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酔いに任せて言う本音

 最近、ジスの様子がおかしい。

 前よりも私と時間を過ごしたがるし、晩餐以外の食事も一緒にとろうと提案もしてきた。

 ニナの話は自らしなくなり、代わりに私のことをたくさん聞いてくるようになった。萌えを摂取できなくなったが、それはそれで楽しかった。まるで、前世でジスとお話していた時と同じような気分。


 でも、一体全体、なぜこうもジスが変わったのか。それはずっとわからないまま時が過ぎていく。

 ロイドにもマガリーにも、ジスは私を好きになっているのではないかと言われた。たしかにそう考えると、いろいろと辻褄は合う。

 だけど、私はその可能性を簡単に飲み込めずにいた。


 だって、そんなことありえる?

 とびきり可愛いわけでも、魔法が使えるわけでも、飛びぬけた教養があるわけでもない。私にできたことは、ただニナの話を信じて聞いてあげること。

 きっとジスは私にニナを重ねているだけ。パーティーの時に言ったように、一時の気の迷いとしか思えない。


「リアナ様! エイメス伯爵家からお届け物です」


 今日はジスが仕事で帰りが遅くなるため、晩餐を先に済ませると、マガリーが私の大好きなジュースをを片手にやって来た。エイメス伯爵家に勤めている使用人の実家が製造しているフレッシュな果物ジュース。田舎町でしか販売していないため、なかなか手に入りづらい。

 王都に来てからもそれが恋しくて恋しくて……すると、気を効かせて公爵家に送ってくれたのだ。


「やっと飲めるわ! 嬉しい! しかも私の大好きな葡萄!」

「よかったですね。なにかお菓子も一緒にご用意しましょうか」

「いいわね。食後のおやつタイム。マガリーも一緒にどう?」

「ご厚意だけ受け取っておきます。それより、そろそろジスラン様がお帰りになると思うので、ここで待っていてはいかがでしょう。そして一緒にジュースを楽しまれては?」

「いい案ね。そうしようかしら」


 ってなわけで、私は広間でジスを待つことにした。

 とりあえず帰ってくるまで一杯ひとりで楽しもうかしら。そう思い、グラスに赤い葡萄ジュースを注いでいく。……なんだかいつもより色が濃い気もするけど、それだけ熟成してるってことだろうか。

 待ちに待ったジュースだったため、私はグラスを思い切り傾けてぐびっと一気に飲み干した。

 あれ? やっぱり味が変わってる? 甘味が少ないような。これはこれで美味しいけど。……よし、もう一杯飲んでみようっと。


 ジュースを飲んでいるとだんだん身体が熱くなり、ぽわんした気分になってきた。ふわふわとして、なんだか気持ちいい。もっとふわふわしたくなって、またジュースへと手を伸ばす。

 それを繰り返していると――完全に、酔っぱらってしまった。

 今までこのジュースを飲んでこんなことなかったのに。なんでだろ……。


「リアナ!? なにしてるんだ!?」

「あぁ、ジスラン様ぁ。お帰りなさ~い」

「……ワインを一本ひとりで空けたのか」


 テーブルの上に転がっている空になった瓶を手に持って、ジスは苦笑した。


「ワインじゃありません。葡萄ジュースです!」

「ラベルにワインと書いてある。アルコール度数も。君の確認不足だろう」

「ワ、ワイン? あぁ、だからこんなにふわふわと……」


 お父様かお母様が間違えて、ジュースではなくワインを送ってきたのか。色と味が違うのはそのせいね。全然気づかなかった……。それに、飲み切っちゃったし。


「とりあえず水を飲んで。……まったく、発見したのが俺だからよかったものの」

「どうして? ほかの人だとダメだったんですか?」


「……ダメだ。そんなに顔を赤くして、色っぽい声出して。絶対に俺以外に見せたくない」


 酔っているのは私だけのはずなのに、なんでかジスの顔も赤くなっている。

 その顔、ニナにもよく見せていた。まさか私の前でもしてくれるようになるなんて。……あれ、これって現実? 酔ってるせいでよくわからなくなってきた。


「私って今、ニナなのかな……」

「……え?」

「ジスがこんなに優しくしてくれるの、ニナだけだったはずだもん」

「……リアナ?」


 あ、リアナなのか。それじゃあ、これは夢じゃあないのね。


「リアナ。こんな時に言うのもどうかと思うんだけど、止まらないから言わせてもらう」

「なんですか?」


 だんだん眠くなってきて、意識がぼうっとしてくる。でも、ジスが真剣な顔をしているのは近くにいるからわかる。


「最初に言ったことを訂正したい。今俺は、正直君に惹かれている」

「……私に?」

「君が俺のことを、どうとも思っていないのはわかっている。その理由を作ったのは自分自身にもあるって。でも、これからの俺をちゃんと見ていてほしい。……酔いが醒めたら、同じことをまた言わせてもらう」


 そっと私の手を握るジスの眼差しは真っすぐで、太陽みたいな瞳には、しっかり光が灯っている。

 ジスが、私に惹かれている――。それじゃあ……。


「ニナはもういいんですか?」

「……」


 そう聞くと、ジスの瞳の中の光が大きく揺れた。


「ジスラン様の気持ちは嬉しいです。だけど、ここにもしニナが現れたら同じことを言えるのかなって」

「……俺は」


 言葉を選ぶように、ジスは歯切れ悪く話し始める。


「ニナに会えたら、伝えなきゃいけないことがあるって思う。……それを伝えるために、もう一度だけでいいから会いたいとも」


 私の質問の答えになっていないような気もするが、とりあえず、まだニナに会いたいって気持ちは残っているらしい。

 そうなると、やっぱり複雑だ。

 私はニナだけどニナじゃない。リアナだけど、ニナでもあって。


 ――私がニナだってわかったら、ジスはどうするんだろう。

 怒るかな。喜ぶのかな。

 どっちにしても、今さら言う気はないけれど。ていうか言えるわけない。ジスを騙していたのと同じになる。


「そっか。私……」

「……リアナ?」

「……ジスに嫌われるの、怖いんだ」


 ニナだと言って、愛されたらいいけれど。もし、嫌われたら。

 そう思うと、到底言えない。

 愛されなくても、せめて、嫌われたくはない。ジスは私にとって大切な人だから。


 そのまま眠気に耐えきれず、私は静かに目を閉じた。

 髪を撫でる温かい手が気持ちいい。ジス、ごめんね。ニナに会わせてあげられなくて、私がニナの姿をしていなくて、ごめんね。

 こんな私を、あなたはどんな顔で見ているんだろう。


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