同じ世界で出会えたからには、もう二度と
「うん。久しぶり。ジス」
私も当時の気持ちが蘇ってきて、この空間だけ、まるで時が戻ったみたいだ。
こうやって接することができたなら、打ち明けてもよかったんじゃないかと思った。でも、こんなにうまくジスが私を受け入れてくれたのも、リアナとしてもジスと関係を築けたことが大きな要因になった気がする。最初に私がニナだと言っても、ジスは絶対に信じてくれなかっただろう。
「俺、ニナに会えたら伝えたいことがあって。内容は当時思い描いたものとは少し違うけど……聞いてくれる?」
「もちろん」
それから、ジスは優しい表情を浮かべたまま、ニナへの想いを口にした。
「いちばん辛い時に君に出会って、本当に救われた。俺にとって、ニナは光だった。心から君のことが好きで、会えなくなってからも忘れたことはない。……生まれ変わって、俺に会いにきてくれてありがとう。それが偶然だとしても……まぁ、偶然とは思えないんだけど」
ジスははにかむように笑う。
私は心の中で、ジスに告白されるのだと予想していた。それはリアナでなく、ニナとしての私に。
「どんな形であれ、会えて死ぬほど嬉しい。これで自分の気持ちにケリをつけられる。……ニナ、君のことが大好きだった」
「……うん?」
〝だった〟?
告白はされたが、なぜか過去形で、私は反応に困る。
ジスはそんな私を見てくすりと笑ったかと思えば、近づいてきてそっと右手で私の髪の毛に触れた。急なことに心臓がどきりと跳ねる。
「これは七年前、ニナに買ったプレゼントだったんだ。渡せてよかった。……でも、これの出番はおしまい」
そう言って、ジスは私の髪から髪飾りをするりと抜いていく。
「次はリアナとしての君に伝えたいことがあるんだ」
「今の私に?」
「ああ、俺は、ニナがいなくなって更に人生に絶望して、だけどニナへの想いだけがニナと俺を繋ぐものだと信じて、その気持ちだけて突っ走り続けてきた。世間にどう思われようが、婚約相手を傷つけようがどうでもよかった。……君に会うまでは」
髪に触れていたジスの手が滑らかに降りてきて、今度は頬に添えられた。
「君に会って、ニナに救われたのと同じように、俺は救われた。俺を気にかけてしてくれたことすべてが心に響いて、蓄積されて……パーティーの日をきっかけに気持ちが溢れて止まらなくなった。俺は君がニナだと知らないまま、また君に恋をした」
そう言われた瞬間、私の中でずっともやもやしていたものが弾けた気がした。
――私はずっと、この言葉を待っていたのかもしれない。
ニナだと知らないまま、リアナに恋をした。それは嘘偽りない、ジスのありのままの本心だと、なんの疑いもなく思える私がいた。
私をニナと重ねていたわけではない。私の中にニナを見ていたわけでもない。
ただただ、また〝私〟に恋をしたのだと。私なんかを好きになる理由がないって思っていたけど、こうして言葉にしてくれたことで、ようやく素直に受け止められる。
「別の人になっているのに、同じ人に恋をするなんて。俺って多分、もう君の魂ごと愛しているんだと思う。だから来世も君を好きなるし、その先もずっと、君がなんになっても恋をする」
魂ごと愛してるって、ゲームや小説でも聞いたことない。究極の愛情表現な気がして、なんだかむずむずする。
「……ふふ。ジスって一途だものね」
七年もの間、画面越しでしか会えなかった前世の私を想い続けたかと思えば――今度はその生まれ変わりを好きになるなんて。
「ああ。それは君がいちばんよく知ってるだろう。そして今、俺がいちばん大切に思っているのはリアナ、君だ。リアナが好きだ」
「……」
「俺をひとりの男として、見てくれないだろうか」
……前世でも、ジスは私にとって尊い推しで、それ以上でも以下でもない――って思っていた。
ジスがほかの誰かに恋をするまで、ただ見守ろうって。
でも、その恋をした人が私なら……ちゃんとジスに向き合いたいと思う。それに、同じ世界でこんなに近くで一緒に過ごしていると、正直なところ、ジスより素敵な人はいないと本気で思う。ジスに〝推し以上〟の気持ちが芽生えていることに、私はずっと気づかないふりをしていた。
恋心を自覚してしまえば、これまでのようにジスを応援できない。前世の自分にすら嫉妬して、醜い姿を晒してしまいそうだったから。
「わかった。というか……男としては、ずっと見てた、よ?」
「……っ」
自然と上目遣いでそう言うと、ジスが思い切り私を抱きしめる。強い抱擁は、もう私を離さないと訴えかけるようだった。
「じゃあ、俺のこと好き?」
待て待て。男として見るところから始めるんじゃあなかったの。
でも、七年も待ってくれたことを考えると、答えを急かすのも仕方ないかもしれない。……決まっていない答えは出せないけど、私の中でついさっき、ジスへの気持ちの答えが出た。
「……うん」
「ちゃんと言ってくれ」
「……す、すき……ぐぇっ」
言った途端、さらに抱擁に力が込もる。このまま潰されるんじゃないだろうか。私の身体、大丈夫かしら。
「同じ世界で出会えたからには、一生離さないから」
ジスは身体を離してそう言うと、そのままキスを落としてきた。
あまりに唐突でおもわずジスの腕をぎゅっと握る。しかし、柔らかな感触と甘い刺激が心地よくて、腕を掴む力は無意識に抜けていた。
「好きだ。愛してる」
乙女ゲームでしか言われたことのない愛の囁きが、さらに脳内を甘く痺れさせる。
そのまままた何度も口づけられ、やっと離してもらえたと思うと、ジスはものすごく幸せそうな笑みを浮かべてこう言った。
「言葉だけで表せない気持ちを、唇が触れ合うだけで伝えられる気がする」
その後、また降ってきたキスには、会えなかった七年分の好きが込められていた。




