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嫉妬と後悔

「どうしたのジスラン、いきなり訪ねてきて」


 王宮へ向かうと、フリードリヒ王子が驚いた顔をして俺を迎え入れてくれた。フリードリヒ王子の部屋に通されると、俺は早速本題を告げる。


「実は、緊急で魔物討伐の依頼を――」

「ああ、それならもうロイドが済ませてくれたよ」

「いいえそれとは別件です。緊急で依頼がほしいんです」

「……はぁ?」


 フリードリヒ王子が期待以上の素っ頓狂な声を上げた。

 自分でも、無茶なお願いをしているのはわかっている。


「ジスラン、君はわかっているはずだろう。魔法攻撃が効く魔物は今は出ていない。なぜなら優秀な君がすべて駆除してくれたからだ」

「俺は魔法以外でも戦えます。剣だって持てる」

「剣ならそれこそ君に頼まずロイドに頼むよ」


 もっともなことを言われて、俺は唇を噛みしめた。ロイドの剣技がすごいことは、近くで見てきた俺も知っている。あれをリアナが目の前で見たのかと思うと……また胸が苦しい。すぐにでも、俺の戦う姿を見せて上書きしてほしいと思ってしまう。


「大体、ジスランは忙しいだろう。クラルティ公爵家の抱える領地は多いし、君はいつも執務に追われてる。そのへんの騎士見習いでも倒せそうな魔物駆除案件を、わざわざ回す必要性がわからない」

「そ、それは……」

「……なんか様子がおかしいなぁ。今日のジスランは」


 フリードリヒ王子が俯く俺の顔を下から覗き込むようにしてくる。すると、扉が開く音がした。


「昨日ぶりですわね。ジスラン様」

「おおアガーテ。君も隣においでよ」

「それではお言葉に甘えて」


 そこにはアガーテ様が立っており、フリードリヒ王子に促されるまま俺の向かいに腰掛ける。……どういう組み合わせでどういう会なんだ。自分で訪ねておきながら、俺は頭を悩ませた。


「ジスランの様子がどうにもおかしいから、僕たちで相談に乗ってあげよう。ジスラン、なにか悩み事でもあるのか?」

「悩み……」


 そんなもの、腐るほどあった。

 だが、確実に今頭を悩ませている原因はひとつだけ。

 ――フリードリヒ王子とアガーテ様は婚約してからも長く、互いに癖が強いのにうまくやっている。このふたりに相談するのは、俺のためになるかもしれない。


「実は……リアナのことで」

「ああ! 君の素晴らしい婚約者のことだね!」


 俺がニナ以外の女性のことで、こんなに悩むとは思わなかった。そしてニナ以外の名をフリードリヒ王子の前で出すのも初めてだ。


「――リアナは婚約が決まってからずっと、俺とニナの話を楽しそうに、自ら進んで聞きにきてくれていて。そんな人は初めてで、そこが彼女のいいところだと……思っていたのですが」

「うんうん。それで?」


 フリードリヒ王子は頷きながら前のめりに、アガーテ様は隣で顔色ひとつ変えず、静かに俺の話を聞いている。


「それが今では、嬉しく思えなくなっている自分がいて……彼女が、俺がほかの女性の話をしているのに、平気な顔をして笑っていることに対して変な気持ちになる。鉛玉が心にのしかかったような、もやもやした気持ちに」


 もちろん、俺が原因を作ったのはわかっている。今さらなにを言っているんだと、自分でも思う。だけど嫌なんだ。どうしようもなく。こんなことになるなんて、最初にリアナに会った時の俺が知るはずもなかった。


「俺が悪いのは百も承知です。だけど、頑張って可愛いと言っても首を傾げられたり、挙句の果てには俺が得体のしれないもやもやのせいで体調を壊している間にロイドの魔物討伐について行って、ふたりで仲良く戻って来て……ロイドを勇者みたいでかっこいいと……!」


 思い出すだけでイライラしてきた。ロイドだって、これまでなら絶対に魔物討伐に女性を同行させたりしなかったのに。剣が恋人っていうなら、ほかの女性を連れて行ったらそれは不貞行為じゃあないのか!?


「それなのにリアナは俺のことをタイプだと言うし……もうなにがなんだか……」

「わかったから落ち着けジスラン! とにかくいちばんの悩みは、リアナちゃんはニナの話を求めて笑って聞いてくれる。それが嬉しかったはずなのに、最近はモヤッとする――ってことだよね?」

「……はい。俺がこんなこと言うのも、おかしいとはわかってます」


 そう言って、 膝の上に置いていた掌をぎゅっと強く握った。


「答えは簡単。君はリアナちゃんへ特別な感情が芽生えていて、嫉妬してほしくなったんだ」

「……嫉妬?」

「そう。最初はなんとも思っていないから平気だったが、今は違う。だから、自分がべつの好きな人の話をしているのに、彼女が平気な顔をしていることがジスランは気に食わない。違う?」


 言われてみれば、最初はただただ嬉しかった。ニナの話を思う存分できるのが。なにも否定せず、聞いてもらえることが。

 だけど今は……リアナにニナの話を求められると苦しい。


「……違いません。俺は、嫉妬してほしいし、していたんだと思います」

「おやおや。今日のジスランはやけに素直だな」

「フリードリヒ王子がリアナちゃんと馴れ馴れしく呼ぶことにも苛ついています」

「す、すまない。気を付ける。ではアガーテ、君の見解は?」

「……そうですわね。わたくしが申し上げることがあるとするならば」


 アガーテ様は髪の毛と同じ薄桃色の瞳で、俺をじっと見据えた。すべてを見透かされているような気がして、ごくりと生唾を飲みこむ。昔から、俺はこの綺麗すぎる色をした目がどうも苦手だった。


「女性が殿方の想い人の話を笑って聞いていられるのは、その殿方に興味がないときですわね」

「お、おいアガーテ……」

「そいつが誰とどうなろうが、自分には関係ない、ということですわ」


 言い終えると、アガーテ様は満足したのか手をつけずにいた紅茶を飲み始めた。


 つまり、リアナは俺に興味がいっさいないから、ニナの話を笑って聞いていられる。昔も、今も変わらずに……。


「しかしアガーテ、彼女は公衆の面前でジスランを愛していると発言していた。それは僕もこの耳ではっきりと聞いている」

「嫌ですわ。言葉ではなんとでも言えます。男も女も、真実は行動に出るのですわよ」


 言われてはっとする。俺はニナしか愛さないと言っておきながら、リアナにかっこいいところを見せたいという一心だけでここを訪ねている。まさに、アガーテ様の言葉通り。


 昨日の発言だって、リアナ自体から訂正されたばかり。人として好きなのだと、それは愛しているという言葉に深い意味はないと突きつけられているのと同じだった。


 これまで俺のために日本食を作ってくれたり、いろんな場面で庇ってくれたり、たくさんの笑顔を見せてくれたリアナ。知らず知らずのうちに、俺は自惚れていた。彼女はありのままを受け入れて、好いてくれているのでは、と。


「噂によると、ジスラン様は婚約相手に〝自分は愛せないから、愛人を作って構わない〟みたいなことを言っていたらしいですわね。リアナ嬢もあなたにとってのニナと同じように、ほかに想い人がいるのでは?」

「リ、リアナに……?」

「でも、それでいいと言ったのはジスラン様でしょう。自分もおなじことをしているのですから、おあいこですものね」


 そうだ。リアナに想い人がいたとて、俺は口出しする権利はない。彼女に愛される男が、ほかにいたとしても――。

 だがその光景を想像すると、生気を吸い取られるように全身から力が抜けていく。過去の俺はなんて愚かなんだ。


「うわあああ! ジスラン、目を覚ませ! おいアガーテ、言い方ってもんがあるだろう! 君は鬼か! せっかくジスランが新しい恋を見つけたというのに!」

「ふん。女を舐めすぎじゃなくて? ほかの女の話を婚約者に聞かせ続けるジスラン様のほうが、わたくしからするとよほど鬼畜の所業ですわ。普通だったら耐えられない環境を耐え抜き、しかも笑って聞いていられるなんて、リアナ嬢はよほどジスラン様に興味がないのかと」

「これ以上はやめろアガーテ!」


 アガーテ様の正論というナイフが、ぐさぐさと心臓を抉っていく。

 しかし、言い返す言葉はひとつもなければ、その権利すら俺にはない。


「……俺は、どうすればいいですか」


 唯一できることは、プライドを捨てここから挽回する方法を教示してもらうことだけ。


「そんなの、頑張るだけですわ。振り向いてもらえるように、愛を伝え続けるのみ。ジスラン様の本気が伝わった時、リアナ嬢は初めて、あなたを〝自分が愛していい人〟として認識するはずです」

「……俺を、愛していい人と?」

「ほかに好きな人がいる男性を愛することは、女性にとっては恐ろしいこと、ですもの。あくまでも可能性の話です。とにかく、求める前に与えることですわ。もちろん――過去の女性のことは、きっぱりと忘れることが大前提ですけど」


 ニナへの想いを、自分自身で終わらせる。そうしなければ、リアナに本気は伝わらない。

 わかっていながらも、俺はずっと中途半端なことをしていた。


「……アガーテ様」

「なんでしょう」

「俺はやっぱり、あなたの目が……いいえ、あなたが少し苦手です」


 俺を笑うわけでも、馬鹿にするわけでも、変に寄り添うわけでもない。いつも正直ではっきりとしたあなたのことが。


「うふふ。奇遇ですわね。わたくしもあなたが苦手ですわ」


 だけど今日ばかりは、俺の目を覚まさせてくれた彼女の正直さに、少しばかり感謝した。

 ……きちんと向き合おう。自分の気持ちに。ニナとリアナに。




オマケ裏話

~ジスランが帰った後のフリードリヒ第二王子とアガーテ様~


「アガーテ、よくあんなにジスランを追い込めたね……」

「だって、いつもクールな顔をしているジスラン様の表情が歪むのが楽しくて楽しくて」

「相変わらず悪趣味だね」

「うふふ。わたくし、ジスラン様のお顔が大好きですから。あんなに美しい顔の殿方は滅多にいませんわよ」

「……僕の前でそれ言う? まぉ、言いたいことはわかるけど」

「だから余計気になりましたわ。リアナ嬢のことが。わたくしはああいいましたけど、本当はジスラン様のことを本気で好きで、笑顔の裏に悲しみを隠したままほかの想い人の話を聞いているのだとしたら……なんて健気! 強い女ばかりの我が国に舞い降りた天使! ああ、わたくしが抱きしめてさしあげたい……!」

「わかったわかった。でも、僕的にはうまくいってほしいなぁ」

「すべてはジスラン様の行動と選択次第ですわ」

「……だね」


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[一言] アガーテ嬢最高(笑)
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