二番街の魔女
リアナが眠りについて、俺はひとりで書庫室に向かった。
……さっきのリアナは酔っていたせいか、少し様子がおかしかった。
俺のことをニナと同じ呼び方で呼んだり、どこか意味深なことを言ったり。
これまでも、ニナと似ているところは多々あった。そもそも性格が似ているし、笑い方も似ている。俺がニナを想うあまりそういう風に見えてしまうだけかと思っていたが……ここへきてやけに引っかかるのは何故なのか。
日本に詳しいのも、親戚に異世界人と繋がった人がいたからだと言っていた。俺はすんなりそれを信じたが、果たして本当だったのか。又聞きにしては、いろんなことに詳しいし、おにぎりの見た目もどこで知ったのだろう。
『私って今、ニナなのかな』
それに、さっきの発言。
……リアナは、ニナと深い関係があるのか?
ニナと出会った魔法書を見つめていると、ニナの姿が浮かんでくる。当然実際にではなく、俺の頭の中にだけ。
「……ニナ、君に謝らなくてはならない」
ずっと、君だけだと想っていた。君だけを想うと決めていた。
それくらい、俺にとって君は――ニナは、特別な存在だった。
だけど俺は……。
「心から、ニナに会いたいと願っている気持ちは今も変わらない。もし会えたなら――俺は」
「会えたらどうすんだよ」
「! ……ロイド」
暗い書庫室に現れたのはロイドだった。
「偶然お前が歩いてるのを見かけて、どうも神妙な顔をしてるから気になった。そしたらまたその本に向かって独り言。勘弁してくれよ。見たくないっつの」
「……勝手に聞いたのはそっちだろう」
ぱたりと魔法書を閉じる。ロイドの登場と共に、頭に浮かんだニナの姿は消えていった。
「それで、ニナに会ったらどうすんだよ」
ロイドは俺の目の前まで歩いてくると、いつものように人を煽るようなむかつく笑みを浮かべて同じ質問をしてきた。
「伝えたいことを伝える。それだけだ」
「なんだそれ。好きって伝えるのか?それで、うまくいったらリアナは用済みか。こんなに期待させといて」
「違う」
勝手な解釈で勝手に苛ついているロイドに、俺食い気味で否定した。
「――ニナへの気持ちに、ケリをつける。そうしないと、リアナはずっと俺を見てくれない」
ニナが好きな俺という前提を、リアナはこのままでは覆すことはないだろう。ニナの話をたくさんしたせいで、彼女の中でも、ニナという存在は大きくなってしまっている。
「どうやって異世界人と会うんだ? その魔法書には、もうなにも映らないんだろ」
「それは……」
これまでだって、何度も死に物狂いで方法を探した。でも、どこにも異世界と繋がる方法など記されていなかった。
「またイチから探す。今度は見つかるまで」
「……ははっ。お前、頭はいいのにたまに単純馬鹿みたいなこと言うな」
「うるさい。お前に関係ないだろう。異世界の存在も信じてないお前には」
「ああ。信じてないね。だからニナに会って、俺にも世間にも証明してくれよ。そのためにアドバイスしにきてやったんだ」
「……アドバイス?」
異世界を信じないロイドが、この件で俺に助言するなんて一度もなかったのに、どういう風の吹きまわしなのか。だが、ロイドの雰囲気は決して、俺をからかっているようには見えない。
「二番街の魔女。お前も聞いたことあるだろ」
「……路地裏に出る、怪しげな女か。願いを叶える代わりに、大きな代償を失うっていう」
「この前、その魔女の前を通った時、魔女がおかしなことを言ったんだ。リアナに向かって〝前世の記憶がある〟って。俺は適当に流したけど、あいつはやけに驚いていた。……怪しいんだよな。もしかしたら、あいつはそういう特殊能力を持っていて、魔女に言い当てられたんじゃないか?」
リアナは、前世の記憶がある? だが、そうだとして俺がニナに会えることとどう繋がるのか。
「それでふと思ったんだ。あの魔女なら、お前の長年の願いを聞いてもらえるかもしれねぇ。……魔法書を魔女のところに持っていってみろよ。代償になにを持っていかれるかはわからねぇけど――覚悟があるなら、それがニナに会ういちばんの近道だ」
二番街の魔女のところへ、この魔法書を持っていく。
……やってみる価値はありそうだ。もちろん、代償については相手が魔女でもしっかり交渉させてもらうが。
「お前のおかげで道が見えてきた。ありがとう。ただロイド、お前は俺の話を信じてなかったはずだろう?」
「そっ、それは……リアナが本当だってうるせーから……それにな、お前ら見てるとイライラすんだよ! じれったくて、ぶった斬りたくなんだよ!」
ロイドの調子がいつもの感じに戻って来た。
「それに、これ以上待たされると俺も限界なんだ。いろいろ」
「……そうか。じゃあ急がないとな」
「ああ。そうしてくれ」
薄々と勘付いていた。ロイドがリアナのことを普通以上に気に入ってることに。
ロイドが俺に行動を急かしたのは、自分の気持ちに取り返しがつかなくなる前に、諦めさせてほしかったからだと悟った。
***
目が覚めると、早速町へと向かった。
二番街の魔女に会えるかどうかは完全に運。俺もよく町へ来るが、そもそも路地裏を通ろうとは思わない。あんな場所を通るなんて、スリルが好きでよほどせっかちなロイドくらいなものだろう。
そして日が暮れる前、俺は衝撃の光景を目にする。
――現れたのだ。二番街の魔女が。
さっきまでいなかったその場所に、忽然と姿を現した。薄暗い路地の中、闇に紛れるように全身真っ黒のローブに包まれて、俺の方を見てにやりと口元を歪ませる。
……まるで、俺が来るのをわかっていたかのような気がして、全身がぶるりと震えた。
だが、ここで怯んだ姿を見せてしまっては相手の思うツボだと思い、俺は毅然とした姿で魔女のもとへ向かう。
「これはこれは、ジスラン次期公爵」
「……俺のことを知っているのか」
「もちろん。国の噂は私の耳にも届いているからね。それで、今日はワタシに頼みがあるんだろう。アンタがここを通るなんて初めてだからね」
どこまで耳と目が届いているのか。やはり得体の知らない魔女とは末恐ろしい。
顔は全く見えないが、話し方のわりに声は思ったより若く、微かに見える口元もしわひとつない。
「この魔法書について聞きたい。そして、会いたい人がいる」
俺は持ってきていた魔法書を魔女に差し出すと、七年前、この魔法書を通してニナに出会ったことを話した。
俺が妄想の中で異世界人に恋をしているという噂は、王都にいれば勝手に耳に入ってくること。魔女は俺の話をどう捉えるのはわからなかったが、途中で口を挟んでくることはなかった。
「じゃあ、そのニナって子が現在どうしてるかを、この魔法書を通して映してあげようか
「……できるのか? 七年間ずっと、なにも映らなかった」
「それはきっと彼女側に問題があったんだろう。この世界へ繋げる手段を失ったか、自ら捨てたか――はたまた、死んでしまったか。生きていたらここに映るし、死んで魂が完全に消滅していたら真っ暗だ」
「そのどちらかしかない、ということか」
真っ暗だった場合、俺はもうニナに会える術はない。彼女はもう、死んでしまったということ。
……だが、それがわかるだけでも、俺は前に進める気がする。なにを映されても、受け止める覚悟はできている。
「いいや、もうひとつ。もし生まれ変わっていたら、その姿も見えるよ。魂は完全消滅しない限り同じだからね。それじゃあ早速――」
「ちょっと待て。先に代償の話をしておきたい。……命を奪われるのはごめんだからな」
それこそ、魔女に命を奪われれば、魂の消滅を意味するだろう。なにを完全消滅というかはまだわからないが、それだけは確信できる。
「命なんてとりゃあしないよ。もったいない。こんな美形な魂は、一生残しておかないと」
「……じゃあ、なにを差し出せばいい?」
魔女は立ち上がって、俺にこっそり耳打ちをする。
――なんだ。そんなことか。
いや、俺にとってjはそんなことだが、当人からしたら……。まぁいい。悪いが、俺は俺の願いを優先させてもらう。
「交渉成立、だねぇ」
魔女はそう言って今日いちばんの笑みを見せると、魔法書に手をかざした。
すると、最初はぼんやりと。段々と鮮明に。なにかが映し出されていく。
「……これは」
魔法書に映った彼女の姿を見て、俺は言葉を失った。




