第131話 実に平和だ
そこは、悪魔や奇々怪々な生物が徘徊する地下迷宮。常人であれば武装していようが関係ない。生存はおろか、精神を保つ事すらままならない悪夢の現実。許されるのはただ祈る事のみ。
そんな精神的に不衛生な悍ましき暗黒道を、悠々平然どころか長閑な田舎道を、のんびり散策でもしてるかの様な人外超越者たちの一団。
悪魔や危険キモ生物と遭遇しようとも、まるで小動物との戯れか昆虫採集。
「ワシらの夏休み」かの様な気分でエンジョイまったりプレイ。実に平和だ。
「で、地上まで後どれぐらいなんだ、サウル?」
そのエンジョイも長続きはせず、さすがに飽きた。兎に角、風景が変わらん。
遭遇する脅威も脅威たるに至らず。一部でタイムアタックや縛りプレイで盛り上がっている様子。二度目で言うが実に平和だ。
ウルフ旅団改め『幻浪旅団』団長トールは、帝国小鬼王子、リーダー兼、道案内コーディネーター役「サウル」に気怠そうにそう尋ねる。
「ああ、最短ルートのギュスターヴの狩場は避け、ドゥルナスが立て直して、新たな勢力を引き連れて来るやも知れぬ故に、そちらのルートも回避。かなり遠回りになるが最も安全性が高い。一旦どこかで野営が必要だが、それでも明日には地上に抜けれるだろう」
そのドゥルナスは、先を急く余りに、厄災存在に取っても厄災道を愚かにも進み、例の顛末に至ったのだ。
「そうか。まぁ、道中逸れた仲間と合流できれば幸いか……」
問題は、避けたルートに仲間がいた場合だ。単独ならば敢えて茨の道を進む事も厭わなかったが、現在新たに率いる大勢の仲間が増え、部隊指揮者として不確かな理由で、無駄に犠牲が出るような危機的状況は極力避けるべきであろう。
「つうか、昨日の道中でリディが話したギュスターヴってのが、まさか実際にご近所でうろつき回っていたとはな。年寄りの深夜徘徊にしても大剣ぶん回して、元気過ぎだよ。イノキイズムにも程があんだろ」
「私も驚きね。それも重度の認知障害。燃える闘魂精神のみで彷徨っていたとはね……。昨日あなたが大除霊した呪われた空間。あの小間切れの肉塊と髑髏の山も含めて、全てギュスターヴが齎したものじゃないかしら?」
「マッチポンプかよ……。残り火は消しきれず、後始末はこっちで処理したけどな。まぁ、これで虫食いだらけだった各情報を得られたわけだ。なるほど、そう云う事か……」
サウルの情報によると、その上の地上には「ヴィヨンヌ」と呼ばれる屍人、亡者がうろつく城郭廃都市が存在していると云う。
「つまり、アヴェロワーニュの消失した首都『救世都市ヴィヨンヌ』は、ここ煉獄に転移させられ、救世では無く『破滅都市』へとなり果てていたと云う事ね……」
リディが語った古き文献逸話。サウルからの現在情報。大浄化の際に感じ取った断片的な強い感情の類。それらの情報を踏まえ纏めると、謎であった事の顛末の回答が次々と導き出された。
昨日の道中、地下水路ステージ、負の想念が渦巻く忌み地の魔空間。そこで誕生した怪物を生み出した原因も討伐したのも、亡者化したギュスターヴであったのだ。
「あの場所は、ギュスターヴ統治以前から地下処刑場だったんだろう。その怨念も入り混じっていたからな」
「ええ、それは理解していたわ。おそらく、罪人を魔物に捕食させるなどの悍ましき極刑用のね。中には、冤罪ながらも問答無用で実刑を執行された者も少なからずいたはず……」
「その怨念が過去の恨みを晴らそうと、ぶっ壊れた王から民たちをあの地下処刑場へと避難誘導。結果は逃げられずに大処刑。それで、更なる負の想念が積み重なり、あのような魔空間の出来上がりって寸法だろう」
「……もしや、私たちもその想念たちに、まんまと導かれていたのでは…?」
「ハハ、だろうな! まぁ、俺が感じたのは、大半は苦痛からの‶救済〟だったけどな」
「導かれたのはあなた個人の様ね……。放置せずにあの大除霊に至ったのは、そう云う想いを汲み取った故の事だったのね……」
「まぁ、そんな感じだ。それと、あの瀑布帯となった大縦穴は、時空干渉するほどの高出力エネルギーによるもの。神の裁きなのか、煉獄送りとなった際の痕跡だろう」
「なるほど、あの大縦穴はそう云う事か。あの上には‶イルーニュ城〟が今も健在し、縦穴はその南方傍であったぞ。地下の例の怪物は、素材栽培地に通じる通路の自然門番的な存在。故にドゥルナスも放置していたが、まさかギュスターヴに討伐されていたとはな……」
「その門番に門前払いされずに済んだのは幸いだったがな。そのおかげで大狼たちの救出と昨日の戦い。そしてサウル、ゲバル、ゾイゼを始めとする種族は違えど、お前たち新たな戦友たちの解放に至ったわけだ」
「そうであったか……。その点はギュスターヴに感謝すべきと言う事か」
「何んぼうか分からん所で、まさか超厄災に助けられとったとはなぁ」
「嘗テハ、英雄勇者ト称サレタ存在。亡者ト化シテイヨウト、ソノ名残リハ刻マレタママカ……」
『いずれにしろ、かの魔人と化け物共々、相対せずに某らが救われたのは、奇跡ともとれる幸運が重なったからでござるな』
『それも、それ相当の力を無くしては、成し得ぬでござりまするよ兄上』
『弥宵の言う通りであろう。団長を始め、リディ殿、カレン様とトア様であったからこそ。その超越たる力で掴み取った揺るぎ無き必然』
『アタシとトアもおとたまに助けてもらったから、おとたま在っての事なのー』
『うん、おとたまがボクたちを見つけてくれたから、リディとも、そしてみんなとも出会えて、ここまで来れたんだよ』
「それは因果の流れ。光明とも云うべきか……。我々は、腐った汚濁の中から奇跡的にその清流に掬い上げられた様であるな」
トールと言う一筋の因果の流れは、滞っていた幾つもの因果と合わさり混じり、流れを与えた。それが更に連なり重なり増えて、ここまでの大きな流れに辿り着いたのだ。
だが、その流れは穏やかなせせらぎでは無く、激しく荒れ狂う濁流とも相まみえる兇波乱に満ちたもの。
「……そう言えば、ヴェルハディスの名を思い出したわ」
リディの遠い記憶。古い文献に記されていた忌まわしき存在。その兇波乱の源流の名が、この場で白波を立て流れ込んで来た。
「昨日、バカ道化が去り際に残した名か?」
「ええ……。其の存在は、ヒュペルボリア史最大の厄災戦『聖邪大戦』を引き起こした【大魔王】かも知れないわ」
『『「「!!!!」」』』
「それって、一昨日さらっと話していた死霊魔術師の中でも最もヤベー奴か…?
つまり、そいつがこのクソ祭りの主催者の正体か」
「確証は無いけどおそらくね。その力の根源は、邪神たる外なる神々。側近たちも、その所以で構成されていたと聞いてるわ。邪神化したあの道化以上のね……」
「よう分からんが、そがーなモンが、ドゥルナスの裏に隠れとったかぁのう」
『かの大魔王は、ギュスターヴと共に、ヒュペルボリアに伝わる、規格外中の規格外の存在でございますね……』
「異なる時代のその二つの超規格外が、この地に同時に存在と云う事でござるか」
「それは、悠揚ならざる差し迫る由々しき事態でござりまするね兄上……まさか、それらの共闘とかの可能性は如何に…?」
「ソノ可能性ハ無イダロウ。ギュスターヴニ、ソノ様ナ思考ハ皆無。対話スラ不可。接触スレバ、即斬ノ殺戮魔人」
「あがー、‶裏返り〟や‶執行者〟と同様に自然災害じゃけぇ、制御は完全に不可能じゃろう」
「あの修道院前で起きた【裏世界化現象】や【死喰らい】の事ね。まさか、あの様な存在が他にもいるとはね……」
「あーったく、クソやべーのが多すぎだろ……」
「その土地の事は地元民に聞け!」と、昨晩の宴会時にその辺の情報は粗方聞いていた。さすがは煉獄と言うべきか。脅威の懸念具材トッピングが、アブラ増し辛め、全マシマシ、大すり鉢どんぶりで次郎爆盛り状態。
「それでトールよ。そこで、我ら勢力拡大の為の提案があるんだが」
「ん? なんか妙案があるのかサウル?」
「ああ、まずは我らの故郷に案内しよう。そこにはまだ、我らインペリアルゴブリンを始めとする、亜人鬼族の同胞たちが多数健在している。そこで大きく勢力拡大が望めるであろう」
「は!?ドゥルナスの軍に攻め入られ、壊滅とかの話しじゃ無かったのか?」
「否。王はガリ夫に殺され、相当の犠牲はあったもの、隷属関係を締結と云う形で壊滅は免れたのだ。それで、逆心せぬよう人質として、第一王子の俺と我ら一部が直軍に取り入られ、他は地上属軍として服従せざるを得ない状況に陥ったのだ」
ここで、王子が帰還しドゥルナス軍壊滅の朗報と、隷属からの解放を知れば、状況は大きく様変わりするであろう事は確実。その鬼族の大勢力を、まるっと取り入れるとのサウルの算段。
「一部の魔獣たちも元々は我らの従魔であったものだが、昨日の戦いでほぼ全滅。
今は、ただ一体だけとなったがな……」
そう語りながら、背後の剣歯白虎ナーヴに目を配る。
通常4mサイズであったが、現在は通路移動に合わせ1.5mほどに変化縮小化。剣牙の長さも戦闘用とで調整可能。今は、一般のネコ科猛獣よりちょい長い程度。
ナーヴは元々は聖獣であり、帝国小鬼王の従魔。王が殺され、その実子であるサウルが新たな主として引き継いだのだが、ネコ科特有の生態からか、自由奔放で連れ添う事は余り無かったと云う。
だが、反乱計画の際には、他の魔獣たちとの橋渡し役として大いに貢献し、多くの協力関係を築き上げた立役者であったのだが──。
『何、うちをやらしい目で見とんねんサウル? きしょいねんボケ、お? バチクソ
しばいたろか?』
「「「………」」」
ナーヴとは、どうやら会話が可能。一応、雌の様だが何やらな雰囲気。
「……まぁ、こんな気難しい性格だが、根は素直でいい奴なのだ…」
「こがー、ぶちクソ、口が悪うけぇのう……」
「オ前ガ、ソレヲ言ウノカ……。ソレト、ナーヴニ迂闊ニ絡ムト殴ラレルカラ、気ヲ付ケタ方ガイイ」
『ごちゃごちゃうっさいねん、エロハゲども。うちの剣牙に抉られんだけでも、感謝しいやボケカス』
前主である王も含め、従魔にも関わらず余り連れ添わなかった理由は、正にこれだ。だがそこに──。
『ナーヴは原始竜たちや昆蟲種たちとは、そりが合わなく仲が悪かったフィが、ワイらたち幻獣種や魔獣種には面倒見が良く、リーダー役としても適格で頼もしい存在であったフィ』
『『『そうだフィィ!』』』
『『ガウゥ!!』』
と、飛び交いながら間に差し込んできたのは、これまで会話に加わらなかった幻獣種グリフォンの一体。嘴に十字傷のある雄の『エレ』。もう一体も雄で『セレ』。
ヒッポグリフは共に雌で『エメ』と『ネメ』。いずれも1m以下まで縮小変化。
見た目はあれれ~な子供。中身は7mを超える成獣。飛翔型名探偵(探知偵察)チームが「バーロー」と、迷宮入り。
それと、鎧甲熊2体は兄弟。言葉は発せないが言葉は通じ、ドラゴンの様な外殻が僅かに金色を帯びている兄の『キンジ』と銀色を帯びる弟の『ギンジ』。共に大狼たちと同サイズの3mほどまで縮小。
『なんやねん自分ら、余計なフォローはいらんて。このしょーもない腐れエロハゲどもが、うちに馴れ馴れしく触れたらきっしょい、アカンやろと、釘を刺しとったところやきに気にせんといてなぁ』
「ハハ、お前可愛いな……」
ここで、ムツゴロウイズムが沸々と沸き立つトール。
「なんや、団長もうちにもう惚れたんとちゃうん? きしょいねん。うち、特に人種に触られるのが生理的に無理なん。せやから止めといてなぁ。ホンマしばくでぇ。いくら団長やゆうても、うちの──ぐふぅ!!」
「はい~、よーーしゃしゃしゃしゃしゃー!!」
『アカーーーーーーーーーン!!』
と、ゴッドハンド炸裂で瞬殺。モフ撫で難攻不落のナーヴであったはずだが、速攻腹を見せ、完全降服からの幸福服従状態で見事に陥落。
………。
『……なんやねんアホが。団長やから今回は特別やで。またどないしても、うちに触れたいゆうなら、しゃーないから考えてもええで。ホンマ特別やから誤解せんといてなぁハゲ。とりあえず、ここに幹部らが集まってもしゃーないし、うちは後列の方でも見回っとくわなボケ』
『『「「………………」」』』
何やら吐き捨てながら、足元フラフラで行軍後方へと向かうナーヴ。
その一連の光景に「従魔」とは何ぞや?と、混迷の亜人種たちと「モフモフ種ではこの男には太刀打ちできぬ」と、改めて思い知らされたその場の旧旅団の面々は、いずれも呆然と立ち尽くしていた。
それと、知らぬ間に聖獣 剣歯白虎ナーヴの従魔契約が勝手にトールに移行されていた事は、当然露知らずであったそうな。
『おとたま、やっぱりバチクソヤバいのー』
『おとたまなら、その‶ウェルカムハピネス〟にも対抗できると思うよ」
「ヴェルハディスだよ! んな、ご機嫌な名じゃねーだろ!」
「ん? この先にまた何かいるけど、よく分からない珍妙生物の様ね。20体以上はいるかしら?」
『おお!それは朗報!次は、私たち忍狼の順番でございますね! では黒鉄、弥宵、尋常に参ろうぞ!』
「朗報なのかよ それ……まぁ程々にな」
『『『御意!!』』』
てな、感じの迷宮行脚の旅路であったそうな。
実に平和だ。