第107話 ドミネーター
如何なる国家であろうと発展すれば、必然的にそこに都市が形成される。
そして、同時に生まれるのが、これも必然。貧富の差と「スラム」である。
人々が都市部で財を成し栄華を謳歌する一方、その栄華を夢見て都市に多くの移民が流入。需要を超えた労働力の超過による失業率の増加で、貧困に陥る者が後を絶たない。
そう言った行き場を失った貧困層が、町外れの未開拓地域に住み着き集まった結果、退廃地区「貧民街」が生まれる。
スラムは、不衛生で劣悪な環境の為に伝染病が蔓延しやすく、飢餓による餓死者や自殺者が多発。まともな職に就けずに悪事に手を染める者も多く、犯罪率の増加により治安が悪化し無法地帯となる。そう言った地域を「暗黒街」と称されることがしばしば見受けられる。
その「暗黒街」は、地球だけに限らず異世界であるここ『ヒュペルボリア』でも多くの都市部に存在していた。
暗黒街と言うより「地獄街」と称すべきであろう。至る所に野垂れ死にした者や、何者かに殺害された躯が無数に転がり、木々の枝には実ったかのように首吊り遺体が幾多と垂れ下がり、それらが腐敗し周辺一帯が強烈な悪臭に覆われていた。
虚ろな眼をした者らが屍人のように徘徊し、暴行や強姦に殺人、狂気の行為が目の前で行われていようが、ただ地べたに座り無関心の者や、薄ら笑う者らで溢れかえっていた。
地獄の如し光景。そんな地獄街に日々、地方からの移民者が増え治安は益々悪化の一途を辿り、国の統治からも手に負えずに完全に見放されていたのであった。
その地獄街の中、有象無象に転がる躯の一つ、娼婦らしき遺体。犯罪組織による何らかの理由で制裁を受けたのであろう、首を切断され惨たらしく放置されていた。
その遺体の傍には、殺害された娼婦の血に塗れ、産まれて間もない、へその緒で母親と繋がったままの赤子が這いずっていた。──笑いながら。
「なんだ、この赤子は? 男か。随分と歪であるな……」
そう呻くように呟くその男も結構なみてくれ。身なりは全身ブランド。異様に長いシルクハットに、首元にはハリセンを巻いたかのような「ラッセル」と呼ばれるフリル、レースで飾り立てている。食事の際は邪魔そうである。
丸々と肥え太り、顔にはブツブツイボだらけのクッソブサイクな見た目な上に、非常にイキっていた。
その背後には、如何にも荒くれと言った武装したいかつい四人の護衛を引き連れ、何かを捜すかのように辺りを見回しながら練り歩いていたところ、この赤子を発見した。
そんな男が「歪」と言うだけあって、その赤子は非常に異様であった。
左腕が二本、右腕と合わせ三本腕。頭部は歪に変形、小さな角のような瘤が右額上に二つ。顔は左右非対称、眼の大きさと位置も異なり、豚のような上向きの鼻に上唇が縦に裂け捲れあがっている。
その赤子は遺伝性、もしくは環境的要因による形態異常「先天異常」と呼ばれる、極度の奇形障害児。
「ブヒヒヒ、これは醜鬼か悪魔の子であるか? こいつを育てれば客寄せの道化として使えそうだな。──おい、拾え」
その男は、奴隷や子供を含めた身寄りのない者などの人身売買斡旋を生業とするクソ事業主。他にも希少素材、取引が禁止されている物品に違法薬物、所持しているだけでも禁忌とされる呪物や魔導書の類などを扱う闇商売に手を染めていた。
現在、その豚野郎がこの地獄街の界隈を歩く目的は、商品となりそうな目ぼしい者らの物色。
「へい! 分かりやした、ブータヤーロウの旦那!」
ブータヤーロウと呼ばれる豚野郎の指示により、護衛の一人がナイフでへその緒を切り、嫌悪感を抱きつつその赤子を丁重に抱える。その腕の中でキャッキャと嗤う歪な赤子。
「うーむ、ならば名が必要であるな……。では──『ドゥルナス』と名付けよう」
その名の所以は「不浄なる死体」の意味を持つ悪魔『ドゥルジ・ナス』を略し文字ったもの。
そうして、拾われたドゥルナスはブータヤーロウの下で、適当に奴隷の女性に預け、最低限の与えられた環境下で育てられた。
当然、何の利益も無くすくすくと育てるわけでも無く、ドゥルナスは「不浄なる悪魔の子」と称され、見世物小屋の珍妙な生物として一般に公開され晒しものにされていた。
「こっち見るんじゃないよ! 虫唾が走る!」
「ちっ、 てめーが突然現れる度に、モンスターかと思って心臓に悪いんだよ!!」
「キメラ醜鬼が人様に混じって、何を堂々と同じ飯を食ってんだ!? 便所虫ででも食ってろや!! キメラだけにキメぇんだよ!!」
「ひぃぃ!すまねぇべやぁ! 勘弁してけろぉぉ!!」
ドゥルナスは幼少期からその容姿もあって酷い虐待を受けていた。
一切の愛情の欠片も無く、嫌悪の対象として不遇の少年時代を過ごしたせいもあり、外見だけではなく内面に於いても必然と歪んでいた。
ドゥルナスは悪辣にも、娯楽は種別に関係なく死体鑑賞。その死体や不義を働いた者、諸々の事情で捕らえた者らの処刑に、地下にある‶処理場〟にて飼っている魔物に喰わせるなど、喜々とし率先して執り行っていた。
更には、昆虫やネズミなどの小生物を甚振り殺し、その死骸を使い奇妙な合成オブジェを作成するなどの悪趣味にも興じていた。
「なんだべやこれ…? 旦那さんの扱う商品だべだがや? ……フヘホヒヒヒ、まんずこいづは、すげぇべっちゃあ」
ある日ドゥルナスは、ブータヤーロウが所有する闇商品の中から一冊の奇妙な意匠の書籍を発見した。その表紙は禍々しく人皮で造られ、血液による古代語で綴られた【魔導書】。
彼のもう一つの趣味は読書であるが、どれもまともではないイカれた内容のもの。
その中には古文書の類も含まれており、自然と古代語を学んでいたのであった。
その魔導書は人類誕生以前の種族により、齎された知識を編纂した最古の魔導書の類であり、表紙に記されたタイトルを訳すと。
──【Pnakotic Manuscrip Volume 4(ナコト写本 第四巻)】
その内容は、一般の術式とは異なる古代の邪法による従魔術。人工生命や合成生物の製造法。いずれも【暗黒魔術】と【真意魔術】を掛け合わせた禁忌とされる類のものが記されていた。
それは、ドゥルナスが予てから幾度となく脳裏に描いた妄想を、現実に具現化可能と証明したものであったのだ。
ドゥルナスは、その魔導書をこっそりと拝借し、自室に持ち帰った。その後、自由時間は日々自室に閉じこもり喜々として夢中で読みふけ、その邪法を脳裏に叩き込んでいた。
一般の魔術書から魔力発動、操作法を学ぶことから始め、月日が経ち【ナコト写本】から習得したのは【従魔術】。
手始めに身の回りにわらわらと這い回る害虫。それからドブネズミやモグラなどの小動物。慣れた辺りから囚われていた奇形の魔獣まで使役できるようになった。
その能力に気づいたブータヤーロウは、天性のものと捉えドゥルナスを魔獣の扱いに有効利用。これまでの酷い待遇から掌を返したかのように重宝され始めた。
ドゥルナスはその能力を活かし、優位な地位を獲得し虐待を受けることがなくなった。加えて外出の自由と多額の給与報酬、ある程度の権限まで与えられるようになった。
「フへホヒヒヒ、やった!やった!やった!やった!うんちょこちょこちょこぴーぶほっ!! げほっ、げぼほっ!! む、咽たべや……げぼっ」
してやったりであった。ドゥルナスはこれで次なる段階へ移行できると狂喜した。
優位な地位を得たことにより、新たに与えられた豪奢な自室の地下に、早速報酬で得た資金を使いバイオラボを建造。【ナコト写本】に記述された邪法を基に、人工生命や合成生物の制作に取り掛かった。
「なんじゃこりゃああああ!? クッソエグイであるなー!! これは使えるであるなー! よくやったドゥルナぶふぉ!!げぼっごぼっ!!き、気管に、げほっ!!」
禍々しく誕生した兇悪なホムンクルスやキメラ。奴隷の人々、獣人、スラムの住人、獣らを素材に造られた悍ましき兇生命体。
それをブータヤーロウに披露すれば、大いに歓喜。益々ドゥルナスの株は爆上がりした。
それから月日が経ち、すでに成人となったドゥルナスは、従魔師の上位職【魔獣使役者】に至っていた。だが、身体の成長は止まったままで130cmほどのゴブリンサイズ。
ドゥルナスは密かに次なる野望を抱いていた。従魔師の最上位【獣魔帝】に至る事。言い換えれば、それは多くの古文書に描かれ憧れた超越たる存在。
──魔王。
ドゥルナスは、表向きではブータヤーロウに媚び諂いつつ、内心では常に嘲弄と共に憎悪していた。
いずれは、屈強なホムンクルスとキメラの軍勢を築き、全世界を支配すべくとした壮大な野望を漠然とながらも脳裏に描いてたのであった。
そんな事など露知らずのブータヤーロウの推奨の下、ドゥルナスは着々と配下の異形軍勢を築き、地下深くに無数に待機させていた。そして時が満ちた──。
「ドゥルナス!! 貴様ぁあ、これまでの恩義を仇で返す気であるかぁぁ!! ひぃぃぃ!!この悪魔めぁあががgbでぼhpやめ……」
まず手始めに、兇悪なホムンクルスを使い、ブータヤーロウを徹底的に甚振った後にキメラに喰わせた。
その後は、ドゥルナスの少年時代に数々の暴行虐待を行った従業員らを拘束し、倍倍返しの拷問の果てに、キメラたちの贄として無残に喰い散らかされた。
「フヘホヒヒヒ……おーし、おめぇだづー、たっぷりと餌を喰わしてやるべや!!」
『『『『GURUAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!』』』』
ドゥルナスは、無数のホムンクルスとキメラの軍勢で街の制圧を始めた。それは阿鼻叫喚の地獄絵図。
魔王と化したドゥルナスが率いる地獄の軍勢。目指す進軍先は、この王都の中央に座する王城。恐慌状態に陥った市民らを次々と惨殺し喰らい。地獄絵図を更なる血肉の色に染めて征き進む。
だが、ドゥルナスの軍勢は王城に辿り着くに至らず、強大な壁に遮られた。
その壁とは、国軍の精鋭部隊に加えたハイクラス冒険者たちである。そして最も高く聳える難攻不落の鉄壁とは──。
──勇者。
それは国家が保有する最大防衛システムであり、戦略決戦兵器。
【大賢者】【剣聖王】【聖皇】を伴った超越者パーティであったのだ。
「んな、ばがなぁ!! オラの最強の軍勢がぁぁあああ!!」
ドゥルナスの考えは余りにも浅はかであった。自身においても特に鍛えることもなく、脆弱のままにキメラたちの力を過信し、数に頼っただけの稚拙なゴリ押し戦法。
これにより兇悪生命体の軍勢は全て屠られ、これまでの数々の非道な行いの報いを受けるべく、ドゥルナスの野望は早々にその無残な死をもって潰えるのであった。
ドゥルナスの敗因を挙げるならば、その自身の非力と稚拙さ。戦闘経験が皆無が故に戦略性、戦術法の知識も無い。知略を持ち得た配下も無く、ぶっちゃけお馬鹿。武力を持ってしまった子供と同義。
碌な教育も受けずに成長、理解力が欠如しており、悪趣味にだけ才能を発揮しただけでその他は幼少期のままであったのだ。
善悪の区別がつかない為に、死して神の裁きを受けようが悔い改めることはなかろう。
尚、ドゥルナスについては誰も人間とは思っておらず、とち狂った悪魔の侵略と認定され、歴史に遺る大きな悲劇を生んだ大テロ事件として後に語り継がれるのであった。
そしてドゥルナスの死後、その魂は大いなる存在の采配により【煉獄】送りにされていた。
それからドゥルナスは、煉獄内の地下迷宮内で目覚め、困惑しながらも最初に行ったのは周囲に生息していた異形生物らの使役。それから、その生物らを合成しキメラを製造した。
何体か護衛としてキメラを制作後に迷宮内を探索していたところ、背後から戦慄を伴う只ならぬ者から声を掛けられた。キメラたちはその存在に震え怯えた。
「ほう、その珍妙な従魔らは……融合が不完全なようだがキメラか? そこの矮小なる者よ、貴様は【魔獣使役者】か。名は何と言う?」
ドゥルナスの異様なみてくれにも気にせず、その存在は黒スーツの上にベージュ色のトレンチコート。黒のダービーハットを被り、右手に?型のステッキを携えた壮年代の男。その双眸の瞼は、糸で縫われ閉ざされていた。
「へ? オラの名は『ドゥルナス』だげんと。……つうが、なしてオラのキメラが不完全なごどがわがんのっさ!? あんだ誰っさ? こごはいったいどごなんだべや?」
確かに【ナコト写本】に記されたキメラ製造法の中に、一つだけ《《とある素材》》が不足し、如何なる手段でも入手できずに完全完成には至らなかった。
だが、それでも十分な屈強さと殺傷能力を持ち得たのでよしと判断していたのだが、それを一目で看破したこの謎の男にドゥルナスは驚愕する。
「ふん、質問が多いな……我が名は『マスティマ・ヴェルハディス』。貴様は現世で大罪を犯し、ここ‶煉獄の地〟に送られてきたようであるな」
「は!? 煉獄!? なして!? オラなんも悪いごどはしてねぇべや!!」
「ふむ、なるほど。罪の意識が理解できぬ純粋悪か……。まぁその辺りの事はどうでもよい。それより貴様……【ナコト写本】の秘術を使っておるな」
「なぬや!? あんだ…ヴェルハディスさん、あの本のごど知ってだんだべが!?」
「ククク、まぁな。それよりいい場所に案内してやろう。それと【ショゴスの因子】を与えよう。貴様が最も求め欲していたものであろう」
「【ショゴス】!! そいづは旧支配者の邪神が造り出すたど云われだ『古代生命種族』!! その因子はオラがあったげ探しても見つかんねがったやづだべっちゃ!! あんだ、いったい何者なんだべや!?」
その因子こそ、キメラ製造において完全完成に至る唯一欠けていた素材。それが手に入るとあってドゥルナスは、テンションMAX爆上がりで鼻息荒く興奮する。益々このヴェルハディスの素性が気になったが。
ガガガガ……ガリガリガリ……
と、どこか遠くで何か重量のある硬質なものを引きずる音が木霊した。
「奴か……ふむ、その話は後だ、場所を変えよう。この周辺は奴の狩場であったな───‶ギュスターヴ〟のな」
そう言いながら、ヴェルハディスはステッキをトンと、地面を突くと漆黒色に渦巻く円形の闇が広がる。
「な、なんだべこいづは!? 身体が沈むべやぁ!!」
「そう取り乱すな、ただの転移魔術であろう。──では、お前の新たな住居へと案内しよう。中々の物件であるぞ」
ナコト写本の内容一部画像はこちらです。
https://kakuyomu.jp/users/mobheishix3/news/16817330653392885046