第110話 ミッション3 シークレットステージ
「マジか……こいつらエグいな……」
「想定以上ね。しかも、まだ拳を合わせた程度で全然本気じゃないわよね……この子たち──戦略兵器に相当するわ」
『フハハハ、当然でござるな! こやつら見てくれだけで、いずれも鈍重。いつもの狩りとそう変わらぬでござる』
『その通りですね兄上! 角兎の方が遥かに素早く手強いでありまする!』
大狼たちの予想を超えた戦闘力に感嘆するトールとリディ。然も無い事だと悠揚に語る黒鉄と弥宵。
ドオオン!!ドオオン!!ドオオン!!ドオオン!!ドオオン!!ドオオン!!
ドオオン!!ドオオン!!ドオオン!!ドオオン!!ドオオン!!ドオオン!!
「……お前ら、兎相手にもあんな空爆じみた攻撃してんのかよ」
通路天井上空、壁面から降り注ぐ大狼対地爆撃。圧倒的な火力により、次々とホムンクルスとキメラが爆散。その血肉片が飛び散り、鉄錆と焦げた臭いが周囲を浸していく。
『ここでは、アタシたちの出番は無さそうだね……』
『……うん、朔夜が先頭を切って戦うなら、しょうがないね』
ウルフリーダーチームの背後に添うフェンリル1、2チーム。物足りなさげに、そうぼやくカレンとトア。同感でしみじみと頷く仔狼たち。
そんな中──。
〘URIRIKIRIRIEEEEEEEEEEEEYYYYYY!!!!〙
突如、大気を震わす金属音のような咆哮が通路一帯に大きく響き渡る。
この手の威圧咆哮には慣れているのだろう、大狼たちは瞬時に魔力防御にて聴覚を保護する。
「うっせ!! 何だこの耳障りな奇声は!?」
『このような非常に不快な咆哮は初めてでござるな!!』
その大音響の耳をつんざく咆哮と共に、異形群の攻勢が止み制止した。そして踵を返すと。
『敵勢が引き返し始めたようでありまするね』
「撤退号令のようね……まぁ当然。これでは、ただの暴徒の如き烏合の衆。指揮するものが存在するなら、戦略を立て直す必要があるのは必然。それとも何か──」
「あー、俺らを相当ナメ腐ってたんだろうよ。適当な奴らを集めて迎撃に向かわせたが、想定外の反撃を受けて慌てて引っ込めた感じだな」
『全部隊集合整列! 長蛇の陣!』
朔夜の号令により、大狼各チームは迅速かつ整然、群舞のように総指揮ウルフチームの許へと集結し、再び元の隊列配置へと就いた。
「冷静に状況を見極め判断。深追いはせず陣形を瞬時に整え、戦闘に於いても鮮やかな手腕。予想以上の見事な指揮だな朔夜。そしてお前らもな! 正直かなり驚いたよ!」
『『『『『『ワフゥ!!!』』』』』』
トールの称賛の言葉に誇らしげに応える大狼たち。いずれも意気軒昂、雄邁と英気に漲っている。
『お褒め頂き有難き誉れ! これも、団長殿の【気焔衝天】による賜物でございます!!』
「あー、まぁ…ちょっと何の事か分かんねーけど、それは良かった」
──Mission3 phase 1 〖 囚われた仲間を捜し出し救出せよ!』 clear!
──ボーナス報酬 ユニークMOD【気焔衝天】取得。
新MOD概要〉同パーティ内 数無制限 全能力値 全耐性及び士気が大幅上昇。
──Mission3 phase 2 【救出した仲間を指揮し、所定数の敵を討伐せよ 】
討伐数──【227/200】 clear!
──NEW!バージョンUP──パッチファイルネーム Thor Ver.16.0.
アップグレード内容〉脳稼働率5%UP。【蓮華輪回路】増強にて円滑効率化UP。全能力値UP。MOD概要表示。MOD効果レベルUP──。
【聖気剄力付与】LV2→LV3
【英気恢復】(任意の対象への生命力及び魔力回復速度の活性。尚、対象の状態によっては自動発動)LV2→LV3
【気焔衝天】LV1→LV2
【聖闘術】及び【M.A.T システム】LV3→LV4
【獣神ノ慈愛】常時発動 LV5→MAX
「……何かレベルがまた上がったみてーだが……レフリへリオにライオンハートって…こいつらがやけに元気になったのは、これか……」
トールの脳内にて、どこぞからのインフォメーション。これまで自然に行使していたスキル名称が認識できるようになった。
カレンとトアの救出時には、意識して気を流し込み回復させたが、先ほどのモフモフらとの戯れでも、無意識自動で発動していたようだ。
それと、昨日からの戦闘時に特殊蓮華輪【聖痕輪】を連続発動。銃への聖気付与を多用していたのもあり、容量及び流動効率が上昇し【聖気剄力付与】レベルUPに至った。
同時に、聖気力強化にて【聖闘術】と称された格闘スキル能力が向上。これにより、近接銃射撃格闘術【M.A.Tシステム】も強化。
【獣神ノ慈愛】は、他意無き純粋 獣種魅了スキル。これまでの、モフモフ種の超懐かれ体質はこのMODによるものであった。
本決戦を前にこのバージョンアップは勿怪の幸い。非常にあり難い。
「ん? 何をブツブツ呟いているの?」
「あー、何でもねーよ、こっちの話だ。──オーケイ、お前ら!! 今のでウォーミングアップは済んだなぁ!! これからが本戦だ。うんじゃ、ぶわーっと次行ってみよー!! 全部隊前進!!」
『『『『『『ワオン!!!!』』』』』』』』
何はともあれ、敵勢が退却した方へと再び行軍を開始する。今の戦闘は圧倒的な快勝であったが、あくまで前哨戦にすぎない。
この先に敵本陣が待ち構えていることは確実。その規模も主戦場の様相も想像がつかないが、少なくとも嘗て無い激しい戦いになることは間違いないであろう。
「……彼のオーラの質が変わった? 静かだけど、洗練され濃密になったわね。
……格が上がったような感じかしら?」
「あ? 何をブツブツ言ってんだ?」
「ん、なんでもないわ、こっちの話よ」
しばし、一行が歩き進むと通路端の突き当りへと辿り着いた。この先に敵本陣が待ち構えているはずが、奇妙な壁で塞がれていた。──否、塞がれてはいない。
『妙な壁で一面覆われておりますね……』
「あーなんだこれ? ‶霧の壁〟? この先から綺麗さっぱり無くなったみてーに、全く感知できねーな」
『某もでござる。もしや、別の亜空となっておるのでは?』
『その可能性が濃厚でござりまする。気配は感じられぬとも、嫌な感覚が重くひしひしと伝わって来ますね』
「……これ、見たことがあるわね。──ゲームでね。ボス戦の前にあった霧状の壁。通過するとボス戦が始まり、倒すまで後戻りができないって仕様よ」
「はぁ? あの死にゲーかよ! まぁ、そんな事でビビる奴はここには誰もいねーだろ。なぁ、お前ら!!」
『『『『『『『ガルゥ!!!』』』』』』』
「死にゲーとは何ぞや?」と、思う大狼たちではあるが、今ここにいるのは、いずれも過酷な世界を生き抜き、森の最上位捕食者として君臨してきた歴戦の戦士たち。
更に雷神が率いてその加護と恩寵を受け、力と心気共に大いに漲っている。恐れるものなど何も無い、寧ろ高まる戦意。
──さぁ、いざ尋常に決戦場へと往々と赴こうではないか。
そして一行は、霧の壁の向こう側へといざ突き進む。
──Mission3 Final phase Secret stage.
「ハハ、 マジか!? これは確かに別の亜空間だな。──空がある。つか、赤黒いし…なんだこの愉快な雰囲気は」
そこは果てしなく広大、荒れ果てた荒野。完全な平地では無く、なだらかな起伏があり小高い丘も幾重か連なっている。上空を見上げれば、血の色のような深紅の空。
所々穴の開いた臓物のような積乱雲からは雷鳴が轟き、幾多の雷が大蛇のように這いずり回っている。更に上空至る所に大小様々な黒岩が浮遊していた。
「……ラピュタがいっぱい浮いているわね」
「ああ、バルスし放題だな。って、違ぇよ!」
その荒野には、幾所に錆びた剣や槍、銃器が墓標のように突き刺さり、何か巨大生物の肋骨らしきものが、幾つも地面から突き出し聳え立っていた。
向かい奥には、地球終末世界を思わせる朽ちて崩れ掛かった高層ビル群。
一行の背後、荒野の中に不自然に在する霧の壁には、鉄鎖がクロス状に張り巡らされている。その鎖一本ごとに、古代語で綴られた護符が何枚も張られ封印されていた。つまり、後戻りは不可。
極めつけは真正面、左右で包囲。『鉤形陣』と言ったところの大量に群がるホムンクルスとキメラの大群勢。
大小、形態も様々。10m越えの巨大種、飛行型も多数見られ、いずれも異様極まる禍々しき姿。そして、何よりもその数だ。
今日、地下で殲滅させた地獄昆蟲の全て合わせた数をも遥かに超える万単位。一個体当たりの戦闘力も別物レベル。
トールは、眼を閉じフェイズドアレイ気探レーダー波を周囲に展開。脳内の俯瞰視点戦況管制システムと高速情報処理にて、その凡その数字を叩き出す。
「ざっと6万ってところか、規模だけで言えば俺らの1000倍近いな」
『な!? それは、かなり多いでござるな……』
『6万でございますか…圧倒的な数の差ですね』
「それだけの数を従え、このような亜空間まで……敵のトップはおそらく──
魔王クラスよ」
『『『『『『!!!!!」』』』』』』
『魔王でござりまするか!? それは厄介な! しかも、この大軍勢……』
敵の数と魔王の存在に、そう驚きの声を上げるウルフ旅団の面々。 現在の旅団布陣は、ウルフリーダー、ガルムチームが先頭。その背後にフェンリル1,2。
その両脇に3チームずつ8チームが横並び、その後列も8チーム並び、最も基本的な横陣形。その数はたった72。
敵勢は約6万。端数だけでも旅団の数を大幅に上回る。尚且つ敵の総大将は魔王。余りにも圧倒的過ぎる戦力差。地球的観点で言えば絶望的な状況。
『けど、おとたまは全然落ち着いているのー』
『そう言うおねたまもだよねー? 何だろう、おとたまと一緒だと怖さを全く感じないんだよねー』
相手が魔王と聞いても表情は変わらず、無言で唯静かに泰然と佇むトールの背を、一心に見つめるカレンとトア。周囲を見ても驚きはしたもの、いずれも怯んだ様子は一切無い。
そうした中、敵勢真正面から一体のホムンクルスが悠々と歩み出て、仰々しく両腕を広げる。
それは190cm前後、周囲と比較すれば小柄。白濁色の細身の身体、流線形頭部に複数の忙しなく動く眼。
「ようこそ客人たち! アトラクション満載、我らが主の娯楽ルームは如何なものですかな? 実に壮観なものでしょう!!」
「何か流暢にしゃべっているわね。我らが主…? その魔王じゃないようね」
「あー、文民統制か? 大統領と同じで現場の指揮は担当将官に任せるってスタンスか?」
「おっと、名乗り遅れましたね。 私は、魔王ドゥルナス様の側近であり、この軍の総指揮をしております──‶ガリガリ・ガリ夫〟と申します」
「どんなネーミングだよ!! 魔王の名が台無しだよ!!」
敵の数や魔王の存在より「ガリ夫」の名前に最も驚きツッコむトールであった。
「あー、俺がこのチームを指揮って──」
「いらぬ。誰が名乗りを許可した劣種よ。何故に貧弱な劣等種族が、同じ言葉を発するのかが理解不能。餌は餌らしく地に這いつくばり、震えながら喰われるのを唯待て」
トールの名乗りを、嫌悪感露わに高圧的な口調でねじ伏せるガリ夫。彼の認識では地球人は、煉獄地下のドブネズミにも劣る脆弱振り。キメラ素体にも使えぬ役立たず。唯一使えるとすればただの餌でしかない下等劣等種。
「そんな雑種に名など必要は無い」との極めて悪辣な偏見の在り様。
「ふーん、随分な言いようだな。つうか、すでに貧弱認定って、つまり地球人を……バルセロたちリーコン隊を知ってたってことだよな……」
罵詈雑言に対する精神鍛錬は新兵時必須の基本訓練、この程度は然も無い。それよりトールの古巣仲間たちへの所業を匂わせるガリ夫の言葉に、静かながらも沸々と怒りが沸き上がる。
そんなやり取りに憤りを抱きつつ、唯沈黙を貫き通すリディと大狼たち。
「何をブツブツと。もう囀るな下等種、耳障りだ。そんな事より
──そこのエルフ」
「!?」
「実に幸運ですね。貴方は我が主、ドゥルナス様が大変お気に召したようで、妃に迎え入れるとの事です。さぁ、こちらへとお越しくださいませ」
『『『『『『『!!!!????』』』』』』』
「はぁ? 何を言っているのかしら? 意味が分からないわ」
「うーむ、エルフは非常に聡明な種族と認識しておりましたが、貴方は余り知能が高くないようですね。地球なる地のエルフは原始的なのか、それは追々教育すればいいだけの話ですね。まぁ、兎に角手荒い事はしたくはないので、大人しくこちらへ来てください」
「……何を、とっ散らかった事を宣っているのかしら? あなたホムンクルスね? どうやら失敗作のようね、おつむが悪すぎて会話が成り立たないわ。こんなものを側近に置くなど、魔王の肩書きは自称なのかしら? フフ、ふざけた名付けからして程度が知れるわね」
「ふむ、なるほど。何やらこちらの感情を逆撫でようとしておられるようですね。生憎私は、主から罵られる事には慣れておりますので、余り効果の程は期待できませんよ。しかし、中々な言いよう、主の良き妃になられるかと思われますね」
「……はぁ、見た目だけはなく頭の中身もおかしいようね。何をどう言おうが響くことは無いわ、会話するだけ不毛。──ねぇトール、あなたツッコミでしょ? アレ、かなりの大ボケ具合だけど何かツッコんであげたら?」
「こっちに振るな、めんどくせー! それより、こいつらの怒り制御の方がヤベーよ」
『『『『『『グルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグル』』』』』』
カレンとトア、朔夜を始め、他大狼たちに仔狼らも体毛が逆立ち激憤怒状態。その激しきオーラが大気を震わし、周囲地面の土や石を浮き上がらせる。
「おやおや、犬どもは躾がなっておりませんね。おまえたちは主の所有物、反抗的は態度は許しませんよ。と言っても何匹かは残しますが、後は廃棄処分ですけどね」
『『『『『『『グァルゥゥ!!!!!』』』』』』』
「落ち着けお前ら! すぐに開放してやるから、その怒りはまだ取って置け!」
ガリ夫の極めつけの言い様に飛び出しかけたが、トールの諫めの言葉に冷静さを取り戻す。その劫火の如き激しき怒りは心の内に一旦収め、高密度に圧縮し点火の時を待つ。
「おい雑種。まだこの状況を理解できずにさえず──」
バン!!──キン!!
トールは右手に携えたアサルトライフルではなく、左手で左腰ヒップホルスターからハンドガンを取り出し高速早撃ち、ガリ夫の頭部に発砲。だが、その硬質な腕で軽く弾かれ甲高い金属音が鳴り響く。
「あー、いい加減その臭ぇー肛門口を閉じろ。それ以上クソをまき散らしてーなら便所にでも籠ってろ──邪魔だ」
「ほう……」