第105話 ワッショイお祭りヤロー
ヴィヨンヌ地下自然湿地帯ドームにて、突如一帯に響き渡るサイレン音。トールの危機感知により、一早く安全域であるドーム内に築かれていた修道院へと避難したエンジョイ勢パーティ。
地上では、冒険者レイドパーティ&イナバら米兵チームが、亡者、屍人の異形体及び不滅者の【執行者】らとの激しい戦闘が行われている中、その深い地下でも異変が起きていた。
天井部、満天の星空のように輝く発光鉱石群と、湿地帯に生える淡く発光する草花のライトアップにより、これまで幻想的な光景であったものが、漆黒の闇に覆われ、脈打つ生物の体内のように悍ましく変容した。
草花は枯れ落ち、湿地は一面無数の肉片が浮き沈むドス黒い血の海と化し、至る所から大小様々な奇怪な異形生物が湧き出して来た。
それは、煉獄仕様の自然災害【裏返り現象】による‶裏世界化〟。
その狂気の変容から隔絶され厳かに佇む修道院。扉付近に置かれた松明篝火によって照らし出された周囲の様相は、極めて禍々しい悪夢の光景である。
『きっしょいのー!!』
『クサっ!!』
「酷い状況ね……これは男塾名物の何かかしら…?」
「なんのことだよ!!」
その凶景を修道院出入口扉から窺い見るカレン、トア、リディ、トールらエンジョイ勢各々の反応が飛び交う中で、更なる不可思議な現象が起きる。
カラァァァァァアン……カラァァァァァアン……。
それは死を告げる警鐘なのか、真鍮製の小さな鐘のような音色が戦慄を伴い、不気味に鳴り響いてきた。
同時に地から重く響くような多重の声による言がどこからともなく、聴覚ではなく直接精神内に綴られる。
⦅⦅⦅──ה' לא ינהג בנו לפי חטאינו ולא ישלם לנו לפי עוונותינו.……⦆⦆⦆
(主は我らの罪に従って我らをあしらわず、我らの不義に従って報いられない……)
WARNING! WARNING! WARNING! WARNING!
WARNING! WARNING! WARNING! WARNING!
WARNING! WARNING! WARNING! WARNING!
WARNING! WARNING! WARNING! WARNING!
「な!? あー、なんだあれ? クソヤベーのがいるな……」
トールの危機感知が嘗て無いレベルの警告を鳴らし、促した先に見えるは、異形ら群の中に宙に浮遊するドス黒い何らかの存在。
「あれは、死王…? いや、死神の一種のようだけど……何か唱えているようね」
それは3mを超える巨躯、黒いボロボロの幾重にも擦り切れた外套を纏い、それが黒炎のように揺らめき靡いている。目深に被ったフードの奥は黒より暗く相貌は見えず、幽鬼のようにゆらゆらと漂うかのように浮遊していた。
黒く干からびたか右手には巨大な大鎌を携え。左手に持つは、蒼白く光を放つランタンにも見えるが、髑髏を複雑に模した禍々しい装飾の手持ちの振り鐘。
『頭の中で声がするのー。それとこの音すごく嫌なのー……』
『うん、おねたま。気持ち悪い…なんかすごくゾワゾワするね……』
「あの振り鐘……聞いた者に恐怖と各能力低下の弱体化効果を及ぼすようね。耐性が無ければ即死効果も……」
「死者の為の【弔鐘】であり、冥府へと誘う【死鐘】ってわけか。つうかこの頭ン中に響く声がうぜーな」
⦅⦅⦅מלאכי ה', שמעו את קול דברו, אנשים אמיצים שעושים זאת, הלל את ה'⦆⦆⦆
(主の使たちよ、その御言葉の声を聞いて、これを行う勇士たちよ、主を褒め奉れ)
シュィィィィィィン……。
研ぎ澄まされた鋭利な金属音と乱れ無き一文字の閃き。それは、巨鎌による命を刈り取る音色。
巨鎌より放たれた冥府の刃は波紋のように広がると、その軌跡線を境目に空間の上下がズレた。
⦅⦅⦅כל צבאותיו, עבדיו העושים רצונו, משבחים את ה'.⦆⦆⦆
(その全ての万軍よ、その御心を行うしもべたちよ、主を褒めよ)
僅かの間の後、空間のズレが元に戻ると周囲の奇怪生物らは上下に分断され、ドスリバシャンと崩れ落ち、血肉の海が更に濃厚に継ぎ足されていく。
⦅⦅⦅כל הדברים אשר עשה ה', הלל אותו בכל מקום מתחת להיכלו. הו נשמתי, הלל את ה'⦆⦆⦆
(主が造られた全ての物ものよ。そのまつりごとの下にある全ての所で主を褒めよ。我が魂よ、主を褒めよ)
そう綴り終えると、血の海から一斉に壺菫色(濃い紅紫色)の光粒子が広範囲に渡り、煙のように立ち昇る。
すると、その存在のフード部分が顎が外れた口部のように縦に大きく広がり、その光粒子が集束されフード内に勢いよく吸い込まれていった。
『『「「………………」」』』
その超常たる悪夢の光景を押し黙り見入るトールたち。
それは、贄として異形生物らを狩り、その魂を喰らっていたのだ。死そのものを具現化したかのような存在。死の番人による魂の収穫の光景であったのだ。
まだ無数に生存するも異形らはこれに恐れを抱き、我先にと互いに押し退け逃げようと恐慌状態に陥っている。
そんな狂気の収穫祭の中、その存在はトールらに気づき一時制止する。一同に戦慄と緊張感が駆け巡る。
その存在は、何故か不思議そうに首を傾げ、すぐさま興味を無くしたかのように再び異形らの収穫を始めた。【死鐘】により鎮魂歌を奏でながら……。
「……確かにあれは死神だな。直接見たのは初めてだがエグイな」
「あれは、討伐不可能とされる不滅者。生命の魂を糧とする伝説上の存在。遭遇すれば逃れられない死の災いが訪れると云われていたけど、ここの安全性はこれで保障されたわね……」
「ああ、ここは【聖域】になっているようだからな。それよりあれ……空間を斬ったよな…?」
『うん、なんかズレて見えたのー』
『あれなら、どんな硬い物でも斬れちゃうね……』
「【時空間魔術】の最上級に位置する【絶対断絶】。あの巨鎌には、その力があるようね。あの存在はおそらく──」
その存在は地上で兇威を振っていた不滅者らと同種。【十執行者】の一体──。
「──死喰らい」
「それやべーな……しかし、あいつが唱えていたのは、ヘブライ語による旧約聖書の詩編103篇、ダビデの歌。元は主の御使い…堕天した何かか……」
「……もしかしたら、あなたなら、あれに対抗できるのでは…?」
「は? 買い被り過ぎんなよ。ありゃクッソ、パねーぞ──まぁ、交戦状態ってなったら戦うけど、今はその必要はねーだろ」
現在いる修道院の聖域化効果により安全域が確保されている上に、食事に夢中の相手に無理に戦いを挑む必要は無い。
トールは【聖痕】の疼きを抑えながら、いずれ訪れるかも知れぬその時まで牙を研ぎ磨くと胸の奥で誓い、戦意を高めるのであった。
「フフフ、頼もしいけど生意気ね。今戦って死ねばいいのに」
「やかましい!!」
『おとたま、クソかっけーっ!!』
『おとたま、クソイキってるのー!!』
「だー!うっせっ!! てか、言い方!! じゃれつくな! 顔を舐めるな、甘噛むな!!」
などと、わいわいエンジョイ勢は、外で行われている【死喰らい】主催のワッショイ収穫祭は放っておき、扉を閉め修道院聖堂にて寛ぎモードに入る。
その修道院内部は石造りで、主祭壇までは約15m、幅6m程のこじんまりとした中世欧州の霊廟に近い造りである。
外のわーわーが収まるまで、ここで一泊の宿泊を決め込もうと寛ぎ始めたところ、トールの脳内フェイズドアレイレーダーに引っかかるものを感知した。
「どうかしたの?……トール?」
その異変に一早く気付いたリディは、妙な様子のトールに窺い尋ねる。
「あー、この下。地下に何かあるな……感知を遮断する何かが」
「どういう事かしら?」
「何かは知らねーよ。レーダー波が何らかのジャミングで阻害されてる感じなんだよ」
「気になるわね……。何かは知らないけど、寝床の下で良からぬ事でもされたら落ち着いて寝れたものでは無いわ、少し調べた方がいいかもね」
『おとたま、リディ! ここの床、他と色が違うのー!』
一行が周囲を調べる中、カレンが祭壇の裏の石床に、約2m四辺の不自然な色の違いに気づく。
「あー、隠し床か。なんかロックされてるみてーだな」
「そうね、これは魔術によるもの。けどナメないで欲しいわね──【解錠】」
その隠し床に施されていた【魔術施錠】は、リディの【共通語魔術】によりあっさりと解錠される。
すると、ゴゴゴと重音を響かせ石床が動き、下へと下りる石階段が現れた。同時にムアッっと饐えた臭いが鼻を衝く。
「何だこれ……何かの死の臭いがするな」
「ええ……それもまだ最近のものね……」
『……おねたま、この臭いって……』
『うん……』
それは、確かに何らかの死の臭いであるもの、トールとリディとは異なる反応をトアとカレンは感じ嗅ぎ取っていた。
トールは双子のその様子が気になったが、行けば分かると敢えて問わずに階段を下り始めた。それに続く一行。
数十メートル階段を下ると組積造、天井アーチ型の通路となっており、一定間隔で松明篝火が壁に設置され、視界確保は問題無い。
今のところ周囲に敵意は感じられず、厳かであるもの、上の礼拝聖堂の神聖さとは異なる重苦しい空気に満たされていた。
「こっちはこっちで、別もんの聖域化によって、外の珍妙な影響は受けてねーようだな」
「別物の聖域? どういう事?」
「ああ、おそらく祖先の霊を祀ってる霊廟。こっちは祖霊信仰の礼拝に使われていたんだろう。だから、あのワッショイお祭りヤローもこっちには来れねーだろうな」
「ワッショイ……【死喰らい】のことね。上では神を、地下はその御許下で祖霊を祀ることにより二層の聖域と化しているのね。死者の霊と言うより精霊に近い気配も感じられるわ」
「まー、そういう感じだな。それよりもこの臭いの元が気になるな」
地下墓所とは言え、聖域化したこの空間に漂う血肉の腐臭。それが意味するのは現時点では分かり兼ねぬが、余りいい想像はできない。
それから複雑に入り組んだ通路、随所の多数の石棺が安置された小部屋を横目に一行は、臭いの元へと歩き進んだ。
──RADER CONTACT BANDID〖レーダー捕捉。敵判定〗
『『おとたまー!』』
「あー、あの階段下になんかいるな……」
「そのようね。友好的では無い生きた何かね」
一行が通路奥地へと進み、目前には階段が見え、その階下から敵を示す反応を感知し警戒を強める。
「……あー、なんだあれ? めちゃくちゃな見てくれだな。つうか、あれ……」
『『『AAGAGAAAAAAGARU……AA…GARUAAAA……』』』
それは、余りにも異様な生物。約4mサイズの膨れ上がった肉塊に、幾つもの人と獣の頭部と手足が生えたもの。皮膚が爛れ垂れ下がっており、不完全に歪に融合した悍ましい様相。それが強烈な腐臭を放ち、多重の呻き声を上げ立ち塞がっていた。
「アレの正体は……米兵たちと──」
『アタシたちの……』
『うん……この匂いはボクたちと一緒にいた……』
『『──仲間たち……』』
その正体に、苦渋の表情を浮かべるリディと、止めどなく涙を溢れさせ、綴る言葉を見失うカレンとトア。
何故にこのような姿に? と、いずれも脳裏に行き場の無い憤りがループする。
「あれは、何者かによって意図的に造られた【合成生物】の出来損ないね……」
「あー、胸クソ悪いな。しゃーねー、これは俺の仕事か……」
『『おとたま!?』』
リディと双子がその行動に混乱する中、トールだけは決意を表し、その哀れな歪な存在へとゆっくりと歩んでいく。
『ク……クレ…イン……』
「!?」
そのキメラの人獣入り混じった頭部の一つから、苦しみながらもトールの名が発せられた。それは慣れ親しんだ聞き覚えのある声であり、同時に他の者の正体も理解してしまった。
「バ、バルセロ中尉…? マジかよ… 他はウルフ2チームか…?」
その声の主は、ウルフ2チーム指揮官「バルセロ中尉」 つまり、この合成生物を構成している米兵たちとは、トールの直の仲間のリーコン隊たちであったのだ。
「あー、クソっ! ムカつくな……」
ようやく合流できた同チームの戦友。それが見るも無残な化け物に変容させられ、トールは嘗て無い怒りに震え、憤怒に満ちた表情を露わにした。