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リアナとしてできること

 ジスの心に決めた人が前世の私だと知ってはや一時間。

 私はあてもなくただ歩き続けている。どこをどう歩いて行って、今いる場所すらわかっていない。ひたすらに目の前に続く道を歩き続けながら、頭の中を整理しようと頑張った。


 ――ロイドの情報によると、私が出会ったジス様は当時まだ十五歳。見た目が大人びていたから、まさかそんなに幼いとは思わなかった。


 それに、この時代にスマホは存在しない。だとしたら、ジスはどうやって私と会話していたのだろう……。


「リアナ様! こんなところにいらっしゃいましたか」


 ひとりでぶつぶつ呟いていると、マガリーの声が聞こえた。彼女が言うに、ここは私の部屋がある場所からいちばん遠い場所らしい。


「ずいぶん遠くまで冒険されたのですね。リアナ様」


 そう言って、マガリーはまた控えめな笑みを浮かべた。

 ……言えない。ただぼーっと彷徨っていただけなんて!


「そろそろ晩餐のお時間です。このまま食堂までご案内してよろしいでしょうか?」


 もうそんな時間か。窓から空を見上げると、オレンジと黒が混ざった神秘的な色に変わっていた。

 マガリーに着いて行くと、あっという間に食堂へたどり着いた。基本的に今後は私とジスふたりで晩餐をとることになるようだ。

 ……今ふたりにされたら、平静を保てる自信がないんですけど。


「こちらになります。どうぞ」


 しかし時間は待ってくれない。マガリーに誘導されるがまま食堂へ足を踏み入れると、そこには椅子に座ったジスが待ち構えていた。


「……失礼いたします」


 まるでこれから面接でも始まるかのような緊張感のなか挨拶をして自ら椅子に座ろうとすると、マガリーが急いで椅子を引いてくれた。そしてそのまま食堂を出て行ってしまう。私とジスをふたりきりにするための気遣いなのだろうが、正直よけいな気遣いだった。


 ジスは無表情のまま、やはりこちらを見ようとはしない。でも、逆にそれが助かった。私の様子がおかしくても、ジスは気づかないだろうから。


 私たちふたりが揃ったということで、食事がテーブルに運ばれてくる。

 まるで三ツ星レストランのフルコースのような晩餐に普段なら目を輝かせるところだが……緊張のせいか、味がよくわからない。

 スープを口に運びながらちらりとジスのほうに目をやる。食事をしている姿も絵になって、私にはどの瞬間のジスも変わらずキラキラして見える。


 改めて、こんなに素敵な人が前世の私を好きだなんて信じられない。


「……どうかしたか?」

「えっ?」

「さっきから俺をちらちら見ているだろう。それに、ここへ来てからずっとそわそわしてる」


 ……バ、バレてる。

 なんで? ジスとは一度も目が合わなかったのに、どのタイミングで私の異変に気付いたの? それとも、私って実はすごくわかりやすい?


「え、えーっと……実は、ロイドから話を聞きまして」


 すぐさま言い訳も思い浮かばず頭が真っ白になった私は、気づけばありのままを口にしていた。


「話?」

「……ジスラン様が言っていた、心に決めた人の話、です」


 そう言った途端、ジスの食事をする手がピタリと止まる。


「……ああ」


 両手に持っていたナイフとフォークを置くと、ジスは嘲笑して唇を歪ませた。


「そうか。それで様子がおかしかったのか。俺を気味悪く思ったんだろう?」

「! そんなこと――」

「べつにいい。慣れているから。世間でもこう噂されてる。俺は妄想に取り憑かれた〝妄男〟だってね。奇病持ちだと言われているのもこのせいだ」


 ジスの氷にように冷たい眼差しが、真っすぐに私を突き刺した。せっかく目が合ったというのに、私の身体はびくりと震える。

 ……こんなに怖い顔をするなんて。それに、どこか諦めたような表情も混じっているように感じる。これまで何度も、そうやって気味が悪いと言われてきたのだろうか。そのたびに、きっと繊細なジスは傷ついたはずだ。


「私はそうは思っていません。妄想や気味が悪いなど、とんでもございません」

「……じゃあなんだ。馬鹿なやつって笑いにきたのか?」

「それも違います。私はジスラン様の言うことを信じているので」

「……なんだって?」


 ジスの目の色が変わり、眉がぴくりと動いた。


「君は異世界が、異世界人なんてのが、本当に存在すると思うのか?」

「はい。だって世界は広いんですから。ほら! 例えば魔法だって、この世界では普通のことだけど、実際奇跡みたいな超現象と思いませんか? きっと世界のどこかには、魔法がない世界もあると思うんです!」


 事実、私が前世で過ごした世界には実際に魔法は存在しなかった。この世界にお寿司や味噌汁、電車なんかがないように。

 初めて魔法を目の前で見たときは興奮したなぁ……。私も使えるようになりたかったけど、魔法っていうのは幼少期に魔力を鍛えることが重要らしいから、その夢は叶わなかった。


「……あの、ジスラン様? どうかしました?」


 私が異世界を肯定してからというものの、ジスは目を見開いて停止している。そして私の声かけで、はっと我に返った。


「いや……その……驚いちゃって。好きな人も同じようなことを言っていたから」


 その言葉に、私はぎくりとする。

 はっきりとは覚えていないが、ニナの時に魔法について同じようなことを言ったのを思い出した。

 この感じだと、ジスは私との会話をそこそこちゃんと覚えているのだろうか。それなら、私がニナだってことを、当時した会話で紐づけられるのでは――。


「同じだなんて、それはすごいですね。実は、私がその〝ニナ〟だったりして――」

「やめてくれ」


 この流れでカミングアウトしてみようかと思ったら、ジスに食い気味に止められてしまった。さっきまで柔らかくなっていた表情がまた鋭くなり、私をぎろりと睨みつける。


「よくいるんだ。公爵家の妻という肩書欲しさにニナのふりをして俺に近づいてくるやつが。内心では俺を周囲と同じように軽蔑しているくせに、欲のためになにも知らない異世界人のふりをする。……思い出すだけでぞっとする」

「ごめんなさい。私、そんなつもりでは……」


 地雷を踏んだようなただならぬ雰囲気に、私は黙り込んでなにも言えなくなった。


「俺の中のニナは……ほかの誰もいない。花が咲いたみたいに笑う、彼女だけなんだ」


 苦しそうな、でも、とても愛おしそうにジスは言った。その姿を見て私は思う。


 ――私がニナだったと言ったところで、ジスの大切にしている思い出を汚すだけだ。それは彼にとって、いいことなのだろうか。


 いくら記憶があったとしても、今の私はリアナ・メルシエであることに変わりない。もうニナではないのだ。

 死んでしまったことを伝えられないのは歯がゆいが、ジスもその事実を知りたいと思っているかはわからない。大体、私が今言ったところでこれも信じてもらえないだろう。

 もしかしたら、この先ニナを忘れられるほど好きになる人がジスにも現れる可能性だって大いにある。というか、できるならそうなるように私も協力したい。


 ならば私はその時まで、ジスの理解者のリアナとして、そばにいてあげたい。

 でも、せっかくジスが前世の私を好いてくれているとわかったのだから――。


「あの、ジスラン様。私でよければ話を聞かせてくれませんか? ジスラン様が愛する〝ニナ〟という女性の話を」


 愛されない妻になる代わりに、私をどれだけ好きだったか、リアナを通して盗み聞きするくらいは許してもらえないだろうか。

 推していた相手に想われているなんて、オタクとしてはこれ以上幸せで尊くて萌えることはないもの!


「私、昔から本が好きで、そういった〝異世界〟とかに興味があったんです。私はジスラン様の話を信じていますし、いろんなことを聞いてみたいです!」


 両手を合わせて顔の横に持ってくると、私はジスに向かってにこりと微笑んだ。ジスは呆気に取られたのか、すっかり表情から険しさが消えている。


「……べつにいいが、嫌じゃないのか?」

「なにがです?」

「仮にも君は今、俺の婚約者という立場だ。婚約者からほかの女性の話を好き好んで聞きたいなんて、普通に考えて嫌だと思うが」

「いいえべつに。なにも問題ありません」


 だって前世の自分のことだもの!

 照れくさくはあるけれど、嫌なはずないじゃない! むしろいっぱい聞かせて! ジスが私と話していた時どんなふうに思っていたとか、すっごく興味ある。


「……わかった。それじゃあ――」


 晩餐後、連れて行きたいところがある。

 ジスにそう言われて、食事を終えた私は言われるがままにジスの後を着いて行った。


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