第101話 息吹
「ハハ! 別に狂っちゃいないよ! 何か見えてきたんだよ!」
「「「「「はっ!?」」」」」
「それは、お花畑か!?」と、完全にあの世が見えているのだろう、この状況では仕方が無いといずれも想思う米軍チーム。
「それから、これを預かっておいてくれジョブス。無くすなよ」
そう言いながらイナバは、レザーフェイスからは眼を逸らさずに携えていたMk16をジョブスに預ける。
更に、これも邪魔になると、ACH戦闘ヘルメット外し放り捨て、日本人らしい黒髪が露わになる。
「「「「はっ!? 素手!?」」」」
理解不能。これは明らかな精神破綻。と、米兵らの眼には一致でそう映し出された。
だが、異世界猛者たちの反応は異なり、レオバルトはそんなイナバを横目にニヤりと笑みを零す。ミゼーアの方は眼を細め──。
「ほう、イナバよ。先ほどまでとは──」
ブン!!ガキィィイイイイイン!!! バリリリィィィイイイイ!!
ミゼーアが何か言い切る前に、バニーマンは鉞をレオバルトに振るい、大剣とぶつかり合い、サイコドクターは高電圧流をミゼーアに放つ。
『ゲヒッ!?』
しかし、サイコドクターの超高電圧流を浴びるもミゼーアは、怯む事無く自然体の構えのままだ。
「フン、悪いな。我も雷撃が得意でな。嘗ては、雷の化身とも【雷神狼】とも呼ばれておってな、その程度の電撃では我には届かぬぞ!」
サイコドクターは首を傾げ、僅かに思考するも、再び下卑た嗤いを浮かべる。
『ゲヒッゲヒッ!!』
サイコドクターが纏っていた蒼色光の放電現象が濃く色づき、漆黒の荷電粒子へと変容した。
「む? それは──邪黒雷!」
彼女ら異世界の魔術雷の発生メカニズムは、大気分子を魔力により解離。
その原子核回りの電子が離れ、この電離現象から生じた荷電粒子の間に働く「クーロン力」を増幅させたエクセルギーが電撃として顕現される。
クーロンの法則とは、荷電粒子間に働く反発、または引き合う力がそれぞれの電荷の積に比例し、距離の2乗に反比例することを示した電磁気学の基本法則。
この【邪黒雷】はミゼーアのものとは別系統。これらの行程を濃密で禍々しい、魔力瘴気のエネルギーで発生させたもの。
雷の速度は3種類のパターンに分けられ、進行、停止を繰り返す「ステップドリーダー 」秒速約200Km。
一気に進行「ダートリーダー 」秒速約2000km。電気の通り道を一気に進む「リターンストローク」 秒速約10万km。
リターンストロークに置いては光の1/3の超速度。これを魔術によって制御するには、幾重もの並列高速思考が必須となる超高難易度。よって、雷属性魔術は最上級魔術の一角に挙げられている。
「それは、確かに我にも届く禍々しき煉獄の雷撃。まぁ、届けばの話ではあるがな」
そう言い放ちながら、ミゼーアは左腰の鞘から白金色に輝く日本刀を威風堂々、ゆるりと抜く。
「ブホッ!? たまげたばい!! そげんは【オリハルコン】製とや!?」
「フッ、流石はドワーフ。この手の物には慧眼よのう。──では、いざ参ろうぞ【白夜】よ!」
バリバリバチッ!!バリバリバチッ!!バリバリバチッ!!
ドーレスの鑑定眼に感服しつつ、ミゼーアはオリハルコン製、日本刀【白夜】に膨大な魔力を流すと、神々しく迸る白き雷を纏わせる。
サイコドクターが纏う暗黒瘴気属性【邪黒雷】とは対極──聖雷属性【聖白雷】。
『ゲヒヒッ!!』
不気味に嗤い、相対するサイコドクターの右手に持つは手術用メス。そのメスに邪黒雷を纏わすと長く伸び、黒雷のロングソードと化した。
ドン!!ゴロロロロオオオオオオオオオオン!!!!!!
二つの轟く雷鳴と共に、黒雷と白雷が激しくぶつかり合った。耳をつんざくその大音圧は140デシベルを超える。
そこから秒速約200Kmから10万Kmの空中戦。雷速での戦闘。
ドンゴロロロロロオン!!ドオオオオオオオオン!!ドオオオオオオオン!!
「アカンアカンアカン!! なんや、色々と降ってきたでー!!!」
「みゃーっ!! 危ないにゃらー!!」
雷鳴、爆発の大轟音。周囲の建物の壁、屋根が次々と爆砕していき、巻き込まれた異形らの肉片と破片が飛び散り、血の雨が降り出す。
そして、地上でも同様の苛烈な戦闘が繰り広げられていた。
『ブウゥ、フウゥ』
黒炎のような漆黒瘴気を纏った鉞を、眼を血走らせ息荒く涎を垂らし、狂気の絵面で暴れ振り回すバニーマン。
「ミシェルの炎でも、この『魔界の鬼兎』を焼き尽くすには火力が足りなかったか。ならば──滾ろ! 火竜剣【ヴァトラニス】!」
その手に持つ爆炎を纏う大剣振い、火竜の如く深紅の焔に染まる、二つ名【紅蓮の獅子】レオバルト。
その大剣は銘の通り、彼が嘗て討伐したネームド火竜の各素材から、名匠鍛冶師によって打たれた、伝説級逸品業物。
周囲の温度が急上昇、直下レオバルトの足元の石畳が融解温度に達し、赤々と溶けだした。
急激な気温上昇に伴い強熱風が生じ、その熱気が味方たちにも届き煽り、ジリジリと皮膚を焙る。
「お気をつけなさいませ、レオバルト! その兎は全く可愛くないですわ! 例え【火竜の王】の炎でも、真の不死者である不滅者を滅するには温いかもしれませぬ!」
「心配は無用! ミシェルはイナバをサポートしてやれ! 他の者は巻き込まれんよう後退し、この場から離脱せよ!」
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!
そう言い放ちながら、レオバルトは火竜剣を上段からの爆炎斬りにてバニーマンを後方側に圧し返し、味方らに被害が及ばぬよう距離を置く。
その頼もしく雄々しい姿は「リーダーとは希望を配る人のことだ」と、かの「ナポレオン」の格言を体現していた。
「は!? あの異世界人をですか!? 何故にあのような死にたがりの……ふ~ん、なるほど、分かりましたわ」
イナバの奇行とも思える狂気の沙汰。この頂上の大舞台演者の列席に並ぶには、余りにも役不足。
ミシェルに置いては、まだ多数の殲滅魔術を行使することが可能だが、炎系、暗黒魔術を得意とする彼女の魔術では、アンデットの最上級種、不滅者を完全に滅するには至らない。
賢者と称される彼女ですら、決め手を欠いているにも関わらず、次元レベルで遥かに劣るはずのイナバの盲目者にして無謀な蛮勇的行動は、気狂いそのものに他ならない。
だが、賢者ミシェルの慧眼に、その評価を大きく改める別物の光が映し出された。
レオバルトの意識は、すでに味方らから離れ対戦相手へと全集中。激しくぶつかり合う紅蓮炎と漆黒瘴気。
その爆発衝撃波により周囲の建物は抉られ、有象無象の異形らも木っ端微塵に薙ぎ払われていく。その爆風は焦熱の大嵐と化す。
「ネイリー、ドーレス! 貴方たちもわたくしに付き合いなさい!もしもの時に備えてガイガーは、他の仲間たちを引き連れて退避場所へと向かいなさい!」
「了解にゃら! むう、ここが死地になるにゃらか……」
「コラ、ネイリー! このバカちんがー! 何んば不吉な事をこきようとやー!! いざとなったらさっちむっちでも、お嬢を連れて逃げるけんね!!」
「ああ!? どないなっとんねん、これ!? まぁ訳わからんが、分かった!! 兎に角おどれら行くで!! 撤収や!!」
「「「「「お、おう!!」」」」」
ミシェルの指揮により、混迷の渦の中を必死と掻き泳ぐ叫びが飛び交いながらも、それに素直に従う冒険者たち。
だが、ジョブスを始めとする海兵隊、イナバ直下のレンジャー下士官の米軍チームらは、混迷の渦を抜け出せずに、その場から離れられずにいた。
この常軌を逸した悪夢と狂気の坩堝の渦中、正気度を保てていたのは、イナバのたゆまぬ指揮、鼓舞があったからこそ。
そのイナバが明確な意思と戦意を基に、苛烈な周囲の状況の中を静かに自然体で立つその背から、米兵たちは眼を背けられないでいた。
──逝くなら共に。
そんな言葉が天啓のように、米兵たちの深層意識で総意に至った。
イナバを前に何を思ってか、動かざること山の如しであったレザーフェイス。
『クォォォォ、ピャァアアア』
独特な呼吸音と共に何かに反応し、レザーフェイスがついに動き出す。右手に持つ肉切り大包丁が漆黒瘴気に覆われ、炎のようにめらめらと大きく揺らめく。
「すぅうぅぅ……こぉぉぉおおおおおお! こぉっ!!」
イナバは、不動立ちの状態から鼻で深く息を吸いながら、胸前で拳を握ったまま両腕をX状に交差させる。この時、下腹部の丹田に取り込まれた大気を圧縮する。
そこから『闘気』を練り、腕を下ろし両腹脇で締めながら、古い大気を全て吐ききる。
これは、空手道の呼吸法【息吹】。この呼吸によりイナバの身体から、蒼く視覚化されるほどの研ぎ澄まされた『オーラ』が、静かに沸々と沸き上がり揺らめき立つ。
息吹で得られる効果は、呼吸を整え、筋肉の強化、スタミナ向上、精神安定、決断力の向上、自律神経を整え、ストレスの軽減するなどが挙げられる。
そう。これは正に地球式の身体強化。
更にイナバには、魔術による強化まで、多重に付与されている状態。
「「「「!!!!!!」」」」
「なんか、イナバ中尉の身体から出てるんすけど……。あれはなんすか? ジョブスCWO……」
「知るか! って、あれはジャパニーズアニメで観たことがあるな……‶オーラ〟と言ったか…?」
イナバの身体に起きた不可思議現象に既視感はあるものの、それはフィクションでの話。最も、まともと思われた直の指揮官のファンタジー化に、混迷具合が珍走する米兵たち。
「「「…………」」」
その光景をただ沈黙し、見入るファンタジー陣営の3人。その中をイナバとレザーフェイスは、互いに自然体。
空手を使うイナバは、本来であればその流派を特徴付ける構えを執るところであるが、その構えは見られず、一切の力みは無く脱力状態。
武術の構えは各流派、その者が独自で培ってきた戦いの在り方、奥深さを構えと言う形で如実に現したもの。
イナバが最終的に至った構えは『自然体』。如何ようにも動ける無形。それは、トールとリディの闘いから学んだものだ。
その奥深さは深く、深淵に至る極地。それは、かの剣豪、宮本武蔵著の五輪書にも記述されている「有構無構」構えは有って構えは無い。
ただ相手を斬るという目的の為、最も振りやすい位置に剣を置く事が重要であり、特定の形に囚われず、状況次第で臨機応変に変えるべし。心も身体も流水のように自然に在るべきとした極意。
そして、イナバとレザーフェイスは悠々と歩き出し、互いの制空圏が混じり合う。
──ついにその戦いの火蓋が切られた。
ブオン!!!と、轟音を上げ、レザーフェイスの漆黒瘴気を纏った肉切り大包丁が、イナバに向けて袈裟斬りで振るわれる。
それをイナバはゆらりと身体を横に、紙一重で剣筋の外側へと躱す。更に一歩前に踏み込み、レザーフェイスのがら空きになった横っ腹に、ドン!!と、蒼きオーラを纏った強烈な左正拳突き。
『!!!???』
無痛覚と思われたレザーフェイスが、打たれた右脇腹を曲げ傾き、明らかな痛みによる反応を見せた。
ブン!!と、追撃を防ぐのと同時に払いのける為に、レザーフェイスはバックブローのように肉切包丁をイナバに横一文字で振るうが──。
だが、その肉斬り大包丁は無く、それどころか極太の右腕関節から先、前腕部が消失しており、ただ上腕部を空振っただけの虚しい絵面。
『ピャアアア!!??』
「「「「なっ!!!???」」」」
一瞬の間の後、ドスリガチャと、レザーフェイスの足元に、肉切り包丁を握った前腕部が落ちた。
これにはレザーフェイスは勿論、味方ら一同も何が起きたのかと混乱する。
「……あれは、素手で斬ったのにゃら……」
「「「「はっ!!!???」」」」
それは、イナバの手刀による斬撃で齎されたもの。
日本では、空手家有段者の拳は法的に凶器扱いではあるが、銃刀法違反にはならないとされている。しかし、イナバの業物の日本刀の如き手刀に限っては、間違いなく問題視されるであろう。
だが、この異質固体は不滅者。瞬時に負傷回復に──至らなかった。
『ボッフルルァ!! ピャアアアアアアアアア!!!』
レザーフェイスは、右腕切断により、激しい激痛に襲われ叫び狂っていた。
「「「「「!!!!!!!!!!」」」」」
「どういう事ですの!? 不滅者に痛覚など皆無!! 瞬時に回復するはずがそれが見られない!!」
「しかも、あの速度も尋常じゃないにゃら!! 今の攻撃は、薄っすらとしか見えなかったにゃらら!!」
「たまげたばい。当初はあの武器に頼った脆弱な人種と思うとたけん。ばってん、何たる強者に変容しようとたい」
「イナバ中尉、異世界デビューか……これは、ジャパニーズの血によるものなのか…? やはりあの国は侮れんな……」
「これは、ニンジャのルーツが色濃く中尉に受け継がれているようっすねぇ……」
これには冒険者リーダー、米兵たちも大いに驚愕の表情を見せ、各々の見解意見が飛び交う。
「──いや、これは気の流れを乱して、回復効果を遅延させているだけだよ。痛みを感じているのは、その副効果か?」
と、イナバは冷静に語り、レザーフェイスの上腕切断面から筋線維が伸び、前腕部と繋がり接着し完全修復。だが、その様相には明らかな怒りの反応が見られた。
『ブルゥゥ、ピャァアアアアアアアアアア!!』
「ハハ! そうでなくてはな! クレインの気持ちが、この極限状態でようやく理解したよ! これは──実におもしろい!!」
──それは、複数のチャクラの開眼による覚醒。
高揚感マシマシのイナバに、脈々と受け継がれていたエリート縄文戦士のルーツ。
そのDNAには古き日本、戦国の世を戦い抜いた侍や忍者の血脈も刻まれており、その血が産声を上げ盛大に目覚めた。
イナバの脳内では、多量のエンドルフィンが分泌。その作用によって戦闘狂としても覚醒し、獰猛な笑みを浮かべる。
「──なるほど…理解したよ。クレインは、こんな極地を幾つも潜り抜け、あの境地に至ったのか……エグいな」