的認定。ついに追われる嵌めとなってしまったが──。
「あー黒鉄、弥宵。地面の影をちょいちょい後方に向かわしてるけど、何してんだ?」
『はっ! 隠蔽用影忍術にて、某らの行く先を曲者に気取られぬよう、各足跡を消したり、方向を変え別の道へと向かわせたりと、陽動の手を打っておるでござる』
『他にも、足跡を追っているつもりが、堂々巡りをさせるなどの細工や、幾種もの殺傷罠、設置型幻術式なども張り巡らせており、どこまで行っても幻影を追うか、その果てにて身を滅すかでござりまする』
「どんだけだよ。さすが忍狼、徹底してんな……」
『隠遁 幻 鈍駄掛の術。我々忍びは、何者にも決して行動を悟られてはならぬ故に、当然の基本心得でございますね』
『なんやねん自分ら、ひょいひょいチョロチョロ、影が行き交っとると思うとったら、そない云う事やったんかボケ』
『まぼろし~~~!!なの』
『どんだけ~~~~!!だね』
『背負い投げ~~~フィィ!』
「フフフ、どこのイッコーさんかしら?」
「イッコー山? その様な恐ろしき迷いの山があるのか……」
「そがぃは、ぶちヤバな忌み地の山の様じゃあのう」
「サウル、ゲバル。多分ソレハ違ウト思ウゾ……」
と、未だ一行は一向に足取りは掴まれてはおらず、どこ吹く風かと、わいわいエンジョイ中。ヴェルハディス陣営は、そんな事など一考にも及ばずの状況であったと云う。
ここまで拝読ありがとうございますm(__)m
今回、SF的な要素をちょろちょろ注いでいましたが、亜空間通信「ヴァルミア」は、バルカン語の亜空間の意味「Vartan」と、イタリア語の通信を意味する「comunicare」を合わせた造語です。
宇宙艦外壁素材「マグナ」はオリジナルですが『ナクア』は、アメリカの科学者であり、SF、ファンタジー作家でもある「ダン・コボルト氏」のブログに掲案されていた架空物質から引用しました。