第113話 伏せ!
『標的沈黙 清澄』
大将首を討ち取り、大型キメラの背上の櫓にて、冷淡に任務完了を告げる朔夜。
威風堂々雄々しく立つその姿は、神々しくも美しい。そこから周囲を見回した後、再び自らの影の中へと沈みゆく。
大軍指揮統制の要を失ったことにより、キメラたちの動きに大きな変化が現れ、前線の攻勢が標的を見失ったかのように右往左往する。
「すげーな、マジで瞬かよ……。オーケイ グッジョブだ朔夜!」
トールが朔夜の大きな武勲を感嘆し称える中、一部のホムンクルスが指揮系統の頭を引き継ぎ布陣を立て直そうとするも、死神の如く影から朔夜が現れ、凶爪刃にて切り刻まれていった。
「さすが忍狼の忍頭と言ったところかしら。大将首を取った後も残心。留まらずに即座に次の標的を見定めたようね」
『ムハハ、あれぐらい、姉上であれば息をするのと同義! それと、残心は某ら忍びの基本心得でござるから、抜かりは無いでござる!』
『大将と言っても、未熟。あの程度であれば、角兎の方がまだ手強いでござりまするね 兄上!』
「またその兎は、どんだけだよ!」
トールの推測通り、キメラたちは簡易命令プログラムにより、限られた行動を行うだけの生体ドローン兵器。
生物としての尊厳はおろか、独自で思考する事すらも無く、自由を許されるのは喰らい排泄するだけの極々単純な本能行動のみ。
大本の指揮命令魔力パスが途絶えたことにより、合成生体は操縦者のいないアイドリング状態の戦闘車両のようなものであった。
「よーし、全騎 【横陣( |→ ─ )】にて進軍停止! 標的はホムンクルスのみ、一斉射撃! 撃て!!」
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド!!!
「ガルム1は適当なところで切り上げ、本隊へと合流せよ! 全て仕留める必要は無い!」
『御意!』
固定連砲台に陣変形。手前陣でわーわー騒いでるホムンクルスのみを狙い、多少キメラも巻き込まれながら咆哮弾一斉斉射にて、屠っていった。
最前線から遠方、残存するホムンクルスらの指揮にて部隊を維持できている各小中大隊も、前方の大混乱にて動くに動けない状況。
爆撃機ならぬ、爆撃 潜影機と言ったところか、影に潜伏状態からの暗殺撃。粗方の上位指揮系統を破壊してきた朔夜騎も、影から浮上し旅団母艦へと逆着陸し合流。
「さぁ、これで作戦フェイズ1はクリアね。フェイズ2は、どうするのかしら、ウルフ1?」
当初手短のブリーフィングによるフェイズ1作戦プランでは、敵左翼部隊の指揮系統を破壊しキメラらを混乱させ、陣形及び軍部隊としての機能を消失させること。この際、味方への被害と魔力消費を可能な限り、最小限に抑えることも作戦内容に含まれている。
作戦部隊として、すでに完成された超精鋭揃いの陣営に恵まれ、これは最良の結果と言っていいだろう。しかし、この先の作戦プランはまだ語られず、不明の状態。
『ここまでは滞りなく作戦通りに事を成し得ましたが、この先は右翼陣側も然り、最終的にはあの……‶不逞の輩〟がいる総本陣隊にも同様の手段で向かわれますか?
団長』
粛然と冷静に語りながらも、ガリ夫とのやり取りが脳裏に過り、怒りが込み上がる朔夜。同時にその怒気を、強靭な意思の力で強引に抑制している様子が窺える。
その頃、この状況に不逞の輩、ガリ夫の現在の心境は如何に──。
ドゥルナス第一軍 本陣営後方、15m級異形アフリカ象型キメラの背上。
こちらは鳥籠装甲状ではなく、六角形、ロイヤリティな屋根付き西洋あずま屋が設置されている。
そのガゼボ内には、白磁の円形テーブルと椅子が置かれ、ガリ夫は歪な手の小指を立て、優雅に紅茶を啜りながら読書に耽っていた。
「ふむ、これは興味深いですね。『どすこい喫茶ジュテーム』とは如何なるものなのでしょうか……」
何処から入手したのか、何やらな日本の漫画に夢中で、戦況には全く興味無し!と言ったところだ。
「お前、鼻からキノコが二本生えてるぞ」
「ああ、縁起がいいだろ? これは何かいいことが起きそうな予感がするよ」
「いいな~俺は鼻が無いからなぁ~」
「あ、キメラのウンコ踏んでもた」
「くさっ!おま、やめろや! その足こっち向けんなコラ! 」
「ウハハハ、ウェ~~~イ!」
「バカ!マジでやめろや! あ!!コノヤロー!!ガチで付けやがった!ぶっ殺す!!」
「ヒーハー!! バーカバーカ!このウンコヤロー!」
「てめ、逃げんなコラ!ウンコヤローはてめーだろが!待ちやがれクソヤロー!!」
「暇だなぁ、ズクダンズンブングンゲームでもやるか。セット!!」
「やらねーよ」
周囲のホムンクルスらも戦場そっちのけで、あちらこちらで歓談に鼻を、いや花を咲かせたり、走り回ったり、暇を持て余したりとまったりムードの模様。
第三軍、大将及び通信担当ホムンクルスが討ち死にしたことにより、通達がなされず、大余裕綽々、お祭りイベント気分でこのようなゆるゆるな光景に至っているのだろう。
そんなナメ腐った絵面が、戦場の奥で描かれているとも知らずの旅団陣営。次なる作戦フェイズ2のプランと言うと。
「あー、とりあえず──こいつらをもらおーか」
『『『「は?」』』』
この男は、いったい何をほざいているのだろう?と、一同一致のシンクロニティ。
そんな仲間の反応などお構いなしで、トールは黒鉄から降り、肩にM27を乗せ、ゆっくりと歩き出した。
『だ、団長殿。どちらへ向かわれるでござるか!?』
慌てた黒鉄の問いにも、振り返らず無言で左手を軽く振るのみ。まるで散歩でもしているかのように、混乱している悍ましきキメラ前線の方へと一人向かっていくトール。そして立ち留まり、左手を前方に翳すと──。
「──伏せ!」
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!
その言葉と同時に聖痕が眩く輝き、光粒子の極大波動が発せられ、大波紋が左翼陣側一帯に広がる。
その波紋の波が通り抜け消失すると、先陣隊も含めキメラたちは即座一斉に地にうつ伏せて平伏する。
後方游兵軍の煉獄既存、凶悪生態系の魔獣や爬虫類種は、一部は同様にひれ伏せ、他は蜘蛛の子を散らしたかのようにギャーギャーと、一目散に逃げだした。
残存のホムンクルスらは、突然周囲のキメラが地に伏せ、何が起きたか分からず挙動不審者のように右往左往と慌てふためき、一部は震えあがり身動きが取れない状態。
『『『「………………」』』』
その壮観とも言える凄まじき光景に、旅団の面々は唖然、呆然、驚愕といずれも絶句する。
──特殊威圧MOD【獣神臥禮煌】
MOD効果〉一定範囲内の敵ユニットを極大威圧波により屈服、もしくは恐慌状態に陥らせる。尚、精神耐性値によって効果に差があり。
このMODにより、キメラたちの支配権プログラムが上書きされトールに移行する。決して某元レスラーのプロレス技では無い。
「こ、この、貴様ら何を!? や、やめGUAばBAあぁGARYUGIRIAAAA!!!」
敵勢と判断されたホムンクルスは、哀れ無残にも周囲の配下であったキメラに次々と貪り喰われていった。
『『『「………………」』』』
「あー、他二軍の先陣隊の残存と合わせ、えー…約1万3千ってところか。まずまずだな──はい、大量駒ゲット、あざーす」
唖然絶句リアクションがループする旅団の面々は放って置き、トールは脳内イーグルアイの管制情報から超速 並列演算処理にて、続く作戦フェイズプランの実行に移行する。
「あー、テステス、レディオチェックオーバー。全部隊聞こえるかー?」
リディの魔術により施された魔力改通信機にて、まずの通信状況の確認。全体チャンネルで使役配下となったキメラたちの応答を試みる。
⦅⦅⦅⦅⦅⦅⦅{{{{{BURUGURUAA!!!}}}}}⦆⦆⦆⦆⦆⦆⦆
と、一帯からは1万3千もの大気を震わす悍ましき大叫声。通信機からは言語化された明快な呼応が返ってきた。
尚、これはトールの言語にての通達だが、魔力通信にてキメラたちにはイメージ情報として伝わっている。
「オーケイ! ‶ウルフ軍(仮)〟全部隊に達す!! これより真正面敵右翼陣に向け攻め入る!!迅速座に陣形を整えよ!!」
⦅⦅⦅⦅⦅{{{{{GURUAAA!!!}}}}}⦆⦆⦆⦆⦆
「第一陣は【鋒矢陣(↑)】及びその後方左右に分かれ【偃月陣( ∧ ∧ )】を展開! 第二陣はその後方で三部隊に分かれ各【方陣(□)】にて中衛支援! 第三陣はそれに続き残存遊兵軍も含めて【方陣】!!」
⦅⦅⦅⦅⦅{{{{{BURUGURUAA!!!}}}}}⦆⦆⦆⦆⦆
キメラたちはシンプル知能な故に、機械的に即座に対応。トールのイメージが伝わり、群舞のように各部隊の陣形が迅速に整えられ整列。
「では、これより進撃を開始する!! 目標敵右翼軍 全部隊進軍開始!!」
⦅⦅⦅⦅⦅{{{{{|BURUAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!}}}}}⦆⦆⦆⦆⦆
『『『「………………」』』』
「何これ…?」
『某らは、いったい何を見ているのでござるか……』
『分からぬでござります……』
『おとたま、やっぱりクソエグイのー……』
『おとたま、クソかっけーー!!』
『まさか…これほどの数の敵を交戦中に支配し使役するなど……あり得ぬ…』
「あー、お前らぼーっとしてんじゃねーよ。あの象みてーなキメラに乗って俺らも征くぞー」
旅団の面々が困惑する中、トールの指揮により大狼部隊は、各異形アフリカ象型キメラに分散し乗り込み、ウルフ軍(仮)は右翼陣に向け進軍を始めた。
第一陣 【鋒矢の陣(↑)】は、強力な突破力に特化した反面、側面には脆い陣形である。その弱点を補う為に、後方左右に【偃月の陣( ∧ )】を展開。
第二陣は、その後方で支援攻撃、本陣防衛、どちらにでもフォロー可能な中衛部隊として展開。旅団たちがいる本陣でもある第三陣は、二陣と共に縦横整列させた四角形【方陣】にて続く。
< □
← □ □ な構図だ。だが、ここまでの布陣は必要無かったようである──。
< □
「何がどうなった!? あの虫けらどもはすでに喰われたのか!? 何故に左翼陣は、我が右翼陣側に向かってくるのだ!?」
右翼陣側でも、大将は象型キメラ上の櫓にて高見の見物気分で眺めていたもの、友軍の数が多い故に、小部隊である旅団の姿は混雑に紛れて把握できない状況。
その上で、何故か向かってくる友軍部隊に意味不明。全く理解できぬ状況に、他のホムンクルスらも同様に動揺し何YO!と韻を踏み混乱、困惑する。
右翼陣大将の姿は、ガリ夫、ヒゲ太と同タイプだが、頭部だけが各異なり、異形チョウチンアンコウと言ったところだ。
「おのれヒゲ太め!この状況を機に謀反を謀るつもりであったか!! 不埒者がぁ!!この‶チョウ・チンチン〟様の提灯が光るうちは、その愚かな野望は絶対に叶わ──」
ドオン!!───ドシャッ!!
チンチンの見当違い、勝手予測の憤慨極まる言葉は、最後まで綴られることは叶わなかった。
ウルフ軍(仮)後方、本陣上空、防御壁を貼る間も与えない、完全に意識外から放たれた超音速の凶弾。チンチンの亀、もとい、頭部を含めた上半身を粉々に弾け飛ばしたからだ。
「ナイスキル リディ。グッジョブだ!」
それは、風精霊術により空中浮遊のリディ。飛行部隊ギョロ目らの陰に紛れて、強化Mk18 アサルトレールガンからの長距離狙撃であった。
「フフ、ドンドシャ、いえドンピシャね。隙だらけだわ」
絶好のタイミングを見計らった狙撃暗殺。交戦状態に入る前に、第二軍 指揮系統の二つの意味でトップ頭の消失により大混乱。
そこへウルフ軍が突撃。敵キメラの被害を最小限に抑え、使役支配下のキメラたちがホムンクルスを最優先に踏み潰し、切り裂き、食い散らかしながら突き進む。
「──伏せ!」
ここで、特殊威圧MOD【獣神臥禮煌】を発動。
第二ラウンド作戦フェイズ2は超短時間の電撃戦。数のハンデはほぼ無い、円滑な流れで作戦は快速で進み、右翼陣第二軍のキメラをひれ伏せさせ使役。からのホムンクルスらの一掃劇。
誤解が無いよう説明するが「電撃戦」とは、魔術雷によるものではなく、高い機動力を活かした電撃のように迅速に決着をつけると言った、地球での戦術名の呼称である。
「あー……これでこっちの陣営は約2万5千にまで膨れ上がったか。残りの敵本営陣は約3万2千。ハハハ上等上等、大した差じゃねーな!」
『『『「………………」』』』
『これは、いったい…… 本来の戦とは、互いの戦力を如何に削り取り、如何に優位に立つかで勝敗を決する。との、某のこれまでの認識でござったが、逆に増えていくとはどういう事でござるか……』
『同意見でござりまするよ兄上……私も理解の範疇を遥かに超え、何をどう捉えていいか、思考が定まらぬ状態でありまするよ……』
「戦いながらこの短時間で、これ程の数を使役するなど、獣魔帝ですら不可能。この果てしないヘンテコな存在はいったい何なのかしら……」
『……これは神からの啓明か。我々は、どうやらとんでもない御方に救われたようでございますね……』
当初72から戦闘開始、それから戦闘中に敵を吸収し膨れ上がり、現在凡そ347倍の2万5千にまで大大大増量。
地球の軍事戦闘教義理論から大きく外れた規格外の戦術。異世界での常識論ですらまるっと覆す状況。
それを齎したのが自分らのリーダーとは、混乱極まり思い悩む旅団陣営であった。
「オーケイ、もー駒を増やすのは終わりだ。ここからは完全殲滅戦に移行。ミッション最終フェイズ 作戦名──【オペレーション 敵には敵を】を実行する!」