やっと会えた
「ジスラン様がお帰りになられたようです!」
屋敷の庭でのんびり育てていた野菜を眺めていると、マガリーがジスの帰宅を教えにきてくれた。
ジスは朝早くから町へ出かけていたようで、今日一日顔を見ていない。
昨日、私は酔っぱらってあのまま寝落ちしてしまったらしい。しかも、あろうことかジスの膝の上で。ジスはそんな私をお姫様抱っこしてわざわざ部屋まで運んでくれたという情報を今朝侍女たちから聞いて、恥ずかしさで死にたくなった。
酔っていたというものの、なにを話したかは覚えている。でも、ところどころ抜け落ちて曖昧な記憶だ。
変なことは言ってないだろうか。とんでもない醜態を晒してはいないだろうか。
あらゆる心配を抱えつつ、とにかくまずはジスにお礼と謝罪がしたいと思い、私はすぐさま屋敷へ戻った。
ジスは帰るなり自室へ戻ったようで、私は出てくるのをと部屋の前で待機することに。
「……リアナ」
扉が開かれて、ジスが出てくる。
今日初めて見たジスは、相変わらず眩しい。
「ジスラン様。おかえりなさいませ。その、昨夜のことで話が……」
「ちょうどいい。俺もリアナに大事な話があるんだ」
私の声を遮ってジスが言う。おかげで、謝るタイミングを逃してしまった。
「この中に、今日買ったリアナへのお土産を入れてある」
そう言って、ジスは私にダイヤル錠のついた箱を渡してきた。
「それを身に着けて、一時間後に書庫室へ来てもらえる? 窓からちょうど月がよく見える時間だから」
「わかりました。……えっと、鍵の番号は?」
「昨日教えただろう。もしかして、酔ってたから覚えてない?」
さらりと言われ、私は固まる。
「ごめんなさい。記憶が曖昧で……」
「はは。結構酔ってたしな。番号は、ニナの誕生日四桁だ」
「なるほど! 了解しました」
私にとっては超絶簡単な番号でよかったと、ひとりで胸をなでおろす。
「じゃあ、待ってる」
ジスはひとりでスタスタとどこかへ歩いて行った。先に書庫室へ向かったのだろうか。
「ふふ。ジスラン様、ロマンチックなことをしますね」
「え?」
こっそり話を聞いていたであろうマガリーが、背後からひょっころ顔を出してニマニマと笑っている。
「その箱、ジスラン様の宝箱なんです。誰も触ったことがないんですよ。それにリアナ様へのプレゼントを入れて渡すなんて……」
宝箱だったんだ。だから鍵までつけているのね。
しかも、番号はニナの誕生日。……もしかして、ジスが前世の私に誕生日を効いたのって、鍵の番号にするためだったり? 七年越しに伏線回収した気分だ。
さっそく誕生日の数字に合わせて鍵の解除を試みる。
すんなりと箱は開き、中から髪飾りが出てきた。薄いピンクの宝石がついた、可愛らしい髪飾りだ。
「……可愛い」
だが、どう見てもこれは――私でなく、ニナのほうが似合う。
なぜこれを私に? いよいよジスは目がおかしくなって、私がニナに見えるようにでもなったのか。鏡の前になって髪飾りをつけてみた。……うん、リアナにはちょっと、可愛すぎるかも。
しかし、ジスの頼みだったため、私はそれを身に着けて一時間後書庫室へ向かった。
月が綺麗に見えるこの時間。……ジスと話していたのって、そういえばいつもこの時間だったな。
「ジスラン様、いますか?」
いつも話をしている、いちばん奥の棚のほうへ向かう。
すると、ジスが私を待っていた。
「よく来たな。リアナ――いや。久しぶり。ニナ」
月明かりに照らされ私の名前を呼んだたジスは、不敵な笑みを浮かべていた。
――今、なんて?
頭が混乱する。それもこれも、ジスが私をニナって呼んだせい……。
「あ、あの、仰ってることがよくわからないのですが」
「もういい。全部わかったんだ。それに、君がそれを着けてきたことが答え」
「……? これはジスラン様が着けてほしいと」
ピンクの髪飾りを手で軽く押さえて首を傾げたまま、ジスを見上げる。
「ニナの誕生日を、君に教えたことは一度もない」
「……!」
「それなのに、君は鍵を解除した」
ジスは私を試すためにわざとあんなことを言って、私に鍵を解除させたってこと!?
ど、どうしよう。もう誤魔化し方がわからない。
「ついでに言うと、二番街の魔女に協力してもらったんだ。魔法書に現在のニナを映してくれって。そうしたら……本には君が映った」
二番街の魔女って、私を前世の記憶持ちと言い当てた、あの不気味な魔女……。
「な、なにかの間違いじゃあ……」
「いいや。生まれ変わっても魂がそのままなら、現在の姿が映ると言っていた。……それに思い返せば納得いく部分がいくつもある。君は……ニナ、なんだろ?」
切なげなジスの顔を見て、なんにも言い返す言葉が見つからない。ここまでバレて、誤魔化す理由も……。
長い沈黙の後、私は小さく首を縦に振った。
「……なぜ言ってくれなかったんだ」
「ごめんなさい。信じてもらう方法もわからなかったし、思い出を汚すのも違うと思ったの! もうわかってると思うけど……ニナは交通事故で、七年前死んじゃったんだ」
「……そうだったんだ」
ニナというのがバレたからか、自然と口調が前世でジスに接していた時と同様になる。
「ジスラン様――ジスとのことは、私の中でもかけがえのないもので、前世のニナとしての、大事な思い出。だけど、いくら前世の記憶があろうとも私は今リアナだから。姿かたち、生きてきた環境も違う。ニナであって、ニナではないの」
「……リアナとして生きるために、ニナとしての記憶を表に出すことは封じたってこと?」
「そう。でもジスに会えた時は本当に驚いた。それに嬉しかった。ジスって存在してたんだって! 私はずっと、ジスは物語の――ゲームの中の存在と思っていて」
「ゲーム?」
「本当に異世界に繋がっているとは思わなかったの! 日本には魔法もないし……これは認識の違いだから、あまり気にしないで。だから生まれ変わってジスに会って、ジスが生きている世界に来られたんだって感動したわ。……別人みたいに冷めた顔をしていたけど」
それでもすぐにわかった。ジスと初めて会った日の衝撃は、この先何度生まれ変わっても忘れないだろう。
「それは――すまない。嫌気がさしていたんだ。現実に。この世界に」
「うん。話を聞いて、ジスがどれだけたいへんだったかはよくわかった。……ごめんね。私がお別れも言えずに消えたせいで、ずっとジスを苦しめた」
「そんなことない! 俺が勝手にニナを想い続けたんだ。勝手に、頭がおかしくなるくらい、君に恋い焦がれただけで……!」
「それはよく伝わってる。ジスがたくさんニナのことで惚気てくれて嬉しかったもの」
「ああ。やっと納得いった。だからいつも俺の話を楽しそうに――」
テンポのよかった会話が、ジスによって急に止まる。
どうしたのかと思ってジスを見ると、ジスはかつてないほどに顔を真っ赤にしていた。
「……俺、ニナにニナの惚気を話してたってことだよな」
「……そ、そうなるかな。盗み聞きしたみたいで、ごめんね?」
ジスはいまさら、自分がいかに大胆なことを言っていたか思い出したらしい。私まで顔が熱くなってきたじゃない。
「俺、すごいこと言ってた気がするんだが」
「う、うん。そうね」
それを婚約者の特権にして楽しんでいたなんて、今のジスには口が裂けても言えない。
「…忘れて、とは言わない。本心だから」
「う、うん」
「でも、待ってくれ。……死ぬほど恥ずかしい、今」
ジスは片手で顔を覆って、視線を逸らす。
「わ、私も恥ずかしい」
「……」
「……」
ふたりで顔を熱くさせて俯く。しばらくこの昂りは収まらない気がする。
「……あの、今は、ニナって呼んでもいい?」
「いいよ」
「……やっと会えた、な」
照れくさそうに小さな微笑みを浮かべるジスが、前世で話していた当時のジスの面影と重なった。




