第114話 レッド オブ レッド作戦
「ここからは完全殲滅戦に移行。ミッション最終フェイズ 作戦名──
【オペレーション 敵には敵を】を実行する!」
駒は十分に揃った。圧倒的であった敵との戦力差は微々たるもの。その駒は使役したと言っても本来ならば敵。このまま飼い馴らすつもりはさらさら無い、何より──可愛くない!
ならば、敵同士は仲良く和気藹々と潰し合ってもらおう。と、云う所以の作戦名だ。
「全部隊【密集陣形】にて進軍開始! 一切の容赦はもう必要は無い!!全て排除!!」
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【密集陣形】とは、槍を持つ重装歩兵を密集させた地球古来の方陣(□)形である。
古くは紀元前2500年に南メソポタピアではすでに確認されており、複合弓が発明されるまで集団一丸となった攻撃は、シンプルながらも古代会戦に於いては非常に威力を発揮した。
だが、この【密集陣形】は、地球の歴史のものとは各兵の見た目も含めて、全くの別物。攻撃手段が奇々怪々様々な上に攻守の魔術もあり、更に航空兵力まで備えている。まぁ、それは敵も同様であるが。
『『『『「……………」』』』』
「……随分とゆかいな仲間たちが増えたけど、まぁ、余計な事は考えず、素直にこの状況を受け入れるしかないわね。考えるな 感じろって事よ」
『……そうでございますね。もうすでに敵との戦力差は皆無と同義。寧ろ、喜ぶべきところ』
リディと朔夜はしみじみとそう語り、他の大狼たちも無言で相づち、何度も頷く。今は、これから始まる最終決戦に向けて集中するべき時だ。
そして、決戦の舞台が整ったところでドゥルナス軍、第一軍、現在3万2千。その構成は第一陣1万4千、二陣1万、遊兵陣3千、本陣5千。
その本陣中央、旗本総本営、巨象型キメラ背状ガゼボ内にて呑気に読書中の大将ガリ夫の許へ。
「ガリ夫様、何やら妙な通信報告が入りましたが……」
訝し気にそう告げたのは、ガリ夫の傍で控えていた通信担当のホムンクルス。
頭頂部がパラボラアンテナ状になっており、某カップやきそばの容器を乗せたかのようにも見える。
「む? 妙な? 雑種どもの屠殺が済んだ報告では無いのですか? ‶ヤキソベン〟」
「いえ、その報告はまだなされず……それとは、別の問題が生じたようです」
「別の問題?──ふむ、興味ありませんね。雑種犬どもの始末とエルフ捕縛以外の報告は要らないと言ったはず、私は忙しいのですよ。『人のおしゃれを邪魔する奴は おしゃれ泥棒だ!』と言う言葉を知らないのですか?」
「……えーまぁ……知らないっす……」
「……ふん、まぁいいでしょう。その妙な報告とやらを聞きましょうか」
どうやら、読書中の何やらな漫画内での言葉のようだ。そんな事より、ヤキソベンの何やらな様子にやれやれと聞く耳を傾けるガリ夫。
「はい、それが……突如第三軍が第二軍に攻め入り、二軍大将チンチン様が討ち死にされたとの事です!」
「何?」
それは全くの想定外、予測不可能の状況。これまで冷静沈着、余裕綽々のガリ夫も流石に驚愕の反応を示した。
「それはどう言う事でしょうか? 何故に三軍が? その状況の詳細は分かっているのですか?」
「いえ、……それが、第三軍大将ヒゲ太様が反乱を起こしたとの報告でしたが、その後通信が途絶え、三軍共々全ての指揮系統との連絡が執れぬ状況です……」
「反乱だと? まさか……ヒゲ太首謀によるクーデター…? そんな反逆行為は絶対にあり得ぬはず……」
ドゥルナスの支配下に於いて、服従忠誠は絶対的。ホムンクルスとして製造時に刻まれた揺るぎなき本能。だからこそ各キメラたちの統制、頭脳として万単位で与え配属させていたのだ。
彼らホムンクルスにとって、ドゥルナスは生みの親であり信仰すべき絶対神と同義。本能に背き、その神への冒涜どころか真っ向からの宣戦布告。
しかも軍そのものとなると、ヒゲ太配下ホムンクルス全てと言った話になってくる。
そのような自殺と等しい破滅的な思考に一個軍規模で至るとは、絶対的にあり得ない。それは不変、不可逆的と思われたシステムを根本から否定し、組織自体の崩壊を意味するもの。
ガリ夫の中では、すでにトールら旅団の事など綺麗さっぱり忘却の彼方へと追いやり、疑念と困惑する最中にて事は更に混沌の渦を巻き始めた。
ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!
突然、ガリ夫がいる本営から遥か前方、第一陣側から盛大な爆轟音。
「む? これは何事ですか!?」
「な!? ──ガリ夫様、一陣からの急報!!反乱軍が第二軍と併合し我々第一軍に攻め込んできました!!」
「何ですと?……理解に苦しみますが致し方が無い。即刻迎え討ち、反逆首謀を企てたヒゲ太諸共、その配下、反乱分子の下郎ども全てを駆逐しなさい 」
「はっ!!──ドゥルナス軍、総本営から全部隊に達す!! 敵勢は第三軍及び二軍連合反乱軍!! 敵首領は反逆者ナマ・ヒゲ太!! 戦闘態勢レベルは殲滅!!尚、これは訓練では無い!! 第一陣二陣総力にて迎え討て!! 」
⦅⦅⦅⦅⦅⦅BURRURUGURARAAAAAAAAAAA!!⦆⦆⦆⦆⦆⦆
ドオオオン!!ドオオオン!!ドオオオン!!ドオオオン!!ドオオオン!!
ヤキソベンからの完全抹殺 号令。各複数眼から狂気の赤光を灯し呼応する第一軍のキメラたち。
続き、響き渡る壮大な楽劇を思わせる、爆炎管弦楽団により打ち鳴らされたバスドラム。
それは、反乱軍に偽装したウルフ軍(仮)改、トールが使役した砲兵キメラたちの魔術による紅蓮砲弾の咆哮。
同時に第一陣の各所に上がる紅蓮劫火の火柱。爆散するキメラたちの断末魔、怒号不協和音の咆哮叫びの大輪唱。
ビィィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!
そこに、航空兵力のギョロ目部隊から魔眼光線 対地放射攻撃。第一軍、二陣には飛翔型キメラ、ギョロ目型の他にも幾種もの航空兵力を備えており、これらとも空対空、空対地戦に分かれ、多数幾所で激しい空戦を展開。
ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!
地上部隊でも前線同士が轟音を上げ激烈にぶつかる。後列から次々と押し込まれ、波飛沫のように前線上に添って、上空へ大漁ワッショイ打ち上げられるキメラたち。
この血肉色の陽光に塗られた決戦世界。悍ましき異形生体同士の饗宴 晩餐会は壮烈さを極める。
多種多様の斬り合い、貫き合い、潰し合い、喰らい合い、と血肉飛び交う凄惨 圧巻の地獄ならぬ煉獄絵図が描かれていった。
『『『『『……………』』』』』
『こ、これは、何たる面妖ながらも壮絶極まる戦いでござるか……』
『敵は完全に我らの事を忘れ、身内の謀反と思い込み逆賊討伐に傾注の様子でござりまするね』
「 敵には敵を【 レッド オブ レッド作戦】。この状況……全て団長の計算通りのようね。指揮系統と同時に通信網を遮断し、情報を敵に与えない事もプランの内と言うことかしら……」
トールがイーグルアイ管制で捕捉し優先的に仕留めていたのは、通信系統のホムンクルス。これにより、キメラたちを使役した情報を敵本営に一切通達がなされず、誤認識に至った模様。
『……このような戦術は聞いたことがございませんね。まさか、敵もキメラたちが全て使役されてるとは、思いも寄らない意想外の事でございましょう……』
「しかも、こんな異形たちに陣形を用いた陸空【ALB戦術】までも展開させるとはね……」
「ハハハ、全くだよな! 普通なら訓練が必要だが、こいつら即興でやりやがる。
生体ドローンならではってところか。うわっエっグぅ!」
「 何を他人事みたいに……その指揮棒を振っている指揮者はあなたでしょ」
この陸空の統合戦術は【AirLand Battle(ALB)】と呼ばれる、アメリカ陸軍で草案された戦闘教義である。
過去に圧倒的優位であった旧ソ連の地上軍への対抗で発案されたものであり、現在ではこの戦術を踏襲した包括的なコンセプトの【全次元作戦】が主となっている。
だが、今ここで行わているのは人では無い別物の異形戦闘。地球の古代陣形に近代の包括的な戦術を織り交ぜ、更に魔術による起こる事象、概念が加わった総括的な戦術。名付けるなら【異次元作戦】と言ったところだろう。
「ここに曲を付けるならやっぱワーグナーか。 お前の異名と同名のあの曲は正に打ってつけそのものだろ!」
「……リヒャルト・ワーグナーの壮大な楽劇曲『ニーベルングの指環』4部作の2曲目──【ワルキューレの騎行】ね。まぁ、確かに騎乗もしているし……」
「ハハ、正にだろ? 序夜【ラインの黄金】が幕を閉じ、第一日【ワルキューレの騎行】の幕開けってところだな」
「正にの例え話をするなら【ラインの黄金】の最終第四場では『ドンナー』こと
‶雷神トール〟がハンマーを振るい雷を起こし『ヴァルハラ城への神々の入城』と言ったシーンが表現されていたわね。正にあなたの異名を具現化し、この状況を比喩した感じじゃないかしら?」
「……あー、まぁそうなるのか、これ…」
確かにこの状況は、トールが【気焔衝天】と言う名のハンマーにて、雷撃とも言える大狼たちを奮い起こし、ヴァルハラ城たるこの決戦場に入城にして入場したと例えられるだろう。
ドオオオン!!ドオオオン!!ドオオオン!!ドオオオン!!ドオオオン!!
『敵も魔術砲撃を撃ってきたでござる。自軍キメラらにも多数被害が出ているでようでござるな』
『空からも攻め入って来たでござりまするよ!敵の上空勢力には、異形ワイバーン型や羽の生えた魚類型のキメラもいるようでありまする!』
「あー、 俺らをロックオンしたか。 防衛隊 防御壁展開!!」
ドオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!
航空部隊同士との空戦を抜けてきた一部の飛翔型が、旅団がいる本陣側へ一斉にブレス砲を放ってきたが、イーグルアイ管制にて瞬時に捕捉し防御。
展開された防御壁表面にて大爆発。視界が紅色に染まる。
「地対空高射砲、機関砲部隊は敵航空部隊を迎撃、及び弾幕を形成!オモテナシのお返しだ!地対地砲撃部隊は、敵本陣営に向け長距離榴弾、迫撃魔術砲 撃てぇ!!」
ドオオオン!!ドオオオン!!ドオオオン!!ドオオオン!!ドオオオン!!
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド!!
背や肩に砲塔形状のものを備えたタイプに、片腕が機関砲型。更にトールら旅団が騎乗していた、櫓付き八足象型キメラの二本鼻が直線状に伸び、各標的に向け上空と敵陣へと魔術砲撃の斉射、連射嵐の雷鳴が轟く。
砲撃の豪雨は異形飛行部隊を次々と撃ち落とし、第一軍 本営まで届き攻め入るが、張り巡らされた魔術防御壁に阻まれる。その壁面にはデジタルアートのように赫灼たる灼熱の紅蓮華が咲き乱れていく。
半天の空に百花繚乱、業火万彩 焔の花弁。
紅蓮を纏い、舞い落ち散り逝く異鳥花の衝羽根。
篠突く墨色血肉の驟雨は無常迅速、乾き飢えた流転の地を黒く染める。
その煉獄戦場の詩は、惨烈を極め凄愴、華やかながらも儚げに綴られた。
更に幾つもの竜巻が発生、青、黄、黒、紫の色彩鮮やかな轟雷が降り注ぐ。地面からは岩槍が連なり突き出し、火焔溶岩が飛び交う煉獄の大嵐は、濁流の渦を巻き苛烈さを増していった。
『……これは、ミゼーア様からの話に聞く勇者と魔王の大戦の如き戦場でございますな』
「絵面的には、魔王軍同士の戦いにも見えるけど……」
「オーケイ、こんなもんでいいだろ──。おーし、ウルフ旅団部隊は、各櫓キメラを下乗し、方陣にて隠密。次なる号令までアラート待機!」
『『『『『ワオン!!』』』』』
全ての具材がでかい寸胴鍋にぶち込まれ、後はじっくりコトコト出来上がりのタイミングを待つべく、戦況の行方を見計らうトールと追従する旅団たち。に見えたが。
「……ねぇ、トール。あなた大丈夫? 顔色が悪いわね。それに足元もふらつ──」
「あー、気にすんな リディ。……ちと、気張り過ぎただけだよ」
「………」
顔汗が滴り、足元が覚束なくなっているトールの様子に、リディは小声で心配するも途中でそう遮られる。それ以上の問いかけは、仲間たちの士気に関わるので暗黙に徹する。
「つうか、敵のラスボスは何処で何やってんだよ?」
その頃、魔王ドゥルナスは──。
「フヘホヒヒ、エルフの嫁っこさ来っぺがら、やっぱ、お洒落しとがねーどな。これどが、どうだべ?」
時代設定が無茶苦茶、カラフルで奇妙奇天烈な自室にて、クローゼットに多数並ぶ衣服を物色し選んでいるところであった。だが、いずれも道化の衣装。
そこへウィィィンと、ドアだけはSF型の自動ドアが開き、世話係のホムンクルスが現れた。額が異様に突出している。
「ドゥルナス様、ガリ夫様より緊急報告です」
「なんだべ、ノックもしねーで邪魔すんなや‶デコ助〟『人のおしゃれを邪魔する奴はおしゃれ泥棒だ!』って、こどば知ゃーねーのが!?」
「いえ……、それとノックする前に自動で開きますので、ドアロックを推奨します。と何度も……」
「うるせー!!くづごだえすんなっつの!!──って、ガリ夫がら報告? エルフさ捕まえだってが!? ぅあ?」
「いえ、それが第三軍ヒゲ太様が反乱を起こし、二軍大将チンチン様は討ち死に。
現在二軍三軍連合と第一軍とで大交戦中との事です」
「は!? 何やそいづは!? オラさ造ったやづだぞ!!んなごど、ありえねーっつの!!」
「ええ、それはガリ夫様も同様の事をおっしゃっておりました。何かのシステムエラーではとの推測をなされ、明確な原因は不明との事です」
「……ん~~、さっぱ分がんねなぁ。しゃーねーな、オラさも直接行ってみんべがぁ。ヴェルハディス様が用意してけだ 決戦場‶トラファルガー〟へ──」
ついに戦場舞台へと動き出す大トリ魔王。
果たして、どのような重唱を披露してくれるのか乞うご期待としよう。
しかし、そのキャラと舞台衣装からでは、喜劇オペラ演者にしか見えないが……。
余談ですが、ドイツの音楽家で知られる「リヒャルト・ワーグナー」は、知る人ぞ知るオペラの創始者でもあり、別名「楽劇王」とも称されています。
彼が北欧神話を題材に作曲し、4日間に分けられ上演される総時間‶15時間〟もの長大作品曲『ニーベルングの指環』その4部作の2曲目【ワルキューレの騎行】は、戦争映画のBGMにも起用されていることでも有名です。
その四部作の内訳がフル演奏時間ですと。
序夜 「ラインの黄金」2時間40分
第一日「ワルキューレ」3時間50分
第二日「ジークフリート」4時間
第三日「神々の黄昏」4時間30分
と、まぁとんでもない超長大曲です(@_@;)