魔物討伐
ジスを部屋まで見送ると、ちょうどロイドが通りかかった。
「ロイド! どうしたの? 剣なんて持って」
「急な魔物討伐依頼が入ったんだよ。久々で腕が鳴るぜ」
魔物討伐!
ジスもよく討伐には出かけていたけど、今日はロイドの出番らしい。なんでも、今回の魔物は魔法より物理攻撃のほうが効くからだとか。
……実は、ずっと魔物討伐には興味があったのよね。ロイドだったら、お願いすれば連れていってくれそう。
「ねぇロイド、私も一緒に行きたい!」
「はぁ? お前はなんにもできないだろ。来たって邪魔になるだけだ」
「遠くから見るだけ! 絶対邪魔はしないから!」
「まぁ、俺ひとりで事足りるレベルの魔物だからべつにいいっちゃいいけど……怖くないのか? 魔物討伐に来たがる令嬢なんて見たことないぜ」
「全然! それより、ロイドが魔物を剣で倒すかっこいいところが見たいっ」
剣で魔物を倒すなんて王道シチュエーション、実際に見たいに決まっている。私は両手を合わせてロイドにお願いをした。
「ったく、そう言われたらしょうがねぇな! ついてこい!」
「わーい!」
満更でもなさそうに口角を上げるロイドの後を追い、私は魔物が出たという森の洞窟付近へと同行した。森を抜けたところに村があり、そこに被害を及ぼしているらしい。
ロイドは目的地に着くなり気配で魔物の居場所を突き止め、そこには鋭い牙を剥き出しにして涎をたらしている大きな犬のような魔物がいた。これが魔犬というやつだろうか。思ったより大きくて、突然目の前に現れたら後ろにひっくり返っちゃうかも……。
「こいつらが村の畑を荒らしてやがったのか。覚悟しろよ」
ロイドが余裕の笑みを浮かべて剣を抜いた瞬間、魔犬が飛びかかって来た。しかも一匹でなく、茂みの中から三体も。
「きゃっ……!」
か細い悲鳴が出る。しかし、微かに恐怖を感じた束の間に、、魔犬たちはバタリと倒れた。
「……えっ?」
なにが起こったのか。速すぎて目で追えなかった。
「終わったぞ。時間が経てばこいつらは魔石になるから、少し待ってろ」
「え、え、終わったの!? いつの間に!? ロイドすごい!」
一瞬の隙に魔犬を三体も倒すなんて、さすがロイドだ。剣が恋人というだけはある。完璧に剣と意思疎通ができているのだろう。
興奮冷めやらぬまま魔石を王族騎士団に届け終えると、私たちは帰路に就く。
「そういえば、なんか今朝からジスランとお前の雰囲気いい感じじゃん。なんかあったのか?」
「べつに……ていうかロイド、昨日のパーティーどこにいたの?」
「面倒だから一時間以上遅刻して、飲み食いだけしてすぐ帰った」
……だから見当たらなかったのか。
「お前たちも会場にいなかったよな。どこ行ってたんだ?」
「えーっと、いろいろあって庭の噴水のほうに。……初めてジスラン様がいろんなこと話してくれたの」
「ふーん。へーぇ……。なるほど、お前がジスランをねぇ……」
ロイドがじろじろと私を見ながら、なにやら含みある物言いをする。
「なによ」
「今日ってなんか、ジスランに変わった様子はあったか?」
「今日は――そうね。なんだかららしくない様子が続いてるわ。いきなり〝今日も可愛い〟とか言ってきたり、無理してる感じ」
「可愛い!? ジスランがお前に!?」
「ええ。おかしいわよね。ジスラン様」
「おかしいっていうか、それはもう……アレなんじゃあ……」
アレってなんだろうと聞く前に、ロイドはひとりで「マジか」とか言いながらひとりで頭を悩ませている。結局アレの正体がわからぬまま屋敷へ到着した。
屋敷の広間にはジスがおり、すっかり顔色は元に戻っていた。具合はよくなったようだ。
「! リアナとロイド……? ふたりでどこに行ってたんだ?」
ジスは私たちに気づくと驚いた表情を浮かべた。
そうか。ジスは私とロイドが結構仲良しなこと知らないものね。そもそも興味もないと思うが。
「魔物討伐。こいつが来たいってしつこくて。言っとくけど、俺から誘ってないから逆恨みはごめんだぜ」
「魔物討伐!? リアナ、怪我はなかったのか?」
「はい。それよりロイドがすごくてびっくりしました! 一瞬で三体も魔物を倒しちゃって、勇者みたいでかっこよかったです!」
「……か、かっこいい……ロイドが……」
なぜかどんどんジスの顔色がまた悪くなる。
その様子を見て、ロイドはロイドへ俯いて肩を震わせていた。
「トリスタン」
「はい!」
ジスが執事の名前を呼ぶと、どこに待機していたのか、さっと後ろの扉からトリスタンが顔を出す。
「今から王宮に向かう。俺のところに来ていない魔物討伐の依頼が溜まっているかもしれない」
「かしこまりました。すぐに馬車を用意します」
トリスタンはまたさっと姿を消し、慌ただしく屋敷の外へと駆けていく音だけが聞こえてくる。
……どうしてジスは忙しいはずなのに、自ら来てもいない魔物討伐に行こうとしているんだろう。
「リアナ」
「はい」
私の前まで歩いてきたジスが、きりっとしたかっこいい顔つきで言う。
「俺の勇姿も、今度見てくれる?」
「……は、はい。もちろん」
そう答えると、ジスは安堵の笑みを浮かべて広間から出て行った。
ジスの魔物討伐も同行してよかったのか。ジスはロイドと違って魔法で倒すのよね。それも楽しみだなぁなんて考えている私の隣で、未だにロイドはひとりでぷるぷると肩を震わせていた。




