第100話 イモータル
「──真の不死者。ランクは規格外級。勇者と同格ですわ」
「「「「「!!!!!!!!!!!!」」」」」
「真の不死の存在【不滅者】!? 勇者や大賢者と同格のEX級にゃら!? それは、かなり不味いにゃらら!!」
バチバチバチバチバチ!! ボトボトボトボト!! ドシャドシャドシャドシャ!!
「ぬわ!? 今度は何やねん!? また変なのがおるで!!」
『ゲヒッ! ゲヒッ!ゲヒヒヒヒッヒヒ!』
悪夢はこれだけでは無かった。西側建物屋根を駆け回っていた敏捷型異形らの、ブスブスと焼け焦げた肉塊が、電撃が弾けるような音と共に石畳に降り注いできた。
その建物屋根に現れ立つそれは、平均人型サイズだが地球の医者ような白衣を纏った瘦せ型。一定間隔で感電による痙攣を繰り返し、その度に僅かの距離を古い8mm映像かのような不自然な動きで瞬間移動。
その頭部は鳥籠状の格子が嵌められ、スキンヘッドの頭皮には碁盤目状、縦横に縫われた手術痕。そこに幾つもの電極プラグが刺さっており、バチバチと蒼色光に帯電している。
目元には高圧電流により、眼球突出防止に革製アイマスク。その隙間から血流の痕。口元は切り裂け舌も無く、鼻は削ぎ取られており狂気の表情で不気味に嗤う。
「次はドSでドMのサイコパスドクター系……もう何だか分からん」
「また、けったいなひゅうがもんが出すったい……もう、ほんなちゃかぽんばい」
「こいつもまた不滅者かにゃら……? これで三体……もう、何が何だか変なのばかりにゃらら!!」
「……奇妙な上に醜すぎますわね。目にするだけでも猛毒ですわ……」
続く招かざる来客の乱入に、既視感のあるイナバを始め、未知である冒険者側陣営は、困惑混乱の言葉を綴るしかないでいた。
「これ以上、厄介なのに乱入されてたまるか!!」
「エルフチーム、魔力矢一斉連射!!」
「「「徹甲焦熱連弾!!」」」
ダダダ!!ヒュイン!!ダダダ!!ヒュイン!!ダダダ!!ヒュイン!!
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド!!
屋根の上にいるなら同士撃ちの心配は無い。ここは遠距離攻撃部隊、米軍、エルフ、ソーサラーで迎え撃ちまくる。
バリバリバリバリバリバリバリバリバリ!!!!
その一斉射撃にサイコドクターは眩いばかりの稲光を放ち、超高圧電流を身体周囲に展開。自らへの攻撃を全て防いだ。
「「「「「なっ!?」」」」」」
バリリリリリリィィィ!!
『ゲヒッ!』
それは瞬く間の瞬間、例え無き雷速。雷鳴と共に瞬時にレイドパーティらと異形らの戦場、石畳地面にサイコドクターは降り立ち歪に嗤う。
「にゃめにゃら!! みんな、そこから退避にゃらら!!!」
バチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチ!!!
「「「「「うわああああああああああああああああああ!!!」」」」
ネイリーの一声に一早く危険を察知し、即退避した者らは難を逃れたが、逃げ遅れた者ら米軍兵4名、エルフ2名、ソーサラー3名、近接アタッカー4名と、異形ら十数体が電撃により見るも無残な姿に焼け焦げ爆散した。
「「「「「……………」」」」」
「くそぉぉおお!!またかあああああああ!!」
一同がその光景に言葉を失い、人体や衣類、アーマーなどが焼け焦げ入り混じった異臭の中、仲間の死にイナバの激しい慟哭が虚しく漆黒の空に木霊する。
バニーマン、レザーフェイス、サイコドクター。この3体の特異個体の出現で戦況は一転、悪夢の状況。
僅かの間に地球人を含めた20名以上が戦死した。
そして北側、目標教会聖堂建物前に荒れ狂う異形の波を乗り越え、無双状態で辿り着いたリュミエルとメルヴィ。
その教会建物はゴシック様式。イタリア フレンツェのサンタ・クローチェ聖堂に似た造り。建物前は、結構な敷地面積の開けた大広場となっていた。
その大広場を含め、周囲の建物は夥しい数の異形アンデッドらが血気盛んに駆けずり這い回る中、教会建物だけは別空間のように一体も寄り付かず、静かに厳かに佇んでいた。
理由は分からぬが、確かに安全エリアのようである。だが、そこに辿り着くまでは、目下の悪夢のエリアを潜り抜けなければならない。
その悪夢とは異形らの事では無い、別種の存在。
‶其れ〟もリュミエルとメルヴィ同様に異形らを屠りまくり、その極めて異質で異様さを露わにしていた。
「何ですかね……あれ?」
「知らないわよ。けど、只ならぬ存在であるのは確かね……」
それは、ボロボロの裾の長い黒染みに塗れた白のワンピースドレス姿の女性。
ドス黒い瘴気のオーラを纏い宙に浮遊している。
顔は身の丈を超える長い髪に隠れ、大きく見開いた黒々とした穴のような瞳の左片目だけ。血走った下目ギョロりの逆三白眼。その髪は無数の毒蛇のようにうねり波打ち、四方八方に広がり靡いている。
その様相はジャパニーズホラーの金字塔、二体の融合体。更にそのサイズは3mはある超長身。
この場でその名は不明である以上、仮でモジり『貞椰子』と名付けておこう。
『ア"ア"ア"ァ"ァ"ア"ア"ア"ァ"ァ"ア"ア"ァ"ァ"……』
ゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾ!!!
「な!? 何なんですか、この凄まじい圧力は!?」
「背筋を這いずり回り、抉るような強烈なこの戦慄!! 恐怖耐性は万全のはずが!! これは上位の【威圧】系スキル!?」
何かを訴えかけているようだが、喉を潰され引きずるような怖気を伴う呻き声。
その重厚な悍ましき声が発せられた途端に、激しい重圧の大瀑布が、リュミエルとメルヴィを圧し潰すかのように強襲してきた。
「この存在は不味いです、 早々に仕留めないと!──煌蓮華 千花万雷!!」
リュミエルの【煌濶剣】が眩い無数の輝きを放ち、幾千の閃きが凶異様体に向け、集束された雷光の如く迸る。
「同意見だわ ──風鱗嵐機龍!!」
メルヴィが放つはエルフ族秘伝、武装形態【霊装衣 俱摩羅】の腰から伸びる12本の【孔雀鱗剣】による剣技。
その一本一本に螺旋状、高速回転する凶風を纏い、それぞれ独立した龍のように超速にてサヤコに喰らいつく。
ガキィィイイイイイイイン!!
「なっ!? 髪で全て弾いた!?」
「まさか!? あの髪、どんだけの強度なのよ!?」
響き渡る大金属音と無数に弾ける火花。リュミエルとメルヴィの隙間無き光と風の剣技を、その悍ましきオーラを纏った長い髪で波状迎撃。全て打ち弾いたのだ。
サヤコのその長い髪は、幾つもの束ねられた鞭剣のような形状。一束一束、蛇の如く蠢き無数に展開させている。
「つまり、あの髪は私の【孔雀鱗剣】と同様ってわけね」
ヒュン!! ヒュン!!ヒュン!!ヒュン!!ヒュン!!
キン!!キン!!キン!!キン!!キン!!キン!!
「ちぃっ 疾い! 考察している暇は無いようですね!」
「くっ、 面倒なやつ!──風霊禽爪」
サヤコの髪鞭剣は、次は自分のターンだと言わんばかりに、髪だけに間髪入れずにどこまでも伸び、超速で襲い掛かってきた。
それを必死と煌濶剣、風霊剣、孔雀鱗剣にて弾き躱す二人。
そこにメルヴィは、風精霊術の風の爪にて牽制を挟み込む。サヤコの凶髪は攻防一体型。それらも全て弾き退けた。
ドス!!ドス!!キン!!ドス!!ドス!!キン!!ドス!!ドス!!キン!!
神速にて二人は駆け回り剣で弾き、刹那前にいた石畳を次々と髪鞭剣が突き刺さり抉る。
更に周囲には続々と異形らも群がり、それらを処理しながらとなる為、大忙しの攻防。サヤコに襲い掛かる異形らは満遍なく貫かれ、切り裂かれている。
ここでも三つ巴戦が繰り広げられ、阿鼻叫喚の壮絶な乱戦模様。
「くっ、 髪の速度が上がりましたか!? ハイミスリル製の甲冑が!!」
「そのようね、 躱しきれなくなってきたわ! うっ、俱摩羅が!!」
サヤコの凶髪、髪鞭剣の攻撃速度が上がり、躱しきれずに二人の高強度の装具を一部削る。そこから皮膚を抉り鮮血が飛び散る。
徐々に速度が上がり、二人は攻撃する間も無く防戦一方に追いやられジリ貧状態に陥っていく。サヤコの攻撃は収まることなく延々と繰り出してくる。
一応、治癒薬を所持しているが、飲むどころか取り出す間すら与えてくれない。
「「ハァ…ハァ…ハァ、ハァ……ハァ」」
二人は息を荒げ、大量の汗と幾つもの傷痕から血流を滴らせながらも、辛うじて致命の一撃だけは防いでいる。
このままでは、いずれ体力が底をつき確実にその身に降りかかるであろう、凄惨な光景が脳裏に過る。
ブン!!ガキィィイイイイイイイイン!!
『ア"ァ"ァ"?』
「──おうの、げにまっこと世話が掛かろうがよ!ずつない、 修行が足りんぜよ!!」
リュミエルとメルヴィは体力が限界値に達し、足がもつれかかったところで、助け舟ならぬ助け大和級戦艦がサヤコと二人の間に入った。その携えた大槍斧を旋風一閃、衝撃波が発生。無数の髪鞭剣を纏めて薙ぎ払い弾き返す。
「リョウガ!? あんた、 助けに入るのが遅過ぎよ!!」
その者はSS級ランク不沈戦艦、二つ名【暴嵐竜】竜人のリョウガ。ドラゴンのDNAを受け継ぐ全人類種、最強種族の戦士。
すでに死を覚悟していたメルヴィは「観ていたのならとっとと助けろ!」と、語気を荒げ悪たれる。この場で騎士道精神や矜持などは、毛頭へったくれも無い。
「ハァ、ハァ、リョウガさん、あ、ありがとうございます。正直助かりました……。ハァ、ハァ…かなりヤバかったです。ハァ、しんどかった……」
妙な権力やプライドを振りかざさない。しっかりと礼儀を心得ている王子殿下。
リュミエルはリョウガの雄々しい背に向け、息を荒げながらも素直に感謝の言葉を述べる。
やっと悪夢の暴風雨から抜け出せた二人は、この間に治癒薬を飲み体力と怪我の回復をする。
「ええろう。ここはワシに任せい! おまんらは教会入口付近の掃除をしとーせ!! これから久しゅうに本気を出すちゅう、巻き込まれんよう、ようけ離れとき!!」
「了解です!!」
「分かったわ! けど、死なないでよ!!」
そう明快に応えながら英気が復活した二人は、サヤコを遠回りに教会入口付近に群がる異形アンデッドらの駆除を始めた。
サヤコは、竜人を目にするのは初めてなのか、不思議そうに首を傾げギョロ下目でリョウガを凝視。
リョウガは、そんな嘗てない異常個体の強敵に竜人完全戦闘形態の構えを取るべく、竜オーラを極限まで高め──。
「──竜戦神装!!」
そう一声すると、リョウガの身体は甲冑ごと、バッキバキのキレッキレに大きく変容。二本角は太く湾曲し前へ突出し、尾も長く強靭に進化。頭部から尾に掛け、腕や脚を含め鋭利な棘が無数に生え伸びる。
更に背から棘だらけの翼が生え、雄々しく一羽ばたき、3m程の完全武装、ハルバードを携えた二足歩行のドラゴンへと変容。
その武装進化した姿は、まるで某モンハンのネルなんちゃらを彷彿させる。
「ブルァハッハッハッハー!! さぁ、殺り合おうぜよ 化け物!!」
どの口で言うのか、互いに化け物同士。ジャパニーズホラーの二大巨頭の融合体がついに異世界進出。 それが人型ドラゴンとの壮絶な戦いを繰り広げ始めた。
そして、後方側での悪夢の戦線。バニーマンに対して「もう、見ておれん!」と、背から大剣を抜きつつ、ついにこの漢が立った。
「やれやれ、こいつは厄介そうだな。よし、 殿は俺が努めよう!! お前たちは、よく分からんが教会建物へと退避せよ!!」
「「「「「レオバルト!!」」」」」
これまで、総司令官として戦場の動きを把握し、不動の構えでリーダーたちに各前線の指揮に任せていたレオバルト。
だが、信頼置けるリーダーたちですら手に負えない複数の規格外の脅威の出現。犠牲者も多数出てしまい、ここは大将自らが出ざるを得ない状況。
レオバルトがバニーマンを相手にするなら「こちらも一働きしよう」と、サイコドクターの前に超然と立つ絶世美女獣人。
「阿狼、吽狼、月影、灯影。うぬらは下がっておれ。こやつは我が相対しようぞ!」
「「『『ミゼーア様!!』』」」
「しかし、女王よ!!親衛隊として我々は!!」
「黙れ阿狼。この化け物は、うぬらでは力不足。──我とて少々手を焼きそうな輩であるからな」
「「『『!!!!!』』」」
神狼の女王。ランク付けをするなら当然『規格外級』。そのミゼーアですら手こずる相手と聞き、戦慄を覚える親衛隊。
阿狼はうっかり、ミゼーアに禁じられていた呼び名を口にしまったが最早それどころでは無い。
リョウガVSサヤコ。レオバルトVSバニーマン。ミゼーアVSサイコドクターの対戦カードが決まり、残り対レザーフェイスへの一枠は──。
「俺が死んだら、米軍チームを指揮するのは次席指揮官のお前だ。ジョブス五等上級准尉。もしもの時は頼んだぞ」
「「「「!!!!!」」」」
「イナバ中尉!?」
その残り一枠の対戦に、名乗りを上げたのはイナバであった。ジョブスを始め、米軍チームらは「ついにとち狂ったか」と困惑し唖然とする。
地球の理を遥かに超え、圧倒的と思える身体能力、魔術を振るう異世界冒険者たちですら敵わぬ特異個体に、脆弱過ぎる地球人では明らかな無理ゲー。
何せ30mmガトリング砲、多連装ロケット弾の如き爆撃にも耐え、首だけの状態から即座に復活するような異次元存在と同格。
自己犠牲にしても、足止めにすらならないであろう。僅かな風でも吹けば飛び消え去るような余りにも儚き灯火。当然、地球人側サイドではイナバのSAN値を疑ってしまう。
「ハハ! 別に狂っちゃいないよ! 何か見えてきたんだよ!」
「「「「「はっ!?」」」」」