第106話 ゴッドハンド
「あー、クソっ! ムカつくな……」
ようやく合流できた同チームの戦友。それが見るも無残な化け物に変容。
トールは嘗て無い怒りに震え、憤怒に満ちた表情を露わにした。
『『『『GORUAAAAAAAAAAAAAA!!!』』』』
何者かの強制支配によりそのキメラは、複数の頭部から幾重にも重なる狂気の叫びを上げ、その意思とは相反しながらもトールに襲い掛かるが。
「──伏せ」
『『『『!!!!!!!』』』』
言葉は静ながらも、大気を震わすほどの圧倒的な‶威圧〟。
更なる上位命令により、その対侵入者迎撃システムプログラムを上書き。
超重力で圧し潰されたかのように、トールを前にキメラはひれ伏す。
「な!? 威圧だけであのキメラが!?」
『今の……すごく空気が重くなったの』
『うん……まるで重力魔術みたいだったね……』
殺傷本能の塊とも言うべき兇悪狂暴極まるキメラが、主人に媚びる犬のように伏せ従う姿に愕然。驚きの声を上げるリディと双子。
『『『GURUGURURU…GURUGU…RURU……』』』
『く…くる…しい。もう……楽に…して……くれ…たの…む』
「あー、分かってるよバルセロ。苦しませずに他の皆も故郷に還してやるから安心してくれ」
その一連の光景を、リディと双子が複雑な想いで見守る中、トールは慈愛に満ちた表情で、額から胸に十字を切り祈りの言を紡ぐ。
「全ての慰めの源である神よ。あなたは永遠の愛をもって私たちを包み、死の暗闇を命の夜明けに変えてくださいます」
ティィィィィィィィン……。
トールの祈りと共に、涼やかな音色と清浄たる波動が広がる。これまで狂気と苦痛苦悶に悶えていたキメラの各頭部の表情が、安らかなものへと変わりゆく。
「悲しみに沈むあなたの家族を顧みてください。主の恵みによりその悲しみから解き放ち、安らかなる旅路に導いてください。再び兄弟とまみえ、私たちの涙が全てぬぐわれますように。主によって──」
すると、【聖痕】から眩いばかりの黄金光が放たれ、キメラの肉体が分子レベルで崩壊、塵化する。
この浄化の光が、肉体崩壊させるほどの物理現象にまで昇華した訳は、この合成生物が【呪詛】の類で造られたことが要因。それに気づいたトールは、物理戦闘ではなく、祈りの浄化による祓除法を選択したのであったのだ。
「エイメン」
祈りの言を綴り終えると、その塵が再構築。米兵たちと大狼の霊体各自、生前の姿へと形造られた。
『『『クレイン、ありがとう』』』
『『ワオン!!』』』
バルセロを始めとする戦友ら、大狼たちの霊体は苦しみから解放され、いずれも晴れやかな表情でトールに感謝の言葉を捧げる。そして、主の祝福の喝采を浴びながら、各々の帰るべき場所へと飛び去って逝った。
『おとたま、仲間たちを解放してくれてありがとうなの』
『みんな、すごく喜んでいたね。ありがとうおとたまー!』
嘗ての仲間たちの穏やかな旅立ちに、涙ながらに感謝するカレンとトア。無言ながらも同様に感極まり涙ぐむリディ。そんな仲間たちをよそに、これらを齎した輩にトールは怒りを抑えつつ新たに生体反応を感じていた。
「まだ無事で生きているのがいるな……獣っぽいな」
『『「!!!!!!!」』』
トールが告げたその言葉に、リディと双子の表情に光が差し込む。双子に限っては、状況的に仲間たちとの無事な再会は絶望的と思い至っていたところだけに、その朗報は正に希望の光明である。
トールの先導で気配を探りつつ更に進むと、鉄格子の牢が左右に並ぶ、監獄のような場所へと辿り着いた。
各牢、檻の中を覗けば、怯えきった大狼が多数囚われており、平均サイズは3mでその数は60頭以上。いずれも弱々しく石床に伏せた状態だ。中にはカレンとトアより幼い仔狼の姿もあった。
だが、多くの仲間たちの生存にカレンとトアは大きく歓喜し号泣。その姿にトールとリディは柔らかな笑みを零す。
『みんなー!! 助けに来たのー!!』
『『『『『グル???』』』』』
カレンの力強い一声に大狼たちが、意識が虚ろながらも反応を示す。まだ状況を掴めてないようで、恐る恐る身体を起こしその声の主を確認する。
『みんなもう大丈夫だよ!! すぐにそこから出してあげるからね!!』
続くトアの声に意識が明瞭となり、彼らが仕え崇拝する神狼の女王『ミゼーア』の実の仔、カレンとトアであることにようやく気づく。
『『『『『ワオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!』』』』』
これまで、絶望感に打樋がれ生気を失い死すらも覚悟していた大狼たちは、渇望していた希望の到来に一斉に活気づき、涙ながらの歓喜の咆哮を上げた。
「この鉄格子……かなり強度の高い金属に複雑な【魔術施錠】が施されてるわね」
一刻も早く大狼たちを救出せねばと、その監獄牢の鉄格子をリディが調べたところ、幾重もの術式により簡単には解放できないようではあるが。
『──獄炎刀!!』
『──獄氷双剣!!』
そんなものは関係無い! と言わんばかりにカレンとトアは左右に分かれ、黒炎燃え盛る獄炎と絶対零度の獄氷の刃を展開し、次々と鉄格子を斬り刻み、連なる牢を開放していく。
「ハハ、すげーな! これじゃあ俺の出番は無さそうだな……」
「フフ、私もね」
鉄格子を膂力で強引に開けるべく闘気を高めたトールと【解錠魔術】を唱えようしたリディであったがその必要は無さそうだ。
『『『『『ワオオオオオオン!!オオン!!オオン!!オオン!!』』』』』
全ての檻が解放され、自由になった大狼たちがカレンとトアの許に集まり、感極まった再会の抱擁を交わしている。
その大狼たちの中、体毛が濡羽色(艶のある黒色)の特殊な雌の一頭が双子に涙ながらに言葉を発した。どうやら上位個体のようである。
『カレン様、トア様!! ご無事でしたかー!! それどころか助け頂き感謝の言葉が尽きませぬ!!』
『朔夜なのー!!』
『良かったー!! 朔夜も無事だったんだねー!!』
『ワオオオオオオオオオオオオオン!!!』
『『『『ワオオンオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!』』』』
朔夜は滂沱の涙を流し、同様に涙する双子との再会の喜びを共に分かち合っている。他の大狼らも朔夜に続き歓喜の遠吠えを輪唱する。
「フフフ、皆大喜びね。良かったわ」
「ああ、皆無事とは言えないが、とりあえずカレンとトアが、仲間たちと合流が果たせたことは欣快の至りだな。……てか、何だこの子らは…?」
リディとトールも、その感動的な光景に感無量と穏やかな表情で眺めていたところ、何故かトールの周囲に仔狼たち約1mから1.5mサイズの6頭が集まっていた。
『『『『ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ』』』』
と、仔狼たちは舌を出し、愛くるしいモフ顔で尻尾をガン振りし、トールを仰ぎ見ている。
狼の体毛のようなウルフアッシュヘアーと琥珀色の瞳、聖気を纏いし人種らしからぬ神獣に似たトールの佇まいに親近感を抱きつつ、幼いながらも仔狼たちは自然と崇め敬うのであったのだ。その可愛らしい姿に堪らず──。
「ハハハ! おーし、よーしゃしゃしゃ、よーしゃしゃしゃしゃ!!」
『『『『ワウワウ、クゥ~ン、クゥ~~~~~~ン』』』』
「ちょっ、あなたずるいわよ!!何故あなたばかりに!? 私にも愛でさせなさい!!」
トールは仔狼たちをわしゃわしゃと撫でまくると、大喜びで気持ち良さげに鼻を鳴らし、腹を見せたりと瞬で懐いてしまった。
その様子にリディは嫉妬しながらも、仔狼の一頭を撫で愛でまくる。その眼は血走り、少々怖いことになっている。
『カレン様、トア様、あの人種らはいったい…? 仔たちがあれほど気を許すとは……。男の方は分かりませぬが、あのハイエルフは、エルフ国の王女のようでありますね』
冷静さを取り戻した咲夜は、仔狼たちと和気藹々と戯れる二人の人種と言う珍事に唖然とする。
リディの素性は一目で理解したが、謎の人種の男、トールへの仔狼たちのあり得ない懐き具合に戸惑いの様子を露わにした。
『うん、リディはハイエルフの王女で、おとたまはおとたまなのー! すごくあったかいのー!』
『おとたま…? それはどういう事で? 父君は確か……』
『おとたまは「トール」って名前で、おねたまといっしょに捕まって死にそうだったところを助けてくれたんだよ!』
『おおー!! 御二方の命の恩人でありましたかー! つまりそれは、我々の命の恩人と同義でございますねー!! 是非とも御礼を言わねば!!』
善は急げと朔夜は、群がる大狼たちを掻き分け二人の許へと向かった。それに続くカレンとトア。
『トール殿、リディ殿下!! この度は我らが仕える神狼女王の御子息らをお救いして頂き、誠に感謝致します!!』
「あー、どういたしましてこれはこれはご丁寧に…って、なんか流暢にしゃべってるぞ!!」
「その艶やかな、濡羽色の毛並み……彼女は大狼の上位種【冥狼】の更に上位「月の大狼」とも称された【冥月狼】。おそらく、神狼女王の側近では…?」
『ハッ! おっしゃる通りでございます! リディ王女殿下! 申し遅れました!私は神狼女王「ミゼーア」様に仕え、近衛隊を率いております「朔夜」と申します! 以後お見知り置きを!!』
「王女殿下はやめてちょうだい、リディでいいわよ。以前ミゼーア様のところにお伺いした時は見かけなかったわね。初めましてね朔夜」
「和風の名前だな……。まぁよろしくな朔夜! んで、俺は…って名前は双子から聞いていたか」
『朔夜は、アタシたちに戦い方や狩りの仕方とか色々と教えてくれたのー』
『他にも、森で遊ぶ時もごはんを食べる時、寝る時もボクたちと一緒にいることが一番多かったねー!』
「あーつまり、カレンとトアの教育係兼、護衛兼、実戦部隊の指揮官ってことか。
あーまぁ双子を助けたのは偶然の成り行きだから、礼はいらねーけど……」
人類の軍隊で言えば、威厳に満ちた将軍クラスの朔夜であるが、トールの眼に映るは大型のモフモフ狼。沸々と湧き出すムツゴロウイズム。そして堪らず──。
「よーしゃしゃしゃしゃしゃ!!あークソ可愛いな!!」
と、モフモフ種にとっては「ゴッドハンド」と言える、超撫で撫でスキルにて朔夜を愛でまくる。
『な!? トール殿何を!? クッ、これは……何たる高揚感……正に天上極楽の極み……抗いきれぬ…クー、クゥゥウウ……』
朔夜を瞬時にテイクダウン。腹を見せ完全降服ならぬ完全幸福状態。
トールは無意識下で【聖痕】を通じて、慈愛に満ちた清浄たる聖気を発しており、英気を回復し最上級の癒し効果も得られるという類のものだ。
モフモフにとっては、最高級エステスパのようなもので、夢心地の極楽気分に至るが故に双子もやたらとせがんでいたのだ。仔狼たちも朔夜もこれでイチコロと言う訳だ。
『『『『ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ』』』』
気付けば他の大狼らも集まり尻尾をブンブン振り回し、幾つか順番待ちの列ができてしまった。
「ハハハ、でけーな! よーしゃしゃしゃしゃしゃ!! ハハハハハ!!って、多すぎだろ!! 顔を舐めるな、甘噛むなー!!」
『おとたま、アタシも撫でるのー!!』
『ボクもボクもー!! 撫でて撫でてー!!』
『『『『『ワオン!!オン!!ワウワウ、クゥン、クゥーン』』』』』
「あー、うっせ! カレンとトアまで! だークソ! お前ら落ち着け! おいコラそこの奴、横入りすんな! 順番に並べや!!」
トールを中心に双子も含め興奮した大狼らで、もうしっちゃかめっちゃか、モフモフハーレムのカオス状態。中には感極まり嬉ションをしている個体も見られた。
「何、この状況…? 大狼は誇り高く、人種には本来懐かないはず……従魔化に成功した例もあるけど、それは極々稀なことで高レベルの【従魔術】が必要では……」
この例の無い異常な懐き振りに、リディは大いに疑問と困惑が右往左往する。
「……先ほどのキメラを威圧だけでひれ伏せさせたことといい、神狼であるカレンとトアもだけど、この短時間で大狼たちに冥月狼まで懐柔させてしまうとは……
彼は【従魔師】の最上位……【獣魔帝】級。つまりそれは【魔王】の領域……。
しかし、あれは強制的な支配力であり、懐くのとはベクトルが異なるわね……。それと、あの浄化の神聖力は【勇者】の……しかし、魔力は一切感じられず……ん~~全くわけが分からないわ」
などと、ブツブツと呟くリディであるが、全く底が知れぬ数々のトールの性能を考察するも、理解の範疇を超え思考がバグりまくる。
しばし、微笑ましい癒しモフ絵面が描かれていたが、いつまでも戯れている場合では無い。
仲間たちを拉致監禁し、その身体を素材に悍ましき合成生物を造り出した輩を決して赦すわけにはいかない。
「──で、お前らを拉致ったイカれた腐れハゲヤローはどんな奴なんだ?」
『……ええ、それが何とも形容し難い‶人種の男〟で……』
──WARNING! RADAR CONTACT !!
〖警告! レーダー捕捉!!〗
『『おとたまー!』』
『トール殿!!』
「やはり、騒ぎ過ぎたようね……何かが動き出したわ」
この大騒ぎにて、どこぞかでその輩も気づいたようだ。双子、朔夜、リディがその気配を察知しトールに告げる。
「ああ、分かってるよ。……この奥でそのクソヤローがアホみたいにバタついてんだろうよ」
当然、真っ先にその動きを感知していたトールは、軽い口調ながらも怒りゲージMAX状態を抑えつつ同調する。
すでに完全戦闘態勢に至ったトールの圧倒的な聖闘気に、畏怖を感じつつ闘争本能に薪を焼べる大狼たち。
「──よーし、お前らぁー!!そいつを速攻ボコりに往くぞぉおおおお!!」
『『『『『ワオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!』』』』』
トールの進軍開始の号令に、大狼たちは戦意高揚で沸き立ち、雄々しく高らかに呼応する。
地上で冒険者と神狼女王ミゼーア、イナバら米兵混合レイドパーティが教会聖堂で話合っているころ、ここ地下深くで別のレイドパーティが新結成。
その新鋭レイドパーティ、地球人類の特異個体が率いるのは、勇者にして大賢者のハイエルフ。神獣の最上位 神狼の双子。大狼上位種 冥月狼にその直下の大狼の群。
それは文字通り、正に真の『ウルフチーム』が爆誕した瞬間であったのだ。
相応しい名を新たに命名するのであれば──。
──『ウルフ旅団』
「フフフ…『トールゴロウとゆかいな仲間たち』がいいんじゃないかしら?」
「やかましい!!」