第132話 物件探しであーる
救世都市ヴィヨンヌ。
その名と共に人の営みは遥か昔に廃れ、嘗ての住人たちは、死しても尚生き続け、生き乍らに死して累々と彷徨い歩く、不浄で歪な存在へとなり果てていた。
生者にして死者。死者にして生者。俗に云われるアンデッドの類。
『亡者』『屍人』。獣種であれば『亡獣』『屍獣』と呼ばれる哀れな存在。
求めるものは‶生〟であり、その捕食が唯一の存在意義。普段は虚ろで陰鬱、無気力の彼らだが、狂然と活気づく時。それは当然‶生〟と相まみえた瞬間。
さあ、お食事の時間だ。
⦅⦅⦅HUNGRYRYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYY⦆⦆⦆
⦅憎いぃ……肉ぅぅ……肉ぅうう……憎い肉を寄越せぇ……焼肉定食~…⦆
⦅カルビぃ…ハラミぃ…ミノ…モツぅぅ…内蔵ぅ…レバー…レバニラ炒め定食~⦆
⦅脳みそ~……脳みそ~…カニみそ~…エビみそ~…肉みそ~…みそとんかつ~…サバのみそ煮~…コーン…バター…みそラーメン…大盛りりRIRIYYYYYYYY⦆
「無理りりりYYY 無理 無理 無理 無理 無理 無理 無理 無理 無理にゃらー!!
キモイ!臭ちゃい!汚ちゃにゃい!どっか行くにゃららー!!しゃー!!」
「ワレコラ、ネイリー! ごっつい数おるで、喚いとらんで早よ働けやボケ猫!!」
それは、活気づいた屍人の群と交戦中の冒険者たちであった。
その屍人たちは結構な熟成具合。腕がエルビス.プレスリーの衣装のフリンジ袖の様に、皮膚と肉がひらひらと垂れ下がっている。一部には溶け爛れた、ドス黒いコールタール状のドロドロタイプも入り混じり、強烈な腐臭を放ち、大量に襲いかかって来る。
「みゃーっ!!なんか汁が垂れてるにゃー!こっちに、そんなキモドロのにゃつを蹴飛ばしてくるにゃ ガイガー!!」
「 ワレのお友達やろが、そいつとでもじゃれついとれや!グァララララララ!!」
「うるさい、この腐れバカ虎! 笑い方と顔がキモイにゃらー! すでに、脳みそが喰われてるにゃらかー!!」
「やかましいわいボケ!!」
「あんたら真面目にやれよ!」
緊迫感が有るのか無いのか、このやり取り。猫型 童顔人面、黒髪ネコ耳 女性獣人。A級ランク「ネイリー」。装備は二刀の鎌刀。
2m越えのビーストマッチョな虎型 虎面獣人。A級ランク「ガイガー」。
武装は上半身黄金色甲冑に、大爪付きの籠手。
最前線で手持ちの逆三角盾で叩き押し返し。合間に短直剣を必死に振るう、盾役兼アタッカーは、ふざけ気味のこの二人には堪ったもんじゃないと、ツッコミを入れる。
昨日夕刻からの‶裏世界化〟が翌日の早朝には収まり、避難場所としていた教会聖堂を出ての行動開始。昨晩の話し合いにより、効率良く班分けが成され、現在この班は、周辺脅威の排除をしつつの拠点探しの道中。
教会を拠点にとの案も出たが、利便性の問題もあるが、何より嘗ての避難者たちの白骨死体が至る所に転がり、スケルトン化の心配は無いが落ち着けないとの事。
『聖女クラリス』がいれば、教会関連で無くとも聖域化は可能と言う事で、とりあえずのいい感じの物件探しであーる。
「なんて汚らわしき醜い汚物たちでしょう!それとこの酷い悪臭。全く鼻が曲がりますわね。こんな不浄なものは、臭いの元から焼き尽くすのが何よりですわ!
──レベル2【獄焔燼滅】」
と、人種【賢者】。金髪縦巻きロール。S級ランク『滅殺の麗公女ミシェル」。装飾鮮やかな大杖を振るい一掃。加減はしたもの、コールタール状型は脂ぎっている所為か、周囲を程良く巻き込んで盛大に燃え上がっている。
このチームの編成は、賢者ミシェルをリーダーとしたネイリー、ガイガーと盾役、ドワーフ、治癒士、シーカーの7名。
因みに『シーカー』とは、敏捷にて隠密に長けた斥候職。偵察、情報収集、罠探知及び解除、暗殺術を得意とする、ダンジョン探索には欠かせない職業。それと、国や貴族に雇われ、密偵や暗殺者に転ずる者も少なくない。
尚、昨日ヴィヨンヌに訪れ、まずの情報収集チームがこのシーカー職であった。
「ふぅ……一先ず、この辺りの汚物処理は完了ですわね」
「これで、臭いも空気も気分爽快リフレッシュにゃらー!」
「よう、燃えとるでホンマ……まぁ、こっちはええが、他の状況はどないやろな?」
その頃、別パーティ。ミゼーアとその親衛隊&メルヴィ6名。
「無駄 無駄 無駄 無駄 無駄 無駄 無駄 無駄 無駄!! ブルワハハハハハハハ !!
この木っ端 塵芥の腐れ獣ども!! 数に頼った何たる不甲斐無き在り様であるな阿狼!」
「応、 吽狼!『 亡獣』『屍獣』と云ったか? どれもこれもウスノロ揃いで歯応えが皆無!これに比べれば‶角兎〟の方が遥かに手強く、迅速であるな!!グルワハハハハハハハ!!」
と、神狼女王ミゼーア親衛隊。2mを超える屈強、白毛蒼毛混合の狼獣人。大矛を縦横無尽にぶん回す「阿狼」と、大曲刀にて無双乱舞の「吽狼」。共に氷属性。
群がる亡獣、屍獣たちを高笑いしながら、次々と氷結させ粉々に粉砕していく。
『前方は彼らに任せ、小弟らは左右の群を薙ぎ払うでござるぞ、灯影!!』
『承知でござるよ月影!!』
阿狼、吽狼に続くは、黒毛の大狼【冥狼】の二体。彼らもミゼーア親衛隊であり、朔夜を筆頭とした忍狼【月華衆】の血筋でもある姉妹兄弟の末弟双子。
『『──冥遁 隠破邏』』
ドシュドシュドシュドシュドシュ!!と、ガルム双子の影から次々と垂直発射する黒いドリル状のもの。一定上空に達したところで方向を変え、左右から攻め入る亡獣、屍獣の群に向かって超速飛翔。狙った標的に終末誘導追尾。
まるで、軍艦艇の艦載兵装『VLS垂直発射装置』から放たれた『艦対空ミサイル シースパロー』。
ドオン!!ドオン!!ドオン!!と、突き刺さり体内にて爆破。それが周囲を巻き込み連なり、燃えた肉片が粉々に飛び散り炎上していく。
そうして戦術兵器の如し親衛隊により、前方は氷結。左右は焦熱地獄と化し、アンデッド獣たちは一掃された。
「……さすがは、ミゼーア様の親衛隊。古き神狼王と霜の巨人の血を受け継ぐ【天氷狼】と、冥界御庭番衆の血筋一派の【冥狼】。全くフォローの必要は無さげですね……」
そう呟くは、孔雀緑色セミロングヘア―、翡翠色の瞳の森人。冒険者ランクはS級『颶風の緑鬼』の二つ名。
「ふむ、メルヴィよ。この程度の粗末相手に、こやつらだけで十分ぞ。昨夜の執行者の様な化け物ではない限りは、遅れは取らんであろう」
そして、白金ロングヘアーに白雪のような色艶の犬耳。瞳は金色。神々しき超絶美麗 獣人。その正体は神狼女王ミゼーア。
「グルワハハハハハハハハハ!!」
「ブルワハハハハハハハハハ!!」
フェンリルと鉄の森の女巨人とのハーフ『スコル』。古ノルド語でその名は「嘲る者」「高笑い」を意味する。その性分もがっつり受け継いでいる様だ。
同時刻、ヴィヨンヌの南西部 壁外森林部。食料調達班パーティ。
「ドルゥアッハハハハハ!!」
と、こちらサイドでも何やら響き渡る高笑い。
調達班のメンツは、冒険者総リーダーSS級『紅蓮の獅子 レオバルト』を主軸としたチーム。前衛に、SS級竜人『狂嵐竜リョウガ 』。王子でもあるS級『千輝リュミエル』。昨晩の戦いで殆ど失い、今や唯一人のメイン大盾役。
中衛、後衛にはエルフ2 ドワーフ1 シーカー2 ソーサラー2 ヒーラー2の計13名。
この森林エリアは古代獣種や、原始竜(恐竜)の生息地。
「結構な大収穫だな……リュミエル」
「そうですね、レオバルト。ボア種を一体仕留めたら、次から次へとどんだけですか……はぁったく、いい加減疲れましたよ……」
「ドルゥアッハハハハハ!!えいえい!ようけ、げにまっこと大漁ぜよ!」
周囲には仕留めた獲物が、大量に散乱。しかも大物揃い。連戦に次ぐ連戦でうんざりの一行を、ヒーラー二人がせっせと回復する中、タフネス竜人のリョウガだけは、高笑いで今だに意気軒昂の様子。
その収穫内容は、でかい猪系から、肉食と思われる牙が生え揃った5m越えの大型ウシ科にシカ科。
アロサウルス、アクロカントサウルス、ダスプレトサウルスなどの大型肉食恐竜。
装甲車の様なアンキロサウルス、ヘルメットの様な頭頂部のパキケファロサウルスなどのいかつい草食種。ラプトル系の小型肉食類も数十単位。と、大盛り沢山。
とりあえずは、各自の亜空間収納に片っ端しからぶち込む。この亜空間収納には、個人差で容量制限がある。
住所不定、根無し草の冒険者などは、装備類の他に財産、各生活品等も収納しているが故に空きスペースが限られてくる。
そんな訳で、獲物を数体収納したところで最大量に達する中、特大型収納持ちのドワーフが大活躍。残り全てを収納し終えた。
「まだまだ入るとですばい!……そげん事より‶イルザ〟の装備、そろそろ修理ばせんとイカンめぇもん」
「ん?ああ、確かにかなり傷だらけになっちまったな……」
戦闘よりも生粋の鍛冶職人ドワーフの目に留まったのは、盾役「イルザ」の大分痛んだ【ハイミスリル】製全身甲冑装備と湾曲長方形盾。
女性ながらも巨人種の血を引く、2m超えの大アマゾネスマッチョ。メインタンク職で唯一生き残ったのは、その巨人の血筋によるものであろう。
「イルザは昨日の戦いで最前線にて奮闘し、あの魔兎、執行者の攻撃にも耐え忍んだからな。もうその装備の限界も近いかもしれんな」
「イルザさんが居なければ、被害が更に出ていた事でしょうね……」
「いや、まぁアタシも紙一重の状況だったよ。結局、奴を追っ払ったのはレオバルトだったしな」
「おい、そろそろ動いた方がいいぞ。またあっちこちから、わらわら来やがる」
シーカーの索敵感知により、新たな反応。これ以上の収穫はしばし不必要な事もあるが、再び延々と続く戦闘はもう勘弁。
「よし、新居の確保状況も気になろうし、街へ戻るとするか!」
「「「了解!」」」
「いい物件は見つかったんですかね? ゆっくり休められればいいですけど」
「予想通り。拠点として選ぶなら、やはりここがベストだろう」
と、満面の笑みでそう語るは、アメリカ陸軍特殊作戦コマンド傘下、第75レンジャー連隊所属「アキオ・イナバ中尉」。
「なるほど。中尉の言った通り、利便性も含めて防衛拠点としても十分。時代も世界も違えど、軍事的発想は地球とそう変わらないと云う事か」
そう答えるは、アメリカ海兵隊、准士官では最高位の5等上級准尉「ジョブス」。
「かー、そういう事か、確かに! さすが士官学校卒のガチ士官。俺みたいに、かゆうま伍長から戦死して、特進で永久二等軍曹止まりの異世界転生者とは、ポンポンスポポンと云う訳さ!」
「どういう訳だよ、黒兎!なんだよ、かゆうま伍長って!」
と、ジョブスからツッコミが入るは、アフリカ ベネズエラ系黒人。
元アメリカ海兵隊。イラクにて戦死し異世界転生。ドレッドヘアにうさ耳。
兎人族の獣人「テッド・オルセン」。
それに続き、感嘆の言葉を連ねるはドワーフリーダーA 級「ドーレス」。
「都市外壁南門にも程近く。程良かろう防壁に囲われ、敷地も広かたい。大人数の住居施設も兼ね添え、おまけに武装整備の鍛冶工房も完備。素晴らしかばい!」
「更に、祈り用の簡易礼拝設備まで置かれておりますので、裏世界化しても執行者の侵入を防げ完璧ですね!」
と、十代半ばの清楚系美少女 艶のあるピンク色のロングヘア―を靡かせ、純白の神官衣。上位治癒師S級『聖女 クラリス』。
こちらのメンツは、米軍戦隊イナバレンジャー4名、海兵ジョブス隊2名。
テッド、ドーレス、クラリス、ソーサラーの計10名。
レイドパーティ総勢36名の拠点として、地図情報を基に防衛、生活環境共に最適であると選んだ物件は。
「衛兵隊駐屯所だろ」
ここヴィヨンヌは、イリューヌ城を中心とした半径約5km。蜘蛛の巣型の城郭大都市。中央部が最も栄えた地区であり、中心都市部から離れるほど過疎化し、外壁付近は、農地や草原などの見晴らしのいい辺境地となっている。
この都市形成の立地状況は、有事の際に住民への被害を極最小限に抑える為のインフラ。それを踏まえて、国家防衛の拠点基地を設置するなら、最端領界線沿い。
ここでの領界線は外壁に当たり、東西南北に各防衛拠点砦である衛兵駐屯施設が築かれていた。
「廃墟化し大分年期が入っているが、掃除すれば全て有効活用できるだろう」
「魔術関連によるものだと思えるが、まさか水道や風呂にサウナまで完備しているとはな……ヘッドも水洗だし……」
「そげんば、簡易的な魔導工芸品やけんね。現在のヒュペルボリアでも一般的ばい」
「それに、今は雑草が生い茂っているけど訓練所も備えられ、至れり尽くせりだね」
「礼拝堂の方は綺麗で祈りも捧げましたし、聖域具合も上々。防壁周辺にも術式を施せば安心できる環境かと思われます!」
粗方、ざっと見回ったが実にブラボー。利便性、安全性も十分。水道、風呂、サウナ完備で広い庭付き。何より‶THE無料〟 これ以上に無い理想物件であーる。
「では、ここに決めていいよな?」
「「「イエッサー!!」」」
「はい、ここがいいです!」
「決まりたい。早速、レオバルトたちに伝えるけんね」
この魔界都市にて、どうにかこうにか、まずの活動拠点を確保。そこから、どう行動するかは後の話として、兎にも角にも休める場所を得られたのは実にあり難い。